第25話、わたくし、夢魔の悪役令嬢、『サキュバスですの~と』ですの♡

「──おや、珍しいこと。女王陛下御自ら、こんなところにお越しになるなんて♡」


 ホワンロン王国王都の中央部にそびえ立つ、王城スノウホワイトの地下最深部に密かに設けられている、『特種忌避対象封印監獄プリズン』。

 その廊下に面した鉄格子のほんの真ん前に、護衛の一人も連れずに、あでやかな山吹色のドレスを身にまとった年齢不詳の、絶世の美女がたたずんでいた。


「本日は、貴女にお頼みしたい儀がございましたので、まかり越しましたの」

 そう言っていかにも親しげににっこりと微笑む姿は、とても一国の女王が一介の虜囚に対するものではなかった。

「……あらん、貴女の直々のご依頼だったら、是非とも叶えて差し上げたいところだけど、生憎と私は御覧の通り、『籠の鳥』の状態ですものねえ」

 そうなのである。鉄格子の中の様子は、一見とても牢獄とは思えないまでに、広々としたスペースが設けられて、家具や調度品も瀟洒で芸術的なものばかりという、まるで貴族のお屋敷の一室のような有り様であったが、肝心の住人においては、着ている服こそ貴族然とした上品で仕立てのいいドレスであるものの、その四肢は無骨な鉄鎖で繋がれており、しかもご丁寧にもかなり手が込んでいると思われる、最新の量子魔術クォンタムマジックによる──つまり、現代日本の最新の物理学を理解できない『純粋な魔術信仰者』には解除不能な、拘束術式が込められているといった、念の入りようであった。


 つまりは、今まさに貴賓室のごとき豪奢な牢獄の中でソファにゆったりと身を預けている、いかにも名門貴族の令嬢然とした年の頃十代半ばの紅髪紅瞳の妖艶なる乙女は、古生種のエンシェントドラゴンや神祖オリジナルの吸血鬼レベルの、現在考えられ得る最上級の拘束術式を施す必要のあるほどの、『魔的存在』というわけなのである。


「──ああ、もちろん、承っていただけるのなら、今回限りの限定処置とはいえ、御身を自由にさせていただく所存でございますけど?」

 だからこそ、女王のそのあっけない申し出は、豪胆で知られた『彼女』をも、一瞬とはいえ言葉を失わせるに足りたのだ。

「……つまり、それほどの事態が、地上うえで起こっているってわけなのね?」

「はい、さる国が『死に戻りセーブ・アンド・リロード』のチート能力を持つ『転生者』を大勢召喚して軍隊をつくり、周辺諸国に対して戦端を開いております」

「はあ? 『死に戻りセーブ・アンド・リロード』の軍隊って、あんなの一匹いるだけでも迷惑千万なのに、軍隊をつくるなんて、この世界を滅ぼすつもり? その国の元首って、馬鹿なの?」


「ああ、申し遅れました。その方はメツボシ帝国の現皇帝でヨウコ=タマモ=クミホ=メツボシとおっしゃられて、ご自分の『悪役令嬢としての破滅の運命』に抗うために、世界そのものに復讐しおのが支配下に収めんがために、今回の仕儀に及んだとのことです」


