第41話、わたくし、白雪姫。母親殺しの悪役令嬢ですの。

 大陸極東、弓状列島メツボシ帝国、帝都ヒノモト南方海上、最上級王侯貴族用収監牢獄島、『エイトJOアイランド』──通称『キョン』。


 現在ここに収容されている『罪人』は、一人きりのはずであったが、なぜか最奥の監獄──と言うよりもむしろ事実上、『貴賓室』とも呼ぶべき豪奢極まる生活スペースにおいては、間違いなく二人分の話し声が聞こえていた。


「──今日こそ決めてもらうよ、これから貴女が、『どうしたい』のかを」


 一方の声は、こんな絶海の孤島にはあまりに不似合いな、いかにも穏やかないまだ年若い少年のものであった。


「……どうしたいも何も、すでに何度も言っているように、もう私はすべてを失ってしまっているのだから、選択の余地なんてないだろう?」


 それに対してもう一方の声は、こちらもいまだ年若い少女のはずなのに、まさしく牢獄に囚われた罪人にふさわしい、夢も希望も感じられないいかにも疲れ切ったものであった。


 ヨウコ=タマモ=クミホ=メツボシ。


 最後の『メツボシ』というファミリーネームからわかるように、二人の人物のうちの少女のほう──つまり『私』は、このメツボシ帝国を統べる帝族の一員であり、つい最近までは血で血を洗う文字通り骨肉の争いの権力闘争に打ち勝ち、皇帝の座につき権力をほしいままにしていたものの、己に課せられた『悪役令嬢としての破滅の運命』を打ち破るために始めた、周辺諸国に対する無謀極まる侵略戦争において大敗を喫し、臣下たちの手によってすべての権力を剥奪されて、今はこうして虜囚の身となっているといった次第であった。


 ──そんな私の前に突然現れた、謎の少年。


 もちろんここは、船と航空機以外には交通手段がまったく無い、文字通りの絶海の孤島であり、何よりも帝国屈指の要注意人物を収監することを目的に設けられた、内部からの脱獄と外部からの侵入をけして許さない、完璧の監視体制と鉄壁の防衛体制を誇る、文字通り難攻不落の洋上監獄なのであり、今目の前にいる、いかにも育ちの良さそうな、十四、五歳くらいの中性的な見目麗しい少年が、あたかも近所に散歩に行くような感じで、気楽に訪れることなぞできるわけがなかった。


 なのに彼はほんの数日前から、この要塞そのものの牢獄島の奥深くにある、私の高貴なる『独房』に姿を見せるようになり、懲りることなく毎回同じようなことを尋ねてきたのだ。


 ──貴女はいつまで、こんなところに囚われているつもりなんだと。


 ──貴女の『闘い』は、まだ終わっていないのだと。


 そしてそれに対する私の答えのほうも、いつも決まっていた。


「……私の人生たたかいは、もう終わってしまったのだ。結局私は、『悪役令嬢としての破滅の運命』には、勝てなかったわけなのだよ」


 だが、そのように素っ気なく断言したところで、少年のほうも少しも堪えることがないのも、『いつものこと』であった。


「なぜそう思うんだい? 貴女はあれだけ、己の『破滅の運命』から逃れようと、世界そのものを敵に回してまで、必死に闘い続けていたというのに。もしも今のこの絶望的な状況こそが、まさしく『破滅の運命』がもたらしたものだとしたら、むしろ貴女は今こそ、闘い続けなければならないんじゃないのかい?」


「──だから今の私には、為す術がないって、言っているんだよ! 権力も、財力も、名声も、腹心の部下すらも、すべて失ってしまった私に、これ以上何ができると言うのだ⁉」


「貴女の世界への徹底抗戦の決意は、そんな程度のものだったの? ──すべてを失ってしまった? 何を言っているんだい、少なくとも貴女は、今こうして生きているじゃないか。たとえその手のひらの上に何も無くても、生きてさえいれば、拳を握りしめて闘い続けることができるのさ」


「──ふっ、いくら私一人が闘おうと思っても、帝国はすでに周辺諸国と和議を結び、軍備を解いてしまったのだ。君なんかに言われるまでもなく、闘うことしか能のない私は、もはやこの国には居場所なんて無いんだよ!」




「馬鹿言っているんじゃないわよ、居場所なんて自分で作ればいいでしょう? そんなことは、闘いをやめて運命に屈してしまう理由になりはしないわ」




 唐突に『独房』中に鳴り響く、第三の声。


 思わず振り向けば、いつの間にかほんの目と鼻の先に、私の傍らにいる少年とそっくりな男の子たちを五、六人ほど引き連れた、ラフなパンツルックに身を包みながらも、その高貴さとあでやかさとを少しも隠しきれていない、妙齢の絶世の美女が仁王立ちしていた。


「……ちょっ、何で侵入不可能なはずの牢獄島に、こうも次々に侵入者が現れるんだ⁉ 貴女は一体何者なのだ? それに後ろにいる六つ子か七つ子みたいな、全員そっくりな男の子たちは、一体──」


「あら、貴女、ご自分が最後の敵と見定めて攻め滅ぼそうとしていた国の、の顔も知らなかったの?」


「──っ。まさか、ホワンロン王国の現女王陛下⁉ なぜ貴女御自らが、こんなところに!」


「本当はもう少し時間をかけて、貴女が自らの意志で立ち直るのを待とうとも思っていたんだけど、そうも行かない事情ができたので、直接説得にお伺いしたのよ。──ちなみこの子たちは、『七つ子』ではなく、『七人の小人』なのであって、全員そっくりに見えるのは、が擬態しているだけなの」


