第二十六章 求めるもの
うずまいていた暗雲をしりぞけて、光の道がつづいていた。さきほどまでの雪は、いずこへ消えたのか。春に似た香りが空から降りそそぎ、道を開ける。端や街には多く残っているものの、ひとびとは円匙で雪かきしていた。底に秘めた果敢さは真似できない。
最高司令官麾下の間者マリウスは横目でながめて、ほほえみをうかべた。王都にたどり着くまで何日かかるだろうと、不安がっていたが街道の雪はすべて溶けた。異常気象だろうが、いまはちょうどいい。はやく王都ベスビアスへたどり着かなくてはならないのだ。手綱をひき、疾走する。ともなって胸元に下げたペンダントが、熱を帯びていく。馬を休ませるために、湖によった。石を見てみると、赤い色をしている。感情に合わせて色を変える不思議な石であるが、いまは激情していない。感情ではない別のものに、反応をしめしているとしかとれない。都で問題でも起こっているのか。伏兵がひそんでいるのか。ちかく悪い未来が来るのか。間者でしかない自分にはわからぬと、石を服にしまいこんだ。持ってきていたライ麦のパンをかじりながら、方角を確認する。いまの速度ですすめば、夜の間にたどり着くだろう。反逆者ベルクが今日明日うごきだすとは、思えない。密偵網のかなめフランツまで王都へ来るとなっては、事態はさいあくだ。吹雪であれば可能性があったが、みごとな晴天である。情報の遅延はなかろう。ふたたび馬にまたがると、疾走した。
間者のすすむ道を、光が照らし出す。蹄鉄は雷鳴のとどろきのように、街道にひびいていた。
***
女性たちだけでなく、衛兵や兵士たちも口遊ぶ。話題は中庭にあらわれた城と、正騎士長エーヴァルト卿の告白である。外堀をすっかり埋められて、国王陛下はどうするのか。いま二人の婚約を認めなければ、世間体も悪くなる。最高司令官で王配になるのかと、下女や侍女はうっとりしていた。ひとたびバルビナの怒号が向かえば、あわてて仕事へ向かうようすが居城の中でうかがえた。面白いとにやにやしているのはギルである。
「恋歌でもひとつ、歌ってさしあげましょうか」
最高司令官レイヴァンを冷やかす。内乱が起きるかもしれないときに、遊んでいる暇はないと謁見の間へ向かった。正装を着込み、国王オーガストにひざまづく。いきおいとはいえ王女マリアに、愛を告げたのだ。正式に陛下と妃殿下にも言わなくてはならない。
「わたくしは姫様をあきらめられません。いまも愛しております」
「ああ、わかっている。婚約を正式に認めよう」
あきらめたのか。ため息交じりに、陛下はうなづいた。アイリーン妃殿下は悲しい色をやどしたまま、首を縦に振った。強引に認めさせた形になってしまった。罪悪感がふくれるが、いまは「ありがとうございます」と深く頭を下げた。ぱんと王妃が手をたたく。
「めでたいのに、暗い雰囲気はよくないわ。ささやかでも、婚約の儀を執り行いましょう」
絶句するレイヴァンのうしろで、扉がひらく音がした。ふりかえると、白いワンピースドレスを身にまとったマリアがたっていた。顔は噴火しそうなほど、赤く染め上げられている。一歩近づくたびに、鼓動の音が聞こえてくる気がした。足をとめて、うるんだ瞳で見上げてきた。こみあげてくる愛おしさがあふれる。気づけば、頬に触れていた。
「いかがなさったのですか。熱烈に告白してきたのは、マリア様でしょう」
好きであるがゆえに、いじわるしたくなった。
「嘘つき、いじわる。大好き!」
マリアは恥ずかしさで、単語だけ口にした。伝えたい想いは山ほどあっても、言葉としてまとまらない。
王と王妃が降りてくると、メイドが赤い布でおおわれたものをさしだした。アイリーンがうけとってレイヴァンにわたした。ひらかれた布の中心でかがやくのは、ちいさな指輪だった。婚約したときに夫から贈られたものだと、乙女の顔でいった。
「レイヴァンの手から贈って欲しいの」
