第127話、わたくし、『アニマ』と言えばむしろ、『アジ○フ先生』を思い出しますの。

「うふふふふふふふ」


「あははははははは」


「くすくすくすくす」


 私こと、男爵令嬢にして、ホワンロン空軍最新鋭ジェット戦闘機隊大隊長の、アイカ=エロイーズ少佐が、久方ぶりに空軍基地に来てみれば、なぜだか隊員のほとんどが寝泊まりしている隊舎が、これまでとはまったく趣を異にした、華やかながらも摩訶不思議な雰囲気に包み込まれていたのであった。


「……どうなっているの、これって一体?」


 隊舎の至るところを、笑いさざめきながら駆け回っているのは、とても空軍関係者とは思えない、これまではけして見かけたことのなかった、少なくとも十数名から二十名くらいはいるものと思われる、十四、五歳ほどの少女たちであった。


 長い銀髪に縁取られた彫りの深く端整な小顔の中で煌めいている、髪の毛とおそろいの銀色の瞳に、薄手の純白のワンピースだけをまとった、あまりにほっそりとした華奢過ぎる白磁の肢体という、あたかも妖精の類いすらも彷彿とさせる有り様は、ここが軍の施設という現実すらも忘れさせて、まるで神話やおとぎ話の中にでも迷い込んだかのような、錯覚すらももたらした。


「……この隊舎って、前から女子校の寄宿舎っぽいイメージがあったけど、現在の状況ってもはや、『フェアリーテイル』そのままじゃん」


 それにしても、数十名もいる全員が全員とも、非常によく似た顔つきや体つきをしているように見えるのは、果たして私の気のせいなのだろうか?


「あっ、中じょ………………………………う?」


 隊舎の廊下の曲がり角の向こうから姿を現した、中将の階級にありながらなぜだか、少佐である私より格下の中隊長の任を担っている、現場第一主義者のアーデルハイド=ガーランド嬢に向かって呼びかけようとしたところ、その後ろをあたかも従者か秘書でもあるかのように、楚々とした挙動でついてきた人物が目に入るや、言葉に詰まった。

「ちゅ、中将、その、彼女……って⁉」

「うん、どうした、エロイーズ大隊長殿、完全にカミカミになっているぞ?」

「だ、だから、中将の後ろの彼女は、一体何者なんです⁉」

 そうなのである、何と中将ったら、さも当たり前のようにして、例の妖精のような不思議少女を一人だけ、後ろに引き連れてご登場なされたのだ。


 ──だが、驚くのは、まだまだ早かった。


 目の前の、『ビューティ』と言うよりも『ハンサム』と言ったほうがお似合いな、麗人のつややかな唇から放たれる、禁忌の言葉。




「──ああ、この子かい、この子は私の、『アニマ』だよ」




 ちょおおおおおおおおおおおおおっとおおおおおおおおおおおおお────!


「よりによって、何てこと言い出すんですか⁉ ただでさえ戦闘機のパイロットが女の子だらけとかいった、むやみやたらと共通点が多くて、疑問視されているというのに!」

「うん? 少佐が何言っているのか、皆目わからないけど、この『アニマ』というのは、純粋に心理学用語だぞ?」

「へ? 心理学用語って……」

「本作においては、もはやすっかりお馴染みの、ユング心理学だよ。男性の『無意識人格』の女性的な側面を指し、男性の見る夢の中に現れる女性こそを、『アニマ』の具現化と見なす──というのが、一般的な見解かな」

「……ああ、確かにそういった話を、どこかで聞きかじった覚えがありますよ。──それでちょっと、質問があるのですが?」

「何だい?」

「中将って、女性ですよね」

「そりゃあそうだろう、こんな美女をつかまえて、今更何を言っているんだね?」

 ……確かにあんたが美女であるのに異論はないが、普通自分で言うかねえ?

「いやでも、アニマってのは、『男性にとっての女性的側面の具現』なんでしょう? だったら女性である、中将のところに現れるのはおかしいのでは?」

 そんな私の至極ごもっともな言葉を聞いて、いかにもかったるそうに頭をかく中将。

「おそらくだが、私たち第44中隊の隊員の『中身』って、あちらの世界の第二次世界大戦中のドイツの戦闘機乗り──もちろん全員男性──だったわけじゃないか? よって、精神世界である夢の中に現れるのも、女性形のアニマのほうになるってわけなんだろうよ」

「──そうそう、そこなんですよ! 私が最も聞きたいのは! 何で夢の中でこそ具現化するはずのアニマが、こうして現実世界に現れているのですか⁉」

 そのように、私が続けざまに指摘した、

 ──まさに、その時。




「それについては、私のほうから、ご説明するわ♡」




 唐突に背後から聞こえてきた、婀娜っぽい声。

 思わず二人して、振り向けば──




「「でけえっ⁉」」




「うふふ、ミルクもしぼれば、『サキュバスですの〜と』もしたためる、人呼んで『ミルクの次官』よ♡」




 そう、そこにいたのは、ファンタジーワールドきってのお色気モンスターサキュバスであり、人並みならぬ巨乳がトレードマークの、ホワンロン空軍次官たる、エアハルト=ミルク元帥その人であった。

 私はそんな彼女の見上げるような双丘に圧倒されながらも、おずおずと問いかける。

「……次官御自ら、ご説明してくださるのですか?」

「そうなの、ごめんなさいねえ、すべては私が悪いの」

「はあ?」




「実はねえ、私の強大な夢魔サキュバスとしての力による、現実世界と夢の世界との混在化現象が、私のテリトリーである大浴場だけではとどまらず、この隊舎全体にまでも及んでしまったのよ」




「な、何ですってえ⁉」

 風呂場だけでも、十分異空間だったのに、それが隊舎全体に広がったですって⁉

「それから、この子たちが女性形のアニマなのは、実はこの基地の戦闘機の化身のようなものだからなの。あちらの世界の欧米の軍隊同様に、この世界においても基本的には、戦闘機は女性と見なされていますからね」

 キッと中将のほうを睨みつけると、口笛を吹きながら目をそらす、大ボラ娘。

「……じゃあ、この子を始めとして、現在隊舎内をうろちょろしているのは?」

「第44中隊の主力戦闘機である、Me262の化身よ。銀髪銀目なのは俗称の『ジルバー』からで、体つきがすらりと細身で動作が何かと軽やかですばしっこいのは、正式なニックネームの『シュヴァルベ』からのものなの」

 それって結局のところ、戦闘機の擬人化なのか? それとも銀や燕の擬人化なのか?

「……あれ、ちょっと待ってください、Me262の化身が、実体化していると言うことは──」

「ええ、もちろんあなたの愛機である、Ho229の化身も、ちゃんと実体化しているわよ?」

「へ?」

「ほら、あそこ、さっきからずっと、あなたのほうを見つめていたのよ♡」

「──なっ⁉」


 確かに次官が指し示すところの、廊下の曲がり角に半身を隠しながら、こっちをこっそりと窺っていたのは、何だか『ゲンダイニッポン』の都市伝説で有名な、『トイレの花○さん』あたりを彷彿とさせる、年の頃五、六歳くらいの、幼く小柄で、いかにもクールビューティとでも呼びたくなるような、何の感情も窺わせない、おかっぱ頭の神秘的美幼女であった。




 ──そう、まさしくこの時こそが、私と、愛機Ho229の化身アニマである、正式識別名『ホルテン』にして、俗称『エイちゃん』との、邂逅ファーストコンタクトの瞬間だったのだ。

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