第42話、わたくし、反逆のミリオタ悪役令嬢ですの。
「──帝都城壁前の、暴走モンスターどもの大攻勢に対して、近衛師団の最前線部隊が限界を迎え、もう持ちこたえられそうにはありません!」
「飛翔型モンスターに対しては、退役機の
「帝都以外の状況も、絶望的です!」
「ニシノ伯爵領には、多数の巨大な蜘蛛のモンスターが現れて、手のつけられないほど
「タナカ侯爵領では、人間の大人大のスライムが無数に出没し、なぜかずっとぷるぷる震えながら、人か動物か建物かにかかわらず、手当たり次第体当たりをしている模様!」
──矢継ぎ早に、帝国各地からの速報をもたらしてくる、兵士たち。
それはもはや、手の施しようのないほどの、惨憺たる有り様ばかりであった。
大陸極東、弓状列島メツボシ帝国、帝都ヒノモト。
──帝城最上階大会議室、『魔の森モンスター大暴走』対策、大本営。
今現在、まさにこの帝国の未来を左右せんとする、最高意思決定の場に雁首を並べているのは、若輩者ながら『参謀総長』の重責を担わせていただいている不肖私こと、ヨシュア=エフライムを始めとして、軍部の最上層部や公爵家以上の王侯貴族の面々ばかりであったが、次から次に上がってくる悲壮な惨状の数々に、皆一様に表情を曇らせていた。
「……皆さん、そろそろ、残存戦力をもって総攻撃をかけるか、危険を承知で帝都を捨てて落ち延びるか、周辺諸国に援軍を求めるか、決めていただきたいのですが? もはや近衛師団のほか現下の帝都防衛戦に従事している、第一軍団と第二軍団及び航空隊主力は、すでに限界を迎えており、もはや使えるのは予備の第七遊撃旅団のみという有り様。よって地方の貴族領に援軍を送ることもできず、国土全体としてもじり貧そのもので、一刻も早いご英断をお願いいたしたいところであります。──私といたしましては、援軍を求めるのは無理でも、周辺諸国と連絡を取り合い、共同作戦をはかることで、人類一丸となって敵モンスターと当たるべきかと思いますが?」
「い、いや、ヨシュア君」
「何ですか、貴族院総長殿?」
「どうして、総攻撃や撤退では、駄目なのかね?」
──チッ、そんな自明なことも、わからないのか、このお偉いさんは?
「彼我の戦力差を考えれば、こちらから打って出るのは単なる自殺行為であり、かといって背中を見せて逃げ出せば、敵から攻撃されるばかりで、いたずらに被害を出すだけでしょう」
「だからといって、他国に援軍を求めるどころか、連携をとることすら、今となっては、不可能に近いだろうが?」
「左様、何も魔物の暴走に見舞われているのは、我が帝国だけではないのだ」
「今ではどの国も、自分のところだけで精一杯で、よその国のことなぞ考えている暇も無いんじゃないのか?」
「……しかし、一応、連絡を取ってみるくらい、してみてはいかがでしょう?」
「──無駄だ無駄だ、我が国に手を差し伸べてくれる国なぞ、あるはずはないだろうが?」
──っ。
……この馬鹿元帥、人があえて言わずにいたことを、あっけなく口にしやがった。
「たとえ転生者に心身を乗っ取られてのこととはいえ、軍事力に物を言わせて、周辺国を侵略したんだぞ!」
「しかも『カミカゼアタック』などという、非人道的で恥知らずの戦法を使ってな」
「たとえこのような非常時といえど、援軍を送ってくれるどころか、我々と連携をとるのを良しとするような、奇特な国なぞあるわけがないだろうが?」
くっ、そこのところは、まずこちらが誠意ある態度をもって交渉に当たり、それから相手の出方を窺ってから、事の成否を見極めればいいのであって、何もやらないうちに結論を出したのでは、話し合いの意味が無いじゃないか。
「──でしたら、ホワンロン王国に、助勢を依頼するというのはどうです? かの国は今回の大暴走においてほとんど被害を受けていないのみならず、保有する軍勢も大陸有数の精強さにして、周辺諸国に対しても、自ら援軍を申し出ているほどだと聞き及んでおります」
私としては至極当然の妥協案を提示したつもりであったが、お偉方にとっては違ったらしく、途端に血相を変えてまくし立て始めた。
「──馬鹿な、よりによって、ホワンロンだと⁉」
「貴殿は、あそこの女王が即位する時に、どんな手段を用いたのか、忘れたのか!」
「国家元首自身が、悪魔に魂を売った国なぞ、信頼できるか!」
「魔物に襲われたからって、魔王に助けを求めるようなものではないか⁉」
──糞共が、自分たちは建設的なことを何も言えないくせに、人の意見ばかり否定しやがって!
