第141話、わたくし、けして開けてはならない『パンドラの箱』を開けてしまいましたの。

 次の日、王立量子魔術クォンタムマジック学院に登校した私は、いまだHRホームルームも始まっていない朝から、超ご機嫌であった。


「さあて、誰の『属性』から、拝見いたしましょうかねえ♫」


 手の中でさも大切そうに握りしめているのは、昨日期間限定のお試し用として貸し与えられた、聖レーン転生教団付設特別研究所謹製の、何と内蔵カメラを向けた相手の『属性』を液晶画面内の当人の頭上に表示する、『魔法のスマホ』であったのだ。


「……本当に試されるのですかあ? あんまりいいご趣味とは思えないのですが?」


 そのように控えめに言い諭すのは、本日も当然随行している、私の専属メイドの、メイ=アカシャ=ドーマン嬢であった。


「あら、わたくしがここでやめてしまうと、メイだけが『腐女子・おねショタ属性(重症もはやておくれ)』であることを、白日の下にさらされただけで終わってしまいますわよ?」


「──そうですね! 死なば諸共です! さあ、ご学友の皆さんの『属性』も、どんどんと暴いて参りましょう!」


「うふふふふ、それでこそ、わたくしの専属メイドというものですよ。──では、まずは毎度お馴染みの、取り巻きグループの方々から参りますか♡」


 ──そう、わたくしはあくまでも小手調べとして、すでに気心の知れた、彼女たちを選んだだけであった。


 ……それがまさか、けして開けてはならない、『パンドラの箱』を開けることになってしまうとは。




『餓狼(獲物はセレルーナ公爵令嬢)』




『餓狼(獲物はセレルーナ公爵令嬢)』




『餓狼(獲物はセレルーナ公爵令嬢)』




『餓狼(獲物はセレルーナ公爵令嬢)』




『餓狼(獲物はセレルーナ公爵令嬢)』




『餓狼(獲物はセレルーナ公爵令嬢)』




『餓狼(獲物はセレルーナ公爵令嬢)』




『餓狼(獲物はセレルーナ公爵令嬢)』






「──いやあああああああああああああああっ⁉」






「あ、アルテミス様、どうなされたのです⁉」


「お気を確かに!」


「何も心配はございませんよ!」


「そうです、あなた様には、常に、我々『取り巻きグループ』が、お側に侍っているのですから♡」




「い、嫌! こっちに来ないでえ! わたくしに構わないでえ! ──メイ! メイ! 何をぼさっとしているのです、早くわたくしを助けてちょうだい!」




「……ふっ、人の秘密を暴こうだなんて、淑女失格なことをなされるから、そんな目に遭われるのですよ?」




「ひいいいいっ、すっかり『黒メイ』と化されているう⁉ いやほんと、昨日はすみませんでした! どうかお助けくださあい!」


「さあて、どういたしますかねえ?」


「メイいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!」




「……おい、朝からうるさいぞ、公爵令嬢ともあろうものが、何を騒いでいるんだ?」




 わたくしを中心にして、恥も外聞も無く大騒ぎしていたところに登場した、何とも高貴で凜々しげな少年の一喝によって、途端に場が完全に静まり返った。


「……ルイ、王子」


 そうそれは、我がホワンロン王国第一王子にして、わたくしの元婚約者であられた、金髪碧眼の美少年、ルイ=クサナギ=イリノイ=ピヨケーク=ホワンロンその人であった。


「アルテミス、おまえなあ、もう少し将来の『の巫女姫』としての自覚を持てよ? ガキでもあるまいし、朝っぱらから取り巻き連中と、キャアキャアじゃれ合いやがって」

「あ、あの、一応わたくし、子供なんですけど……」

「だったら、高等部なんかにおらずに、初等部にでも行け。それ相応の覚悟も無しに、飛び級なんかするんじゃない」

「──っ、も、申し訳ございません!」

 至極ごもっとなご意見に、平謝りに頭を下げる、幼女高等部生。

 しかし、そんなわたくしの情けない有り様を、黙って見ていることなぞできなかったのは、『お嬢様命』」の専属メイドさんであった。

「ちょっと、お待ちください! いくら殿下でも、今のは言い過ぎ──」

「──いいの、メイ! お願い、わたくしのために、争わないで! そして、ちょっとこっちに来て!」

 そう言って、半ば強引に、教室の隅っこへと引っ張っていく。

「何ですか、お嬢様。今あの『かませ犬』に、キツいお仕置きをしようと思っておりましたのに」

「ふふふ、まさにその『かませ犬』さんの、真の『属性』を知りたいとは思いません?」

「あっ、なるほど!」

 そうして、二人で黒くほくそ笑みながら、スマホのカメラを第一王子へと、向ければ──




『ヤンデレ』




「…………」


「…………」



「こ、これは、どうしたことでしょう⁉ ルイ王子には、『そんな気』は、まったく窺えないのですけど?」

「もしかして、これって、『アレ』では、ないのですか?」

「アレ、って?」

「……ええと、本当は私が存じ上げていては、おかしいのかも知れませんが、この際その辺のことは置いといて──ほ、ほら、この世界からすれば『反転世界』に当たる、『BL世界』ですよ! そこでのルイ王子って、文字通りヤンデレの権化であられる、『ルイーズ=ヤンデレスキー=ホワンロン』第一王女になられていたではありませんか⁉」

