番外編 女性の美について
1最近気になっていることがあります
「最近、動画を見るのにはまっているんですか?」
「そうなんですよ」
「何か面白い動画でもありました?」
私は最近、動画を見るのにはまっている。世の中、いい時代になったものだ。無料動画サイトを使えば、いろいろな動画が無料で見放題だ。私がはまっているのは、動物や謎のキャラクターたちが出てくるショートアニメ、声優が配信しているゲーム実況で、その辺りをさまよっていることが多い。
基本的に動画はスマホで見ている。イヤホンがどうにも苦手なので、音は外に垂れ流しで、しかも大鷹さんが居ても構わず、大音量で動画を見るスタイルを取っている。
夕食後、食器などの片付けも終わって、リビングで動画を見ている時に大鷹さんに声をかけられた。
「大鷹さんが面白いと思うようなものでもないですが……」
私が大音量で動画の音を外に流しているのが気になったのだろうか。大鷹さんは、私に近寄り、手の中にあるスマホの画面に映し出されている動画を覗き込んできた。動画を覗き込むような態勢なので、私との距離がかなり近い。ドキドキしながら、大鷹さんに今見ている動画の説明をする。
「今見ていたのは、声優さんのゲーム実況動画です。ただ、声優さんとその仲間数人がゲームを実況しているだけなのですが、自分がやっているような臨場感も味わえますし、彼らの掛け合いがなかなかに面白くて」
画面の中では、丸っぽい謎のキャラクターがたくさんいて、それらがゴール目指して動きを勧めていた。その状況を面白おかしく実況している音声が、リビングに響いている。
「面白いものですね。他人がゲーム実況しているだけの動画のどこがおもしろいのかと思っていましたが」
「大鷹さんもそう思いました?私も最初はどうかなと思ったんですけど、彼らの仲の良い掛け合いが思いのほか面白くて、ついつい、チャンネル登録して、今ではすっかり彼らのファンになってしまいました!」
このゲームは時間制限があるようで、時間切れになったキャラクターたちは、だ辛うくしていく。最後まで残ったキャラクターが勝利となるらしい。
「ああ、ここで広告が」
「仕方ないですよ。無料で見られるんですから、これくらい我慢しないと」
動画の途中で、突然、広告が流れ始めた。広告が間に挟まれるからこそ、このような面白い動画を無料で見られるのだ。大鷹さんの言うことは理解できるが、動画のいいところで広告が入ると、イラっと来るのは仕方ない。
「ああ、またこの広告かあ」
「またということは、この広告はすでに視聴済みですか?」
「最近、動画の途中で流れる広告がこれ系ばかりで、嫌になりますよ」
「まあ、女性がきれいでなくてはいけないというのは、ある種の固定概念ではありますから」
広告として流れていたのは、最近よく私が眼にする美容系の動画だった。今回はダイエットサプリの広告だった。太った主人公(女性)が自分の体型のせいで、彼氏に浮気されるが、知り合いに勧められたサプリを飲んで、一カ月で劇的変化を遂げるというストーリーだ。痩せるだけで、周囲から声を掛けられるほどの美人に大変身。こんな経験をしたい方は、動画視聴後、以下のURLをクリックして商品をご購入ください。今なら、動画視聴者のみ、無料!