重大さをいまになってかみしめる。騎士らしくひざまづき、レイヴァンはマリアの手を取って左手薬指にはめた。大きさはちょうどだ。おどろいていると、職人を呼んで改めさせたらしい。準備の早い王妃だ。
王ももう一つの赤い布をマリアに渡した。ひらいてみると、対となる指輪が出てきた。騎士に立ってもらい薬指にはめる。ぴたりとはまった。
「ありがとうございます。父上、母上」
瞳に涙をうかばせて「晴れ姿を見られて幸せだわ」と、王妃は感嘆の息をこぼした。王は威厳をうしなわず、うなづくだけにとどめた。
幸せが心に満ちていて、国全体が祝福にあふれているとさっかくしてしまう。つかんでいない真実があるというのに、まだ美酒に酔いしれていたいと願ってしまった。
「あとは二人の時間を満喫してちょうだい。みんなも今日は、野暮な真似はしないでね」
時間を与えてくれるとは意外で、婚約した二人はそろって目を見張った。邪魔者は退散しますかねと、ギルが一番に立ち去った。足音が鳴り止むと、部屋には二人とおつきであるビアンカだけが残された。世話係として、残っているのだろう。
「部屋までお送りしましょう」
気恥ずかしさでうつむいていると、いつもの声色で話しかけてくれた。マリアは差し出された手を、迷わず取る。
「ビアンカも通常業務にもどってくれてかまわない」
バルビナからじきじきに頼まれた以上、ビアンカも引けない。レイヴァンはあの手この手でもとの仕事へ戻させようとするが、すぐにはんろんした。まるであらかじめ手を打っておいたみたいに、よどみがない。
「まだ寝台の準備も出来ておりません!」
言ったあとで、ビアンカは真っ赤になった。頼まれたのか。吹き込まれたのか。真意はわからないが、王女マリアは苦笑をこぼす。騎士レイヴァンは顔を引きつらせた。
「婚約はしたが、姫様は未成年。手を出したら、王に首をはねられる。だから、寝台をととのえる必要はない」
ことさらビアンカは羞恥にかられた。知らなかったのだから仕方ないよと、マリアは騎士をみつめる。二人を残して少女は、小走りで立ち去ってしまった。顔を手でおおってしまっている。
「気にしなければいいけれど」
そもそも王族の共寝は国事にかかわる。やすやすと行ってはいけない。
「未来の『女王陛下』、お手をどうぞ」
「なると決まったわけではないけれども、ありがとう。未来の『王配殿下』」
今度こそ部屋に向かうと、ハーブティを用意して椅子に腰を沈めた。
「姫様は何をお知りになりたいのですか」
「国の状況をつぶさに教えて欲しい」
ベルク公やフローライト公国のうごき。過去をさかのぼって現在までの流れを伝えられる。同時に密偵網の存在を、レイヴァンは明かした。情報をどうやって得ていたのか。初めて知って、柔和な笑みをこぼす。
「レイヴァンの目と耳がすみずみまで、行き渡っているのか」
「ええ。ですからエピドート帝国で、どのように過ごされていたかも知っているのですよ」
少し怖いなと、マリアは苦笑した。椅子から降りて騎士は、足下でひざまづく。
「いずれあなたに嫌われるのならば、見守るくらいは許して欲しいと下恋を隠せなかったのでございます」
マリアが未成年である以上、結婚は出来ない。同じ理由で、国王に「一緒になりたい」と願ったようだ。短い期間でもかまわない。いつわりでもかまわない。恋に限りをつけるために。
レイヴァンを抱きしめて、「わたしはずっと前から、あなたが好きだよ」とささやいた。あきらめる勇気ではなく、運命を切り開く勇気だけ持てばいい。あなたを想うだけで、戦えるのだ。
鍛錬でつかいこまれた手が、やさしく少女の躰を抱きしめていた。兵士には聞かせない甘い声で、名前を呼ばれる。少し引き離して、目を閉じた。唇が触れる距離になったとき。
「正騎士長様、いそぎ連絡が入りました」
兵士が駆け込んできた。不機嫌になりながらも、立ち上がって「どうした」とうながす。