「なっ、まさか、『セブンリトルズ』⁉ 地上戦においては、大陸最強戦力とも噂されている、あの伝説の⁉ どうしてそんなホワンロン王国の極秘の『最終兵器』を連れて、こんな極東の島国くんだりに来られたのだ? それに、『事情』って──」


「それは、闘うことしか能がない、大陸屈指の指導者が、自分にはもう居場所がないとか、寝ぼけたことを言っているから、目を覚まさせに来たのよ。──これをご覧なさい」


 そう言って差し出された、タブレットPCタイプの魔導書の画面には、




 ──無数の魔物たちに蹂躙されて、戦火と虐殺と破壊と騒乱に包み込まれて、今やほとんど廃墟と化しつつある、大混乱の帝都ヒノモトの有り様が、克明に映し出されていた。




「何だ? 何でこんなことになっているんだ⁉ 一体どこの国の仕業だ! 周辺諸国との和議は、成立したんじゃなかったのか⁉」


「……、大陸中央部からあふれ出た、魔物たちの暴走ってことになっているわ」


「魔物の暴走? ということは、このような状態となっているのは、メツボシだけではないのですか?」


「ええ、暴走の中心地である『魔の森』から最も遠い、我がホワンロン王国は今のところ無事だけど、その他のほとんどの国は、何らかの被害をこうむっているわね」


「……そんな大規模な暴走が、こんな時期に何の前触れもなく、突然起こったわけですか?」


「もちろん、ちゃんと『切っ掛け』が、存在しているけどね」


「切っ掛け? ────ッ! な、何だ、この爆撃──いや、『特攻』は⁉」


 まさにその時、画面の中では、遙か上空より巨大な何者かが、一気に五、六体ほど急降下してきて、そのまま地面に衝突し大爆発を引き起こして、多数の高層建築物をなぎ倒したのであった。


「……以前我が軍が行った、零戦ゼロファイターによる『カミカゼアタック』とはレベルが違う。これって、まさか──」




「──ええ、ご想像の通り、この世界最大にして最強のモンスター、ドラゴンによる『自爆テロ』よ」




 ……何……だっ……てえ……。


 あの大質量が、しかも体内に炎のブレスを吐くための大量の『火油』を溜め込んだままで、高空よりの高速急降下で地面に衝突したんじゃ、通常の爆弾による空爆なんか比較にならないほどの、いまだ開発の成っていない『大量破壊兵器』並みのダメージすら与えかねないぞ⁉


「……何で高潔なるモンスターであるはずのドラゴンが、こんな狂気な沙汰そのままの自殺行為を?」


「さあねえ、が、前の戦争で行った『狂気の沙汰』を、真似しているのかもね?」


 ──‼


 ……まさか、これもすべては、私の蒔いた種だというのか⁉


「それで、どうするつもり?」


 突然突き付けられた、己の不始末に端を発する惨状に、我を忘れて呆然となっていたら、容赦なく投げかけられる、質問──いや、の声。


「……どうする、とは?」


 そして目の前の女王様は、それまでのどこかおどけた表情を拭い去り、その身上にふさわしい真摯な顔となって、厳かに宣った。


「貴女も悪役令嬢なら、これ以上自分の運命から逃げ続けるのは、やめなさい。いくら逃げたところで、『破滅の運命』は、どこまでも追いかけてくるのよ」


「──くっ、だったら私は──私たち、悪役令嬢は、どうすればいいのですか⁉」




「闘い続けるのよ、それしかないわ。──のようにね」




 ──え。


「たとえ親兄弟を含む周りの者たちすべてが──世界そのものが、敵に回ろうとも、悪役令嬢は、その人生が続く限り、闘い続けるしかないのよ!」


「……セブンリトルズを従えて、実を母親を殺した、の悪役令嬢。まさか、まさか、貴女は⁉」




「──そう、『毒林檎マッキントッシュの悪役令嬢』、白雪姫しらゆきひめよ」




「貴女が、あの⁉ そうか、貴女ご自身も闘い続けて、親兄弟をすべて殺し尽くして、その末に『破滅の運命』に打ち勝ち、現在の女王の地位を手に入れたわけなのですね?」


「いいえ、まだ終わっていないわ。『破滅の運命』は今も密やかに、私を苛んでいるの。だからこそ私たち『悪役令嬢』は、生きている限り、闘い続けなければならないのよ!」


「……私たちは、生きている限り、闘わなければ、ならないですって?」


「そうよ、貴女はまだ、死んではいないんでしょう? それなのに、お国のこんな有り様を見せられてもなお、牢屋の中でめそめそと泣いているつもり?」


「今のこの私に、まだできることがあるとでも?」


「あるわ。だって貴女、『悪役』令嬢なんでしょう? こんな絶望的な状況だからこそ、すべてをひっくり返すことのできる、の独裁者によるの軍事政権が必要なんじゃない? 今の状況を覆すことができるのは、大陸広しといえども、『戦神バトルジャンキーの悪役令嬢』である、貴女ただ一人なのよ!」


「くくっ、そうか、そうだよな。こんな状況をどうにかできるのは、三度の飯よりもいくさ好きの、私だけだろうな。──いいだろう、貴女の挑発に乗ってやろう。それにそもそも『悪』とは、『恐ろしく強いもの』のことを意味しているのだ。ここで手をこまねいていては、悪役令嬢オンナが廃るってものだ」


 そのように、ほとんど破れかぶれで啖呵を切った私のことを満足そうに見つめながら、その伝説の『悪役女王』様は、満面の笑みをたたえながら言い放った。




「よく言った! 安心しなさい、すでに舞台は整っているから。貴女は──いえ、貴女たち大陸中の『悪役令嬢』は、ただおのがあるべき姿を貫けば、それでいいのよ♡」

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