第140話、わたくし、専属メイドの『メイちゃんは中二病』であることを、知ってしまいましたの。

「……『属性表示スマホ』、ですか?」


「──ええ、そうです、是非ともその試用テストを、『の巫女姫』様に行っていただきたいのですよ」


 ホワンロン王国筆頭公爵家の応接室にて、わたくしこと、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ公爵令嬢の対面のソファに座っておられる、漆黒の聖衣にヨレヨレの白衣という珍妙な格好をした、年齢不詳の痩身の男性──世界宗教聖レーン転生教団の教皇庁付設特別研究所のチーフ研究員を自称する、アルベルト=フォン=カイテル司教殿の突然の来訪は、予想だにできなかった目的によるものであった。




 彫りが深く端整なる顔の瓶底眼鏡の奥で、意味ありげに笑み歪められる、靑灰色ブルーグレーの瞳。




「──しかしそれにしても、何でうちのお嬢様なんですか? そもそもあなた方転生教団は、自らの異世界転生促進政策に否定的な、我々ホワンロン王国を『仮想敵国』と見なし、将来その宗教的指導者となり得る『の巫女姫』候補のお嬢様についても、『最重要警戒人物』として、何かにつけてちょっかいをかけてきたのではありませんか?」


 相手のかもし出すいかにも一筋縄ではいかない雰囲気に呑まれていると、わたくしの後ろに立っていた専属メイドのメイが、すかさず口を挟んでくれた。

 しかしその詰問とも言える問いかけに対しても、目の前の聖職者は余裕の笑みを揺るがすことは、微塵もなかった。

「いえいえ、我々は国家でも軍隊でもなく、あくまでも宗教団体ですので、れっきとした独立国であられる貴国を、『仮想敵国』扱いにするなんて、とんでもない! それにあなた方も、異世界転生というものを頭ごなしに否定されているわけではなく、この世界そのものや住人の方々に対して害を及ぼす怖れのある、不法な転生者の横行が許せないだけなのであって、正当な転生者の方々がもたらしてくださる、『ゲンダイニッポン』の最新の技術等は、むしろ進んで受け容れておられており、だからこそ現在の他国の追随を許さない、『魔法と科学のハイブリッド文化』が、貴国において花開いているのではないですか?」

「──ぐっ、た、確かに、それは、そうですけど……」

 文句の点けようのないまったくの正論を突き付けられて、言葉に窮する我が専属メイド。

 ──おおっ、あの屁理屈屋のメイを、こうも見事にやり込めてしまうなんて、この司教さん、ただ者じゃありませんわね⁉

 しかしそこは自他共に認める万能メイド、一方的に言われっぱなしにされるのをよしとはせずに、高らかにまくし立てる。




「──いやそもそも、何なんですか、その『属性表示スマホ』って? スマホの画像内に映し出した人物の頭上に、当人の『氏名』や『種族名』や『レベル』や『代表的スキル』等々の、基本的個人情報を表示できるなんて、どこかのWeb小説やラノベそのまんまな、『ゲーム脳』機能は⁉ そんなこと、いくら剣と魔法のファンタジーワールドとはいえ、れっきとした『現実世界』において、そう易々と実現できて堪るもんですか!」




 途端に沈黙に包み込まれる、広大で豪奢な応接室。

 ……実はそうなのです。

 今回司教さんが持ち込んできた量子魔導クォンタムマジックスマートフォンは、教団のほうで特別に改良を施した最新型で、何とほとんどのゲームでよく見られるように、スマホのカメラを向けた人物の、液晶画面内に映し出された画像の頭上には、いわゆる『属性名』が表示されるようになっており、例えば某『姉ちゃん』にスマホを向けた場合だったら、その頭上には、『中二病』とか『世界観保○者』とかと、表示されることになると言うのです。

「……いやでも、ほとんどのWeb小説やラノベのように、何のひねりもなく、ゲームそのままに、何もない空間に文字が浮かび上がるよりも、よほどましではないでしょうか?」

「──うぐっ」

「それにこれは、量子魔導クォンタムマジックスマホの基本機能である、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の『記憶と知識』が集まってきていると言われる、ご存じ『集合的無意識』との常時アクセスによってもたらされているものなのですから、自分のすぐ目の前にいる人物の、基本的個人情報を瞬時に収集して文字表示することくらいなら、十分可能なのですよ」

「……き、汚え。そんな風に、集合的無意識とか量子論とかいった、いかにももっともらしいことを持ち出されると、反論しづらいではありませんか⁉」

「あれ? これってむしろあなた方ホワンロン勢の、『常套手段』だと伺ったのですが?」

「──ぐはっ!」

 あたかも『特大ブーメラン』でも突き刺さったかのごとく、胸元を押さえて悶絶する我が専属メイド。




「それにご安心ください、『属性を表示する』と言っても、その人物の『真の正体』を暴き立てるとかいった、『ネタバレ上等!』のいろいろな意味で危険なやつではなく、現時点においてどんな思惑や立場に立って、行動しようとしていたり興味を持っていたりするのかといった、あくまでも差し障りのない『表層的な情報』しか表示できませんので、ちょっと手の込んだ『パーティグッズ』のようなものだと思って、気軽に使っていただきたいのですよ」




 ……パーティグッズって。

 なんか話が一気に、俗っぽくなりましたわね。

 その思いはメイも御同様だったようで、すぐさま司教さんに対してクレームをつける。

「そのようなパーティグッズそのもののふざけたスマホを、何ゆえわざわざ我が国にまで持ち込んできたのですか? 普通に教団の信者の方にでも試用してもらえば、よろしいでしょうに?」

