第四章 取り替え子
やわらかい晩秋のひざしが青葉をてらしだして、きらめかせる。馬車の中でセシリーが、思わず「わあ」と声をあげて身を外へ投げ出さんばかりに窓へ近づけば、あわててクレアが止めた。
馬をあやつる
「おつかれのようですなあ、錬金術師の弟子殿は」
「わかってて言わないでください」
うんざりしてグレンがかえすと、ギルは大いに笑う。完全に他人事だ。
「楽しくてよいではないか。味気の無い旅路より、ちょっと
「その
グレンの答えがたいへん愉快に思われてギルが、声をあげてわらった。笑い声すらも旋律に聞こえてくるものだから、怒る気にもなれない。どうも、守人達の言葉は旋律にも似て聞こえて不快な気持ちすらもくじかれる気分である。
「いったいぜんたいどうして、他の者が言えば腹が立つのにあなたが言えばひとつも不愉快ではないのでしょうね」
「それは、もちろん。俺がつねに善行をおこなっているからだ」
厳然とギルはつげたけれど、グレンの表情はひとつも納得している様子がみられなかった。
「であるならば、なにが善とおっしゃる?」
「決まっている! つねに我が主君に誓いをささげている」
高らかにほこらしく何一つ臆することの無い言葉は、グレンの心にすとんと入って解することが出来た。いつも、軽く言葉を吐くギルであるが心底、あの姫君に惚れ込んでいるらしい。
「ならば、なぜあの姫君にそこまで心酔するのですか?」
個人的に尋ねてみたくなって口にしたけれど、ギルは息を吐き出してわらう。
「わからんか? 作り物の器では、姫君のすばらしさがなにひとつわからないのか」
くやしいけれど、言い返すことが出来なくて黙り込んでいると馭者の「お昼にしましょう」の言葉に納得して昼食の準備に取りかかる。とはいっても、この日の昼食はエリスが弁当をこしらえて寄越してくれているので準備することは何も無い。あるとすれば、馬たちを近くの川まで移動することぐらいであろうか。
馬を移動させている間、セシリーは草原へと来てぐっと伸びをする。ここちのよい風が頬をかすめ、川のせせらぎが耳にとどく。さわやかで気持ちのいい気分にひたっておれば、ふいに流れる水の音に混じって唄が流れてくる。
「黒い森の高原の
深い湖に誰も知らない島がある
白い鳥が羽ばたけば
まどろむ少年は目を覚まして」
馬をおいてギルがグレンと共にセシリーの元へとくる最中、唄っていたようだ。クレアが、ひょっこり顔を出して何の唄であるか問いかける。
「母さんから昔に聞いた唄だ。ずいぶんと古い唄だそうだけれどね」
セシリーの元までくると馭者もこちらへきて、一緒に食事をはじめる。草のかおりが鼻を刺激する。この香りがセシリーは好きであるから、草原で寝っ転がるのも好きだったりする。もちろん、グレンにはこっぴどく怒られてしまうのだが。
「月の光の波に照る、ほのかに香る丘の上……」
クレアにせがまれて、食事を終えたギルが
「それは、なんという唄なのですか?」
歌い終わった頃合いにセシリーが問えば、「盗まれた子ども」と答えが返ってきた。おどろいて手に持っていたコップを落としそうになってしまう。
「幻想的なのに、不気味なんですね」
「まあ、そうですね。母はよく、こうした幻想的でどこか奇妙な唄をよくうたって聞かせてくれました」
答えるギルの表情から、悲哀の混じった感情が浮かぶ。訊いてはまずかったのだろうかと考えていると、グレンが話題を変えた。
「ところで、ギル殿とクレア殿はどこへいくおつもりなのですか? 盗まれた宝玉を探しに行くとのことですが」
見当が付いておられるのですか、と続かれてギルは「ふっ」と笑みをこぼす。
「さあな、皆目見当も付かぬ」
皆が固まってしまってぽかんとした。
「ちょっと、目星付けているっていったじゃない」
クレアがずいとギルにせまる。しかし、本人はけろりとしていて悪びれるようすもない。
「まあ、待て。まずはベルク公爵の館へ行こうと思う。ベルク公爵がぬすんだ可能性が高いからな」
ソロモンからベルク公爵が、宝玉を保管してある部屋に入ったことは聞いていたのだ。けれど、マリアの臣下としておもむくのではなく、ただの旅人として領地へ入り城へ潜入するつもりである旨を伝える。
「どうして、臣下として真正面から入ってはいけないの?」
なにもわかっていないクレアにセシリーが、苦笑いを浮かべながら告げた。
