第139話、わたくし、ひな祭りくらいは、「ただの女の子に戻りまーす♡」の。
──私の名前は、アルベルト=フォン=セレルーナ。
このホワンロン王国筆頭公爵にして、『
……いや、わざわざ言われなくても、十分わかっております。
とにかく『影が薄く』て、『そんなのいたの⁉』キャラであることは、自分でも百も承知です。
特に、いくら王国随一の筆頭公爵としての重責を担っているとはいえ、常日頃いまだ幼い娘をほったらかしにしていることについては、申し開きようもございません。
──ただでさえあの子には、物心つく前からすでに、母親がいなかったというのに。
だから、
「──旦那様、そのお荷物、
王城からの帰り道、揺れる馬車の中で直立不動の姿勢を微塵も揺るがさずに、すでに幾度も繰り返してきた申し出をする、侍従長。
確かに、結構な大きさのある、今日のために特注した品物を入れた木箱を、自分が座っている座席の横の空いたスペースに置くこともなく、公爵自ら抱え続けることなぞ、さぞや珍妙な有り様であろう。
「……いや、構わん、せめて今日だけは、アルに手渡すまで、私に持たせてくれ」
「左様でございますか? ──しかし、良うございましたなあ、この王都に、『ゲンダイニッポン』から転生してこられた、元ニホン人形師の方がおられて」
「……ああ、出来映えのほうも、大したものだ。アルもきっと喜んでくれるだろう。──よくぞ腕のいい職人を見つけてくれた、セルバンテス、礼を言うぞ」
「いえいえ、滅相もございません。──それにしても、ふふふふふ」
私のねぎらいの言葉に畏まりながらも、次の瞬間、何だか思わせぶりなキショい含み笑いを漏らし始める、どこかの創作サイトのような名前の、公爵家侍従長。
「──む、セルバンテス、何か言いたいことでもあるのか?」
「いえ、旦那様ってば、職人の方にやけに細かなご指示をなされていたと思えば、出来上がった、女性の貴人のほうの人形──『オヒナサマ』ですか? どことなく、亡くなられた奥様の面影が、窺えるのですがw」
「──ち、ちげえよ、そんなんじゃねえよ、単なる偶然だよ! セルバ、おまえ最近、耄碌したんじゃねえのか⁉」
いきなりの思わぬ図星の言葉に、焦りまくり地の自分をむき出しにして食ってかかるものの、私のことなぞ幼い頃からすべて知り尽くしている老獪なる
「ほう、つまりは、単なる偶然であったわけでございますね? ええ、ええ、さぞかしこの偶然は、お嬢様のためになるとともに、奥様にとっても、
「──っ。……いや、そうだな、この日があいつの命日だからこそ、せっかくの『ゲンダイニッポン』
「大丈夫ですよ、お嬢様もきっと、そんな旦那様のお気持ちを、わかってくださいますよ」
「……本当に、そうだといいな」
ただでさえ、『
──せめて今日だけでも、あの子に、誰か他人を気遣うのではなく、あの子自身のためだけに、心からの笑顔にしてやりたいと思った。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
屋敷へと帰り着き、早速娘の部屋へと、秘密のプレゼントを手に訪れてみると、
──彼女は、心からの笑顔をたたえて、文字通りはじけ飛ばんばかりに、今日という日を満喫していた。
「──そうれ、お内裏さ〜まと、お雛さま〜♪♫」
「──ふ〜たり並んで、スガシ○オ〜♬♩」
「「「──ぎゃははははっ! な、何よ、『スガシ○オ』って⁉」」」
……な、何なんだ、この有り様は?