このままじゃ下手すると、この弓状列島を含めて大陸そのものから、人類国家がすべて滅亡するかも知れない瀬戸際だというのに、どうしてせっかく助力を申し出てくれている国を、悪し様に罵ったりできるんだよ⁉
むしろ現状においては、たとえ相手が魔王だろうが悪魔だろうが、頭を下げてすがりつくべきだろうが!
そのように、もはや我慢の限界を迎えて、無能共に向かって、怒鳴りつけようとした、
まさに、その
「──うわっ!」
「ひぃっ!」
「な、何だ⁉」
巨大な帝城どころか、大地そのものを大きく揺るがす、突然の激震と、一拍遅れて鳴り響く、大轟音。
しかもそれが、立て続けに五、六回ほども、繰り返されたのであった、
「……落雷か?」
「まさか、外は晴天だぞ?」
「──ひょ、ひょっとして、もうここまで、魔物が⁉」
「そんな、馬鹿な!」
「そうだ、ここはまさしく帝都の、最深部なんだぞ⁉」
「いくら城壁が破られたとしても、かように早くここまで到達できるような、魔物もおるまいて」
「だとしたら、飛翔型の魔物か?」
「いや、基本的に身軽なきゃつらに、今のような大がかりな攻撃なぞできぬだろう」
「──ええい、ここで話し合っていても、埒があかん!」
「誰か! 何が起こったのか、至急報告させろ!」
あたかもその怒号に呼応するかのように、部屋に飛び込んでくる一人の下士官。
「──申し上げます! ドラゴンです、ドラゴンが出現しました!」
その耳を疑う新情報に、当然のごとくざわめき始める、一同。
「ど、ドラゴン、だと⁉」
「そんな大物モンスターまで、今回の大暴走に加わっていたのか!」
「しかし、ドラゴンだとして、今の攻撃は一体何だ?」
「いくらドラゴンならではの絶大なる炎のブレスとはいえ、さっきのような大地を揺るがす衝撃を与えることなぞ、できないはずだぞ」
「……大きな岩石でも運んできて、高空から落下させたとか?」
「──違います! 自爆です! 自爆テロであります! ドラゴンが何体も続いて、高高度より急降下して、そのまま地面と衝突して、体内の火袋ごと大爆発を起こしているのです!」
「「「は?」」」
思わぬ言葉を聞かされて、我が耳を疑い呆然となるお歴々であったが、
──このタイミングでまたしても鳴り響く、世界そのものを崩壊させるかのような大轟音。
私を含めた全員が我も我もと、見晴らし抜群の、帝城最上階の窓へと取り付いてみれば、
すでに帝都は、一面の地獄絵図と化していた。
「……酷い」
誰とも知れぬそのつぶやきは、今ここにいる全員の思いを代弁していた。
地を舐め人や建物を焼き尽くす、紅蓮の炎。
方々で立ちこめている、黒煙。
倒壊した、多くの高層建築物。
──そして、あてどもなく逃げ惑う、大勢の人々。
その間にも、次々と、上空より落下してくる、巨大なるモンスター。
その巨体の圧倒的な質量や落下速度と、絶大なる防御力を誇る鋼鉄のごとき無数の鱗に、地上部隊はもとより、虎の子の航空隊すらも、ただ手をこまねいているばかりであった。
「……何で、我が世界きっての高潔なるモンスターであるドラゴンが、こんな『自爆テロ』まがいなことを」
「何言っているんですか? 『転生者』ですよ、あのドラゴンたちにはすべて、『転生者』の魂が宿っているのですよ。──かつて我々が、