「今はまだ、ベルク公爵が王都にとどまっているでしょう。そんなときに“あるじ”が不在の地へ官吏がおもむいたりしたら領民はどう思う?」
ようやく、わかったらしくクレアは「ああっ!」と声をあげた。
「そっか、ベルク公爵をうたがっているとばれてしまうし、姫様の印象もわるくなってしまうんだね」
そうそうと言ったあとでギルは、エリスとダミアンが臣下として後からベルクの地へおもむくことを告げればクレアは「なるほど」とつぶやく。
「それで、セシリー殿とグレンはどこまで共に行くんだい?」
「途中にわかれ道があると思うのですが、ベルク公爵の領地へ続く道の反対側である湖に行こうと思っております」
グレンが答えた後で、「調合に使う薬草が減ってきたので」とセシリーが付け加える。
「へえ、なんという薬草なの?」
なにげないクレアの問いに、何十倍もの返事がかえってきた。
「この季節ですから、
急に饒舌になるセシリーにクレアは、すこし後悔しつつ話を聞く。各薬草の効能や取り扱う上での注意点を、話したところで口の動きが止まった。
「ご、ごめんなさい! つい、いつものくせで」
「ううん、そういう話をしているセシリーが一番、かわいいもの。本当に人の笑顔を見るのが好きなんだなーって」
友の言葉に救われてセシリーが、満開の笑顔を咲かせる。それから、休憩を終えて道を進み始めた。
すっかり、あたりに闇のヴェールがかかれば野宿をすることに決めて
けれど、すっとギルは目をさましてしまって今は眠れないことをさとると静寂をやぶらぬよう
月の気配が満ちる草原へと出れば、
「厳かに雲に包まれて昇りゆき、姿を見せた女王は、蜂蜜色の光をまとい、銀色のマントを暗闇の上に投げかけた」
「それも何かの唄ですか」
草をふむ音に混じってひびく声。起こしてしまって申し訳ない気分になりながら振り返ると、セシリーが外套を握り締めて立っている。
「起こしてしまいましたか」
「いえ、あなたの唄にさそわれてきただけです」
ギルが好む修辞におもしろくなって、「母から聞いた、ふるい唄です」とかえした。セシリーは、そっとギルのとなりに座って少しよりかかる体勢になった。
「ある伝説に出てくる唄です」
切り出して、語り出す。それは背中にこぶのある男の話で、むじゃきな男であったがこぶのせいで周りから気味悪がられていた。そのため、仕事というものは藁や
そんなある晩、町から帰っている途中のことだったという。くたくたに疲れ果てて、一休みしようと腰を下ろして月を見上げた。そこで男が聞いた唄が、先ほどの唄だとギルがいえば、セシリーは最初こそ、こっくりこっくり船を漕いでいたが目をさまして物語に聞き入る。
「地上のものと思えないしらべに男は聞き入った」
唄にはつづきに「月曜、火曜日」と繰り返されるだけだった。そこで男が結びに「水曜日」と付け加えると、唄っていた小っちゃい奴ら、妖精がたいへんよろこんで男を、つむじ風に乗せて妖精たちのところへ招き入れられてもてなされた。そして、男のこぶもとってくれたうえに小綺麗な服も着せられた。
「へえ、じゃあもう気味悪がられることも無いですね!」
「セシリー殿、この物語にはまだ続きがございます」
楽しくなってきて、セシリーは黙る。ギルも悦楽を感じながら流れる旋律のように言葉をつむぐ。
「男はうれしさのあまり、まわりにその夜の出来事を色んな人に話してしまう」
すると、同じようにうわさを聞きつけてこぶのある男が男と同じように唄のきこえた場所へ向かった。唄は、やはりつむがれていたけれど、最後には「水曜日」とむすばれている。
男は、こぶをとってもらいたいのと『一日増してよかったのだから、二日増やせば服を二着もらえる』と考えていたので、唄の歌い終わりとか拍子とかおかまいなしに「木曜日」と言えば、ちいさい奴らは怒り狂って男にこぶをもうひとつ付けてしまった。
「おもしろいですね! 教訓が入っていて童話みたいです」
むじゃきに笑むセシリーをながめて、ギルはなつかしげに目を細める。
「昔は、本当に子ども達に聞かせていたかもしれませんよ。いまはもう、ほとんど失われつつあるといっても」
それにこの草むらにも妖精は、いまもなお息づいているかもしれないと続かれれば、草がさらりと音を立てた。
「ギル様は話し上手ですね。とても物語に引き込まれました」
「さあ、どうだろうね。俺はただ母からきいた話を伝えているだけだから」
セシリーは、ふいに月を見上げる。
「私もアーロン様から聞いたことがあります。この地に深く根付いている妖精のお話。それらを伝え歩いたのは
かつてこの地が、ベスビアナイトとよばれる前では文字という概念がなく、口伝ですべてがつたえられていたこと。残っているのは、遺跡や祭事につかわれたとされる鏡などしかないことをセシリーが話した。
「そうそう、だからある
賛同を示してギルは、わらう。
「その本には、
悪いうわさをながされたくは、ないですからねといったあとでギルが視線をふと後方にやったあと、にやりと意味ありげに微笑む。かと思えば、ぐいとセシリーの肩を抱いた。
「ぎ、ギル様っ!?」
「そういえば、セシリー殿は恋人はおありで?」
だしぬけに言われ、戸惑うが「いません」と真実をかえした。うそをついても意味は、無いと思われたのである。
「そうですか、では俺なんてどうですか? 元は確かにただの
申し分ない肩書きでしょう、とつむがれてセシリーは目をおよがせる。それから、いくぶんの間かんがえたあと、凜乎して「本当に口説くつもりであるなら、あなたは決して肩書きを武器にはしないでしょう」とつげる。いつも天然な彼女から、予想できなかった言辞にいささか驚いてしまって二の句が継げなかったが、笑みを漏らすと「よくご存じで」とつむいだ。
「だって、姫様の臣下たる皆様は誰一人としておごらず、肩書きを武器になにかをしようとは考えない方々ばかりですから」
ギルは手をほどくと「そんなもの、通貨のようなものですから」と吐き捨てる。
「今はたしかにあるものであるが、時としてただの紙切れになる」
セシリーにも言葉の意味が、よくわかっていて少しまつげを伏せたけれど顔をあげて立ち上がり、ギルの手をひいた。
「肩書きもお金も、どちらも必要ではあるけれど、それが“道”となってはいけない。その先にあるものが大切」
言いたいことはそのことですよねと言われて、ギルは面食らうけれど、やさしい笑みを表情に出した。
「我らが姫君は、まだ道を明らかにはしていない。どのような道を選ばれるのか、俺はどうもたのしみで仕方がない」
ギルのなにひとつ繕わない笑みを、セシリーは初めて見た。
「私、思うんです。お姫様だったら、世界をまるごと変えてしまうようなことをしてしまうんじゃないかって」
「姫君ならやってしまうかもしれないな」
風がふいてふたりに月の香りを運ぶ。中には、水の匂いもまじっていて、気温すら下げてしまっているのでは無いかと思われた。
だから、なのか。二人の様子をじっと後方からうかがっていたクレアがちいさく、くしゃみをした。
「まったく、隠れるのならもっとうまくやりなよ。クレア」
「クレア、いたのなら出てくれば良かったのに」
二人の声にそろそろとクレアは、月の下へ出てきた。
「だって、二人で話していたし、入ってはいけないように思って」
いい加減な推測で、そのような気を起こさなくて良いとギルは告げた上でクレアをぐいとひく。ふたりの間にはさまれる形になって、クレアはいままでに見たことが無いほど気疎い表情をうかべる。
「ふたりでなにか話していたんでしょう?」
「ギル様が、おさないころに母様から聞いたという唄や昔話を聞いていただけだよ」
口にした後で、はたとギルが急に恋人の話を振ってきたことを思い出す。もしや、その時からクレアがいたのだろうか。思いかえせば、うしろをちらりと見ていた気がする。
「もしや、ギル様はクレアを好いているのですか?」
わざとあのようなことをして、妬かそうとしているのでは無いかと考えてクレアには聞こえない音量で問うと、ギルが人差し指を立てて自身の唇に当てる。どうやら、正解のようだ。
すぐに自分の思っていることは、口に出しそうな男であるのに遠回しなことをするのが可愛らしく思えてセシリーはわらった。むろん、クレアにはまったく意味がわからなくて目をまたたかせる。
「それよりも、二人の乙女を起こしてしまった罪は重い。ここは、ひとつ唄でもささげるとしましょう」
宣言してギルは、夜空にむかって歌声をひびかせる。
「いとし子よ、鳥羽根をつめたゆりかごはお前を抱き……」
唄がすべて終わったころには、二人とも草原の上で眠りこけていた。微苦笑をうかべ、寝顔をながめたあとに一人ずつ
