第146話、わたくし、名探偵『悪役令嬢』ですの!【大どんでん返し・その1】

「──うふふふふ。どうなされたのです、『名探偵』さん? 鳩が88アハトアハト対航空機砲でも食らったようなお顔をなされて」




 ウミガメじまの片隅に設けられている広大なるヘリポートにて、私こと、当代の魔王にして、今回のミステリィ小説そのままの連続猟奇殺人事件の解決を、『探偵役』として担っている、クララ=チャネラー=サングリアに向かって、いかにも勝ち誇るかのようにしてあげつらってくる、年の頃十五、六歳ほどの、落ち着いた雰囲気の美少女。


 清楚な純白のブラウスと紺色の膝丈のスカートに包み込まれている、ほっそりとした華奢な肢体に、烏の濡れ羽色の長い髪の毛に縁取られた端整なる小顔の中で不敵に煌めいている、黒曜石の瞳。




「……オトネさん、どうして、あなたが」




 この上なき驚愕のあまり、震える唇からどうにか絞り出せたのは、その一言だけであった。


 無理もない。




 すべての事件が終結して、最後に現れた『真犯人』──何とそれは、我々探偵陣が必死になって守り続けてきた、『依頼人』にして、次期ウミガメ家当主と目される、オトネ=ウミガメ嬢その人であったのだから。




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 あの日、なぜだか今回の事件の裏事情について、とても部外者とは思えないほど知り尽くしておられる、ホワンロン王国筆頭公爵家令嬢にして『の巫女姫』であられる、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ嬢の専属メイド、メイ=アカシャ=ドーマン嬢といろいろと話し合って、今後の活動方針を決定するとともに、これまでの独りよがりな『名探偵としての真相と真犯人の究明』から一切手を引き、彼女に言われるがままに、何よりも依頼人である、弱冠十五歳の幼き次期当主予定者の、オトネ=ウミガメ嬢の身の安全を守ることこそに、全力を注いでいくことにした。




 ──とはいえ、それについては、何の心配も無かった。


 何せ私たちには、『属性表示スマートフォン』という、強い味方があるのだから。


 メイン機能である文字通りの『属性表示』により、現時点で誰が『加害者』になりそうなのか判明していて、オトネ嬢個人における『死因リスト』によって、どのような『犯行手段』が使われるのか予想できるのだからして、彼女に降りかかるはずだった『加害行為』については、すべて事前に不発に終わらせることができた。




 ここで気をつけなければいけない最大のポイントは、何よりもこの万能スマホの万能性を、『けして信用しない』ことであった。




 つまり、次に『加害者』となる確率の高い人物だけでなく、他のすべての人物に対しても、頭の片隅で気を配り続けて、どんなに実現確率が低い『死因』であろうが、それが実際の『犯行手段』として実行される場合の対策も、けして怠らずにいたのだ。

 もちろん言うはやすいが、いざこれを本当に実行するとなると、多大なる労苦を費やさなければならないものの、メイ嬢に言わせると、「無限の選択肢のあり得る、『名探偵としての真相や真犯人の究明』なんかよりも、百兆倍もまし。特に今回のようなミステリィ小説そのものの怪事件を舞台にしているのなら、事件関係者の人数や、その行動のヴァリエーションも、非常に限定されているので、そのすべてに対応することだって、けして不可能ではない」とのことであり、他ならぬ彼女の指導の下、何とか対応しきることができており、その甲斐もあって、それ以降もウミガメ一族の権力者たちにおいては、相変わらず『行方不明』事件が続いていったのだが、オトネ嬢自身に危害が加えられるようなことは、一切無かった。


 まさしくこれぞ、メイ嬢が言っていた通りに、あくまでもオトネ嬢の身の安全を守ることに徹していたからこそ、功を奏したと見るべきであろう。




 ──そうなのである、たとえ怪事件の解決に役立つ『魔法のスマホ』を持っているからといって、別に何かと出しゃばりな『名探偵』よろしく、積極的に行動を起こす必要なぞはなく、むしろこのように、『ある一人の被害者候補の人物』の護衛に全力を尽くすといった、『専守防衛』にこそに徹していればいいのだ。




 そもそもこれから先、一体誰が犯人になり得るのか──つまりは、事件関係者のうちの誰が加害者となって、どのような手法によって、誰に危害を加えるかについては、いまだ何も事件が起こっていない段階では、それこそ無限の可能性があり得て、少々便利な『魔法のスマホ』を有していたところで、完璧に予測することなぞほとんど不可能なのである。

 それに対して、ただ単に、ある特定の人物に危害が加えられるのを防ぐだけであれば、ぐっと実現可能性が向上するのだ。


 ちなみに、先にメイ嬢が創作物フィクションの存在である名探偵を、『ゲンダイニッポン』の将棋や碁の名人に例えていたが、この防御重視路線についても、将棋に例えることができた。

 言わばミステリィ小説そのものの事件における加害者とは、将棋の勝負の場においては、自ら主導的に盤面を動かしているようなものであって、勝利を得るためには、それこそ無限に分岐し得る『先の先』の盤面を、常に予測計算シミュレートし続けなければならず、まさしく量子コンピュータ並みの計算能力を有していないと、すべての勝負に勝つことなぞ到底不可能であろう。




