第8話 黒猫
時は少し遡り、エーレンが市場よりなんとか逃げおおせた頃のこと。彼が裂け目を通って辿り着いたその先は、屋敷の庭だった。朝はヴァイノの子供たちが遊んでいた庭に猫達の姿は見受けられない。広い庭に植えられた木々や自生する植物を整える雇われ人の姿はいくつかあった。
ひとまず裂け目から降りたエーレンは、地面に足をつけて己の体を確認した。どこにも痛みや違和感はない。無事に帰還できてよかったと安堵するが、のんびりしている場合ではないのだ。自分を逃がしてくれたトラゲディのことを誰かに伝えて、彼を助けてもらわねばならない。ひとまず木々の傍にいた雇われ人に話をしようとしたが、姿が見えなくなっていたため、切り替えてほかの人物を探すことにする。
口では『心配せずとも平気だ』と言っていたことを覚えているが、トラゲディの様子を重い起こすに、それは本心ではないだろう。まるでエーレンを心配させぬようついた嘘のように見えた。
その嘘をすんなり信じ込めなかったエーレンは、以前自分が作った玩具が入った袋と、ミーカに渡す予定の肉の袋を抱え直し、急いで屋敷へと向かった。
ヴァイノやミーカ、サフィラといった見知った人物は何処にも見られなかったため、近くにいた使用人に事情を話すついでに肉の袋を渡し、トラゲディを助けるための手段を求めた。
袋を受け取った壮年の使用人は、トラゲディの行動に大層驚き目を丸くした後、続けて目を伏せ、困ったように言葉を続ける。
「エーレンフリート様が不安になるお気持ちは分かります。ですが、我らはトラゲディ様を助けに行く手段は持ち合わせておらず……」
「できないってこと? どうして?」
頭上に疑問符を浮かべたエーレンに、壮年の使用人は申し訳なさげに続ける。
「まず、我々は他者の居場所を察知する力も、あっという間に移動できる能力も持っておりません」
「あ、そうなんですか……!?」
エーレンの呟きに頷いた使用人曰く、あのような移動術はトラゲディを含む一部が保有するものであり、ヴァイノやミーカ、サフィラにも使用できるものではない。つまりエーレンがこちらに戻ってきてしまった以上、お手上げなのである。
唖然とするエーレンに、使用人は続ける。
「嘗て貴方が過ごしていた村や、貴方が訪れたという市場まで簡単に行けないことは、分かりますよね」
「……そう、ですね。はい」
当たり前の事実に鈍く言葉を返した。
彼にとっては一体何処なのかも分からないあの市場。トラゲディから地名も聞いていないし、それらを示す立て札があったかも分からず――あったところで
せめて使用人達が市場の場所が分かればと覚えている限りの情報を伝えたが、彼等はその市場に一切心当たりはないという。勿論、エーレンの伝え方の問題や、相手がたまたま知らなかっただけの可能性もあるが、そもそも一般的に人間の行動範囲というものはとても限られている。普通は余程の用がない限り街の外なんて出ないので、彼等が市場についてなにも知らないのも致し方ない。
「では、どうすれば……」
現状を再認識し、悔しげに顔を曇らせたエーレンに、使用人は暫し口を閉ざし思考した後静かに提案する。
「……トラゲディ様が戻るまでこちらで大人しく待つか……笠原様に頼るかのどちらかですね」
「カサハラ?」
聞きなれぬ名にエーレンが眉を動かしたその時。遠くで、トンッと何かが廊下に着地する音が聞こえた。
なんの音だろう、と目を向けた先にいたのは、赤いリボンを首に巻いた一匹の黒猫。その姿を捉えたエーレンは思わず怯み、足を半歩退ける。
アーモンド形の瞳でそれを確認した黒猫は、徐に運んでいた足を止めた後ゆっくりと口を開き、凛とした声を響かせる。
「おや、少年。黒猫は嫌いかね?」
「いや、その、嫌いというか――え?」
投げかけられた言葉に返答しかけたエーレンだったが、その声の主が傍にいる使用人でなかったことに思わず目を丸くする。自らの赤い瞳の先にいるのは、リボンを身につけた黒猫である。そう、どう見ても黒猫なのに、今エーレンには、その猫が人間のように話したかに見えた。
予想外の光景に、エーレンはごくりと息を飲み喉を震わせた。
「……今、猫が喋ったような……」
「あぁ、喋ったとも。なにか問題でもあるのかね?」
「――っ!!」
猫の返答にあからさまに身をすくめたエーレンは、思わず黒猫から目を逸らした。
その様子に使用人は物憂げに眉を動かし、床に座す黒猫はゆるりと首を傾げて口を開く。
「ヴァイノ殿やミーカ殿のことはあっさり受け入れたのに、
「……いや、その……えっと……」
曖昧な返答を口にしながら、エーレンはちらりと黒猫を一瞥する。何度確認してもそこにいるのは普通の黒猫で、異様なものには見えない。ただ艶やかな毛並みを持つ黒猫というだけである。
その『どう見ても猫である』ということと『黒猫』であることがエーレンの怯えの原因であるともいえた。
村にいた頃から、黒猫はただの猫ではなく不吉の象徴であるという感覚が刷り込まれている彼にとっては、まず黒猫という存在そのものに少なからず抵抗がある。それだけでなく、その猫はヴァイノやミーカのように明らかに異形という訳でもない。もちろん彼等のような異形も不気味に感じることはあるが、結局はただの猫なのに人の言葉を話しているというのは、恐ろしいものである。黒猫であることと、人の言葉を話しているということから、エーレンには非常に妙に映ったのだ。
だが衝動のままに怯えるのは失礼だと考え直したエーレンは、逸らした瞳を猫に向け、その姿をじっと捉える。
――確かに不気味だけど、見た目だけで怖がるのはよくないし……それにほら、使用人さんは平気そうじゃないか。
ちらりと使用人を見れば、彼は困惑した様子でこちらを見つめていた。もし本当に恐るべき黒猫であったなら彼の反応だって違うはずだ。
思考を改めたエーレンは、ふう、と短く息を吐いて黒猫を見る。
――大丈夫、この猫は人の言葉を話すだけだ。いや、それがおかしいんだけど、ヴァイノさんやミーカさんみたいなひとたちもいるんだし、平気だ。ほら、見た目はただの猫じゃないか。
心の内で自らに言い聞かせる。不安が抹消された訳では無いが、なんとか気持ちを落ち着かせて、エーレンは言葉を発した。
「……取り乱して、すみません。ごめんなさい」
エーレンの短い謝罪に、黒猫は首を傾けた。その様子は、まさに愛らしい猫そのものだった。
「ふふ、構わぬよ。こちらも少々悪戯がすぎた。欧州には、黒猫を忌避する者も多い。それを理解しておきながら、こちらも失礼した」
「……いえ、いきなり怯えたのは俺のほうなので……ごめんなさい」
「いや、もう良い。きちんと謝れる
「……はい」
エーレンにとって黒猫の物言いは少々分かりにくいところもあったが、相手が許してくれたことは読み取れた。ならば下手に話を続けるのは良くないのだろう。
短い返事に満足気な表情を浮かべた黒猫は、改めて口を開く。
「納得していただいたならば良し。それで、だ。吾は
「あ、エーレンフリート・バウアーです。……エーレンって、呼んでください」
「ふむ、そなたがエーレンフリートか。トラゲディからよく聞いておるよ。宜しく頼む。ところで――」
簡単な自己紹介を終えた黒猫、もとい笠原は、エーレンと使用人の男の顔を交互に見て、通りがかった当初から抱いていたであろう疑問を口にする。
「
「……あぁ、そうです、そうです! 笠原様。実はトラゲディ様が……」
2人のやり取りに時間を割いていた故か、元々の目的を忘れていたらしい使用人は笠原の言葉ではっと表情を切り替えると慌てて事情を説明し始める。
彼の説明を静かに聞き終えた笠原は、理解したようにふむ、と言葉を零しエーレンを見上げた。
「エーレンフリート殿。そなたがトラゲディ殿の身を案じておるのはよぅく分かった。しかし、その心配は要らぬよ」
「それは、なんでですか?」
「
淡々と口にした笠原の言葉にエーレンは動揺しつつも聞き直した。続けて笠原は言葉の続きを言いかけたが、何故か不自然にその口を閉ざす。
その様子に気づいたエーレンが僅かに反応し何かを言いかけたが、彼は慌てて口を閉ざし笠原の返答を待つ。
それから笠原は数秒目線を下に向けた後、ピクピクと耳を震わせ改めて言葉を続けた。
「彼奴は――……、直にこちらに帰宅する。故に、その心配は要らぬよ」
「えっ、なんで分かるんですか?」
「つい先程、それらしい音が聞こえたのだよ。そなたらは人故に分からぬやもしれんが、吾は猫だ。人より
そう口にして笠原は窓際に目を向ける。それにつられてエーレン達も視線の先にある窓から外を見やる。すると先には、馬を伴った白い騎士のような人物と、疲弊した顔つきのトラゲディが歩いている姿があった。
「トラゲディさん!」
気がかりであった相手が無事であったことを確かめた瞬間、エーレンは心底安堵し、あっという間に表情を驚きと歓喜の色へと切り替えた。
そして笠原と使用人に短く礼を述べると、彼は慌てて外に飛び出して行った。
エーレンが立ち去った廊下では、使用人が憂慮した様子で笠原を見下ろす。
「あの、笠原様。本当に、トラゲディ様達の帰還に、お気づきだったのでしょうか?」
「ふむ、やはり、明らかに不自然だったかね」
使用人の言葉を受けて、笠原は困ったように笑みを零し、使用人はぎこちなくそれを肯定した。
実のところ、笠原が口を閉ざしたこととトラゲディ達が帰還したことは全くの偶然である。彼等の帰還という事象がなければ、もう少し違う言い方で誤魔化す予定だった。ただ、その文がどれだけ適当であったかはどうでもよく、問題は何故笠原が不自然に口を閉ざしたか、だ。
使用人は戸惑いつつ己の予想を口にすると、耳を傾けていた笠原は小さく頷いた。
「あの童子は、恐らくまだトラゲディ殿の性質を知らぬ。知っていたらあんなにも取り乱すかね。本人が口外しておらぬことを他者が易々と口にすべきではないよ」
しゃん、と尻尾を揺らした笠原は、使用人に会釈をすると喧騒のする方へと足を向けた。そして残された使用人は、エーレンに手渡された肉をしまう為、厨房へと急いだのだった。
一方で、トラゲディを見つけたエーレンは、逸る気持ちを抑えられずに彼の元へ走った。遠目には無事に見えた彼だが、服の赤はきっと血だろう。もしかしたら怪我をしているかもしれないし、そうでなくとも疲れている様子だった。だとしたら一大事だ。早く、無事をこの目で確かめねば。
息を切らして走ったエーレンは、慌てて裏口から出て窓から見えた景色を頼りに場所を探す。暫くして、屋敷の裏にある
「トラゲディさん!」
地面を蹴りながら名を叫ぶと、声に気づいたトラゲディは嬉しそうに頬を緩ませた。続けておいでと言わんばかりに手を広げたが、僅かに戸惑ったエーレンは、抱きつく代わりに広げられた手を掴み閉じさせる。
「よかった、無事だったんですね! なにかあったらどうしようかと思ってたんですよ……」
「う、うん! ちょっと色々あったけど大丈夫。心配させてごめんね」
抱擁は未遂に終わったが、エーレンの安心した表情に和んだ様子のトラゲディは明るく表情を切り替え、小さな手に覆われたままの手をぶんぶんと振る。
随分嬉しそうにするんだな、と思いながら怪我はないか確かめる。
「トラゲディさん、怪我は大丈夫なんですか?」
「あぁ、うん。服は結構ダメージあるけど平気。僕こういう怪我はすぐ治るんだよね」
「え、な、治るんですか?」
「うん。見てて」
平然と口に出た『治る』の言葉に、エーレンは思わず聞き直す。しかし事実だというように頷いたトラゲディは、目の高さに生じさせた赤黒い裂け目からナイフを取り出し、刃先を手の甲に滑らせる。
目の前で起きた光景に驚きを隠しきれず声が零れる。裂け目の利便性に驚くのもそうだが、いきなり自らの手を傷つける行為が少なからず奇妙に見えた。
「痛くないんですか」――その問いにトラゲディは「痛くないよ」とだけ返して、血が溢れる傷口を撫でると、そこにあった筈の傷口は完全に塞がっていた。それどころが、傷痕さえ消えつつある。その光景に、エーレンは信じられないものを見るような眼を向ける。
「ね、驚きでしょ?」
「は、はい……いや、こんなこと、普通はありえないですよね……」
「そうだね。でも、僕はほら化け物だから」
「……そういえばそうでしたね」
「でしょ」
トラゲディが妙な人物であるというのは既に理解している。だが怪我がすぐさま治ったことは驚くべき光景であり、痛くないというのも信じ難い光景だ。ただ、いくら本人が平気そうでも、強がりの可能性もある。奇妙であることに違いはないが、彼が化け物であることを思えば、過剰に心配せずとも良いのかもしれない。摩訶不思議な光景であることに変わりはないため、少しばかりゾッとするが。
そんなふうに無理矢理結論付けたエーレンは、ふとトラゲディと共にいた人物のことを思い出す。
黒い服を身に纏うトラゲディと対をなすように、白い衣服を着込んだ人物だったと記憶している。その居場所を訊ねると、彼は静かに厩舎を指さした。
「あの子なら馬の世話してるから、会いに行こうか」
「あっ、はい。ありがとうございます」
差し出された手を取って、エーレンは厩舎へと足を向けた。
柵の向こう、暗い赤に塗られた屋根のある木製の建物。その中に足を踏み入れると、藁のにおいを初めとした独特のにおいが鼻につく。柵で区切られたスペースには、何頭かの馬が頭を覗かせており、そのうちの一頭、白い馬の前では、厩舎に合わぬ白い衣服を人物が、ブラシを片手に馬の毛並みを整えていた。
「キラ」
「なんだ、どうしたトラゲディ」
「ちょっとね、エーレンのこと紹介したくって」
「あぁ、君か」
短く名前を呼ばれ、キラと呼ばれた白い人物がトラゲディに目を向け、次にエーレンを見おろす。キラと目が合った瞬間、エーレンは僅かに背筋を震わせた。
白い肌と頭に巻いた布。深い黒の中で静かに輝く青の瞳。本来は白目である箇所が黒いため少し不気味に見えるその目に、思わず背筋を寒くする。
すると、エーレンの心境に気づいた様子で、キラが淡々と口を開く。
「なんだ、私の目が怖いか?」
「あ、いえ、変わった目だなと思っただけで……」
「そうか。まあ、見た目が異質なだけで特に自身にも他人にも影響はないから安心してくれ」
先程の笠原のとやり取りから、外見で判断するのは良くないと学んだばかりなのに怖がってしまう。そのせいで少々目線を泳がせながらの回答になってしまったが、相手は気にとめることなく問う。
「君がトラゲディが言っていたエーレンフリートだね」
その言葉で自分が正確に名乗っていないことに気づき、慌てて力強く頷き、屋敷に来てから何度目か分からない自己紹介をすると、キラは静かに頷いた。
「そうか。初めまして、私はキラという。まぁ、この男の昔からの友人といったところか。よろしく頼むよ。それでこの子はアレックスだ。宜しく」
「は、はい、よろしくお願いします」
すっと差し出された大きな手を、エーレンフリートはゆっくりと握り返す。キラの手は思ったより綺麗で、トラゲディと近い背丈の割に、彼にはないしなやかさがあるようなそんな気がした。
だが気のせいだろうと口にすることなく、アレックスと呼ばれた馬を見つめる。
つぶらな黒い瞳と綺麗に整えられた白い毛並みと
「アレックスの世話が終わったら屋敷に戻るから、二人は気にせず戻ってくれていいぞ。特にトラゲディ、お前は早く着替えろ」
「うん、分かった。じゃあもどろっか。キラとはまた後でゆっくり話せるしね」
「あ、はい。ではまた後でよろしくお願いします」
「あぁ、後でな」
小さく手を振ったキラに再度手を振って、エーレンフリートは小走りでトラゲディの後を負った。その際に彼の背中が悲惨な状態になっている気づき、エーレンは思わず絶叫したのだった。
屋敷に戻ったエーレンは、一旦自分に割り当てられた部屋へと戻る。未だに自分の部屋と実感できないこの部屋だが、自分用に与えられたなら、ある程度は好きに使っていいのだろう。
その一角に置かれた棚の前に移動したエーレンは、自分が持っていた袋から犬の形をした玩具を取り出し並べる。弟妹のために作ったものではあるが、あの村に置いて置くのも忍びないため、ここに飾って置くことにする。また時間があれば、新しいものも作ってみよう。そんなふうに考えて、エーレンは部屋を後にした。
それから広間に移動すると、そこには新しい服に着替えたトラゲディ、そして帰宅してから姿を見かけなかったミーカの姿があった。彼等は真剣な面持ちでテーブルを囲んで何やら言葉を交わしていた。
「あ、えーと、ミーカさん……?」
今朝会ったばかりの男の姿に、確かめるように彼の名を呟くと、その声に気づいたミーカが振り返り声を上げた。
「エーレンくん! 大丈夫だったか?」
「はい、大丈夫です……俺は別に、怪我もなにもないので」
「そうか? ならいいんだけど……君はニンゲンだろう。こう、ニンゲンって脆いから心配だったんだ。……うん、血のにおいはしないね、大丈夫そう」
眉だけでなく、耳や尻尾まで下げた彼は心底心配しているのだろう。エーレンの状態を確かめるように顔を近づけにおいを嗅いだ。
すると、それまで2人のやり取りを黙って眺めていたトラゲディがミーカの首根っこを掴みあげる。
「ちょっと、僕のエーレンに変なことしないでくれる?」
「えぇっ!? ただ状態確認でにおい嗅いでただけなんだけど!? 邪な気持ち一切ないんですけど!?」
「だろうなとは思うけど、やたら距離が近いからやめて」
「そんなあ」
不満げに頬を膨らませたトラゲディは、ミーカに陳情をしてエーレンから離れた所に体を下ろす。ミーカもどこか不服そうな表情で引っ張られた服装を直しながら本音を零す。
「俺は、別になにも思ってないので、いいんですけど……」
「なんだか僕が嫌なの。ごめんねエーレン、いきなりにおい嗅がれて驚いたでしょ」
「はは……」
ミーカの行動よりもトラゲディの行動に驚き、少し引いたエーレンだったが、それは言葉にせずに誤魔化した。二人が囲んでいたテーブルに着いてそこに置かれた紙に目を向けようとしたが、ふとキラやサフィラの姿がない事に気づき、思わず口にする。
すると、ぴくりと耳を動かしたミーカが、なんでもないように返した。――それが、エーレンにとって予想外の答えになると知らずに。
「あぁ、リュビーマヤなら、キラさんと一緒にお風呂に行ったよ」
「へぇ……、……え?」
「ん?」
軽く聞き流しかけて、ミーカの言葉の異質さに思わず顔を上げた。聞き間違いかと再度問うても、ミーカは何がおかしいのかとでも言いたげに首を傾げた。その反応にエーレンは困惑する。
リュビーマヤはサフィラのことだ。そのサフィラがキラと風呂場にいるらしい。
そんなまさかと思いながら、脳裏にサフィラとキラの姿をそれぞれ浮かべる。実年齢はともかく。外見は自分より幼い子供であるサフィラと、トラゲディと似た体格の、背の高いキラ。親族でもなければ夫婦や恋人関係でもない彼等が、外出どころかともに風呂なんて、おかしなこと以外の何ものでもないのではないか――
理解できずに目も頭もぐるぐると回すエーレンの様子に、何かを思い出したように表情を明るくしたトラゲディがケラケラと笑う。
「ごめんごめん、そういや君には言ってなかったね」
「え、何がですか」
「ちょっとトラゲディさん、もしかして」
エーレンとミーカの視線を受けたトラゲディは、再度詫びを口にして簡素に言い切った。
「キラは女の子だから、心配しなくて大丈夫だよ」
「……え」
「キラってば、背高いし服装もあんなだから勘違いするのも仕方ないけどね」
勇ましい騎士のような風体のキラが女性であることに、驚きを隠せず絶句したエーレンは、同時に自分の察しの悪さに非常に恥ずかしさを覚えたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます