第147話、わたくし、名探偵『悪役令嬢』ですの!【大どんでん返し・その2】
「……どうして、どうしてなの? どうして、黙っていてもちゃんと次期当主の座につけることが決定している、オトネさんが、わざわざ同じ一族である、ウミガメ御本家重鎮の皆様を、手にかけなければならなかったの⁉」
あまりに予想外の結末を突き付けられたために、堪らず『すべての黒幕』ご本人に食ってかかるものの、目の前のいかにもシックな純白のブラウスと濃紺の膝丈スカートにほっそりとした肢体を包み込んだ、年の頃十四、五歳ほどの少女は、烏の濡れ羽色の長い髪の毛に縁取られた端整なる小顔の中で黒曜石の瞳を、薄ら笑いをたたえながら歪めるばかりであった。
「そりゃあ当然ですよ、その方は──すべての黒幕は、けしてオトネさん本人ではないのですから」
その時突然、別の方向から投げかけられる、いかにも不可解なる台詞。
振り向けば、メイド衣装に小柄な肢体を包み込んだ、年の頃十三、四歳ほどのおかっぱ頭の可憐な少女が、いつになく険しい表情で、オトネさんのほうを睨みつけていた。
「メイさん? 彼女がオトネさんではないって、一体……」
いや、どこからどう見ても、オトネさんでしょう?
……まさか、私が三つ子の姉妹であるように、今目の前におられるのも、オトネさんの双子の姉妹とか?
「魔王様もさぞや、疑問に思われていたのでは? 今回の連続殺人事件において、一つの事件ごとに、被害者と加害者がコロコロ変わっていったことを。──実はある手段を用いれば、たった一人の犯人によって、今回のすべての犯行を行うことすらも、十分可能なんですよ」
………はあ?
「今回の事件のパターンだと、五回事件が起これば、五人加害者がいるはずなのに、たった一人による犯行ですって? まさかオトネさんが、催眠術でも使って、各事件の実行犯たちを操っていたとか?」
「いいえ、加害行為については一つ残らず、そこにおられる、『オトネさんであってオトネさんではない方』によるものだったのです」
「オトネさんであって、オトネさんではないって……」
「あら? ミステリィマニアの魔王様にしては、随分と不勉強ですねえ。確かにクララ様の熱烈なる愛読書である、『ゲンダイニッポン』のミステリィ小説には登場しないでしょうが、この世界を舞台にした実際の怪事件には、頻繁に登場しているのですよ?」
「『ゲンダイニッポン』には無くて、この世界には、頻繁にあるって…………まさか⁉」
「──そう、『異世界転生』ですよ。今回の連続殺人事件における、
──っ。そうか!
精神体のみの存在である『転生者』であれば、憑依する異世界人を変えていくことによって、前の事件では加害者だった者が、次の事件では被害者になってしまうといった、本来ならけしてあり得ない状況を創り出すことだって、十分に可能でしょうよ。
「……くくく、その通り! 貴様が『なろうの女神』が言っていた、要注意人物の一人である、『
もはや自分の本性を隠すつもりは無いのか、語調をすっかり変えて、オトネ嬢の姿のままで不敵に笑う転生者。
「……チッ、やはりその、『無限再転生』の力は、女神から与えられたスキルでしたか? あの狂言回しが、毎度毎度、余計なことばかりしやがって」
「さあて、どうする? こっちはあくまでも精神的存在に過ぎないから、捕まることも傷つくことも無いけれど、いっそのこと俺の代わりに、このオトネとかいう娘を、犯人として警察にでも突き出すか?」
顔をしかめて毒づくメイ嬢であったが、自分に手を出せないことをわかりきっている転生者のほうは、余裕綽々の表情のままであった。
そんな異形の異邦人に対して、おずおずと声をかける、魔王幼女な私。
「……どうして『ゲンダイニッポン』からの転生者の方が、このような怪事件を起こして、この世界の罪も無き方たちを殺めたりなさったのですか?」
するとどうしたことでしょう、私の言葉を聞くなりその転生者は、本来愛らしいばかりのオトネ嬢の顔をさも憎々しげに歪めて、こちらに向かってわめき立ててきたのです。
「──ふざけるな! このお子様魔王が⁉ すべてはてめえのせいだろうが!」
「なっ⁉」
そのあまりに剣幕に、思わず言葉に詰まってしまう。
……そ、そりゃあ、私はいまだ七歳の、名実共に幼女ですけど、この初雪のごとき純白の髪の毛や、鮮血のごとき紅い瞳が示すように、人外の血を色濃く引いており、年齢に関係なく魔王となる資格を有しているのですが。
「わ、私がお子様な魔王であることと、『ゲンダイニッポン』からの転生者であられるあなたとが、何の関係があると言うのです⁉」
「おう、あるね、ちゃんとあるんだよ! なぜなら──」
そしてそこでいったん溜を置いて、その転生者は、高らかと宣った。
「俺は心の底から、『勇者』となって、この手で『魔王』を退治することを夢見ていて、そのためにこそ異世界転生をしたのだからな!」
──‼
な、何ですってえ、勇者になって、私を退治するつもりだったですと⁉
