第77話、わたくし、あくまでも現実の存在ですので、『異世界人』扱いは御免こうむりますの。

 ………………………………は?


 私が、この世界において『魔王』と対をなす存在である、『勇者』ですって?


 それって、『の巫女姫』のことじゃなかったの?


 ──当の魔王様から、あまりに予想外の言葉を突き付けられて、私が完全に茫然自失のていに陥っていたところ。




「あ──────っ!!!」




 唐突に、王立量子魔術クォンタムマジック学院の高等部1年D組の教室に響き渡る、幼い少女の叫び声。

 何とそれは、まさにくだんの、本来は彼女こそが『魔王と対をなす存在』であるべき、将来の『の巫女姫』たる、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ公爵令嬢によるものであった。

 そんなクラス一の人気者の突然のうろんなる振る舞いに、怪訝な表情をして問いただしていく、他の生徒たち。

「ど、どうしたの、アル様?」

わたくし、思い出したのです!」

「はあ、何をです?」




「この世界の有り様を、ほぼそっくりそのまま描いている、『わたくし、悪役令嬢ですの!』の第1話において、アイカさんについて、『かつて我が王国をお救いくだされた、「英雄」の血を引く直系の御子孫様』という記述があったことを!」




 ………………………………………………………へ?




「えっ、そんなのあったっけ?」

「……どれどれ」

「あっ、本当だ!」

「第1話の最後のほうで、メイさんの台詞として述べられているぞ!」

「…………え、私のですか?」

「おいおい、発言者自身が、忘れてどうする?」

「──あっ、ごめんなさい!」

「まあまあ、仕方ないではありませんか」

「そうそう、何せ、最初も最初の第1話の終わりのほうに、ちらっと書いてあるだけですからね」

「しかもそれ以降においても、このことに触れることは、まったくありませんでしたし」

「下手したら、このWeb小説の作者自身も、すっかりぽんと忘れ去っていたりしてw」(図星です)

「あり得る、あり得る」

「「「あはははははははははは」」」




 量子魔導クォンタムマジックインターネットを通じてアクセスした、『ゲンダイニッポン』の小説創作サイトの『小説家になろう』や『カクヨム』において公開されている、Web小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』を、おのおの手にした量子魔導クォンタムマジックスマートフォンに表示ながら、朗らかなる笑声を上げる、クラス中の生徒たち。




 ……ちょっと待ってよ。


 確かに、私自身すっかり忘れ去っていたとはいえ、現代日本にいた時読んだWeb小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』の第1話の記述に、『現在の私』ことアイカ=エロイーズ男爵令嬢が、『英雄の血を引く直系の子孫』であったとか何とか述べられていたことは、どうにか思い出せたけど、それよりも何よりも、




 ──どうして、あくまでもWeb小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』の『登場人物』に過ぎないはずの、アル様や他のクラスメイトたちが、まさにそのWeb小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』を、自分たちの量子魔導クォンタムマジックスマホに表示して、それを肴に語り合っていたりしているのよ⁉




