第二十二章 目的
月の明かりを残して、天つ日が大地へ光線をそそぐ。躰をたたきつけてくる風には、砂塵が混じっている。最高司令官カエサルが率いている軍馬が上空へ、立ち上らせていたのだ。たいはんは歩兵であるが、王女マリアの側についているのは騎馬兵である。服が汚れようとも気にはならないが、馬のいきおいで目前が閉ざされる。いま敵兵が迫ってきても、気づかないだろう。先頭にいる兵士らが合図を送ってきてはいないのだから、問題はないだろうが。
「姫様、大丈夫ですか」
守人エリスが馬を併走させてきた。日が開ける前からの行軍であるから、気を遣ってくれたのだろう。
「うん、大丈夫」
皇帝陛下が軽めの
「無理をしてはいけませんよ、
最高司令官カエサルまでも、併走を始めた。皇帝と閣下の間でどのような会話をなされたのか。どんな思惑があるのか。マリアにはわからない。ただ向かうのはソロモンから教えてもらった従属国ではない。本来ならば、おとずれる予定のない国ミディオラヌム。
マルガリートゥムが貿易で「財」をなした国。フロラリアが自然を活かして、交易で「国益」を豊かにした国。さいごに「武」で国利を豊かにしようと考えたのが、ミディオラヌム共和国。
首都フォルム・ロマヌムよりも北方に位置し、豊かな自然も海もない。他国を侵略して国利を伸ばしたのだ。いまはエピドートに屈し、従属国である。皇帝いわく、虎視眈々と謀反をねらう油断のならない国のようだ。
日が真上に昇れば、馬たちも休ませるために川へ出た。最高司令官は地形を熟知しているのか。木に囲まれているのに迷わずに、足を進めていたのだ。いわく。
「地形がわかっていないと、敵に『地の利』をうばわれてしまうからね」
感心させられてしまう。皇帝から「もっともすぐれた戦上手」と、呼ばれるだけある。兵士らに混じって食事をしていると、政治家カエサルがとなりに座った。軍団長との軍議は終わったのだろうか。
「自ら戦場へおもむいた姫は違うね。皆と同じ食事を望むなんて」
「命をかけて戦うのは、彼らですから」
にっこりとほほえむ。いい機会だ。妻との離婚を強要された話を持ち込む。いやな顔をされると予想していたが、反して晴れやかだ。
「心までも誰にも独裁されるべきではない。奴隷の生き方は、合わないんだ」
妻コルネリアと同じ答えだ。
「僕からもいいかい。君は愛する人がいると言っていたけれども、それは『恋』ではないかい」
ちがう。首を振ったが、カエサルは断言した。
「たとえ両思いでも、焦がれている間は一方的な恋でしかない」
貴族カエサルの考える「愛」とはなにか。答えがあるのか。うたがいの視線を向けた。
「『愛』は誰かと築き上げるものなんだよ」
愛も理想も、何もない場所に生み出すからむずかしい。とくに愛は二人の想いが一致していなくてはならないから、さらにむずかしい。
「二人で生み出すものですか」
「うん。だから君の理想はむずかしい。一人ではつかめないから」
黒い騎士は答えてくれるだろうか。逆に拒絶するだろうか。甘い声も言葉も、本当だと言ってくれるだろうか。うたがう心が消えてくれない。頭の中にかかっていた霧が晴れていくたび、感じてしまう。自分の中にある答えは変わらないのに。マリアが頭の中で繰り広げている議論を、カエサルは雰囲気でさっしたのか。
「うたがうのは簡単。でもね、それは『機』を逃しているのと同じだよ」
和気藹々としている兵士たちをながめて、最高司令官は朗笑をした。
「相手のすべてをうけいれて、信じるのが大切なんだよ」
嘘もふくめて信じるのが信頼。与えられたら与える。あるいは与えたら与えてくれるだろうと、期待するのが信用。まず部下を「信頼」しなくては、はじまらない。部下をうたがう上司を、部下が信じるわけがない。
「誰かをうたがった時点で、誰かとの縁を切ったのと同じだ」
自分にとって最高の部下が、いるかもしれないからね。陽光をうけたカエサルの肌が、きらめいてみえた。
「
自分が望む答えでなかったらどうするのか。裏切る可能性もある。胸中で木霊していた問いを投げかけた。