「ベルク公が輜重の準備をはじめた、との連絡が入りました」
要相談と間者を一人、王都へ向かわせるとの報せも入ったらしい。ベルクは内乱へ舵を切ったのだろう。
「わかった。間者が城内へ入り次第、跳ね橋を上げろ」
兵士は深く頭を下げて、出て行く。業務に戻らなくてもかまわないのか。不安げにマリアは騎士を見上げた。黒い双眸にやわらかな光をやどして、手を取ると指先に口づけを落とす。
「王にお仕えするのは、間者が戻ってからです。いまはあなたの騎士です」
どんな策を練っているのか。どうやってベルクを阻止するつもりなのか。王女としての使命の他に、好奇心もふくめてたずねる。
「姫様ならば、どうしますか」
「間者を使って夜のうちに、輜重を破壊しておく」
最善策の一つではありますね、と、正騎士長は不敵に笑う。さらにすぐれた考えがあるのか。立ち上がって、ずいと顔を近づける。
「もっともよいのは、戦力をそぐだけにありません。戦う気をうしなわせるのが、よいのです」
もぐらせている間者を使って、兵たちにことさら内乱による『害』をふきこむ。城主であるベルクに、疑念をいだかせる。反逆者をうみだす。さすれば、謀反をたくらむ兵もあらわれる。
「なるほど輜重もうしなわれずに、城主だけをねらえるのか」
「ええ。すでにうわさを流させてはいるのですが、上手くいくかどうか」
最善策をうってあるのか。感心させられてしまって、感嘆の息をこぼす。次善の策が輜重の破壊。進軍してくる場合は、道中をおそう。下策は籠城戦と、騎士はカップをかたむけた。
「間者を走らせるくらいですから、事態はよろしくないのでしょう」
最善策は功を奏しなかったのか。次善の策に切り替えねばならぬと、考えているのだろう。兵を動かす事態ともなれば、流血はさけられない。青い瞳に、影を落とした。
「暗い顔をなさるな。兵士たちを不安がらせ、敵に隙を見せている状態なのですよ」
騎士は言うことに、遠慮がなくなった。ソロモン以上に、台詞が刃となってつきささる。もともと博識が高く、遠慮のない人格なのだろう。いままでの甘言が、特殊だっただけなのだ。
「兵士たちには、つめたい態度をとっていたのか」
口からこぼれて、あわてておおう。一度口から出たものは、引っ込んではくれない。レイヴァンは一笑して、カップを机上に置いた。
「つめたいかはわかりませぬが、あなたがつめたいと感じたのでしたらつめたいのでしょう」
部下と王女ではあつかいが、ずいぶん違う。いまはいくらか兵士たちに接するものと、似ていたかもしれない。ほんの少しでも出ていたのならば、お詫びいたします。と、騎士は軽く頭を下げた。マリアは固まった。いったい部下には、どんな態度をするのか。興味がふくれあがると同時に、畏怖もこみ上げてきた。
「知りたいですか」
笑顔をうかべているのに、躰ごと震え上がった。実はとんでもない人に恋してしまったのではないか。場合によっては、婚約を破り捨ててしまえばいいのだ。婚姻を結んだわけではないのだから。
「そうそう。俺はあなたを手放すつもりは、毛頭ございませんから。どうぞ、ご覚悟を」
肩が揺れた。顔で感情を読まれてしまったのだろうか。頬を両手でおさえると、くすくす騎士が笑う。たまらないと、近づいてきてとなりに座った。
「愛しいあなたが婚約者になっただなんて、いまだ信じられません」
「あなた以外の人なんて、考えられなかったんだもの。くやしいけど」
するどい視線をマリアは投げたつもりであったが、レイヴァンには頬を染めて上目遣いしているとしか見えない。手のひらを重ね合わせて、顔を近づいてくる。青い瞳が閉じられると、やわらかな感触が唇に触れた。すぐさま離れた体温に、名残惜しさがゆれる。
「お嫌でしたか」
不満が表に出てしまっていたか。王女である自分に、手は出せないのだろう。口づけも長い時間できぬと、自制したのだ。いくら婚約者であっても、婚姻を結ぶまでは共寝が出来ぬのと同じように。
「ええ、不満よ。あなたはいつだって、自分勝手じゃない」
ぐいとマントを引っ張って、一瞬、頬に口づけした。おどろいてレイヴァンは、唇がふれた箇所をなぞる。はずかしくなって顔を背けているマリアを、強引に引っ張ると頬に口づけを返した。
「ずいぶん大胆になりましたね。色情魔カエサルに、吹き込まれたのですか」
「ち、ちがっ……」
「行動力があるのはけっこうですが、二度と止めてください」
歯止めがきかなくなりますからね、と、騎士は額に汗をうかべる。意外にも余裕がないのか。姫君は『いや』と答えることに必死で、エーヴァルト卿の顔を見る余裕などございませんでしたね。と、妖艶に笑ったジュリアを想起した。含み笑いが、こぼれる。
「ごめんなさい。ずっとわたしばかりが、高ぶりを感じていると思っていたから」
あなたも一緒だったのねと、レイヴァンの頬を包み込む。うれしさが胸に満ちていく。選んだ相手は、決して間違っていなかったのだ。頬を染めて、きつく唇を結ぶ愛しい人を見つめる。いままではただ甘い視線だったのに、いまは苦みと酸味を感じる。甘やかしはしない。一人の女性としてあつかうぞと、言われている気がした。どうしょうもなく、マリアには喜ばしい。本当の姿を、これから見せてくれるからだ。
ごくりと
「触れるのもいけませんか」
座布団を抱いて、しばし逡巡してしまう。
「だめに決まっている。婚姻を結んだわけではないのだから」
鍛え上げられた手が、細い足をつかんだ。靴を脱がされた裸のつま先を、赤い舌が這う。ぞくぞくと甘いしびれが、下からわき起こってきた。
「いずれ夫婦になるのですから、慣れていただかなくては」
震え声で「変態」とつぶやけば、にっこりとほほえんだ。いまさらお気づきになられたのですか、と、おおいかぶさる。獲物に狙いをさだめた野獣の眼光をうけて、躰がのぼせ上がる。制しなくてはならないのに、熱が理性を壊して期待に拍車をかけてしまう。
精悍な顔が近づき、首筋を赤い舌がなぞった。声をあげてしまい、恥ずかしさで口を押さえる。その手首をつかんでレイヴァンは、強引に引きはがしてしまう。もっとかわいらしい声を聞かせてください、と、ささやいた。
「前からあやしんでいたが、お前は加虐嗜好を持っているのか」
「嫌ですね。あなた様限定で、いじわるになるだけですよ」
恥ずかしがるようすを見るのが好きなのだと、恍惚の表情だ。身の危険を感じずにはいられなくなって、逃げだそうともがいた。すぐに抵抗は封じ込められてしまう。
「俺から逃げられないのは、あなた様が一番ご存じでしょう」
「う、うるさい。黙りなさい。離しなさい!」
いくら押してもたたいても、びくともしない。体格差は明らかだ。わかってはいても、反抗するしかすべはなかった。羞恥でもだえていると、ばたばたと足音がひびいてきた。ノック音もなく、いきなり扉がひらかれる。どきりとして、固まってしまう。衛兵がうやうやしく、ひざまづいた。
「密偵殿がもどられました」
予定よりもずいぶんはやく到着したようだ。正騎士長である前に、レイヴァンは一人の男である。婚約者との時間を邪魔されて、あきらかに不機嫌になってしまう。ひとつため息をこぼすと、あやまってから部屋を出て行った。
「ようやく愛を語らう時間がめぐってきたのに、どいつもこいつも邪魔をしやがる」
廊下をすすみながら毒づく正騎士長に、衛兵はにがい笑みをうかべた。
部屋に残されたマリアは頬を染めて、指輪をながめる。婚約したのだと、幸せをかみしめていた。さきほどのレイヴァンを思い返してしまって、座布団をつよく抱きしめる。照れとうれしさが混じって、筆舌につくしがたい感情がうずまいていた。
ひかえめな扉をたたく音が耳にとどく。答えるとメイド長バルビナが入ってきた。スカートのはしをつまんで、淑女らしくお辞儀をする。
「さいきん忙しそうにしていたけれども、いまはいいの?」
「はい。マリア様にどうしても、伝えておかなくてはならないと思いまして」
向かい側に座って、バルビナは初めて元暗殺者であると伝えた。レイヴァンが勅命で、護衛という名目の「監視役」と教えられたのも、このときである。
「なんとなく、そんな気がしていた。専属護衛でありながら、戦場へおもむいていたものね」
「私は王妃殿下からの命で、姫様におつかえしました。監視ではなく、お守りするようにと」
同じ日に来たのに、目的はまったく違っていた。王と王妃の考えは、真逆だったのだ。
「思慮深い王妃殿下のお考えは、わかりません」
優柔不断で道のない王の暴走をとめるには、手練れを一人側に置こうと決断なさったのだろう。騎士がいつ王女に刃を向けても、とめられる人材。裏社会では名の通った強者。選ばれたのがバルビナだった。
「ぐうぜん傷を負ってたおれていた暗殺者を選んでしまうほど、王妃殿下はあせっておられたのでしょう」
監視役の騎士はすでに決まっていたからと、一呼吸置いてマリアを見つめた。
「バルビナという名も、王妃殿下がつけてくださいました。もともと戦災孤児で、さいごに名前を呼ばれたのも遠い昔でしたから」
自分の名前すらわすれてしまいました、と、バルビナはほほえんだ。
「教えてくれてありがとう。バルビナにとって、言いづらい話でしょう。少しでも知れて、とてもうれしい」
「殿下、見ない間におつよくなられましたね」
椅子から降りて、ひざまづく。いまはレイヴァンの相棒として、密偵網の総括もしていると頭を垂れた。
「あらためて、私は王太子殿下に忠誠を誓います。王妃殿下の命ではなく、心からお仕えしたいと感じましたから」
さすがに仕事へ戻ると立ち上がる。扉が閉まる直前。
「ご婚約おめでとうございます」
さきほど騎士が刃を向けてもと申しましたが、あらゆる手段を持って王の暴走をレイヴァンは止めていたでしょうね。言い残して、閉じられた。しばらく手の中でカップをもてあそんでいたが、城内を散策しようと部屋を出た。回廊を抜けて、中庭へ出る。空を見上げると、暗雲の隙間から陽光がさしていた。冬であるにもかかわらず、気温はずいぶんあたたかい。
太陽にすかしてみても、ガラス玉のように反射するだけだ。さらに近ければ、反応があるだろうか。衛兵に頼んで城壁の上へのぼる。訪れるのは意外にも初めてだと気づいて、見て回った。内乱がはじまったわけではないから、一兵もいない。日が没しはじめ、柑子色にそまっていく。静かでよいなと地平線を見つめていたとき。
深い慟哭に似た殺気が、肌につきささってきた。視線を向かわせると、一閃が目の前をかすめる。金の髪が数本、落ちた。腰に差していた剣を抜くと、立て続けに二つ三つと斬撃がおそった。なんとか防いだが、急襲に立っているのもやっとである。うしろにとびのいて、距離をとった。そこでようやく、狼藉者の顔を見たのである。年のころは同い年くらいで、背格好はマリアより高めである。髪は灰色で、居城では見ない風貌だ。
「わたしは王太子マリア。あなたはなにもの?」
「違う。お前は王太子なんかじゃない。僕こそが国王オーガストの息子にして、正当なる王位継承者クリストファーだ……!」
殺意をこめて、つぎつぎと攻撃が向かってくる。だが剣術もくそもあったもんじゃない。感情にまかされてくりだされる撃は、力まかせだ。冷静に相手の動きを見てかわす、マリアの方が
金属がはねあがる音がひびいた。おどろいて目をひらくと、狼藉者の右手首からさきが切り取られていた。血が地面にしずみこむと同時に、悲鳴がとどろく。状況を飲み込めずにいると、顔を布でおおった少年が目前にあらわれた。
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