第142話、わたくし、メインヒロインの女性関係が爛れすぎて、心配ですの。

「……アイカさんの真の属性が、『スケコマシ(しかも天然の鬼畜系)』、ですって?」




 その時、あまりに予想外の結果を表示してしまった、聖レーン転生教団による特別あつらえの量子魔導クォンタムマジックスマートフォンを手にしながら、わたくしことアルテミス=ツクヨミ=セレルーナ公爵令嬢は、うめくようにそう言った。




「……ふむ、そういえば、さっきから気になっていたのですが、やはりここは、ご本人に確認してみますか」


「え? め、メイ?」


 何だか意味深なことをつぶやくや、すでに自席にて授業の準備を始めておられる、男爵令嬢にしてこの王立量子魔術クォンタムマジック学院におけるわたくしたちの学友であり、また同時に我がホワンロン王国空軍の最新鋭ジェット戦闘機部隊の大隊長でもあるという、文字通り二足のわらじをはいている、アイカ=エロイーズ嬢の許へと歩み寄っていく、わたくしの専属メイドであるところのメイ=アカシャ=ドーマン嬢。

「──失礼ですが、アイカ様」

「うん、何だい? メイちゃん」




「──その、ずっと身の回りにけておられる、十数名の女性の方たちは、一体『ナニ』なのですか?」




 その途端、あたかも惑星自体が静止したかのように、教室内の誰もが硬直した。


 特に当のアイカの嬢の顔面を滝のように流れ落ちる冷や汗は、見ていて気の毒になるほどであった。


「……めいチャン? きみガなにヲいッテイルノカ、わたしニハ、ぜんぜんワカラナインダケド?」


 更には、歪な笑顔を浮かべながら、なぜだか片言言葉でごまかそうとするものの、そうは問屋卸さない我が専属メイドであった。

 彼女が、例のタブレットPCタイプの魔導書を取り出して、何事か書き込むや、


 ──文字通り、教室内の様相が、一変した。




「「「なっ⁉」」」




 驚愕に目をむく、わたくし自身をも含む、生徒一同。

 それも、無理はなかった。

 何とアイカ嬢の周囲に忽然と、十数名の少女たちが現れたのである。


 痩せぎすの青白く醒めた肌を包み込む、純白の和服に、長い長い漆黒の髪の毛に縁取られた、整っていながらも何の感情も窺わせない、文字通り人形そのものの小顔。




 そしてその中で、昏く沈み込んでいる、闇夜を凝らせたかのような漆黒の瞳。




「──見損ないましたわよ、アイカさん!」


「な、何だよ急に、アルちゃん⁉」




「このような年頃の娘さんのから、何人も取り憑かれたりして、一体どのような非道を繰り返してこられたのですか⁉」




「──ふえっ、亡霊だって⁉ ち、違うよ! 誤解だよ!」


「……白々しい、そんな『ジャパニーズ・ウラメシヤ』ルックスをしておられる方たちを前にして、言い逃れようがあるわけないでしょうが⁉ ──ご覧なさい、クラスメイトの皆様の、あなたという『女の敵』を見る目を!」


「──おわっ⁉ ちょ、ちょっと、みんな、やめて! そんな、クズを見るような目つきは、やめてちょうだい!」


 教室内のほぼ全員からの、心底蔑みきった辛辣なる視線の集中砲火に、さすがの『天真爛漫元気娘』も、堪らず音を上げた、


 まさにその時。




『……お願い、やめて。あるじ様を、もうこれ以上、傷つけないで』




 アイカ嬢のすぐ面前に背中を見せて、あたかも彼女を庇うかのように不意に姿を現す、またしてもモノトーンの矮躯。


 しかし先ほどの皆様がスタンダードな『黒髪ロングの死に装束』系なら、こちらはまさしく『トイレの花子さん』を彷彿とさせる、昭和の香り高き、おかっぱ頭の五、六歳ほどの幼女が、一人っきりでのお出ましであった。


「……『幽霊』だけでなく、幼女の『都市伝説』までも手込めにして、『あるじ様』なんて呼ばせて……どこまで堕ちれば気が済むの⁉ アイカさん!」




「どこにも墜ちてないよ! それってむしろ、戦闘機乗りには『禁句』だよ⁉ この子たちは『幽霊』でも『都市伝説』でもなくて、みんな『アニマ』なんだってば!」




「……へ? 『マニア』って、『ゲンダイニッポン』において、大陸からの侵略軍に対する、航空自衛隊の切り札的存在である、美少女の姿をした、特殊改造戦闘機の操縦システムだっけ?」


