8私たちの家にやってきました
河合さんの家にお邪魔したその日、私は大鷹さんと彼女の会話に嫌な気持ちになって、すぐに家に帰った。とはいえ、家には大鷹さんがいる。大鷹さんと結婚していて、一緒に住んでいるのだから当然だ。
気まずい思いで玄関を開ければ、普段通りの大鷹さんが私を出迎えてくれた。特に不機嫌な様子もなく、怒っている様子もない。ただいつも通りにおかえりなさいと声をかけてくれた。そして、何事もなかったかのような夜を過ごした。お互いに河合さんの話題に触れることなく、週末が過ぎていく。
次の日は休日で、河合さんと顔を合わせたのは、週明けの月曜日だった。
「おはようございます」
「おはようございますう。倉敷先輩!」
私が仕事場に出社すると、すでに河合さんは制服に着替えて、他の人たちとおしゃべりに興じていた。しかし、私が出社したことに気付くと、真っ先に挨拶をしてくれた。まるで、あの日のことがなかったかのような感じで、彼女が何を考えているのかわからなかった。
「お邪魔します!ここが、倉敷先輩とおおたかっちの家ですかあ。いいなあ、私も早く結婚してラブラブ新婚生活を送ってみたい!」
どうしてこうなってしまったのだろうか。河合さんが私たちの家に遊びに来ていた。あの日から数日後、彼女から唐突に、私の家に遊びに行ってもいいかと尋ねてきた。当然、自分の家に彼女を招きたくはないので、丁重にお断りしていたのだが、彼女の強引さに負けてしまい、その結果、週末の土曜日に、河合さんが私たちの家に来てしまったわけである。
「河合さん、今からでも遅くないので、お帰り願えると僕も紗々さんも喜びます」
河合さんをリビングに案内すると、何を驚くことがあるのだろうか、部屋を見て大げさに
驚きながら、派手なリアクションを取っている。その言葉を無視して、大鷹さんが河合さんを歓迎していないムードを前面に押し出すような発言をする。私も大鷹さんと同じ気持ちだが、わざわざ口にするのは失礼だと思って口にしなかった。大鷹さんが言ってくれて少し気持ちが落ち着いた。
しかし、そんな私たちの気持ちは彼女には理解されず、今度は素朴な疑問だけど、と前置きして、私たちに質問してくる。
「ところで、二人は結婚しているんですよね。ということは、倉敷先輩も大鷹さんということになりますが、どうしておおたかっちは名前呼びで、倉敷先輩は苗字呼びなんですか?」
なかなかに答えにくい質問だ。どう答えようか迷っていると、大鷹さんが助け舟を出してくれた。
「お見合いしていた頃からの呼び方から、まだ変えられないだけですよ。それに、名前呼びは恥ずかしいとのことです。河合さんが気にすることではありません。質問はそれだけですか。それだけならさっさとおかえりを」
「待って、待って!」
答えてくれたのはいいが、大鷹さんはよほど河合さんを家に招きたくなかったのか、今度は彼女の背中を押して、玄関まで追いやろうとしていた。それに抵抗するように、彼女は待ったをかけた。
「く、倉敷先輩!助けてください!まだ帰りたくない!」
「いや、私に言われても……」
「わたし、もっと倉敷先輩たちの結婚生活のこと、聞きたかったんですけど!」
大鷹さんに抗いながら、私に帰りたくないと訴える河合さん。結婚生活と言えば、彼女は確か、結婚願望があるのだった。
「あれ、これって、いい機会ではないか」
彼女は結婚願望がある腐女子だ。そして、大鷹さんの元カノ。昔は、大鷹さんは腐男子ではなかったが、今では立派な腐男子だ。ということは。
「あの、倉敷先輩、聞いていますか?私の話」
「紗々さん、何かとてつもなく嫌な予感がしますが、何か良からぬことを考えてはいませんよね」
「ワカリマシタ。大鷹さん、河合さんは結婚願望があるみたいで、私たちの結婚生活がどんなものか聞きたいそうです。私では余計なことを言ってしまいそうなので、大鷹さんから話をしてあげてください」
「いや、それは同じ女性同士でいいのでは……」
「そうですよー。なんで私がおおたかっちから話を聞かなくちゃいけないんですかー」
「私はやるべきことを思い出しました。話が終わったら、私の部屋をノックしてください」
私は、河合さんと大鷹さんをとりあえず、二人きりにすることにした。私が家に居る時点で完全な二人きりにはならないが。
「完全に二人きりにする必要があるのはわかっているんだけどなあ」
自分の部屋に足を踏み入れ、ドアを閉めてため息を吐く。私は、河合さんと大鷹さんがお似合いではないかと思い始めていた。だからこそ、二人きりにしてどんな感じになるのか、確認したかった。久しぶりに会うのだから、積もる話もあるだろう。私は実家に戻って結果を待つだけでいいのだ。それなのに。
「兄×弟の時は、実家に戻るのに悩みはしなかったのに」
以前、クリスマスの時、大鷹さんの弟がやってきたときは、簡単に二人きりにしてあげることができた。だから、今回も同じように私が実家に戻ればいいだけだ。それだけのことが今の私には、どうしても出来なかった。
「やめだやめだ。とりあえず、腰痛ネタの続きでも書いておこう」
リビングに残した二人が気になりながらも、私は最近思いついた、腰痛ネタのBLの新作の続きの執筆を始めるため、パソコンの電源を入れた。
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