いまだに私のスマホを覗き込んでいる大鷹さんは、ゲーム実況の動画の間に流れている広告を私と一緒に見ている。真剣に見ているその横顔にふと、頭に思い浮かんだ質問を口にしていた。
「大鷹さんもキレイな女性の方がいいですか?」
「なんだか、この系統の質問を聞くのは慣れてきました」
私の言葉に、ようやく顔を上げた大鷹さんは、今までの距離よりさらに私に接近した。もう、私たちの顔の間の距離はほんのわずかだ。もう少し近づいたら、唇と唇が接近……。
キスされてしまうほどの距離に、とっさに目を閉じてしまった。目を閉じてしまった後に、自分の行動が急に恥ずかしくなり、すぐに目を開けてしまう。
「まったく、そこで目を閉じるのは反則です」
「いやいや、突然大鷹さんが私にき、ききき」
「そこで恥ずかしくて言葉をかみ始める紗々さんが僕は好きですよ」
目を開けると、すでに大鷹さんの顔は私の顔から離れていて、少し離れたイスに腰かけて、困ったように笑いながら、手を口元で覆い隠していた。
「ス、スキトイウコトバハ、ソウカルガルシクイッテハイケマセン」
いつもの間にか、動画は終わってしまっていた。スマホの画面には、おススメ動画の四角い枠が出ていた。
数日後、私はまた性懲りもなく、夕食後、リビングで大鷹さんが居るのにも関わらず、スマホで動画を見ていた。ゲーム実況の合間に流れる広告は、先日も流れていた美容系の動画である。
「今回は髪質改善のシャンプーですか?」
先日と同じように、大鷹さんが私のスマホを覗き込んできた。イヤホンもせずに大音量で動画を見ているので、内容が気になるのだろう。私は少し、彼から距離を取って質問に答える。ついでに一つの質問を投げかける。
「そうです。それで、大鷹さんは」
「ストップ。先日と同じ目にあいたいですか」
「遠慮しておきます」
髪がぼさぼさの女性は、男性からの印象が最悪で、髪さえきれいならば、ナチュラルメイクでも、地味な格好でも好印象らしい。今回は、髪がぼさぼさの主人公(女性)が、髪が理由で好きな男にアタックできない。そんな主人公が知り合いに紹介されたAI診断シャンプーを使い、見事サラサラヘアを獲得。意中の男性とつき合えたというストーリーだ。こんな経験をしたい方は、以下前回の話と同じなので省略。
今日は、質問の内容を察した大鷹さんが、私の言葉を途中で遮ってきた。さらに、先日のことを蒸し返してきたので、慌てて断りの言葉を口にした。
「ねえ、大鷹さん。さっきの動画の件ですけど」
「だから、僕は紗々さんのことが」
「いえいえ、それはもうよくわかっています。そうではなくて、どうして、女性はきれいでなくてはいけないのでしょうか?」
自分で言っていて自意識過剰だと思いつつも、大鷹さんの言葉を遮り、話を続ける。私が聞きたいのはそこではない。
今日の分のゲーム実況の動画を見終わり、一段落着いたので、思い切って大鷹さんに意見を聞くことにした。
「それは、動画の広告の件についての意見を聞いているのですか?」
私の質問の意図にすぐに気付いた大鷹さんに頷く。本当に、最近、動画を見るたびに美容系の動画の広告が流れてくるのだ。
身体の上から順に並べていくと、髪、瞳、肌、歯、ムダ毛、体型、胸、太ももなどなど。私が動画を視聴中に流れてくる広告で見たことがあるのはこれくらいだ。おそらくまだまだたくさんの美容系の広告があるのだろう。
サラサラヘア、ぱっちり大きな二重の瞳、もちもちの毛穴一つない美肌、笑顔が一段と輝く真っ白い歯、ツルツルもちもちのムダ毛や産毛一つない腕やうなじに足。豊胸したかのような豊満な胸に、すっきりとしたモデル体型。足も大根足ではなく、すらりとしている。
これらを得るための商品を広告ではストーリー仕立てで販促している。動画を見終わった視聴者に、今ならこちらの商品お安くできますとうたって動画は終了する。
「話が早くて助かります。本当に飽きるほど美容系の広告動画を見るんです。全身いたるところの動画が作られていて、まるで私たち女性を洗脳するかのように流れてくるので、嫌になってしまって」
