3いざ、執筆としゃれこみますか

「ということで、河合さんの案を借りることにしました」


「小説で訴える。紗々さんらしいと思いますよ。ですが、どのジャンルで書くつもりですか?河合さんの言う通り、BL(ボーイズラブ)で書くには難しそうな題材ですが」


 家に帰ってさっそくどのような小説にしようか考える。この際なので、大鷹さんに相談することにした。


「やっぱり、私の得意分野(ボーイズラブ)ではなかなか難しいですよね。でも、私、他のジャンルって手を出したことがなくて」


 BLは読むのも書くのも両方やっているが、他のジャンルはもっぱら読む専だ。異世界転生系も、男女の恋愛も、現代ファンタジーも書いたことがない。BLも絡めて書いたとすれば、恋愛も現代ファンタジーも書いたことがあるといえるが、根本が男性同士の恋愛に重きを置いているので、書いたことがあるというのは、微妙なところだろう。


「ううん」


「だったらいっそ、僕たちの常識とは真逆の世界観で、BLを書いてみればどうでしょう?」


「真逆の世界観?」


 小説のジャンル決めからすでに難航していた。そんな私に大鷹さんがアドバイスをくれた。とはいえ、ジャンルがBLでうまく読者に私の意図が伝わるだろうか。大鷹さんの言葉を繰り返すと、大鷹さんは、自分の考えを丁寧に説明してくれた。


「たまに見かける題材だと思いますけど。例えば、異世界に転生したら、美醜の概念が逆で、もといた世界では、ブスでさえない自分が、異性や同性からモテモテになる話とか。そういう感じで、紗々さんが不満に思う現在の常識が、小説の中では浸透していない、もしくはまったく逆の常識となっている話とかどうですか?」


「美醜逆転。そんなような内容が書かれていそうなタイトルを見たことはありますが、読んだことはなかったです。参考にしてみます」


「紗々さんの力になれてうれしいです」


「それは恐縮ですが、大鷹さんはどこからそんな情報を仕入れているのですか?」


 疑問に思ったことを質問すると苦笑された。


「紗々さんと同じですよ。小説投稿サイトって、無料で無限に小説が読めるでしょう?暇なときにいろいろ漁って読んでいるんです。そこから拾っただけですよ」


 さも、誰でもやっていますという風に話す大鷹さんに、私は自分の旦那がだいぶオタクになってきたなあと思うのだった。





 大鷹さんからもアイデアをもらった私は、自室に戻り、パソコンの電源を入れた。


「常識が違う世界観」


 ワードに思いついたことを入力していくことにした。


・ムダ毛処理をしないことが美

・ありのままの素の自分が良いとされる世界

・毛の生えていないツルツル肌は恥ずかしい

・体毛が濃い方が異性にもてる

・もじゃもじゃが正義

・獣に先祖返り

・獣人設定


「……。いったいどんな世界観なら、私の、今の世の中の不満が伝わるだろうか」


 頭に浮かんだ設定を並べていくが、どれも私の中でしっくりくるものはない。設定を羅列するのではなく、物語の流れを考えてみるのはどうだろうか。結局、私がかけそうなのはBLな気がしたので、そこはそのままにすることにした。



・体毛が濃い方がモテる世界で、主人公は体毛が薄かくていじめられていた

 ↓

・それを見かねた幼馴染の男がお前はお前だ。他の意見なんて気にするなと言ってくる

 ↓

・主人公はその言葉を励みに、いじめにあいながらも一生懸命生きていく

 ↓

・幼馴染の男は実は、主人公が住んでいる国の皇子で、お忍びで下町に遊びにきていた

 ↓

・二人は互いに惹かれ合い、最終的に結婚する

 ↓

・男性同士の結婚を皇子は世に示す、体毛が薄くてもいいのだと訴える



 話の大まかな流れを箇条書きにしていく。まず考え付いたのが、体毛が濃い方が異性からモテるという設定。しかし、この話はどこかで見たような内容で、大したインパクトもないし、結局、体毛が薄い方が受けだ。そのため、体毛が薄い、ツルツルの方がモテることになり、今までと変わらない。男同士の結婚なんて、BLの世界では普通の設定になっている場合もある。オメガバースという、男同士の妊娠もあるので、これではオリジナル性もないし、ありきたりすぎて、物語としてもつまらない。


 そもそも、これでは私の世の中の不満が伝わらない。


 これが逆の設定ならばどうだろうか。同じように物語の流れを箇条書きにしてみる。



・主人公は体毛が濃い自分が嫌だった、男女ともに体毛が濃い方が素晴らしいという世界観

 ↓

・毛を剃っても剃っても、すぐに生えてくる剛毛に悩まされる

 ↓

・脱毛サロン経営の社長と出会う(出会いは適当に考える)

 ↓

・自分ならお前をツルツルにしてやれる

 ↓

・脱毛サロンに通ううちに、二人の距離は徐々に縮まっていく

 ↓

・主人公の体毛がなくなりツルツルになると、社長が実は、お前の剛毛好きだったな呟く

 ↓

・周りを見渡すと自分と同じツルツルの男女が行き交っている

 ↓

・自分に剛毛をなくすと何が残るというのか

 ↓

・主人公の剛毛体質は、脱毛サロンでは到底処理できないほどのものだったので、脱毛の処理をやめると、数日で生えてきた

 ↓

・主人公の体毛が元のようにもじゃもじゃになり、二人の愛はさらに深まりましたとさ。

・それを見た人々が、剛毛もありかもしれないと思い始めて、剛毛が広まっていく。



「これはこれでありかもしれないけど……」


 書きあがった内容を読み返すが、どうにも気持ちが悪い。どうしてだろうと原因を探していると、根本的なものが見えてきた。


「そうか、そもそも、私自身が、ツルツルが好きなんだ」


 なんて言うことだ。これではいくら常識が違った世界を書いても、面白くないし、しっくりこないわけだ。作者である私自身が、ツルツルの肌が好みなのだから。要は、自分はぼうぼうの草原でもいいが、他人にはツルツルを要求するという、なんともわがままな言い分をしていることに気づかされ、いったん、執筆を中断することにした。

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