第二十七章 愛し子よ

 剣となって刺してくる寒気のとばりが、消え去った。今年も実りのない春を迎えねばならぬと覚悟していたが、すっかり陽光がさして双葉が芽吹きはじめている。誰もが目をうたがった。春をむかえていたが、一ヶ月過ぎても吹雪はやまなかった。それが王太子に子がうまれてから、森や畑が色づいたのだ。ご加護に違いないと、国民はわきたった。春を呼ぶ王子とひとびとに呼ばれ、一目見たいと貴族たちは居城に押し寄せている。

 葡萄酒を飲み。ちょうどよい火加減で焼かれた肉を、貴族たちがむさぼっているころ。遠く離れた一室で、娘に向けて鈴を鳴らす女性がいた。夫はとおく離れた地で戦死して間もない。娘しか残っていない女性は、ふさぎ込んで誰とも会おうとはしなかった。


「マリア、私の愛し子。あなただけは側にいてね」


 涙がゆりかごに落ちた。悲しみに共鳴して娘が泣きじゃくった。抱き上げてあやしても、首を横に振ってぎゅと手を握りこんでいる。側にいると、答えているかのようだ。

 星辰の明るい夜。ふだんは静かなものなのに、この日にかぎって娘マリアの涕泣がとどろく。いくらあやしても、泣き止んではくれない。城内も複数の足音と、声が幾重にもかなさって耳にとどいていた。侍女の一人をつかまえてみれば、「うまればかりの王太子の子がさらわれた」という。片割れに危険がおよんだと、娘は気づいたのだろうか。けっきょく疲れ果てて、娘はねむった。思考の深い闇にしずんで、母親はねむれなかった。気づけば、窓から陽光が差している。赤く充血した目をこすって、娘にふれたとき。父がさわがしく、入ってきた。ゆりかごの中にいる娘を、強引にかっさらっていく。息子だけでなく、娘すらうばうのか。


「もう私には、その子しかいないの」


 豪華にかざられた絹の服にしがみつく。足で蹴りつけられて、床に躰を打ち付けてしまう。起きたのか。娘のなげく声が聞こえてきた。顔を上げると、小さな手を必死にのばしている。


「いつかまた逢えるから。マリア、待ってて……!」


 扉が閉まる直前、娘の涙が退いた気がした。



 王女が側にいるせいか。幾度も思い返してしまう。父に子をうばわれた日を。自分の中にいる悪魔が「うばってしまえ」とささやく。理性で何度もつぶしてきた。いまや英雄あつかいもされているマリアが、王の子ではないとわかればどうなるのだろう。皆が手のひらを返してしまうだろうか。そうなればマリアを自分のところに、引っ張り込めるだろうか。ディアナは首を振った。よこしまな考えだ。捨ててしまおう。逢えるだけでも、幸せ者だ。


「ディアナ様、ベルク閣下の間者がうごきだしている模様です」


 執事ゲルトがあわてて駆け込んできた。マリアの身に危険がおよぶかもしれない。スカートをひるがえし、部屋をあとにした。



 血を帯びた刃が斜陽をうけてきらめく。賊は手首をおさえながら、あとずさった。王女が一人でいるのを、好機とみて襲撃をこころみたらしい。


「うごけますか、殿下」


 肯定すると、階段から逃げるようすすめた。靴をぬぎすててたちあがると、階段へ向かって駆ける。背後からふたたび、交錯する剣の音がひびいてきた。賊は少年のほかに、女もいたらしい。身軽な四肢を自在にうごかして、撃をあたえていく。両手ににぎられた短剣は、確実に助太刀してくれた少年を追い詰めていた。助けを待っている時間はない、と、マリアは弓弦をひきしぼる。矢が飛び出すよりもさきに、狼藉者の少年がせまった。左手で剣の切っ先を水平に走らせた。利き手ではないからか。技倆はよくないものの、弓が真っ二つになってしまう。隠し持っていた短剣をかまえると、つぎつぎと撃が向かってきた。力まかせであるから、耐えるのがやっとである。後方に飛び退くと、短剣がはじかれてしまう。同時に相手の剣もひびわれて折れた。