「あっ、そういえば!」

「つまり、ルイ王子自身にも、本質的に、『ヤンデレ』に大化けする素質がお有りで、その『属性表示スマホ』が、あぶり出したとかではないのですか?」

「──それって、乙女ゲーム的には、完全に『地雷キャラ』ではありませんか⁉」

「……ええ、一つでも対応に間違えば、『大惨事』ってやつです」

「で、でも、やはりどう見ても、今のところ、危険な兆候は、まったく感じられないのですけど……」

「だから、平穏無事に済んでいるのではないですか?」

「……つまり、何かの切っ掛けで、大暴走してしまう怖れがあると?」

「いやあ、婚約解消しておいて、大正解でしたねえ、お嬢様♡」

「あ、うん、とにかく今後の事態の展開に関しては、要注意ですわね」


 そのようにこそこそと小声で話し合っていた公爵家主従であったが、さすがに自分のことでもあり、まさしくルイ王子その人が、さも訝しげな表情で問いただしてきた。

「……おい、何を人の顔をチラチラ見ながら、ひそひそ内緒話をしているんだよ、気分わりいなあ」

「──そ、そんな、滅相もない!」

「そ、そうですよ、我々あくまでも、殿下の相変わらずの凜々しき益荒男ぶりに、見とれてしまっていただけでございますですよ!」

「ええ、ええ、まさに、我が国の、第一王子にふさわしき、漢っぷりですこと!」

「いよう、ルイ王子、ニッポンイチ!」

「そ、そうか? いやあ、照れるなあ〜」

 あっさりと乗せられて、にやけ顔で立ち去っていく、チョロ王子。

「……あれで本当に、『ヤンデレ』要員なんでしょうかね?」

「駄目ですよ、お嬢様、ゆめゆめ油断召されるな!」

「はあ〜、それにしても、たった二件目で、もうくたくたですわあ〜」

「……あの、もうよしません? こんな変人だらけのクラスで、『属性スマホ』なんか使おうとなされたこと自体が、大間違いだったのですよ」

「100%同意ですが、ここでやめてしまっては、あまりにも癪ですわ!」

「そのお気持ちも、わかりますが、う〜ん、どなたか、『真の属性』を拝見しても、差し障りのない方は、おられませんかねえ?」

「……仕方ありません、こうなれば、おそらくは堅物ばかりが揃っておられると思われる、メツボシ帝国の学校にでもお邪魔いたしますか」

「──まだ、あきらめないで? きっとこのクラスにも、まともな生徒さんが、一人くらいは、おられるはずですから!」

「メイ、放してちょうだい! そのようなはかなき夢を見たばかりに、何度裏切られたことか! お願い、私を行かせて!」

「心中お察し申し上げますが! どうか御自重を!」

 わたくしたちがまたしても、そのような馬鹿騒ぎを行っていた、まさにその刹那。




「──みんな、お早う! おおっ、アルちゃん、いつも元気だねえ! 今日も一日、よろしく!」




 出し抜けに響き渡る、いかにも明朗快活な少女の声音。


「あっ、アイカ、お早う!」

「きゃあっ、えろいか先生よお!」

「さすがは、ジェット機部隊のエース、『レッド=バロネス』、今朝も男顔負けの凜々しさだぜえ……」

「あのボーイッシュなところが、またたまんないんだよね♡(真・王子様)」

「……姉上、何で二年の教室におられるんですか?(ジミー)」


 たちまちクラスメイトのほとんど全員から、親しげに声をかけられる、自他共に認める学年イチの人気者。


「……お嬢様」

「……いましたねえ、うちのクラスにも」

「「これ以上も無い、安全牌の生徒が!」」

 そうしてそそくさと、スマホのカメラを、クラスメイトへと向ける。

「あ、あれ、今回はやけに、時間がかかりますわね?」

「そりゃそうですよ、何せ彼女は、『女子高生』を始め、『男爵令嬢』に、『乙女ゲームのメインヒロイン』、『空軍ジェット戦闘機部隊の大隊長』、『BL同人作家』、それに『勇者の後継者』といった、『怪人二十面相』も顔負けの、バラエティ豊かな『属性』を、複数お持ちなのですから」

「──逆に言えば、これ以上変な属性が出てくる怖れがないから、安心なんですよね♬」

「おっ、ようやく結果が出そうですよ?」

「どれどれ?」





『スケコマシ(しかも天然の鬼畜系)』






「「はあああああああああああああああああ⁉」」

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