「君がはじめから相手に『期待』しているから、『望んで』しまうんだよ。しなければいい」
相手がどう考えていようとも、自分がはじき出した答えはひとつだ。自分に何度でも問いかけて、答えを確かめればいい。問いかけるたびに、答えが変わってもかまわないのだから。人差し指を立てて、カエサルは貴族らしい優雅な笑みをこぼす。
「変わってもいいのですか」
「もちろん。理想をおさないころから抱いてかなえたなんて、とんでもない大嘘つきの台詞だからね」
かっこつけたいから、幻を事実みたいに語ってみせるのさ。と、片目をつむってみせる。
「もう一つ。君は裏切られるのを恐れているみたいだけれども、前提として『人は裏切るもの』なんだよ」
ソロモンからも聞いた。だがカエサルが用いているものは、意味合いが異なる気がする。
「たとえば」
衣嚢に入っていたペンを投げてきた。とっさに手を伸ばしたが、地面に落ちてしまう。ふたたび、ペンを投げてきた。今度は上手くいった。
「人は学習するからね。一回目は受け取れなかったけれども、二回目は取れた。これを『裏切る』というんだよ」
わかりやすい。するすると知識が入り込んでくる。兵士が「進発の準備」をするよう声をかけてきた。カエサルは立ち上がって、伸びをする。
「さ、
明るく返して立ち上がる。重く受け止めていた考えが軽くなっていた。はずむ足取りのマリアを、ジュリアは困惑の表情で見つめていた。
馬を進発させて2マイレン(約3.2キロメートル)を超えたころ、守人ジュリアは最高司令官に話しかけた。
「いったい何を企んでいらっしゃるのですか」
「逆に君は何を考えているのかな」
詰まる。主君のためについてきてはいるが、計算高い彼らをうたがうしかしていない。思考は遠く及ばない。
「ジュリア。君はやさしい女性だが、一つも見えてはいない。ただ僕らがしようとしている行動に対して、難癖をつけているだけだ」
元老院議員と大差ない。暗に言われて、ジュリアの眉間にしわがよった。
「王女を守っているつもりかもしれないが、行動を止めている鎖でしかない。さすが最高司令官エーヴァルト麾下の間者だ。考え方がまるで同じだね」
元主君までもそしられて、痛憤してしまう。
「いけないと申すのですか」
「いやいや、君たちがどう考えようと関係ないからね。お好きにどうぞ」
首を左右に振って、否定した。でもねと、カエサルは氷の視線をあびせた。あらゆる死線をくぐり抜けてきたジュリアであっても、身震いしてしまう。
「王女を『都合のいい女王様』にする計画なんて、つぶしてあげるからね」
固まってしまった。忠臣殿の計画は、成功させてはいけなかったのか。自己犠牲とも取れる計画。純粋に姫様を思っての行動。思うがゆえに、あきらめた下恋。
「エーヴァルト卿は、ただ姫様を思って計画を実行しただけでございます」
愛の遍歴者が深く、息を吐き出した。
「一つも考えてないの間違いじゃないかい。自分勝手な人の思考だよ」
理想を王女に押しつけているに過ぎない。口跡は刃となって、ジュリアの心臓をえぐった。間違っていないと、反論したかった。いままで信じていたものが崩れていく。悲しいほど、カエサルが正論だった。
「君もしっかり洗脳されているんだね」
反論など、持ち合わせていない。はっきりと自覚した。計画のさきに、光はない。王との約束を違えるだけだ。王女がうごいてくれると、可能性を信じてしまった。あり得ない。自らがうごかないのに、王女に期待してどうするのだ。最後の決断は本人が下すとしても、導かなくてはならない。ほうけるには早いと、ジュリアは自らを叱責した。
「申し訳ございません。閣下のお手をわずらわせてしまいました」
「目を覚ましたかい。うん、いい表情だ」
最高司令官はほほえむ。
「閣下はとんでもない方ですね。観察眼がするどい。なのに他の議員に好かれようとは、考えないのですか」
いくらでも自分を取り繕う術も持っているのに。長年、ジュリアは疑問だった。政治家は息を吐き出して、一笑すると鼻をこすった。