本当に嫌になるのだ。自分の楽しみにしていた動画を見ていて、幸せな気分に浸っているのに、唐突に美容系の動画が流れてくる、しかも自分があまりきれいではなく、女子力皆無の女に流れてきたらどう思うか。
「それは最悪ですね。まあ、僕個人の意見でいえば、最低限の清潔さがあり、世間に迷惑をかけない程度にこぎれいだったら気にしませんけどね」
「私は最低限の清潔さはあるでしょうか?」
「いや、そうでなくては、僕たちは結婚して一緒に住んでいないでしょう?僕たちの関係を否定しないでください」
「否定はしません。ですが、女性として、私のことをどう思いますか?やっぱり、女子力皆無の女性より、女子力高い方がいいですかね」
私は大鷹さんに及第点をもらえるくらいの人間らしい。とはいえ、もっと女子力を磨いた方がいいのか尋ねてみたくなった。
「紗々さん、この話題って以前にもしたような気がするのですが。確か夏に一度、ムダ毛の処理がどうとか言った時に」
「そうでしたっけ?」
大鷹さんの言葉に過去を振り返る。そんなことを話した記憶があるが、その時は、ツルツル美肌が良ければ、女性をとっかえひっかえするしかないとか何だか言っていた気がする。
「思い出しましたか?僕の意見はその時と同じです。人間は年を取ります。その時に体型やら、髪やら肌やらを気にしていたら、切りがないということです。僕としては、自分の好きな人が自分磨きを頑張るのはうれしいですが、無理して欲しくないです。素のままの自然な感じな紗々さんがいいです」
ふむ、大鷹さんはやはり、普通の男性ではないようだ。だがそれでも、素のままの自分がいいと言ってくれたのはやはりうれしい。
「広告の動画に洗脳されそうだと言っていましたが、どうします?どれか一つ、購入してみますか?」
「せっかくいいところで話が終結しそうなのに、ここで話を蒸し返しますか?大鷹さん、空気を読むって知っていますか?」
動画に洗脳されかけ、大鷹さんに嫌われないためには、どれか試して、女子力を高めた方がいいかと考えていたが、彼の言葉に素のままの自分でいいと思え、やっと洗脳から解かれようとしていたのに。
「別に空気が読めないわけではないです。紗々さんよりは空気を読める人間だと思いますよ。ただ、今回の広告の動画の内容を創作に使わないのかなと思いまして」
「創作?」
「あれ、前回の脱毛の件では、張り切ってその内容を小説に落とし込んでいませんでしたか?てっきり、今回も小説のネタにでもするのかと思っていました」
心底不思議そうな顔の大鷹さんに、知らず知らずのうちに顔がにやけてくる。大鷹さんも、私の小説を読みたいのか。そして、そのためにネタを提供してくれるのか。
「ふふふふふ。大鷹さん、そんなに私の小説家としての力量を買っているんですね。これはもう、私のファンだといっても過言ではないですね。そうですか。大鷹さんはこのネタを使った小説が読みたいと。ふむふむ」
「いえ、そんなことは言っていません。紗々さん、その顔はやめた方がいいと思います。素のままの自然な紗々さんは好きですけど、その顔は好きではないです。その顔を見ると、なんだか悪寒が……」
そんなに不細工な顔でにやけていただろうか。自分の頬を触ってみるがよくわからない。スマホカバーについている鏡で確認するが、特段代わり映えのしない、いつもの私の顔が映っていた。
「まあ、その顔も最初は悪寒がしましたが、今では紗々さんが生き生きしている証拠だと思うので、そんなに悪くないというか」
大鷹さんが何かもごもごと口を手に抑えながら言っているが、そんなことを聞いている暇はない。
「大鷹さんのおかげで、面白い話が出来そうです!今から自分の部屋で、プロットなどを書き起こしてきます!
「はいはい。どうぞご自由に」
私の突然の行動にも慣れたもので、手を振って私のことを応援してくれる。急いで自分の部屋に駆け込んだ。
「さむ!」
そういえば、今の季節は12月を半ばに向かえた真冬だった。リビングはストーブが入り、部屋が暖められていたが、自分の部屋はとてつもなく寒かった。
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