「それが一体、何なんだ! 実際に異世界に来てみれば、魔王はこんなガキで、しかも最初から勇者と馴れ合っていやがって。最近の惰弱なWeb小説の影響を受けすぎだろうが⁉ 俺はそんな異世界なんて、断じて認めない! 勇者がやらないというなら、この俺が魔王を退治してやる!」
「……まさか、そのためにこそ、今回のこの、奇妙極まりない連続殺人事件を、企てたと言うのですか⁉」
「そうさ! 『なろうの女神』から、貴様が大のミステリィファンで、しかも貴様の実の姉が教皇をやっている聖レーン転生教団において、ミステリィ小説的事件の解決に役に立つと言う『魔法のスマホ』を開発していて、近々このウミガメ一族の相続争いの場をテストケースとして使用させることを聞いていたからな、十中八九貴様がそのスマホを教団から借り受けて、『探偵』面して乗り込んでくるものと予想して、密かにウミガメ一族の、最初の事件の実行犯であり次の事件の被害者となる予定の人物へと、転生をし直して待ち構えていたってわけさ」
「……そしてその後も、加害者と被害者の身体へと、順繰り再転生していくことで、次々に新たなる事件を起こして、最後にはオトネ嬢の身体に転生したってわけなのですね?」
「ふふふ、このような惨憺なる結果となってしまえば、目の前でむざむざウミガメ家の一族を見殺しにした、貴様の名声は地に堕ち、魔王失格として廃位されることになろう。──つまりこれもある意味、『魔王退治』を成し遂げたってことになるわけよ」
「そんな、ただそれだけのために、あなたは罪も無いウミガメ家の人たちを、殺してしまったと言うのですか⁉」
「──『ただそれだけ』とは、何て言い草だ! 勇者になって魔王を倒すのは、俺の子供の頃からの夢だったんだぞ⁉ それをおまえのようなお子様魔王が、フイにしてしまったんじゃないか! それに何が『罪もない』だ? ウミガメ家の人間たちに、最初からお互いに殺し合う気が無ければ、いくら俺にその身を乗っ取られようが、本当に人殺しなんかするはずはないだろうが⁉」
……確かに。
異世界転生というものは、ある意味『催眠術』みたいなもので、本当に『ゲンダイニッポン』から精神体が乗り移ってきたりするわけではなく、元々集合的無意識にプールされていた、ある特定の『ゲンダイニッポン人の記憶と知識』を、この世界の人間が参照しているだけで、自分自身に『殺意』がなければ、人殺しなんかに手を染めるわけがないのだ。
「……でも、ウミガメ家一族の重鎮の方たちは、お互いにライバル的関係にあったので、何かの拍子に殺し合いに発展するのもわからなくもないのですが、いまだ十五歳ほどでしかないオトネさんまで、自分と同じ一族の方々に対して、心の中で密かに殺意を持っていたと言うのですか?」
「そりゃあ、殺意も持つだろうよ。祖父に続いて両親まで亡くしたばかりだというのに、欲に眼をくらんだおっさんたちに無理やり、こんな一族同士のバトルフィールドに『トロフィー』として連れてこられて、馬鹿なおっさんどもが殺し合うのを目の当たりにさせられて。むしろこの娘こそが、一番強烈な殺意を抱いているんじゃないのか?」
──うっ、否定できない。
それなのに私ときたら、『名探偵』気分で嬉々として、あれこれと騒いでいたんだから、オトネ嬢の心証も最悪でしょうね。
「くくく、どうだ『魔王』サマ、今のご気分は? さぞや『名探偵』気取りで、自分の手で事件を見事解決してみせると、粋がっていたんだろうが、結局は誰一人被害者を守ることができず、しかも何よりも大切だった護衛対象を真犯人にしてしまった、今のご気分は?」
わざわざ私の面前まで迫りきて、いかにも嘲るように言い放つ、御令嬢の姿を借りた転生者。
──返す言葉も、無かった。
確かに、実際に凶行に及んだ、転生者自身も許せないが、ある意味今回の事件自体が、私のせいで起こったようなものなのだ。
ウミガメ一族の人たちが、最初からお互いに殺意を抱いていたとしても、何の慰めにもならなかった。
「ぎゃははっ! いいねいいね、貴様のそんな絶望した姿が見たかったんだよ!」
すっかり意気消沈して、うなだれてしまった私の姿を見て、心底嬉しそうに歓声を上げる転生者────であったが、
「──いや、残念ながら、そこな美幼女な魔王様のご威光は、いまだ地に堕ちたりしていないよ?」
突然、ヘリポート中に鳴り響く、涼やかな声。
慌てて振り向けば、そこには一振りの剣を手にした、男装の麗人がたたずんでいた。
足下でぽっかりと口を開いている、やけに大きい、マンホールの出入り口。
「……ホワンロン王国の、一の姫、様?」
そうそれは、魔術と科学のハイブリッド王国の、第一王女『一の姫』にして、けして許せぬ重犯罪を犯した不届きなる転生者を密かに始末しているという、『境界線の守護者』のリーダー殿の、あまりに突然なるご登場であったのだ。
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