「僕はね。大勢の無能よりも、たった一人の有能な友人を大切にしたい」
彼らしい。どこまでも自由で、誰よりも先見の明を持っている。おだやかな表情が、ジュリアからあふれた。おどろいて最高司令官は押し黙った。するすると動く舌が固まっている。
「閣下、姫様をお願いいたします」
いまは閣下にあずけよう。脳裏にどれほどの目算を積み上げているか。ジュリアにはわからない。姫を裏切る行為さえしなければ、武器を取る必要もございますまい。
「むろん」
最高司令官は列の前線へ出た。ミディオラヌムが近いのだろう。今日中には着くはずだ。
「信じてよろしいのですか」
会話を聞いていた守人エリスが近づいてきた。王女の身を案じているのだろう。
「ええ。いまは信じましょう」
一瞬よどませた瞳を、ジュリアにまっすぐ向けた。
「閣下がおっしゃっていた『計画』とは、本当なのですか」
ただ無言をつらぬくジュリアを、エリスは「肯定」とうけとった。
「考えてしまっていたかもしれません。姫様が玉座につくのが当たり前だと」
姫様の「幸せ」を知りもしないで、理想を押しつけてしまっていた。と、エリスは王女を見つめる。となりにいるレジーと、楽しげに会話を弾ませていた。
「同じです。わたくしも、そうあるべきと考えてしまった」
姫様につないだ鎖のさきを、握っている一人でしかなかったのだ。気づいた瞬間、世界が変わっていく。
「せめて、わたくしとあなただけは姫様の忠臣でありましょう。誰に理解されずとも」
レイヴァンの呪縛から解き放たれて、エリスは大きく肯定した。離れた場所にいたが、レジーも胸中のみでうなづいた。〈風の眷属〉の守人の聞こえる範囲は広い。とくに〈眷属〉に力が強まっているとすれば、なおさらだ。
「どうかしたの」
小首をかしげるマリアに、尊敬の念がつのる。端から洗脳にはかかっておらず、主君の幸せのみを望んでいた守人レジー。エリスとジュリアの尊敬が、本物に変わったと確信した。
「風向きが変わったよ、マリア」
赤く色使いが変わった日差しは、闇に追われた。周囲は着実に宵闇に染まる。政治家カエサルの乗った太い立派な馬が、一番にミディオラヌムの宮殿に到着した。
「これはこれは閣下。ようこそお運びくださいました。ベスビアナイトの
人の良い表情を浮かべて、
クリーム状のソースと絡めたスパゲッティーニ。牛肉に檸檬油と旬の野菜を乗せたブレザオラ。季節の果物がたっぷり入ったマチェドニア。ずいぶん空腹だったのか。全種類を平らげてしまった。良い食べっぷりだとカエサルは感心するばかりで、手をつけてはいない。しまった。交渉の場であるのを、忘れてしまっていた。頬をすっかり染めてしまう。
「
つついていたマチェドニアを置いて、政治家はさっそく切り出した。
「ええ、来ましたよ。けれども、すぐに追い返してやりましたよ。要求を受け入れるつもりはない、とね」
「ほう。では、なぜ特使が陛下のもとへ戻ってはおられないのですか」
ご説明できますね、と、元老院議員はほほえむ。見透かされた気がして、
「ええ、むろん。雪と寒さで情報が遅延しているのでしょう。いまなら戻っていますよ」
自信があるのか。胸を反っている。だが、次の瞬間には崩された。カエサル麾下の歩兵が、一人駆け込んできたのである。手には男の首。小さくマリアは声を上げた。
「こちらに送った特使ですね。ご説明できますか」
最高司令官は
「ち、ちがうっ。マルガリートゥムのきつねから、書簡がとどくのが遅かったから……」
マルガリートゥムの
「くそ。知られた以上は返すわけにいかぬ。皆、かかれ!」
逃れられぬと知って、武力にうったえてきた。さすがは「武」に重きを置いた国である。兵士たちの刃がマリアたちに向くよりはやく、カエサルが動いた。
「さあ、どうする。無謀にもわれわれを敵に回すかい。武装を解くならば、見逃してあげてもいい」
「僕たちをおそえば、完全に陛下から敵と見なされる。その意味もわからぬほど、阿呆でもないでしょう」