「もちろん信徒の皆様にも、試用をお頼みしておりますけど、より広範囲に試用してくださるモニターの方を募りたいのですよ」

「はあ?」




「実はこのたび、全異世界において統一ルールとして、『転生法』という法律を作ることになりましたのですが、実はこれって、我々転生教団における第一教義たる、『ゲンダイニッポンからの異世界転生の促進』を積極的にはかっていくと同時に、そのために生じるであろう各異世界における混乱や不利益をできる限り抑制することを目的としておりまして、今回のこの新型スマホも、この我々にとっての『現実世界』において、ゲームならではのギミックである『ステータスウィンドウ』や『属性表示』を実現することで、『ゲンダイニッポン』の方々にとっては未知の存在である異世界において、彼らが慣れ親しんでいる『ゲーム風』の仕掛けシステムを施すことによって、ご興味をお引きしようと目論んでいるのですが、実際にスマホの各種機能がその目的に合致しているかどうかを、むしろ異世界転生の促進に懐疑的なホワンロン王国の方をも含めて広く意見を求めることで、より柔軟な改良を行っていこうと思っておりますのですよ。──それにこのスマホの新機能については、うまくお使いになられれば、『の巫女姫』様の健全なる育成に大いに役立てることができるのではないかと、愚考いたすところでございますけど?」




「──っ」

 司教さんのいかにも思わせぶりな台詞に、なぜか過剰とも思える反応を見せる、我が専属メイド。

「……教団の末端の研究者ごときが、知った風なことを」

「おや、お気に障りましたか? それは大変申し訳ございません」

「いえ、確かにおっしゃる通り、お嬢様にとって、けして不利益マイナスにはならないでしょう」




「と、すると、今回の件は、お受けくださる「──わあい、早く、貸して! 貸して!」「ちょっ、お嬢様⁉」




 事実上の、メイの『お許し』が出た途端、もはや辛抱たまらず、司教さんから奪い取るようにして、新型スマホを渡してもらう。

「にひひ、まず最初に何と言っても、メイの『属性』は、と…………」

「なっ⁉」

 慌てて顔を反らすメイだが、もう遅い、すでにスマホのカメラは、ロックオン済みだあ!


 そう、前から思っていたのよねえ、『うちのメイドは、ただ者じゃない』って。


 何か他の人たちも、メイのことを、『語り部』とか『内なる神インナー・ライター』とかって、意味深な名称で呼んだりするし。


 アイカさんの中で甦った、『いにしえの勇者』とも、数百年の時代を超えて、『お友だち』だったようだし。


 そんな、下手するとこの世界自体の根幹に関わるかも知れない『真相』であろうとも、もしかしたらこの教団仕込みの特製量子魔導クォンタムマジックスマホを使えば、すべて白日の下にさらけ出すことができるかも知れないのである。


 これで興奮するなと言われても、無理な相談というものであろう。


 ──そして私は、液晶画面の下方に並んである、『SWステータスウィンドウ』と『CNカテゴリィネーム』という二つのボタンのうち、『CN』のほうをタップしたのであった。


 その刹那、画面内のメイの画像の上に表示された、文字はと言うと──




『腐女子・おねショタ属性(重症もはやておくれ)』




「…………」


「…………」


「…………」


 完全なる沈黙に包まれた応接室の中で、しばらくたってから、どうにか気を取り直したわたくしは、重い口を開いた。

「……メイ?」

「あ、はいっ」

「昨日、急に遠い親戚の方が危篤になられて、臨時に休暇を取ったけど、あれってまさか?」

「も、申し訳ございません! どうしても手に入れたい、『ショタ提○本』がありまして、『艦○れ』オンリー即売会に行っておりました!」

「知らない間に、うちのメイドの『腐り度』が、悪化している? もうそれって、一般的なBLですらないじゃないの⁉」

「いやあ、いいものですよお〜、『おねショタ』って♡ お嬢様も一度ご覧になってみてください、きっとハマりますよ!」

「──しかも自分が仕える公爵令嬢まで、同志ナカマに引き入れようとしている、だと⁉」

 結局いつもと変わらず、馬鹿馬鹿しい言い合いに終始する、悪役令嬢主従。

 それを生温かい目で見守りつつ、おもむろに口を開く司教さん。

「どうです、これでそのスマホの性能については、ご納得いただけたのではないでしょうか?」

「──うっ、確かに」

「あ、そうか、メイったら、『それはそのスマホの誤動作だ! 私はあくまでも潔白なのです!』とでも、言い張ればよろしかったのに」

「──うっ、確かに」

 ……あまりに唐突に図星を指されたものだから、言い訳をする余裕すらなかったのでしょう。


 でもこれで、このスマホが、大変『使いよう』があることが、判明したわけですわね。


 ……うふふふふ、明日にでも学院に持ち込んで、いろいろと試してみれば、きっと『面白いこと』が、たくさん発見できることでしょうね♡


 いまだ頭を抱えて苦悩し続けているメイを尻目に、私は胸中であれこれと『悪巧み』を巡らせていった。




 ──だから、気がつかなかったのである。




 転生教団の司教にして、口にするのもはばかれるとんでもない秘密実験ばかりを行っている、特殊研究所の事実上の指導者が、私たちのほうを見ながら、密かにほくそ笑んでいたことを。

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