「言い方! そっちじゃなくて、むしろ私たちホワンロン勢による解説コーナーでもお馴染みの、『ユング心理学用語』のほうの、本家本元の『アニマ』だよ!」


「は? ユング心理学用語の、『アニマ』って……」


「男性が見ている夢の中に現れる、自己の『女性性』が具象化したものだよ」


「夢の中って、これはあくまでも現実ですし、アイカさんも、れっきとした女性ではありませんか?」


「何でも夢魔サキュバスであるミルク次官の力の暴走によって、彼女の周囲に限定されていた『夢と現実との混在現象』が広範囲に広がっているらしいよ。──そして、何で戦闘機の『アニマ』が女性限定であるかについては、古来欧米では戦闘機は『女性』と見なされているからであって、そこにパイロットの性別は関係無いらしいんだ」


「──おお、何か後半のほうは、本家オリジナル(?)の設定を補足してあげたようなものではないですか! まあ、大体のところは納得しましたが、何で戦闘機の『アニマ』が、そんなに大勢アイカさんに取り憑いておられるのです? 確かアイカさんの愛機は、Ho229ただ一機だと思っておりましたが?」


「あ、うん、まさにそのHo229の『アニマ』こそが、こっちのおかっぱの子で、あっちのお姉さんの団体のほうは──」


「ほうは?」




「この前の作戦行動において、私が撃墜した、『零戦のアニマ』なんだ」




 ………………………………へ?

「ちょっ、ツッコミどころ満載なんですけど? 何でご自分の撃墜した、しかもホワンロン王国空軍とは関わり合いのない、『零戦のアニマ』なんかを引き連れておられるのですの⁉」

「別に私だって、好きで引き連れているわけじゃないよ!」

「はい?」

「『アニマ』って、基本的に、本体である戦闘機から離れられないんだけど、私みたいな専属パイロットである魔法操縦士の魔導力を供給することによって、戦闘機が無いところでも存在できるようになるんだ」

「それは、そっちの小さな『Ho229のアニマ』のお話でしょう? 『零戦のアニマ』は、零戦のパイロットにくっついてないと、おかしいのでは?」

「……いないよ」

「え?」




「この子たちの、パイロットたちは、もういないんだ。『ゲンダイニッポン』の昔の大戦争の時、『神風特攻隊員』として、死んでしまったんだよ」




 ──‼

「……そうですか、その方たちは、この世界のレプリカの零戦ではなく、『ゲンダイニッポン』における、オリジナルの零戦の『アニマ』でしたの」

「まあ、私たちホワンロン空軍と戦った時には、メツボシ帝国のレプリカの零戦を操っていたんだけどね。──それで、私と会戦した時点ですでに、残留思念みたいになっていて、まさしく消滅する寸前の状態で、私がレプリカの零戦を撃墜した段階で、成仏(?)するはずだったんだけど、ご存じの通り私の身の内に無尽蔵に蓄えられている、膨大なる魔導力に引き寄せられて、本体の零戦が無くなっても、私の側にさえいれば、こうしてずっと存続できるようになってしまったんだよ」

「えっ、そうだったんですか? それで、アイカさんはそれでいいんですの? その方たちに取り憑かれていると、常時魔導力を奪われてしまうんでしょう?」

「何か、私の魔導力って、次から次にどんどんと発生し続けているみたいで、この子たちが取り憑いてからも、別に心身共に異状は感じられないし、必死にすがりついてきているに、斬り捨てて消滅させるのも忍びないし、まあ、邪魔にならないなら、くっつけておいてやろうと思ってさあ」

「──何その、許容力フトコロのとてつもない深さは? そんなに亡霊を集めて、合体させて『大髑髏』として戦力にしたり、ゴリラみたいにドラミングでもさせるおつもりですの⁉」

「だから、『亡霊』じゃなくて『アニマ』だったら! それにそれって、他の作品の話でしょう⁉」

 ……おっと、いけません、何だか話が脱線してしまいましたわ。


 ──それでは、そろそろ『一番重要な点』に、言及することにいたしますか。




「……ええと、アイカさん、このことについては当然、当代の魔王様──つまりは、クララちゃんには、ちゃんと知らせているんですわよね?」




「………………………………え?」




 わたくしの確認の言葉に、まるで世界そのものが凍り付いてしまったかのように、完全に静止してしまうクラスメイト。


「……え、まさか、いまだお伝えしてないとか? し、信じられない……ッ」


「──いやいやいや、待って待って待って! どうして私が、自分の個人的な事情を、クララに教えなければならないんだよ⁉ 第一私と彼女は、勇者と魔王という、敵対関係にあるんだよ!」