私は間違いなく、最愛の娘──我が王国筆頭公爵家令嬢にして『
──なのに、どういうことなんだ、この『乱痴気騒ぎ』は⁉
とても公爵令嬢の居室とは思えないまでに、テーブルの上やソファの上やベッドの上──それに何と、床の上にまで、場所を問わず部屋中に散らばっている、食べ物や飲み物や遊び道具やその他のゴミの山。
しかも室内にいるのは、部屋の
……いや、アルとメイを含めて、何かみんな『生きた人形』みたいに見えて、ちょっと怖っ。
「──ああっ、そこにいらっしゃるのは、『パパン』様ではありませんかあ♡」
そうこうしているうちに、アルが私の来訪に気づき、あたかも突進するかのようにして抱きついてきた。
「──臭っ! 酒臭っ! まさかおまえ、幼女のくせに、お酒を飲んでいたのか⁉」
「まさかあ、けたけたけた、今日はひな祭りれすので、ただの甘酒に、決まっているではないれすかあ? けたけたけたw」
「その『甘酒』って、カルーアミルクとかカシスオレンジとかの、『甘いお酒』って意味だろうが⁉」
「……もう、パパンたら、
「──何急に、言い出しているの⁉」
「パパ〜ン、おこづかい、ちょうだあ〜い♡」
「その『パパン』は、本当に『父親』という意味で使っているのか⁉」
そのように私が、酔っ払った幼女に絡まれて、文字通りの『ロリコン公爵』を、強制的に演じさせられていると──
「まあ、ここは慌てずにどっしりと構えて、父親の風格を見せつけるの」
なぜかひな祭りだというのに、季節外れのミニスカサンタコスに身を包んだ、
「……君は?」
「あたし、メリーさん。『ゲンダイニッポン』における、『捨てられた人形の都市伝説』なの。──ちなみに他のみんなは、かの有名な『呪いの雛人形』なの」
「「「チース、呪いの雛人形、
「──本当に、全員、人形じゃねえか⁉」
思わず、我が国の最重鎮の公爵家当主らしくもなく、本気で突っ込むとともに、自称『メリーさん』に食ってかかっていく。
「何で、『ゲンダイニッポン』の都市伝説や呪いにまつわる人形たちが、娘の部屋に集まっているんだよ⁉」
「一応あたしは、娘さんの友達なの。雛人形たちは人形繋がりで、以前より知り合いだったから、今日はひな祭りということもあって、あたしが連れてきたの」
「百万歩譲って、友人である君はいいとして、ひな祭りだからって、何で『呪いの雛人形』なんて呼ぶんだよ⁉ せっかくのめでたいお祭りが、台無しじゃん!」
「………………………今すぐ、その口を閉じるの、このボケおやじっ。
「──‼ そうか、『
「生まれながらに『悪役』となることを義務づけられた、あの子のことを本当に理解してやれるのは、同じ『悪役』である、あたしたちだけなの」
「……すまない、君は心から、あの子のことを理解してくれているのだな? そういうことなら、これからもどうぞよろしく頼むよ」
「──ッ、そんなの、当然なの、言われるまでもないの!」
そう言うやそっぽを向き、私の許を離れていく、案外シャイな、都市伝説の幼女人形。
そこで私は、密かに娘に付けていた『監視役』に、事の次第を正すことにする。
「……メイ、これはどういうことだ? おまえが付いていながら、少し羽目を外しすぎではないのか?」
『友達』と馬鹿騒ぎをするのはいい、たとえそれがオカルティックな人形であろうと。
しかし、いくら年齢制限のない剣と魔法のファンタジーワールドといっても、年端もいかない幼女に、過度に飲酒させるなど、言語道断であろう。
けれどもそのメイドは、公爵家当主からの叱責を、真正面から斬って捨てた。
「だったら、旦那様がお止めしてくださいますか? ──あんなに幸せそうに、心の底から笑われている、お嬢様のことを」
「──っ」
言われるがままに、改めて、
とても由緒正しき公爵令嬢とは思えない、はしたないまでの乱れっぷり。
『我が王国最上級の貴族の令嬢』なぞ、どこにもいやしなかった。
──そう、そこにいたのは、心底楽しそうに笑い続けている、『ただの女の子』だったのだ。
「……ルナス」
そうだった、『あいつ』と初めて会った時も、『ただの女の子』に過ぎなかったっけ。
伝説の予知能力の巫女の一族に生まれながら、異能の力をまったく有さず、『無能』のレッテルを貼られて、厄介者扱いされていて。
だけど私には、そんな『普通の女の子』である『あいつ』のことが、誰よりもまぶしく見えたのだ。
「……旦那様、ひょっとして、泣いておられるのですか?」
「──やかましい、こざかしき『語り部』めが、どうせすべては、おまえの
そんな照れ隠しの憎まれ口を叩きながらも、手に持っていた例の贈り物を、メイド服へと押し付ける。
「……これを後で、アルに渡しておいてくれ」
「──あ、はいっ! 確かに、お預かりいたしました!」
そして私は踵を返し、セルバンテスだけを伴って、その場を後にする。
「……ご自分で直接お渡ししなくて、よろしいので?」
「良い、あの子のあんな姿を見られただけで、もう十分だよ」
……とはいえ、あの子の行く手に、これから数え切れない試練が待ち受けているのに、何ら変わりは無かった。
今日一日だけの、羽目を外したお祭り騒ぎなど、何の慰めにもならないのかも知れない。
それでも私は、あの子のことを心から思いやってくれている、友人や従者がいることがわかっただけでも、嬉しかった。
そうだ、もしもあの子が、自分の運命の重圧に耐えきれなくなった時は、周りのみんなで支えてやればいいのだ。
もちろんその中には、彼女の父親である、私だって含まれているだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます