3広告動画の導入部分とは

「ねえ、大鷹さん。突然ですが、スマホを貸してもらえませんか?」


 あれから、広告動画をネタにした小説を書き終え、小説投稿サイトにアップした私は、いろいろ考えた。


 結局のところ、キレイは勝つのだ。男の本能に訴えかけるのは悪いことではないのかもしれない。ただし、自分は頑張らないが、世の女性は頑張りたまえと、謎の上から目線をちらつかせるのは忘れない。私はすでにキレイを極めるのをやめた人間である。キレイを披露する相手もいないし、今後も作る予定もない。


ということで、せっかくだからと広告動画みたいに浮気調査をしようと思い至った。


「僕が浮気でもしていると思っているのですか?」


 休日、私はいつものように休日引きこもりを実施中である。それにつき合うように家に居た大鷹さんは、私の質問にあきれたような表情をしたが、素直にスマホを渡してくれた。


「私はしていても構いませんよ。ただし、大鷹さんに見合う女性か、男性かは見定めさせてもらいますけど」


 大鷹さんから手渡されたスマホの電源を入れるが、はて、大事なことを聞き忘れてしまった。パスワードを入力してくださいと画面に表示されている。


「大鷹さん、パスワードを教えてもらえますか?」


「少しは自分で考えてから僕に尋ねるのでは?紗々さんに見られてやばいものは入れていないので、教えますけど。パスワードは〇〇〇〇〇ですよ。ですが」


「ありがとうございます!」


 教えてもらったパスワードをさっそく大鷹さんのスマホに入力する。パスワードを教えてもらったことに気を取られすぎて、その後の言葉をしっかりと聞いていなかった。にっこりとほほ笑んだ大鷹さんの表情にも気付かなかった私は、数分後、叫ぶことになるのだった。




 他人のスマホを見せてもらうのだ。それ相応の対価を払う必要があるのは当然だ。そしてこの場合の対価とは、自分のスマホを相手に見せること。


「お、大鷹さん。後生だから、私のスマホは勘弁してください。いや、見るのならばせめて、SNSのアカウントだけにしてください。間違っても、検索履歴とか写真フォルダには」


「僕は紗々さんにスマホを預けて好きなように見てもらいました。今度は紗々さんの番だとは思いませんか?」


 大鷹さんのスマホには、私が思うような浮気の証拠は見つからなかった。うすうすわかっていたことだが、本当に私の夫は私一筋らしい。ただの面白みのないスマホの中身だった。


 それに比べて私のスマホは、やばさに満ち溢れている。パソコンにもやばいものが盛りだくさんに詰まっているが、スマホもたいがいやばい。小説のネタになると思って、たくさんのBL小説やら漫画やらを電子書籍で購入しているし、参考になるかと思って、男同士のあれやらこれやらの画像も保存している。


 まあ、SNSを見られても、コミュ障な私は大して何もつぶやいていないし、それに関しては、特に問題はない。



「あれ、でも、今更見られてもまずいものって、ないのかも。だって、大鷹さんにはすでに私が腐女子だとばれているわけで、腐女子以外で私が隠したいことって……」


 あきらめて自分のスマホを大鷹さんに献上した私は、ぼんやりと大鷹さんが私のスマホの中身を確認するのを眺める。当然、私も大鷹さんにパスワードを教えている。


「予想通りのスマホの中身でしたけど、紗々さんって、自己申告通り、本当に友達がいないんですね」


 なんだか、親が子供の人間関係を心配しているような感じで、大鷹さんにスマホの中身の感想をつぶやかれる。


「ほ、他に感想はないんですか?」



「ありませんよ。ご自分でも呟いていたみたいですけど、やばい画像などはすでに予想済みで、驚きません。むしろ、連絡先の件数のあまりの少なさに、なんだかこちらが悲しくなってしまいました」


 どうやら、私たちの間に隠し事はないようだ。私は大鷹さん以外に男も女も作る気はないし、彼の方も同じらしい。


 広告動画で、商品を使うための最初のきっかけである浮気は、私たちには程遠い出来事だった。

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