「──っ。……そう、、悪役令嬢なの」

「はい、己の運命から逃れようと必死にあがかれるほどに、むしろ運命に絡め取られておられる、哀れなお方でございます」

「……ふうん、それで、私にどうしろと言うわけ?」

「おほほ、私がないとう様に、お頼みすることなぞ、ただ一つ──」

「イントネーション! 私は『内藤』ではなく、あくまでも『ナイトメア』なの! そこんとこ、間違えないように!」

「これは、失礼。いえむしろ、あなた様がナイトメアならば、言うまでもないこと、『喰らって』いただきたいのですよ、思う存分、お望みのままにね♡」

「……へえ、いいの? この世界の守護者たる、である貴女が、私にそんなことを頼んだりして」

「ただし、条件が二つだけ。一つは、けして我が王国の差し金とは気取られないこと」

「ま、当然よね。人間諸国の危機のなかに、いきなりこの国が軍事的行動を起こそうものなら、下手したら帝国すら含めて一致団結して、この国に攻め込んで来かねないものね」

「うふふ、としては、辛いところでございます」

「それで、もう一つの条件って?」

「喰らう対象は、帝国軍のみとしていただきたく存じます」

「……それは、そうでしょうけど、いいの? 彼らだって、『転生者』に意識を乗っ取られているようなものなんでしょう?」

「たとえそうであっても、彼ら自身の手で、他国の兵士のみならず、何の罪もない女子供までも殺めているのは事実。ならば同様に、何の罪もない自分が同じ目に遭おうと、文句はないでしょう」

「……相変わらず、妙なところはドライな女ねえ」

「それで、お受けいただけますか?」

「ええ、わかったわ」


 そしてその美しき虜囚は、さもあっさりと超上級の拘束術式の施された手枷を外すや、すっくと立ち上がり、どこか悔恨の念をにじませた笑みを浮かべながら宣った。


「心得違いした小娘にきつくお仕置きをして性根を正してやるのも、同じようにこの世のことわりに背き人の道を踏み外して、今やすっかり化物になってしまった、かつては同じく、この私の役目でしょうからね」


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「──お願いです! どうか、どうか、この子だけは助けてください!」


 ベンジャミン公国における侵略者メツボシ帝国との主戦場から、少々離れた場所にある小村にて響き渡る、いまだ年若き母親の必死の懇願の声。

 彼女が身を挺するようにして地べたに腹ばいになって守っているのは、まだ目も開いてないような乳飲み子であった。


 それをさも面白い見世物でも見ているように、ニヤニヤと見守っている、五、六名の完全武装の帝国兵たち。


「そんなこと言われてもよう、俺たち今度の侵攻戦で、『転生者』同士で『キル数』を競い合っているしなあ」

「たとえ女子供であろうと、見つけたからには殺しとかなきゃ、損なんだよ」

「むしろそのためにこそ、こんな戦場とは離れた、穴場の『狩り場』まで出向いてきたんだからな」


「そ、そんな! いくら何でも、こんな幼子まで、殺す必要なんてないではありませんか⁉」

 男たちの言葉は何一つ理解不能であったものの、このような理不尽な仕打ちはとても耐えきれず、思わず叫んだ母親であったが、返ってきたのは痛烈なる足蹴であった。

「──うぐっ⁉」

「うるせえっ! てめえらなんか、俺たちからしてみれば、ただのゲームのNPCでしかないんだよ!」

「そうだ、この世界は俺たちにとっては、ゲームやWeb小説の中の、十把一絡げの極ありふれた『異世界』の一つでしかないのさ!」

「たかがゲームキャラや小説の登場人物のくせに、生きた人間の振りなんかするんじゃない!」

「NPCならNPCらしく、大人しく殺されてろ!」


「──そ、そんなことはありません! 私は無知な、ただの村人ですが、これだけはわかります! たとえこの世界が、あなたたちの言う、『げーむ』であろうが『うぇぶしょうせつ』であろうが、私たちはここでこうして、ちゃんと生きているの! 本物の人間なの!」


「うわははは、何その、きつい冗談?」

「おまえらが、本物の人間で、生きているって?」

「──ばあか、違えよ!」

「ここは、『ゲーム脳』の『Web小説家』が創り出した、『ゲームそのままの安っぽいステレオタイプの異世界』であり」

「おまえらは、『ゲーム脳』の『Web小説家』が創り出した、何の個性もバックグラウンドも与えられていない、単なるモブキャラであって」

「だからこそ、同じく『ゲーム脳』の『Web小説家』から創り出された、『死に戻りセーブ・アンド・リロードのチート持ちの転生者』である俺たちから、ただ虫けらみたいに殺される運命にあるんだよ!」

 そう言うやもはや面倒とばかりに、男たちがおのおの、手持ちの小銃の引き金を引こうとした、

 まさに、その刹那であった。


「──へえー、だったら私があんたたちを、虫けらのように殺しても、文句はないわけね?」


 唐突に戦火に包まれた村にて鳴り響く、幼くもどこか威厳に満ちた声音。

 男たちが思わず振り向けば、いつの間にかほんの目の前にたたずんでいたのは、こんな苛烈な戦場にあってはまったく不釣り合いの、豪奢な深紅のドレスに小柄で華奢な肢体を包み込んだ年の頃十四、五歳ほどの、深紅の長いウエーブヘアもあでやかな、妖しいまでに見目麗しき少女であった。


 明確なる殺意をたたえながら煌めいている、紅玉ルビーのごとき深紅の双眸。


「……何だ、おまえは⁉」

「どこから、現れやがった!」

 さすがに目の前の存在にただなるぬ脅威を感じ取ったのか、油断なく銃を向けながら警戒態勢をとる兵士たち。

「私? 私は悪夢の具現、『ナイトメア』。あなたたちを、喰らいに来たの」

「はあ?」

「何を、わけのわからないこと──ぐあっ⁉」

「な、何だ、これは⁉」

 気がつけば、男たちの足下の影が、歪な漆黒の獣の姿を象って、下半身へと絡みつき、


 ──鋭い牙を、突き立てていた。


「ひぃっ!」

「うわっ、やめろ!」

「放せ、放すんだ!」

 口々に絶叫しながら、己の影から無数に飛び出してきた、漆黒の異形の獣たちに喰われていく、侵略者たち。

 そんな哀れな姿を恍惚の笑みを浮かべながら見つめつつ、誰も聞くことのない言葉を紡いでいく深紅の女。


「あなたたちはこの世界を、ゲームや小説だと思っているようだけど、私はむしろ『夢』であると見なしているの」


「だって、そもそもゲームや小説なんていう創作物の類いは、人の夢や妄想から生み出されているのですからね」


「そして私は、『夢喰らい』のナイトメア。私にとってはこの世界に存在するものは、侵略者であるあなたたち『転生者』をも含めて、すべてが美味しそうな御馳走に過ぎないの」


「確かにあなたたち『転生者』は、肉体的にはもちろん精神的にも、実際にこの世界に転移してきたわけではなく、ただ集合的無意識を介して、『記憶や知識データ』を相互にやりとりフィードバックしているだけかも知れない」


「たとえこの世界の中で殺されたところで、何度も転生をし直せばいいかも知れない」


「──それでも、『生きたまま食べられる』という、本来ならとてもあり得ないおぞましき体験をしておいて、平気でいられるかしら?」


「しかも、『なろうの女神』によって強制的に集合無意識にアクセスさせられている現状においては、この世界からフィードバックされてくる『記憶や知識データ』を、現代日本において拒否することなんかできず、文字通り悪夢のような自らの死に様を、それはリアルに体験することになるのよ」


「とても正気を保つことなんかできず、狂ってしまうか、自殺をしてしまうかの、どちらかでしょうね」


「──さあ、素敵な素敵な『裁きの時間ディナーショウ』の、始まりよ♡」


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「報告します! 我が方の右翼第三軍団において、現時点でその七割以上が、謎の漆黒の獣に捕食されたとのことです!」


「敵背後に伏兵していた遊撃隊においては、すでに壊滅状態!」


「これにて、中央主力第一軍団、左翼第二軍団を併せて、我が軍の作戦遂行能力は、完全に失われました!」


「それに対して、敵ベンジャミン公国のほうは、いまだ全軍健在!」


「──現在こちらの本陣へと向かって、進軍中であります!」


 次から次へと持ち込まれる絶望的な報告に、顔色を変えてどよめく、メツボシ帝国軍最高幹部たち。

「皆の者、うろたえるでない。我ら司令部が足並みを乱せば、それこそ『敵』の思うつぼだぞ」

 そんな中にあってなお、とても十代の少女とは思えない落ち着きぶりを維持しているのは、さすがの最高司令官にして現皇帝たる、『戦神バトルジャンキーの悪役令嬢』ヨウコ=タマモ=クミホ=メツボシであった。

 それに対して珍しくも、挙動不審な慌てようで耳打ちをしてくるのは、何とあの常に泰然自若としていた、文字通り彼女の影そのままの側近中の側近である、ヨシュア=エフライム卿。

「あ、あの、お嬢様? ここはひとまず、至急の戦略撤退──あ、いえ、『あくまでも明日の勝利のための転進』をなされることを、具申いたしますところであります! はい!」

「あ、ああ、私もどこかの世界の独裁者やアホ軍部ではないのだから、現下の状況においては速やかに一時的撤退を行い、軍の立て直しをはかることはやぶさかではないが、どうしたんだ一体、おまえらしくもない焦りようは? 何だか口調もおかしいし」

「何だか、いやな予感がするのですよ。──いいえ、まちがない! あの子! こんな芸当をしでかすことができるのは、あの子しかいないもの!」

「……よ、ヨシュア?」


「──御名答♡ お久しぶりね、『物語の女神』様。──あ、今は『なろうの女神』って、言うんだっけ?」


 突然メツボシ軍最深部の本陣において響き渡る、不敵な声。

 一斉に声のしたほうに視線を向けた皇帝陛下を始めとするお歴々の中で、最も驚愕の表情に彩られたのは、他でもなくヨシュア氏であった。

「やっぱり、ないとうじゃん! 何であんたが、娑婆に出て来ているのよ⁉」

 それに対して、いかにも不服そうに表情を歪めながら言い返す、全身深紅に染め上げられた、妖艶なる美少女。

「──だから私は、内藤芽亜ではなく、ナイトメアだって、言っているじゃないの⁉ あんたこそ何よ、あれだけ散々『男嫌い』で鳴らしておいて、そんな優男に憑依したりなんかして?」

「いいの! これは趣味ではなく、あくまでも『お仕事』でやっているんだから!」

「はあ? あんたのような『トリックスター』がしでかすことは、『仕事』なんかじゃなく、『悪巧み』って言うのよ」

「何よ!」

「そっちこそ、何よ!」

 何だかいかにも旧知の間柄であるかのように、やけに気安く言い争いを始める二人であったが、こんな緊迫した場面で完全に置き去りにされたほうは、たまったものではなかった。

「──ちょっと待ってくれ、ヨシュアが『なろうの女神』だって⁉ あの聖レーン教団の、ご本尊の?」

「ええ。ご本尊なんて立派なものかどうかは知らないけど、彼女こそがかの『なろうの女神』であり、希代の『引っかき回し屋トリックスター』よ」

「何だと? いや、どうして『なろうの女神』様ともあろうお方が、私ごときの側近に身をやつしておられたのだ⁉」

「そりゃあ、あんたを操って周辺諸国に戦争をしかけることによって、ホワンロン王国の『悪役令嬢』アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ嬢を、『の巫女姫』として目覚めさせるために決まっているじゃないの」

「なっ⁉」

 思わず当の『なろうの女神』のほうへと見やる少女皇帝であったが、そこには不敵な笑顔が沈黙を守るばかりであった。

 ──まさしく、『否定する意思はない』とでも、言わんばかりに。

「……可哀想に、貴女は女神につけ込まれてしまったのよ。貴女の心が、弱かったゆえにね」

「私の、心が弱い、だと?」


「ええ、貴女が『悪役令嬢としての破滅の運命』に抗うために、誰と闘おうが世界そのものに反旗を翻そうが、構いやしないわ。でもそのために、何の罪もない人まで傷つけることなんて、けしてあってはならないの。それは世界という『圧政者』に対する抗戦ではなく、自分自身も『圧制者』となるも同義であり、そうなればもう貴女は『令嬢』ではなく、単なる『悪役』に堕ちてしまうだけなのよ」


「──っ」

「だから私は、そんな貴女に、『引導』を渡しに来たの。貴女がかつての私のように、『夢見る悪役令嬢』としての運命に抗うばかりに、結局はこの世に仇なす存在──悪夢の具現たるナイトメアなんかになってしまったように、人としての道を踏み外さないようにね」

「何、貴様も悪役令嬢だったというのか⁉」


「そうよ、私たちはみんな、哀しい存在なの。常に破滅の運命に苛まれて、そこの駄女神のような魔の存在につけ込まれて、よかれと思ってしたことが、必ず不幸な結果を生み出してしまうという、茨の道を歩くことを定められた少女たち。だからこそ私たちは、闘い続けなければならないということには、心から共感するわ。──しかしたとえそうであっても、『魔』に呑み込まれて、自分自身も他人に『破滅を押しつける』存在になってしまうことは、けして赦されないの」


「……つまり、貴様は、私の命を奪いに来たというのか?」

「はーい、貴女もろとも帝国軍をすべて、綺麗さっぱり平らげて差し上げますわ。──ただしそこの優男だけは、性的な意味でね♡」

「くっ、もはやここまでか……。いや、むしろ彼女の言う通り、すべては最初から定められていた、運命に過ぎなかったのかも知れんな」

「そ、そんな、もう少し頑張りましょうよ! あんなポッと出のゲストキャラなんて、何だか偉そうなこといっている割に、ただの見かけ倒しなんだから!」

「おいこら、聞こえているわよ? まさしく人々の夢の具現たる『物語の女神』──つまりは、私の最大最高の『御馳走』さん♡」

「ひぃっ!」

「……もうよしましょう、女神様。どうせ貴女が言っていた、『すべての悪役令嬢を結集させれば、の巫女姫を倒せる』というのも、私を決起させるための嘘だったのでしょう?」

「うっ」

「結局、これが私の運命だったのであり、いたずらに人々を傷つけた報いなのです。大人しく彼女の裁きに従いましょう」

「よくぞ言ったわ! これから『転生者』どもも含めて、貴女の国の人間は、一人残らず食い尽くしてあげるからね!」

 自称ナイトメアの少女がそう言うや、待ちかねたようにして、少女皇帝たちの足下から飛び出してくる、無数の影の獣たち。

「うわっ」

「ひいっ」

「や、やめろ!」

「──ちょっと、何で私だけ、いかにも『女騎士緊縛の図』みたいに、触手でがんじがらめにするのよ⁉」

 何でも『なろうの女神』が取り憑いているらしいヨシュア氏を含め、影に食らいつかれる帝国軍最高幹部たち。


「──なんてことを、赦すわけがないでしょうが⁉」


 すでに大混乱カオスと化していた本陣に鳴り響く、新たなる声。

 敵味方にかかわらず振り向けばそこには、これまた戦場には不似合いな、いかにも可愛らしいメイド姿の少女が仁王立ちしていた。

「……え、誰、貴女?」

「──メイ、いいところに! お願い、助けて! 『作者』の貴女なら、『夢喰らい』にも負けないでしょう⁉」

 必死の形相でまくし立てるヨシュア氏に、怪訝な表情となるナイトメア。

「『作者』って、つまりは当代の『語り部』ってこと? それが何でこんなところに、いきなり現れるのよ?」

「決まっているでしょう? 女王陛下の勅命による、貴女のお目付役よ。案の定、むちゃくちゃやっているんだから」

「むちゃくちゃって、一応女王の許可を取っているんだけど?」

「だからって、それこそ何の罪もない、帝国の非戦闘員まで食べてしまうつもり?」

「仕方ないじゃない、いちいち区別なんてしてられないんだから。それとも貴女、外から見ただけで、『転生者』が取り憑いているかどうか、見分けることができるとでも言うの?」