あまりの惨状を目の当たりにしてすっかり静まり返っていた大会議場に響き渡る、私自身のいかにも皮肉っぽい声音。
それに対して、泡を食ったようにわめき始める、お歴々。
「て、『転生者』の魂が宿っているって──」
「つまり今回の魔物の大暴走は、自然発生的なものではなく、何者かの作為によるものだと言うのか⁉」
「しかも、あの『神聖なるモンスター』であるドラゴンに、『自爆テロ』なぞという、文字通り神をも恐れぬ蛮行をさせていると?」
「──ええ、まさか人間ではなく、モンスターの身体に転生させるなんて、思いも寄りませんでしたよ。実際、肉体はもちろん、精神の構造の差異的に、かなり無理がありますからね。大蜘蛛やスライムなんかが、
「き、貴様、何を悠長なことを言っているんだ⁉」
「このままでは、前線が崩壊する以前に、帝都自体が
「……そうはおっしゃっても、この世界最強のモンスターであるドラゴンに、我が身を省みず自爆テロなぞをされてしまっては、もはや手の施しようがないではありませんか?」
「「「うっ!」」」
「いやあ、それにしても、考えましたねえ。最強のモンスターのドラゴンに、最凶の『ゲンダイニッポン人』を転生させて、『狡猾な知性を持つ生体兵器』をつくり上げるなんて。しかも『ゲンダイニッポン人』の魂のほうは、いくら死んでもまた転生し直せばいいのだから、自爆のし放題だし、もはや完全に、お手上げですな」
私がいかにも自暴自棄に言い放てば、すっかり意気消沈してしまう、お偉方たち。
「も、もう、おしまいだ」
「……ドラゴンに対抗できるような兵力は、もはや帝都内に残ってはおらぬ」
「かといって、天空を駆け巡れるやつらから逃れることなぞ、どだい無理な話」
「我々はこのまま、ここで死を待つ以外はないのだ」
……気持ちは痛いほどわかるが、一国の指導者たちが、これでは駄目であろう。
臣下や民たちを、最後まであきらめさせないためにも、上に立つ者は、たとえ空威張りであろうと、常に毅然とした態度を保ち続けなければならないのだ。
──例えば、私の以前の
まさしく、その刹那であった。
「こ、困ります! ただ今大本営は、会議中であります!」
「──ふん、能なし共がいくら話し合ったところで、時間の無駄だ。いい加減そこをどかないと、扉ごと叩き斬るぞ!」
……まさか、まさか、この声は⁉
次の瞬間、蹴破るようにして開け放たれる、会議室の重厚なるドア。
そこに仁王立ちしていたのは、漆黒のドレスに女性にしては長身でしなやかな肢体を包み込み、わずかにウエーブのかかった長い黒髪に縁取られた彫りの深い小顔の中で、黒曜石の瞳を煌めかせている、氷のように冷ややかな表情なれど類い稀な美しさを誇る、一人の少女であった。
「……ヨウコ=タマモ=クミホ=メツボシ、様」
そしてその、本来は遠く南方の海上の牢獄島に収容されているはずの、国家的犯罪者は、いかにも当たり前のようにして空席だった会議場の上座の席に座るや、不敵な笑みをたたえながら宣った。
「待たせたな、諸君。すでにお節介なホワンロンの女王様からの助勢は、準備万端取り付けておる。──さあ、反撃開始だ」
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