「……どうなされたのです、顔色が、お悪いですよ?」




 胸中にて大混乱をきたしていたなかに、唐突にかけられた幼き声。


 思わず振り向けば、すぐ目と鼻の先には、いかにも心配げにこちらを見つめている、アルテミス嬢の端整なる小顔があった。


「──ひぃっ⁉」


 なぜだか、あれほど溺愛していたはずのアル様が、おぞましき正体不明の『怪物』であるかのように感じられて、思わず悲鳴を漏らしながら身を引いてしまう。


「……えっ、アイカ、さん?」


 いかにも傷ついたように目元を歪める、幼くも『悪役令嬢』の運命を背負った少女。


「あっ、ごめん……」


 咄嗟に謝るものの、当の彼女自身はともかく、物見高くお節介極まるクラスメイトたちが、見逃してくれるはずはなかった。


「おいおい、どうしたどうした」

「いじめか? いじめなのか?」

「正統派『ヒロイン』が、『悪役令嬢』いじめかよ?」

「普通、逆じゃないの?」

「ど、どうなされたのです、『えろいか』先生⁉」

「貴女らしくもない」

「『小動物系悪役令嬢(?)』であられるアル様は、みんなで愛でるものではないですか?」

「それを、いかにもあからさまに忌避なされるなどとは、尋常ではございませんよ」

「……そんなに、ご自分が『英雄』の血を引いておられるのを、知られるのがお嫌だったのでしょうか?」

「水臭いなあ、俺たちクラスメイトだろう?」

「たとえ『英雄』の血を引いていようが、『邪神』の血を引いていようが、態度を変えてしまうような薄情者なんて、このクラスにはただの一人もいやしないぜ?」

「だからそんなにカリカリするなよ、空軍きっての大エース、『くれないのバロネス』さんよう」

「そうそう、元々君自身押しも押されぬ『ヒロイン』なんだから、今更一つくらい新たなる称号が増えたところで、大差は無いだろうが?」


 何も知らない、単なる『NPCモブキャラ』どもが、好き勝手に責め立ててくる。


 ついに我慢の限界を迎えた私は、けして言ってはならないことを、口走ってしまった。




「──いい加減にしてよ! あくまでもここはWeb小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』として、架空フィクションの世界に過ぎず、あなたたちの単なる『小説の登場人物』でしかないのでしょうが⁉」




 その途端、完全に静寂に包み込まれる、1年D組の教室内。


 唖然とした顔をとなって、完全に静止してしまっている、クラスメイトたち。


 ……うふふ、そりゃあ、当然よね。


 突然、自分が現に暮らしている『世界の正体』を聞かされて、あまつさえ、自分自身も単なる『虚構フィクションの存在』であることを暴かれたんだから。


 さぞかし文字通りに『天と地がひっくり返った』かのような、この上も無き衝撃ショックを受けていることでしょうよ。


 しかし、そのように満足げに一人ほくそ笑んでいた私に向かって、なぜかいかにも済まなそうにな表情で語りかけてくる、今や小説の登場人物であることを自覚しているはずの、アルテミス嬢。


「……あ、あの、アイカさん?」


「おや、何です? 『登場人物A』さん」


「登場人物Aって…………いや、まあ、それはさておきまして」


 そしてその少女は、まさしく『巫女姫』ならではに、あたかも神託を下すかのように、厳かに宣った。




「何か誤解なされているようで、申し訳ないのですが、この世界はけして小説とかゲームの類いなんかではなく、れっきとした『現実世界』ですよ?」




 ………………………………………………………ふえ?




「いやいやいや、私の話を聞いていた? そりゃあ、この小説の『登場人物』であるあなたたちにとっては、この世界のことを現実のものと思い込んでいるでしょうが、さっき言ったように、私にとっては単なるWeb小説、『わたくし、悪役令嬢ですの!』に過ぎないのであって──」

「ああ、『あなた』はアイカさんご自身ではなく、アイカさんに憑依なされている、『ゲンダイニッポン』あたりからやって来られた、『転生者』なのですね?」

「そう、そうなのよ! 私は本当は、現代日本のブラック企業に勤務しているアラサーOLの、北島きたじまアユミって言う──」

「あなたが何者であろうと、転生者であろうと、変わりはありません。なぜなら──」

 なぜなら?




「世界というものは、たとえそれが、異世界であろうが、並行世界パラレルワールドであろうが、未来の世界であろうが、過去の世界であろうが、ゲームの世界であろうが、小説の世界であろうが、、『現実世界』しか存在していないのですから」




 なっ⁉

「そ、それって、フィクション的な世界なんて、全否定するってこと? SF小説等における『過去や未来の世界や並行世界パラレルワールド』や、Web小説等における『異世界』なんて、絶対存在するもんか!──って、全出版界にケンカを売っているわけ⁉」

「いえいえそんな、滅相もない。いくら非現実的な現象とは言え、『ゲンダイニッポン』の現代物理学における量子論に則れば、あくまでも可能性の上では、タイムトラベルや異世界転生等の実現も、けして否定できないのですからね」

