4結局、流れに身を任せて生きていくしかなさそうです

 執筆を中断した私は、いったん自分のことを振り返ることにした。執筆を中断はしたが、パソコンはワードの画面が開きっぱなしになっている。ネタが書かれた画面には「ムダ毛処理をしなくていいための啓蒙小説 ネタ」という名前で保存することにした。保存が完了して、新たに新規作成のページを開く。


「まずは、私が置かれている状況は」


【自分が置かれている状況】

◇女性が生きていく上で面倒なことが多い世の中

 ↓

◇男性にはなくて、女性にしか強要されていないこと

 ・化粧…接客業では必須の場合あり(男性はすっぴん)


 ・ムダ毛処理…夏になると、ムダ毛処理の広告多数、ツルツルになった瞬間、

  異性からモテる(男性側の脱毛広告はあまり見たことがない)


 ・ダイエット…太いはダメ、細いは正義、ムダ毛処理同様、

  細くなった瞬間、異性からモテる

 (男性側もあるとは思うが、女性よりは広告は少ない)

 

 ・スカート…いわずもがな、女性の正装(男性にはなし)

  女性が痴漢にあう確率を上げていると思われるが、特に対策はなし


 ・ハイヒール…女性の正装(男性にはなし)

  これで男性と同様に動いて働けという方が、頭がおかしい

  現在、少しずつ緩和されつつあり

 

 ・髪型…ショートよりロング、短いよりも長い方が女性らしい

 (最近はどうか不明)

 ↓

◇やっていないことで罰則などはないが、やらないと世間から厳しい目で見られる

(女性として魅力がない、価値がない、女性としてどうかと思うなどのバッシング)



 書き出してみると、やはり女性は生きていく上で面倒なことが多い気がする。そして、そのどれもが、見た目に関することだと気づかされる。


「女性は見た目が命」


 女性なんだから、顔に傷をつけてはダメ。女性なんだから、身だしなみに気を遣いなさい。女性なんだから、スカートにヒールを履きなさい。女性なんだから、太っていたらダイエットしなさい。女性なんだから、ムダ毛処理は当たり前だ。女性なんだから、髪は大切にしなさい


 どれも、世間様からのありがたいお言葉だ。まったくもって、ありがたくて、ありがたくて反吐が出るような言葉ばかりだ。結局のところ、女は見た目が良ければ良いのか、ということになる。


 話は逸れるが、これが顕著なのが、お隣の国だ。整形大国だなんだ言われている。見た目が命らしい。ブスはそれこそ生きている価値がないようなお国柄で、整形ショーが行われているようだ。テレビで見たことがある。



 どうしてそんな世の中になってしまったのだろうか。原因はわかっている。私が生まれる前から根付いている男性優位の社会だ。ずっと昔から、原始人の時は知らないが、日本では、私の知っている限り、平安時代からすでに女性は面倒くさい生き方を強いられている。貴族女性は化粧をして、髪を伸ばし、十二単なんかを着ている。私からしたら、面倒の極みみたいな生活だ。


 日本だけでなく、他の国でも、コルセットにやたらと露出したドレス、中国では纏足なんてバカげた風習が流行っていた。


 そんな人類の歴史がある中での、化粧やムダ毛処理などの身だしなみの強要だ。私ごとき面倒事を嫌う人間が変えられるはずがないのだ。


 小説の中でならと気楽に考えていたが、中断した時のことを考えてみて欲しい。私は何を思ったのか。




「そうか、そもそも、私自身が、ツルツルが好きなんだ」


 自分自身のムダ毛処理は嫌だとぼやき、世の中がムダ毛処理しなくてもいいという風潮になればいいなと考えていた私自身が、他人にはツルツルでいて欲しいと思っていた。ツルツルの方がいいと思っていた。自分はいいけど他人はダメだという謎理論が働いていた。


「そもそも、私が読んでいて、毛が濃い人が出てくるのが、生理的に受け付けないんだよなあ」


 作者自身が、自分が嫌だと思うことを書いて、それが読者に受け入れられるだろうか。嫌々書いていることがばれて、読者は離れていくだろう。共感どころの騒ぎではなく、そもそも、私の小説に目を向けてくれないかもしれない。


「女性が生きていく上で面倒なことが多い世の中」を私は渋々ながらも認めてしまっている。言い換えれば、男性優位の社会に身をゆだねてしまっている。そして、そこから抜け出すことにためらいを感じているのだ。嫌だと思いながらも行動を起こせない理由は、単に面倒だというだけではない気がした。


 そうと分かれば、これはもうあきらめるしかない。女性として価値があってもなくても、私は適当に日々の面倒後をこなしていくしかないのだ。いずれ来る、女性が面倒なことをしなくても生きていける世の中に変わっていくまで。


 私は、ワードに入力したことを今度は保存せず、ページを閉じた。この件はもう終わりだ。パソコンもシャットダウンして、私は寝る支度をすることにした。





「紗々さん、小説の方はどうですか?人々に訴えかけるような小説は書けそうですか?」


 次の日の朝、大鷹さんに小説の進捗状況を聞かれた。どう答えたものかと思ったが、簡潔に答えることにした。


「あの件は、私の中で解決しました。なので、今日からはまた、私の趣味のBLを全力で執筆していきたいと思います」


「いいんですか?ムダ毛処理を散々嫌がっていたのに。いったい昨日の夜、何があったんですか?」


「結局のところ、私は世の中に身を任せて生きていくしかないということです」


 無理やり、大鷹さんを黙らせて、私は会社に行く準備を始めた。





「紗々先輩、小説はどうなりました?それと、私のための百合小説の内容ですが……」


「その件ですが、私の中で解決しました。なので、提案のお礼としての百合小説はなしという方向でお願いします」


 会社では、河合さんが大鷹さんと同じようなことを聞いてきた。大鷹さんと違って、彼女の場合、私に書かせる百合小説のことが気にかかっているようだが。


「えええ!お礼ではなくても、書いてくださいよ!可愛い後輩のためと思って」


「無理です」


 私は、河合さんの言葉をバッサリと切り捨てて、制服であるスカートを身につけ、今日も仕事に取り組むのだった。もちろん、ムダ毛処理も化粧も怠ってはいない。


 世間の流れに身を任せて生きていくしかできない私に、救いの一手を差し伸べてくれる人がでることを期待するしかなさそうだ。

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