カエサルは肝が据わっている。太陽が昇るまでは、出歩かないよう念は押された。王女をおそえば二つの大国を敵にまわすから、すると思えないが念のためと。
寝台にもぐったが、マリアは目がさえて寝付けない。守人たちとカエサル麾下の兵士が数人、同じ空間にいるからでもある。寝付けないのなら、考えよう。思考をめぐらせた。
他の従属国も皇帝陛下を裏切っていたのだろうか。もしくは「裏切らない」との書簡が届く前に、
いつしか安らかな寝息を立てていた。けっきょく慌ただしい足音も、金属音もひびかず、静かな淡い光で起こされた。戦上手カエサルの手腕によるものだろう。侍女に案内されるまま食卓につくと、カエサルが笑顔を振りまいて
「ああ、
反応に困っていると、守人ジュリアがとなりで笑った。
「わたくしの主君ですもの。いつでも、かがやいておりますわ」
カエサルのざれ言にも、さっと返す。打てばひびく彼女に、レジーとエリスはすっかり感心してしまった。
朝餉を終えるとミディオラヌムを進発した。同じ時間をかけて首都フォルム・ロマヌムに到着すれば、わざわざ皇帝陛下が城の前で待ってるではないか。
「執務が嫌で逃亡しているんですか」
「お前じゃないんだから、するわけないだろう」
まっさきに声をかけてきた友人カエサルに、皇帝陛下は頭を抱える。王女マリアを瞳にうつしたときには、朗笑をうかべていた。
「
王子様のごとく手を取って、きれいな顔を近づけた。
「カエサルに無礼な振る舞いをされませんでしたか。もっともすぐれた戦上手で、頭の回転も速いですが好色なのが欠点でございまして」
皇帝陛下も色を好むのだろうか。仕草がカエサルと大差ない。そもそも少しの間会っていないだけで、変わりすぎやしないだろうか。困惑していると、「父上」とさけぶ幼い声がとどろいた。ドレスを振り乱して少女が走ってくる。つまづくと、すかさずカエサルが受け止めた。あとから妻コルネリアもあらわれる。
「アウレリア、走ってはだめよ。危ないから」
「ごめんなさい。父上、王都には滅多にいないから会いたくて」
父親の表情になって、カエサルがアウレリアを抱き上げる。
「かわいいな、アウレリア。そんなに会いたかったの」
「うん、とっても。議員になったら王都にいるとおっしゃっていたのに、いつもいないから」
娘アウレリアが唇をとがらした。ちょうど少年が息を切らして、コルネリアの後ろからあらわれる。
「アウレリア様、おやすみのお時間ですよ」
少年がいさめるが、そっぽを向いてしまう。父カエサルに言われて、ようやく屋敷に戻った。
「さあさ、
娘がいたのか。おどろいている時間をあたえられずに、マリアたちは侍女にうながされて浴室へ向かう。皇帝ティトゥスと議員カエサルは、執務室に入った。報告をうけると、皇帝は眉間に皺を寄せる。
「また裏で手を組む可能性があるのに、生かしたのか」
「いま
国境の守りも緩くなる。逆に手を組んで攻め入る危険性がある。はじめからマルガリートゥムの
「遠い地にある国よりも、近い地にある国が援軍への動きもはやい」
同盟国が遠い地にあれば、それだけ時間と金がかかる。不利と見れば、切り捨てられる可能性が高い。
「陛下が迅速に動いてくれたおかげで、内乱となる前に防げました」
王女マリアにも話した内容を、皇帝陛下にも伝える。
「どこまで抑止力が続くかだな」
ぼやいたティトゥスに、友カエサルは笑った。
「戦いを仕掛けるほど、力は強まっておりませんよ。可能性の話を持ち出すほど、陛下はもうろくなさったのですか」
思考停止してしまったと、皇帝ティトゥスは恥じた。立ち直ると、窓の外を見やる。モリグーが渡ってきた。腕にとまらせて紙を広げる。フローライト公国が活動をはじめている。内乱をたくらんでいると、記されている。食い止めたとの報せを、筒に入れて飛ばした。海を渡った国の情報は、来るのが遅い。最高司令官レイヴァンの密偵網は、早いほうだ。優秀な間者たちである。エピドートとしても、利用しない手はない。とくにマリアが、ここにいる間は。
「モリグーが戻ってくる期間が早いですね。王女さまさまだ。ずっとここにいてくだされば、いいんですけどねえ」
軽口をたたくカエサルに苦笑いをする。本気ではないのは、明白だ。
「お前から見て王女は変わったか」
「わかりません。決断を下すのは
忘れてしまっていたと、ティトゥスは一笑した。
翌日から、カエサルが異様にマリアをかまう。政治家として、元総督として、さまざまな教えを説いていた。守人たちは不審に感じながらも、護衛に努めていた。一週間が過ぎて、教える必要がなくなったのか。遊びに誘うようになった。エピドートの歴史や文化を、垣間見られてマリアも楽しんでいた。さらに一週間が過ぎると、違和感を覚え始めた。もうすぐ国へ戻れると信じていたのに、返すつもりのないようすがうかがえたからだ。
「もしかしてレイヴァンから、言われたのですか」
帝国図書館で読書をしているとき、マリアにひらめきが走った。
「どうして、そう思うんだい」
王女を置いても、エピドートに「利」はない。ならば父上かレイヴァンに、頼まれたと考えるのが妥当だ。隠さずにカエサルへ、考えを伝えた。
「じゃあ、どうしてそんなことをするか。わかるかい」
ベルク公がたくらみをしているのは、なんとなく理解している。自分がいない間に、片付けようとしているのだろうか。
「うんうん、そうだね。どうしてか、わかるかい」
自分を信じていない。主君として認めてはいない。マリアは口にするたびに、後ろ向きな気持ちになっていく。
「じゃあ、どうする。彼は君を信じてもいなければ、主君としてもうやまってはいない」
「国へ帰ります」
王女として国を守る責務がある。目的が明確であるならば、行動に移すべきだ。王とレイヴァンにとって不都合であっても関係ない。時間は「いま」しかなく、運命は誰かに決められてはいけない。
「ようやく自らの足で歩き出したね」
カエサルはつぶやいて、さっそく本を片付けた。
「ならば、はやく準備をしなくてはね」
雪がさらに深くなる前に送り出すため。飢えと寒さをしのぐため。旅をしていたころよりも短い距離であるが、気温がちがう。入念に政治家カエサルが荷を整えてくれた。はやく旅立った方が良いと、皇帝陛下も途中までの馬車を用意してくれた。感謝の言葉をつくすと、守人三人をともなって馬車に乗り込んだ。
「よろしいのですか。“永遠の恋人”を最高司令官殿にたくしてしまって」
「かまわないよ。私はどう足掻いても、“恋人”以上にはなれない」
カエサルに返して皇帝ティトゥスは、ほがらかに笑んだ。馬車はすでに、門より遠く離れてしまっている。
***
すっかり雪におおわれてしまって、ひとたび外へ出れば足下をすくわれる。さいきん薬草園にばかり足を運んでいて、錬金術師セシリーはつまらなそうにしていた。外出をするのも、楽しみの一つなのである。とくにいまは、正騎士長レイヴァンが「危険だから」と騎士を一人護衛につけた。グレンの
「すごいですね!」
代わり映えがないはずなのに、騎士イェルクは目をかがやかせた。錬金術は未だ浸透していないと、事実を突きつけられた気分である。
夜になると、騎士の目が外れる。書庫をおとずれて初代女王や家名について調べる。新しく出来た日課だ。王様や王妃様、正騎士長がかくしている真実を知りたい。教えてくれないのならば、自らの足で探すしかない。
先王は迷信深く、「まじない師」にのめり込んだ。罪もないのに、つぎつぎと貴族が剥奪された。晩年にはおくびょうになっていったと、記されている。
「くわしい書物は残っていないのね」
落胆しながら、棚へ本を戻した。王を悪く書けば、首をはねられるのだろう。同じ記述を幾度も見た。別の本を開いたとき。何度も書き直したのか。消した跡がある。真実があるはずなのに、よめないもどかしさがわき上がる。仕掛けがないか。ページをめくると、開かないよう端が破かれた箇所があった。
「……え」
錬金術師でありながら、王と王妃の真実を目の当たりにしてしまった。
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