 それに対して、特定の人物の防御に徹することは、将棋の勝負においては、いわゆる『受け将棋』と呼ばれる独特な戦法に当たり、最初から最後まであくまでも防御に専念していればいいので、攻め手側のように、常に『先の先』を読むための予測計算シミュレート能力なぞ必要とせず、ただひたすらその場その場でピンチを凌いでいって、相手がミスを犯して自分にチャンスが巡ってくるのを待ち続ければよく、非常に効率的な戦法と言えた。




 同様に、創作物フィクションならではの『お約束』だらけのミステリィ小説とは違って、無限の可能性のあり得る現実の事件の場においても、何ら事件が起こっていない段階で、加害者の正体を突き止めようとするよりも、まさに今回私たちがオトネ嬢の身を守ることこそに徹しているように、特定の個人の防御に専念したほうが、よほど効率が良く達成率が高いかと思われた。




 それに加えて私たちには、聖レーン転生教団から授けられた、選択肢の名を借りた『死因一覧リスト』を表示することのできる、非常に有用な『属性表示スマートフォン』があるのだ。


 メイ嬢が言っていたように、撲殺や刺殺等についての実現可能性の%表示の高低によって、事前に加害行為の予測ができるので、それらに対して重点的に対応策を講じておけば、それだけオトネ嬢の身を守れる可能性が高まるといった寸法であった。




 このように私たちは、欲に駆られて争い合う大人たちの中から、いくら自業自得的な犠牲者が続出しようが、一切関知することなく、まさしく『受け将棋』そのままに、ただひたすら教団から与えられた『魔法のスマホ』を駆使して、オトネ嬢に迫る危険性を事前に察知し、十分なる対応策を凝らすことによって、何よりも彼女の身を守ることに全力を尽くしていったのである。




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 …………それに対して、事件自体の錯綜ぶりは、相変わらずであった。




 すでに私は自発的に、『名探偵』気取りで事件の『真相や真犯人』を究明することは、やめてしまっているものの、たとえオトネ嬢の身の安全を守ることを、危なげながらも今のところ完璧にやりおおせている、『魔法のスマホ』を最大限に駆使したところで、もはや完全にすべてがこんがらがってしまっている、現在の事態の打開に対しては、何の役にも立たないであろう。


 それというのも、以前チラリと言及したが、今回の事件は一応個々の殺人事件が連続しているわけだが、それぞれの事件の『実行犯』がそれぞれに別人であるのみならず、何と前回の事件において『実行犯』と目された人物が、決まって次の事件において『被害者』として『行方不明』になってしまうという、何とも理解不能な状況が、繰り返されるばかりであったのだ。


 私が『名探偵役』を買って出て『名推理』をご披露していた際には、単に私が、『本来は被害者であるはずの人物を、加害者として誤認して指名した』といった、見当違いの『推理』を行っているだけだと見なされていたが、こうして『名探偵』気取りをやめた後においても、『属性表示スマホ』の万能なる諸機能に照らし合わせれば、間違いなく前回の事件で加害者であったものと思われる人物が、次の事件で被害者になってしまうという、何とも面妖な事態が続いていたのである。


 これに関しては、同じく『属性表示スマホ』をお持ちの、アルテミス嬢やその専属メイドのメイ嬢も、同様な印象をお持ちのようであり、特にメイ嬢におかれては、何となくであるが、その理由らしきものを掴んでいるようなのだが、彼女自身が何度も言っているように、私たち『探偵役』の最大の使命は何はさておき、「オトネ嬢の身の安全の維持以外の何物でもない」のであり、けして『名探偵』気取りの『真相究明』なぞにかまけることが無いものだから、私の疑問は宙に浮いたままにされていた。




 そうこうしているうちにも、被害者と加害者が入れ替わりつつも、どんどんと『行方不明者』が増えていき、ついにウミガメ一族において、主立った人物は、当の次期当主であるオトネ嬢以外は、誰一人いなくなってしまったのである。




 ──そう。まさしくオトネ嬢こそが、『すべての黒幕』であったと、言わんばかりに。




 ……事ここに至っては、その疑いは、非常に濃厚であった。


 しかし、何度も何度も言うように、我々の使命は、『名探偵』気取りで事件の『真相や真犯人』を究明することではなく、何よりもオトネ嬢の身の安全を守り抜くことなのであって、一応それに関しては全うできたと言って良く、我々の任務はこれにて終了したも同然であり、少なくともオトネ嬢を『真犯人』として糾弾することなぞ、まったくお門違いの立場にいたのだ。




 とはいえ、オトネ嬢自身、自分の身近な親戚たちが大勢『行方不明』となったというのに、哀しんだり驚いたり不安がったりすることは一切無く、最後の犠牲者の姿が見えなくなった途端、「もはやここには用は無い」と言わんばかり、さっさと本土に帰る準備を始め、迎えに寄越した量子魔導クォンタムマジックヘリコプターの到着を待って、ヘリポートと向かってしまったので、アルテミス嬢やメイ嬢とともに慌てて追いすがって行って、もはや遠慮無く単刀直入に、「犯人か否か」を問い詰めたところ、




 ──何とあっさりと、こちらからのすべての嫌疑を、認めてしまったのである。




 そこでためらいがちに、現時点のその人物における『属性』を、スマホの画面上に表示することができる、まさしく転生教団特別あつらえの魔法のスマホ、『属性表示スマートフォン』を彼女へと向けてみれば、




 ──何と、これまで彼女自身をも含めて、誰の頭の上にも示されることの無かった、『真犯人(確定)』という文字列が、はっきりと表示されていたのである。

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