2ツルツルが嫌なら、性癖を変えればいいじゃない
「おはようございます」
「おはようございます。今日はずいぶんと頭が爆発していますけど、何か嫌な夢でも見たんですか?」
朝、起床して大鷹さんと一緒に朝食を食べていると、私の頭の爆発を大鷹さんに指摘された。起きて顔を洗った際に鏡を見て、寝癖のすごさは気付いていたが、どうせ化粧をしたときに直すので、そのままにしておいたのだ。
「家を出るまでに直すので気にしないでください。ていうか、大鷹さんはいつも、さらさらヘアで爆発しているところを見たことがないのですが」
そうなのだ。大鷹さんは、私なんかより、よほど女子力が高いのだ。いや、身体的に女性が憧れる体質なのだ。髪はサラサラで癖がないため、いつみても爆発しているところは見たことがない。そのくせ、髪の量が多くて、おそらく将来剥げることもないだろう。
髪の量が多いくせに、ムダ毛が少ない。大鷹さんと一緒に過ごしてだいぶたつが、彼の体毛は驚くほど薄いのだ。コツコツとムダ毛処理をしている私が悲しくなってしまうほどに体毛がうすい。何も手を施さずにツルツルだ。うらやましい限りである。まあ、下の毛は知らないが。
どうでもいいことを考えながら、朝食を終え、私は歯を磨いて化粧を始める。化粧も面倒くさい。これは一年中やらなければならないことで、これもムダ毛処理と同様になくしていきたい女性の固定概念の一つである。
私なんかの場合、化粧をしてもしなくても、大して変わらないので、やる意味がわからない。不器用でセンスがないため、女子力高めな化粧ができない。ファンデーションを塗り、アイシャドウにチーク、眉毛を整えて終了だ。髪もアイロンなどで整えるなど時間の無駄だと思っているので、さっさとヘアオイルをつけてとかすだけ。
「こうやって見ると、女性は面倒なことが多すぎる」
とはいえ、今のところ、私は男性になりたいとかいう願望はない。別に化粧やムダ毛処理が面倒なだけで、根本的な女性の部分については否定していないということなのだろう。
仕事場につき、更衣室で制服に着替える。これも面倒なことの一つだ。こう考えると、世の中面倒なことだらけである。いったいいくつの面倒から、人は成り立っているのだろうか。そうは言っても、制服があるのは銀行員だけではないので、あきらめるしかない。いや、女性の制服がスカートなのも、なくなって欲しい固定概念だ。
「銀行員の制服って、ダサくて、着ると気分が下がりますよねえ」
私の後に出勤して着替えを行っている河合さんがぼそりとつぶやく。私とは意見が違うが、気分が下がるということには同感だ。
「河合さんは、この制服のどこらへんが気分が下がりますか?」
「紗々さん、おはようございます。どこがって、すべてですよ。まず、リボン。こんなくそダサいリボンとかありえないし、首元がそのせいでしまって苦しくないですか?それにスカート。タイトスカートなんて、動きにくいし、下着は見えそうになるし、いいことゼロですよ。唯一良いところといえば、ヒールの靴を履かなくて済むことですかね。サンダルでいいのはかなり足が楽です」
私の質問にすらすらと答えてくれた河合さん。私も思っていたことであるが、それなら、どういった制服なら河合さんは満足するのだろうか。
「それにしても、紗々先輩、スカートがなんでこんなに似合わないのかって位に、スカート姿が浮いていますね」
からかうような口調で言われても、私が怒ることはない。自分でもわかっているのだ。私はスカートが絶望的に似合わない。顔のつくりなのか、足の太さなのか、骨格なのか、髪型なのか不明だが、おそらく総合的に似合わないのだ。それは自分でも自覚しているので、今更傷つくことはない。
「私は、そもそも、スカートを着て仕事をする時点で気分が下がるけどね」
「紗々先輩ならそうかもしれませんけど、私はスカート派ですね。だって、そっちの方が男受けは圧倒的にいいですから」
「そろそろ時間だけど、着替えは終わった?」
意外と長く話し込んでいたようだ。時計を見ると、もうすぐ始業の時間だ。安藤さんが私たちを呼びに更衣室に入ってきたので、この話題はいったん終わりとなった。
「紗々先輩、今日午前中、ずいぶん浮かない顔をしていましたけど、どうしたんですか?おおたかっちと喧嘩でもしました?」
「喧嘩はしていないよ。ただ、嫌な季節が今年もやってきたなと思って、憂鬱になっているだけ」
「夏が嫌いなんですねえ。どうしてですか?夏って、開放的な気分になっていいじゃないですか?」
「開放するための作業が面倒だから嫌なのよ」
私がため息をついて言えば、河合さんは何のことだがすぐにわかったようだ。
「ムダ毛ですね。紗々さんって、ムダ毛処理どうしていますか?」
「い、いきなりだね」
「別に男性が聞いているわけでもないし、いいじゃないですか。私と紗々先輩の仲ですし」
いったいどんな仲だと思われているのか謎だが、この際だから、普通の女性?の河合さんに聞いてみることにしよう。
「私は、脱毛とかは行かずに、シェーバーとかで剃ってるけど」