「くそ。おんぼろが! せめて継承者の証はもらう」


 少年の手が触れる前に、三つの宝玉はまばゆい光をはなった。光芒がのぼると、七つの光が旋回する。電流が躰を走ると同時に、鎖ごと宝玉は砕け散った。


『丘を越え、はるか彼方

 はるか彼方のあの国へ

 バ、バ、リリィ、バ

 角笛をこの胸に

 あの騎士をこの両腕に抱きしめたい』


 古い詩が初代女王時代の記憶を持つ者と守人たちの耳を打った。眷属として最後の役割を終えて、宝玉は天に還る。


「そんな。僕は王にふさわしくないと申すか」


 放心して少年は足に力をうしなった。女の刃が向きを変えた。顔を布でおおった少年は蹴りをいれられて、背中をうちつける。よろよろと立ち上がれば、マリアと女の間にすべりこんだ。右下からななめ上に、閃光が走る。幸いに躰は無事であるが、顔を軽くかすめた。天花がまじった風が吹いて、布が空へ舞い上がる。助太刀にあらわれた少年の素顔を、ようやくおがめた。鏡をのぞいているのかと錯覚するほど、酷似した顔立ち。なつかしいと、どこかで感じていた。


「殿下、下へ降りましょう」


 マリアの肩を抱いて、少年はかけていく。背はやや高く、男らしい肉付きをしている。質問は山ほどあるが、いまは侵入者を追い払わなくてはならない。女がこりずに、斬りかかってきた。すかさず少年の剣がうけとめる。衛兵はいないのかと、視線を走らせるが姿が見えない。不安がふくらんでいる間に、少年は蹴り倒されていた。女だけでなく、兵士もどこからかあらわれている。居城の兵ではない。神に仕える神殿騎士だ。刃がおおきく振り上げられた。あわててマリアが少年におおいかぶさると、背中におびただしい赤い血を浴びる。おどろいて顔をあげると、公爵ディアナが立っていた。剣を引き抜かれ、力なく地面に膝をつく。


「ディアナさん!」


 マリアが傷口をおさえるが、とめどなくあふれる。その手をとってディアナは、少年ごとだきしめた。


「無事でよかった。私の愛し子たち……」


 力をうしなった躰は、二人に真実を残してのしかかる。別れを惜しむ時間を、侵入者たちはゆるさなかった。第二撃をかまえていたのである。少年はマリアの手を取って、駆けだした。気づけばベルク公麾下の兵と神殿騎士、傭兵団が居城を巣くっている。


「衛兵は昼寝でもしていたのか」


 舌打ちをしたくなる衝動をぐっとこらえ、少年は剣を血で染めていく。薄茶色の服も、赤く染め上げられていた。


「マリア様っ!」


 愛しい声が耳を打った。マリアはすかさず、声を張り上げる。


「レイヴァン、わたしはここだ!」


 最高司令官の名前を聞いて、兵士たちがひるんだ。隙を逃がさない。つかれきってはいるが、うごけないほどではなかった。間者として危険な地へおもむき、寝る間もなく武器を取る事態になったときもある。少年にとって、この場を切り抜けるくらいはお安いご用だ。またたく間に辺りは血の海ができあがって、最後の一兵は少年と正騎士長の剣がかさなって十字にきりさかれた。最初におそってきた不届き者の少年と、女のしかばねはない。逃げてしまったのだろう。