「別に見分ける必要なんかないわ。──だって、こうすればいいんですもの」


 そう言って、手元のタブレットPC型の魔導書に、何かを書き込めば、


 ──その途端明らかに、世界が一変してしまったのである。


「……あれ」

「わしら、こんなところで、一体何をやっておるのだ?」

「──っ、何だ? 我が軍が壊滅状態にあるではないか⁉」

 それは最初、本陣にいる軍最高幹部に始まり、


「……うおっ!」

「おいおい、どうなってんだ、これって⁉」

「何で俺たち武装して、どこかの国と戦ってんだ!」

「やめろ、やめてくれ! これは何かの間違いなんだ!」

 瞬く間に戦場中の、一般兵にまで及んでいったのである。


「……つまり『作者』の力で世界そのものを書き換えて、集合無意識を介しての現代日本との情報のやりとりをシャットダウンして、帝国の人々における『転生者の憑依状態』を、一斉に解除したわけね」

「……何という、反則技を」

「「さすがは、なろうの女神もの巫女姫も足下にも及ばない、真のラスボス、『語り部』様ね」」

 何だか事情に詳しそうなナイトメアとなろうの女神だけが納得しているようだったが、他の人々は当然何が何だかわけがわからず、ただ呆然とするばかりであった。

 しかしそれは次第に、すべての元凶と思われる、少女皇帝への憎悪へと変わっていく。

「これはどういうことですか、殿?」

「王室の鼻つまみ者の、『戦神バトルジャンキーの悪役令嬢』であるあなたは、今度は一体何をしでかしたわけですかな?」

「このような惨憺たる状況を引き起こしておいて、まさかただで済むとは思っておりますまいな」

 すでに『正気』に戻った軍最高幹部たちが、今や何の権力もなくなってしまった、単なる小娘に過ぎない『ヨウコ嬢』へと、口々に詰め寄っていく。

「……私は……私は、──お、おい! ヨシュア、助けてくれ!」

 必死に自分の側近へと、助けを求めるものの、

「……何で私が、貴女の後見人なんかになっているのです? まさか何らかの魔術で、精神操作でもしていたのではないでしょうね?」

 こちらもすでに『なろうの女神』が逃げ出してしまったことにより、精神的憑依状態が解かれて、『本来の彼』へと立ち戻っていた。

「うむ、違いない」

「何せあの、魔女の落とし子だからな」

「きっとこれ以上生かしておいたことろで、我が帝国に仇なすばかりであろう」

「いっそこの場で首を切り落として、敵軍に差し出して、それを講和のしるしとしようぞ」

「──そんな! 私はただ、己の運命に対して、抗おうとしただけで!」


「だったら、これからも闘い続けなさい。──自分の信じるままにね」


 混乱の場を制するかのようにそう言い放ったのは、元『夢見る悪役令嬢』であった。


「確かに悪役令嬢が己の運命を切り開いて行くためには、常に闘い続けなければならないわ。それはこれからだって、同じことよ。何せまだ完全にすべてが終わったわけではないのだし、これからも好きなだけ闘い続ければいいわ。──もっとも、周りの人たちが、それを赦してくれるかは別だけどね」


 言葉の内容は、かつての同じ悪役令嬢として、一見励ましているかのようにも受け取れたが、


 その瞳のほうはあくまでも、絶対零度の冷ややかさであった。


「まあ、周りの幹部の皆さんや、同じく正気に戻られた国民の皆さんのご様子から、かなり難しいことと思われますけど、せいぜい健闘をお祈りしておりますわ♡」

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