「脱毛するべきですよ。そうすれば、ムダ毛処理の時間が減って、人生快適ですよ」
「そのことなんだけど、どうして『女性がツルツルでなければならない』ということになっているのか、疑問に思ったことはない?」
脱毛も考えたが、どうして世間の固定概念のためだけにお金をかけなくてはならないのか。そう思うとどうしても二の足を踏んでしまう自分がいた。癪に障るし、脱毛のお金をBLに回したいと思うのも本音である。
「どうしてって、それは、世間が『ツルツルが正義』みたいに考えているからじゃないですか。それが世の理なら、それに従うのは自然ですよね。疑問に思ったことはないですけど。私もツルツルの方が、気分がいいので」
「そこで私、考えたの。どうしたら、そのツルツル概念をなくせるかなって。別に世の女性全員がツルツルである必要はないでしょ。やりたければやれば、くらいの概念になって欲しいと思って、そのために私にできることはないかなって悩んでるの」
つい、河合さんに私の本音を伝えてしまった。恐る恐る河合さんの様子を確認するが、私の言葉を不愉快に思っている様子はなかった。それどころか、面白そうに私の話を聞いていた。
「ふふ、面白いことを言いますね。そんなところをおおたかっちは、好きになったのかもしれませんね」
「これは面白いことなのかな。私にとっては全然、面白くないし、むしろ、すごい重要なことなんだけど」
「SNSで同じ仲間を募ってみるのはどうですか?ほら、アレ、ちょっと前に流行った靴の奴」
「大鷹さんと同じことを言いますね」
「ええ、おおたかっちと同じとか。今となっては微妙かも。一番世間に広まりやすいツールではあると思うけどなあ」
「はあ」
私は大鷹さんにも伝えたことを河合さんにも伝える。河合さんは私の意見を聞くと、それならばと、思いがけないアイデアを私に授けてくれた。
「あくまで、自分が主導ではなく、徐々に面倒くさいムダ毛処理とかをなくしていきたい、ツルツルが当たり前の世の中をなくしていきたいと」
「簡単に言えばそう言うことです」
「じゃあ、そういう世界観の小説とか、ツルツルが当たり前の世の中ではない小説とかを書けばいいんじゃないですか?紗々さんって、小説を書くのが趣味で、投稿しているでしょ。ああ、専門はぼーいず」
「待って待って、ここでその話題は!」
河合さんの言葉を慌てて遮り、思わず辺りを見渡し、私たち以外に人がいないことを確認してしまう。ムダ毛処理云々については、女性なら誰しも抱える悩みだと思うので、恥ずかしいが聞かれてまずいと言うわけでもない。銀行の窓口業務は基本的に女性が多い。さらに、男性は営業のため、外回りでいないので、そこまで気にするほどでもない話題だ。
だが、BL(ボーイズラブ)はダメだ。銀行ではただの地味な女性を通しているのだ。そんな私が腐女子だとばれてしまうのは避けたい。その後の人間関係が危うくなっては、仕事もやりづらくなってしまう。
「もう、わかりました。紗々さんの専門分野で、その話題を取り上げてはどうですか。そうは言っても、紗々さんの専門分野は男性が多く出てくるので、難しいかもしれませんね。違う分野の話で紗々さんが思うような世界観の話を作って投稿してみてはどうですか?興味を持った人が勝手に拡散してくれるかもです」
なるほど、その発想は思いつかなかった。小説の中でなら、いくらでも自由に常識や性癖を変えることが可能だ。私たちが生きている常識にとらわれずに、自由な発想を言葉にしていけばいい。
もしそれが読者の目に触れて、共感してもらえたのなら、それは大変喜ばしいことだ。それが徐々に広がりを見せれば。
「ありがとう!」
「私はただ、思いついたことを言っただけです。でも、もし感謝しているのなら、一つお願いごとをしてもいいですか?」
「ええと、私にできることであれば、身体的、精神的苦痛を与えるものとかはなしで」
「いったい何を想像しているのかわかりませんが、紗々さんにとっては精神的苦痛かも。ですが、私はどうしても読みたいのです!」
紗々さんが描く百合話が。
「ぶふ」
あまりに予想外の言葉に飲んでいたお茶を吹いてしまいそうになる。
「最近、百合にハマってしまって。いろいろな百合に手を出してはいるのですが、理想の百合に出会えなくて。ですが、どうにも私には文才はないみたいで」
「いやいや、それなら百合専門の人に言ってよ。私はあくまで」
「違う分野に挑戦っていうのもありですよ。いまからそのチャレンジをするわけですよね。ついででいいので、私に百合を供給してください。紗々先輩の作品は拝見していますが、どれも私の心に刺さるものばかりです。なので、紗々先輩が女性×女性の小説を書けば、もっと私の心にぶっ刺さると思います」
頭の痛いことになってしまった。ちらりと時計を見ると、休憩時間が残りわずかとなっていた。私と河合さんはお弁当をかきこみ、午後の準備を始めるのだった。
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