「じゃあ、『世界と言うものは現実世界しかない』ってのは、どういうことよ⁉」

「簡単に申しますと、ほとんどあり得ない話ですが、もし万が一過去の世界にタイムトラベルしてしまえば、過去の世界こそが唯一の現実世界となり、異世界転生してしまえば、異世界こそが唯一の現実世界となって、それまでの現実世界は、量子論で言うところの、『可能性としてのみ存在し得る概念上の世界』となってしまうわけなのです」

「へ? タイムトラベルや異世界転生するごとに、現実世界がコロコロと変わってしまうですって? それに、『可能性としてのみ存在し得る概念上の世界』って……」




「実はですねえ、量子論に則れば、世界と言うものは、『サイコロ』のようなものと見なせるんですよ」




「世界がサイコロのようなものですって⁉ しかも平面状って、どういうこと?」

「世界と言うものは原則的に、現実世界ただ一つしかあり得ません。しかしまさにその世界の『無限の可能性』こそを論じている量子論に則ると、あくまでも可能性の上とはいえ、異世界等の別の世界が存在することはけして否定できないのです。これこそがまさに、本来平面状のサイコロにあっては存在しないはずの、『側面』や『底面』に当たるのです。そして本来あり得ないはずの、『平面状のサイコロが、側面や底面が新たに上面──すなわち「唯一の現実世界」となること』こそが、本来はけしてあり得ないはずの、タイムトラベルや異世界転生の実現に当たり、過去や未来の世界や異世界が、平面状のサイコロにとっての新たなる上面──つまりは、新たなる『唯一の現実世界』となり、それまでの現実世界は、側面や底面である『可能性としてのみ存在し得る概念上の世界』となってしまうと言うわけなのです」




「あーあー、なるほど! 難しいことはよくわからないけど、とにかく本来ならひっくり返ることがないはずの平面状のサイコロがひっくり返ることによって、異世界転生なんかの本来ならあり得ないはずの現象が行われることになるんだけど、人が目にできるのはサイコロの上面だけだから、現在の私にとって『サイコロの上面』に位置しているこの異世界こそが、私にとっての唯一の現実世界に当たるって言いたいわけなのね?」

「そうですそうです! ご理解いただけたようで、何よりでございます♡」

「で、でも、それはそれとして、私の記憶の通りに、現代日本のWebサイトに、ちゃんとWeb小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』が存在していて、この世界の現実の出来事と寸分変わらない内容を描き続けているのは、なぜなのよ? しかもそれが当たり前のようにして、この世界においても閲覧されていたりするし」

 そうなのである、『量子論に則れば世界はサイコロみたいなもの』かどうかなんて、そもそもどうでもよくて、当のこの世界の人たちが、この世界をそのままズバリ描いた、現代日本のWeb小説の存在を認めていることこそが問題なのであって、これぞこの世界が、現代日本にとっては、やはり小説のようなものでしかない証しではなかろうか。

 藁にもすがる思いでわずかに残された希望を抱いていれば、目の前の少女の唇は無情にも、とんでもない台詞であっけなく斬り捨てたのである。




「え? いえ、それって単なる、に過ぎないのですよ」




 はあああああああああああああああああああああああ⁉

「これほどこの世界の出来事をほぼ正確かつ詳細に描ききっているWeb小説が、現代日本のネット上に公開されているというのに、単なる偶然に過ぎないですと? そんな馬鹿な!」

「だって、『ゲンダイニッポン』の『小説家になろう』とか『カクヨム』とかの創作サイトって、馬鹿の一つ覚えみたいに、異世界転生や異世界転移を扱った作品ばかりが、ごまんとアップされているわけではないですか? その中に一つくらい、この世界をそっくりそのまま書き紡いでいる作品が存在しても、何ら不思議はないでしょう?」

「不思議だよ! 摩訶不思議だよ! いくらたくさん存在するからって、あくまでも有限のWeb小説が、本当に存在している異世界を偶然描き出すなんてことが、あり得るもんか! 猿がいくらタイプライターを叩こうが、『ロミオとジュリエット』を書きつづることはできないんだ! もしできるとすればそれは、『シェークスピア』という名前の猿だけだよ!」




「──いいえ、『たくさん』でも、『有限』でも、ございません、文字通り『無限』に公開されているWeb小説だからこそ、この世界とまったく同一の内容を描いている作品があり得るのです」




「え、Web小説が、公開されているって……」

「あくまでもこの世界の視点に立てば、『ゲンダイニッポン』はけして、無限に存在し得るのです。いわゆる『並行世界パラレルワールド』ってやつですね。よって『小説家になろう』や『カクヨム』に公開されているWeb小説も、当然のごとく無限に存在していることになって、原則的に『いかなる内容の作品』も含まれているわけなのであり、その結果、この世界をそっくりそのまま描いている作品も存在することになるのですよ」

「いや、それだったら、この世界のスマホは、無限の『ゲンダイニッポン』のインターネットとアクセスできて、無限のWeb小説を閲覧できるって言うわけ⁉」

「……何を今更、当然のことを。あなたはこの、量子魔導クォンタムマジックスマートフォンのことを、何だと思っていたのですか?」

「あーっ! まさか、そのスマホがいわゆる『魔法のスマホ』だから、『何でもアリ』的に、文字通りに何でもできるとか、言い出すつもりじゃないでしょうね⁉」




「……やれやれ、『魔法』も『何でもアリ』も無いでしょうが? そもそもあなた、この剣と魔法のファンタジー世界のスマホがどうして、『ゲンダイニッポン』のインターネットにアクセスできていると思っているのですか?」




 ──あ。

「そうだ、そういえば、そうだった! ……あれ? つまり私って、実は前提条件から、すでにつまずいていたわけ?」

「実はですねえ、この量子魔導クォンタムマジックスマートフォンは、魔法というよりも、『集合的無意識』を介することによってこそ、無限の世界の無限のインターネットとのアクセスを実現しているのですよ」

「集合的無意識って、それこそ馬鹿の一つ覚えみたいに、Web小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』に登場してくるやつだっけ?」

「(ムカッ)何も無闇に、登場させているわけではございません。それだけ他の何よりも、重要だってことですよ。何せ集合的無意識には、ありとあらゆる世界のありとあらゆる存在の、ありとあらゆる『記憶と知識』が集まってきているのですからね。当然無限の『ゲンダイニッポン』の無限のWeb小説も存在していることになり、量子魔導クォンタムマジックスマホを使えばアクセスし放題なわけなのです」

「……そ、そんな、それじゃあ私が現代日本で読んでいたWeb小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』と、この世界はまったく別々の存在で、私はけして小説の世界の中に転生したわけじゃないってことなの⁉」

「残念ですが、その通りとしか申せませんね」

「な、何よ、『なろうの女神』のやつ! 私に間違いなく、Web小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』の世界の中に転生させてやると言ったくせに! そこで魔王との巫女姫との覚醒を促して、まんまと共倒れさせれば、この世界はすべて、私のものになるんじゃなかったの⁉」

 その場に力なくうずくまり、もはや隠し立てするつもりもなく、何から何までさらけ出して、悲鳴のような叫び声を上げる、『小説の主人公』気取りの愚かな転生者。

 下手すると自分自身のほうが陥れられていたかも知れないアルテミス嬢を始めとして、けして責めることなぞなく、ただただ痛ましいものを見るかのような哀れみの視線で、私のことを見守っている生徒たち。


 そんな中で突然口を開いたのは、これまで完全に沈黙を守っていた、今回の騒動エピソード主要登場人物メインキャラクターのお一人であった。




「あなたは、騙されていたのですよ、──あの狡猾なる、『なろうの女神』に。あの者はむしろ、あなたを『勇者』として覚醒できない状態のままで私と闘わせて、無残に死なせるつもりだったのでしょう」




 そのあまりに聞き捨てならない台詞に、思わずうなだれていた顔を振り仰げば、


 ──すぐ目と鼻の先で、あの魔王を名乗る幼き少女が、絶対零度の冷ややかなる視線で、私のほうを見下ろしていたのである。

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