「よかった。逢えて」


 正騎士長レイヴァンの姿を確認して、マリアはほっと息をつく。少年はすっと、二人に頭を下げた。


「ご無事でなによりです」


「お前、マリウスか」


「はい」


 警鐘とともに、あわただしい足音がとどろく。疑問がわき起こるが、現状の把握を急がなくてはならない。そう判断してレイヴァンは、城内をまわろうとさだめた。


「マリウス、お前は殿下をつれて安全な場所へ逃げろ」


 マリアは悲痛の表情をうかべたが、ぐっとこらえる。考えなしに「ともにいく」というほど、おろかではなかった。


「正騎士長、ご武運を」


「ええ。かならず、あなたのもとへ」


 軽く交わしてからレイヴァンは、マリウスに合図を送った。居城が陥落した場合、落ち合う場所をはじめからきめていたのである。


「殿下、参りましょう」


 少年マリウスは手をとって、回廊を駆けだした。どこから入り込んだのか。兵と騎士と傭兵に、道をとざされる。背後は最高司令官がいるとはいえ、一人で守り切れるだろうか。深い絶望に思考が沈んだとき。赤い血が天井に舞い上がり、道がひらかれた。守人レジーとギルが、おびただしいほどの返り血を浴びてたっている。にぶい光を放つ刃が、もろくなっていた。


「逢えた、マリア」


「緊急時なのに、眷属はなにやっているんですかね」


 眷属の声が聞こえないのか。ギルがつぶやいた。二人の目線が、マリウスにあつまる。


「のちほど、ご説明いたします。いまは殿下の安全が先です」


「わかっているさ」


 襲いかかってきた傭兵を一薙ぎで、切り裂いてギルは前へ出た。レジーは、しんがりをつとめてくれている。走っているさなか、槍が一本、とんできた。まずいと、レジーが手を伸ばす。床がぐんと盛り上がって、壁を作り上げた。槍はにぶい音を発して、つきささる。少し遠くから、男の悲鳴がひびく。同時にかろやかな声が、空気を伝ってきた。守人クレアだ。


『実りをもたらす大地よ

 我らの声に答えておくれ

 乾いた世界に恵みをもたらすために

 パセリ、セージ、ローズマリーにタイム

 忘れないでおくれ

 我らが王の道となることを』


 うつくしい絹のディアンドルは、赤黒く染まりきっていた。つかれきった瞳がマリアの姿をみとめると、深く息を吐き出した。


「ご無事だったのですね」


 まだ助かったわけではない。ゆるんだくちもとが、ふたたび引き締まる。ここまで入り込んでいるとなると、城は陥落したと考えていい。門へ向かって走り始めた。

 外へ出ると、跳ね橋が降りていた。自分が通ったときに、あげられていたはずなのに。マリウスは顔をしかめる。居城に内通者がいたのか。


「姫様、ご無事でしたか」


 ソロモンとエリスが駆け寄ってきた。マリウスの顔を見て、そろって目を見開く。


「話はあとです。殿下をはやく、安全な場所へお連れしなくては」


 同時に爆発音が、空にとどろいた。火の手が広がって、もうもうと黒い煙があがっている。


「参りましょう」


 肩を抱いてマリウスは城外へうながす。


「父上と母上を置いてはいけない。レイヴァンも……」


「国王陛下と王妃殿下のもとへ、正騎士長様は向かっております。敵の手に落ちていないのでしたら、かならずや救い出してくださるでしょう」


 マリアに似た青い瞳は、深い慟哭をやどした。


「勝つためには、逃げるのも必要なのです」


 ようやくマリアの足がうごいて、街へ降りた。追っ手の傭兵がついてくる。街であろうとおかまいなしに、弓弦を引き絞る。矢がまさに放たれようとした瞬間に、闇の混じって閃光が回りながら走り抜けた。弓矢は真ん中で引き裂かれ、手の甲から血を流している。戦輪が男たちの手元めがけて、とんできたのである。


「お怪我はないようですね」


「クライドも、無事で良かった」


 クライドとも合流を果たして、安堵の息を漏らしたのもつかの間。剣をひきぬいて、襲いかかってくる。レジーとギルが弓弦をひきしぼり、マリアたちを先へうながした。


「ここは彼らに任せましょう」


 あなたの臣下なのですから、信じてください。と、マリウスに言われれば否定できず、背を向けて駆けだした。残った二人は脂汗をうかべていたが、不安はすぐにのぞかれた。思わぬ救援があらわれたのである。傭兵の背後から血しぶきがあがった。真っ赤な髪をさらに深紅に染め上げた男と、なまめかしい四肢を自在にあやつる女。ダミアンとジュリアである。