「ああ、そうですか? では、僭越ながらわたくしめが、現在の状況と、今のあなたの台詞をそっくりそのまま、クララちゃんにお伝えしてもよろしいんですね?」




 さっと量子魔導クォンタムマジックスマホを取り出す、わたくし


 ばっと一瞬で迫りきて、スマホを押さえつける、アイカさん。


「……要求は、何だ? 金か、権力か、それとも女か?」


「──なんかものすっごいハードボイルド調の顔で、ささやくのはやめてくださらない⁉ やっぱりクララちゃんに聞かれるのは、まずいんじゃないですか?」


「お願いします! 何卒このことは内密に! 今日からあっしのことは、『犬』とお呼びください、『御主人様』!」 


「ついに、キャラ崩壊した、だと⁉ ──わかりました、わかりましたから! クララさんには、ひとまず黙っておきましょう」


「あ、ありがとうございます、御主人様‼」


「だから、それはもう結構だと、申し上げているでしょうが⁉ ……でも、ちゃんと時機を見て、あなたの口から、お伝えするのですよ?」


「う、うん、わかっている、約束するよ!」


 そのように、一応話がついたかのように思えた、

 その刹那であった。




「──いいえ、それには及びませんわ」




 いかにも唐突に朝の教室に鳴り響く、高等部の校舎には場違いすぎる幼き声。(おまえが言うな)


 クラスメイト全員で咄嗟に振り向けば、入り口の手前にたたずんでいたのは、年の頃七歳くらいの華奢な矮躯を、漆黒のネオゴシックのワンピースドレスに包み込んだ、目を見張るような美少女であった。




 あたかも初雪そのままの純白の長い髪の毛に縁取られた、端整なる小顔の中で、冷徹に煌めいている、鮮血のごとき深紅の瞳。




「……クララ、ちゃん」




 そうそれは、紛う方なく、魔族国の現国王、クララ=チャネラー=サングリア嬢のご登場であったのだ。


「お久し振りですわね、アイカお姉様、ヴァレンタインデー以来でしたか? 私の手作り本命チョコレートのほうは、お召し上がりいただけましたでしょうか? ──それとも、そこな可愛らしいおかっぱ頭の『アニマ』さんの、胃袋に消えたとか? しかもどうやら、養わなければならない『アニマ』さんが増えたご様子で、大変ですねえ」


「うえっ、い、いや、これはですねえ、少々事情がありまして……」




「──ああ、だから、言い訳はご無用だと、申し上げているでしょう、『スケコマシ(しかも天然鬼畜系)』さん?」




 いきなり懐からマットブラックの量子魔導クォンタムマジックスマホ取り出しながら、あっさりと驚愕の台詞を述べる、魔王幼女。


 ──なっ、まさか⁉


「えっ、スケコマシって! 何だよ突然、クララちゃん⁉」

「……いえ、アイカお姉様は、ご存じになられなくて、構わないのです。──本日はむしろ、『の巫女姫』様にご挨拶にお伺いしたのですから」

「そ、そうなの?」


 そしてこちらへと向き直る魔王様であったが、あえてわたくしのほうから口を開いた。

「……クララちゃん、もしかしてそのスマホって」


「ええ、私の実の姉である、アグネス=チャネラー=サングリア──すなわち、聖レーン転生教団の現教皇聖下御自らより貸し与えられた、『属性表示スマホ』ですわ」


 ──っ。


「……やはり、そうですか。──それで、私に一体、何のご用がお有りなのですか?」

 そのように恐る恐る尋ねるや、一瞬なぜかアイカさんのほうをチラ見してから、いかにもわざとらしいモデル立ちとなって、これまでになく不敵な笑顔ドヤガオをたたえながら宣う、魔王陛下。




「アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ公爵令嬢殿、お互いにこの『属性表示スマホ』を使って、『魔王探偵』と『悪役令嬢探偵』として、勝負いたしましょう! ──もちろん舞台は言うまでもなく、ミステリィ小説そのままの、人智を超えた怪事件の場にて!」

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