「姫様は、どちらに?」


「この先にいる。合流しよう」


 うなづきあって追っ手がいないのを確認してから、四人はかけ出した。



 敵のねじろでも散策しているのか。さっかくを起こしてしまうほど、正装がすっかり血で重くなっていた。うつくしいばかりで、使い物にならない身頃を脱ぎ捨てる。


「国王陛下、王妃殿下。いずこにおられる」


 幾度さけんでも、声音がかえってはこない。執務室にも、謁見の間にも姿が見えなかった。寝室へ足先を向けて、疾走する。乱暴に扉をひらくと、床に赤い血が円となってひろがっている。力をうしなって剣を抜かれた肉体。国王オーガストの顔だ。血を滴らせた刃を持っているのは、公爵ベルク。言わずとも、状況は読み取れた。言葉を発する時間も与えない。容赦なく、弑逆者に刃を振り下ろす。横から水平に刃が走ってきた。金属がかさなりあって、火花が散る。何人もの騎士が、周りを囲っていた。


「おぬしとて、わかっておろう。優柔不断な王では国がほろぶ。どうだ、手を組まないか」


 優秀な最高司令官殿ならばわかるだろう。放っておけば、内側から腐っていく。敵に攻め入る隙を与えてしまう。だからこそ王を討ち、新しい武力による王朝を新たに打ち立てる。


「パーライト王朝の生き残りたるあなたが、玉座につけば我が国は安泰です」


 公爵はうれしげに、みずからの理想を語った。兵士に蹴りを入れてレイヴァンは、ふたたび弑逆者に目を向ける。


「なるほど『玉座をやる』と提示すれば、俺を懐柔できると見積もったわけか」


 ずいぶん安く見られたものだ。要求を飲んだところで、切り捨てられるか。あやつられるだけ。眉間に深くしわを寄せた。


「玉座も惹かれるが、惚れた女を抱く方がずっと素敵だと思わないか」


 玉座につけば、どんな美女もあなたのもとにこぞって訪れるでしょう。額に汗をうっすらと浮かべて、なおもベルクはつづけた。口許をほころばせて、レイヴァンは燭台をたおした。火は絨毯にうつって、こがしていく。


「千人の美女が束になったってかなうものか」


 一人で相手してもかまわなかったが、マリアの安否も心配だ。逃げ道をふさがれる前に、脱出しなくてはならない。そうさだめて、部屋から出る。思った通り。ベルクに引き留められていたせいで、傭兵があつまってきているではないか。本命を仕留められなかったのは残念だが、王女のもとへたどり着けなくては意味がない。

 人の壁を切り裂いて、逃げ道をつくっていく。あとには赤い廊下が出来上がっていた。燃えうつった火もひろがって、居城を侵食していく。


「レイヴァン様!」


 不釣り合いな、かろやかな声がひびいてきた。錬金術師セシリーである。弟子グレンも一緒だが、いまだ傷の癒えていないヘルメスに肩をかしていた。


「おぶって運んだ方がいい」


 レイヴァンの助言をうけいれて、グレンはヘルメスを背負う。火の手が回る前にと、三人は駆けだした。



 第一夜警時をむかえても、居城からは煙が立ち上っていた。鎮火したのは、第四夜警時になってからである。そのころになって、マリアたちもようやくレイヴァンと合流を果たした。山の向こうからは、陽光がにじんでいる。

 黒い森の深くに身をやつしていたマリアは、レイヴァンたちを見つけたとき涙を流してよろこんだ。


「よかった。無事だったんだな」


 ほっと息を吐いたのもつかの間。レイヴァンは見てきた事実のみを、たんたんと述べた。肩を落としたマリアに、ふらふらとヘルメスは近寄る。


『かなうならば、笑顔をお見せください。我はもとより、我が王の臣下』


 三賢者の最後の一人ヘルメスは、ゆるやかにほほえんだ。


「思い出しました。何もかも。俺はあなたに会いたかったのです」


 手紙を出したのはブラッドリーが、ベルクに監禁された事実を知ったからであった。欲しているものがわからないが、自分にも監視がついている。マリアにも危険がおよぶと考え、会いに行こうとした。けれども馬車はおそわれ、とらわれの身となってしまったという。激しい拷問のすえ、記憶をうしなってしまった。


「ベルクは“賢者の石”をさがしておりました」


 ヘルメスの父バートが完成させていたといわれる“石”。ブラッドリーが欲していたものも、同じだったらしい。


「ようやくわかりました。二人が探していたものは、その石です」


 マリアとレイヴァンの胸元に、かがやく石を指さした。いいえ、と、マリウスが近寄った。服の下に隠していた石を、皆に見せる。


「王妃殿下から、いただいたものです」


 “賢者の石”の研究はけっきょく打ち切られ、いままでの資料もすべて焼き払った。ただブラッドリーの手が弟子である王妃殿下までおよぶと考え、師バートが願いを込めて託したのだ。


「持ち主に危険がおよべば、熱を持つ石。わたくしが持っているのは、グレン殿が持つはずの石です」


 研究の結晶でもある石を、王妃に託した。石とともに、自分のクローンであるグレンを渡した。石と弟子を守ってくれるように、と。


「賢者の石ではございませんが、いままでの研究を使ってつくれられた人工石です」


 おたがいに共鳴し合い、危険がおよべば教えてくれる。だけではなく、三つそろってようやく研究の記録が見られるという。


「そうは申しても、見方を知っているのは王妃殿下だけですが」


 顔はよく知っているが、知らない人物にヘルメスが眉をひそめた。皆も気になっていられないのか。顔を凝視している。いまさらになって気づいて、片膝をついて頭をたれた。


「名乗りがおくれて申し訳ございません。わたくしは最高司令官麾下の間者マリウスと申します」


 聞きたいのは、そこではない。口にはしないが、目でうったえていた。震える心をさとられぬよう。マリウスは深く息を吸い込んだ。


「わたくしはマリア王太子殿下の双子の片割れ。一時では“クリストファー”の名をいただいておりました」


 もっとも物心つくころには、ただの「マリウス」になっておりましたが。と、マリアに似た青い瞳がやさしくほそめられた。


「陛下と妃殿下の実子ではないのか」


 ソロモンが疑問を口にした。いいえと、ゆるやかに金の髪がゆれる。くわしくは存ぜぬが、王妃殿下が訪れたとき話してくれた。赤ん坊のときに、実母ディアナから引きはがされて王の子とされた。翌晩。何者かに誘拐されて、双子の姉が今度は王の子にさせられてしまったと。


「ならば、あなたはわたしの弟なのか」


「ええ。本当は妃殿下の口から話されるときに、会いに行くつもりでした」


 予定はくるってしまったけれども、事実です。と、まぶしげにマリアを見上げた。天つ日がついに顔をだして、闇を溶かしていく。暗がりで見えずらかったマリウスの表情が、ようやくくっきりと瞳に映る。月の雫のようにきらめく涙が、頬をつたって流れていた。


「間者として遠くから、ずっと見守っていました」


 こみ上げてくる感情が何か。マリアにはわからない。けれども心のどこかがさけんでいた。無意識にマリウスに駆け寄って、抱きしめる。触れられる距離にいるのが、どうしようもなくうれしかった。


「今度は近くにいてくれる?」


「むろん。あなたの弟として、側にいます」


 血のつながった二人の姉弟が、心を通わせるのに一秒とかからなかった。


「姉上はこれからいかがなさいますか」


 間者として、弟として、問いかける。城は陥落し、王は崩御した。王妃のゆくえもわからない。太陽を背にして立って、マリアは皆を見回した。


「わたしの望みを聞いてはくれないか」


 このあと、しばし王女マリアは表舞台から姿を消す。誰がそう呼んだのか。ひとびとの間で、「暗黒」と呼ばれる時代に突入する。

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