「
うたの名前を口にして、瞳を伏せる。自身の母親が、子守歌としていつも聞かせてくれた唄であったから、思うところがあるのであろう。
「おやすみ、いとし子
わたしはお前をいつくしむ
お前を生んだ母ともおとらぬほどに」
口にして母の言葉がよみがえる。なんども、頭を撫でてくれて何度も繰り返した言葉。
『大好きよ、私の大切な〈水の妖精〉さん』
〈水の眷属〉の守人だからか、母はよく〈水の妖精〉とよんだ。
村人に場所をつきとめられて、襲撃された日も母は、頬笑みをうかべて呼んでいた気がするとギルは思った。
『あなただけでも逃げて、あなたは私の大切な妖精さんなんだから。どうか、生きて』
直後、母は村人達によって殺された。それでも、母は笑顔を絶やさなかったように思う。おさなかった自分を心配させないためにそうしたのだと、今のギルであればわかる。
「〈水の妖精〉さん、か。俺はあなたのいうような美しい存在には、なれなかったよ」
夜風にながされたつぶやきは、闇にとらわれた。
日が出る前の薄暗い時刻にクレアは、目を覚ましてしまった。夜中にも起きてしまったのに、これでは体がもたないかもしれないと思いながら
寄り添いたい衝動にかられたが、朝食の準備をしてしまおうと火を起こす。それから、昨日のうちに採取しておいた山菜や城から持ってきておいた米で雑炊をつくると、においにつられたのかギルが吐息を漏らして目を覚ました。
「起こしちゃった? まだ寝ててもいいよ」
「いや、起きる。せっかく、作ってくれた食事が冷めるのはしのびない」
ギルらしいとわらえば、セシリーやグレン、馭者も起き出した。皆で朝食を終えたあとは、道を進み始めたが分かれ道が途中できてクレアはグレンの乗っていた馬に乗り、馬車にはグレンが乗り込んで四人は別れた。
馬車はしばらく、暗い森の中を突き進んでいたが、ぱっと視野がひろがって湖についたのだとわかるとセシリーは馬車を降りてグレンと共に籠へ薬草を摘む。
「
嬉々としてセシリーが言えば、グレンは淡々と「それでは、もう戻りますか」と問いかける。きまぐれで錬金術師としては、満点な“あるじ”が採取を続けるのか、馭者のためにも訊いてみたのだ。
「ううん、ついでだから森の中で採れる薬草も摘んでおこう!」
言うが早いか、もう森へ足を踏み入れている。想像していた答えであったので、馭者に待ってくれるよう頼みセシリーの後を追う。
少し湖のある場所から移動しただけであるのに、あたりは薄暗い。あるのは、木々の隙間からこぼれる光だけ。けれど、辺り一面が草花で覆われているからか幻想的で神秘にかんじる。
その空間をやぶるごとくにセシリーは、頭から草花に突っ込んで採取していく。こんな採取の仕方をするから、せっかくの絹のドレスが泥まみれになるのだと言いかけるのをこらえる。……注意したところで、へらりとわらって「ごめんなさい」で、すましてしまうのは目に見えているからだ。なれてしまっている自分も、たいがいだと自分で自分があきれるけれど、とグレンが思っていると草むらからセシリーが頭を上げる。さてこそ、明るい髪や顔は泥と草にまみれ、美しさが損なわれている。絹のドレスにも泥が付いていて、せっかくの逸品が台無しである。
前にセシリーから聞いた話であるが、この膝までながさのある絹のドレスは、王妃よりうけたまわったものらしい。セシリーのためだけに、王妃が作らせたものだと自慢げにいっていたが、それを自ら汚してどうするのだとグレンは思う。
その時に王妃とどこで出会ったのかも教えてくれた。それは、セシリーが15歳の時、なんども教会を訪れて熱心に祈りを捧げていた女性がいたという。教会で暮らしていたセシリーも何度かあっていた。
ある日、セシリーは問うてみたそうだ。なぜ、それほど祈っているのかと。すると、その人は悲しげに目を伏せて「我が子を愛おしんでいたのよ」とかえされて言葉に詰まったという。
それから、その人と頻繁に会うようになって仲良くなっていくなかで、女性が王妃だと言うことを明かされた上に「あなたには、錬金術師の素質がある」と言われ、教会へ来る度に錬金術をセシリーは教えてもらったという。そんな、ある日。
「ねえ、王宮錬金術師として働いてみない?」
セシリーは、最初は戸惑ったものの
「わあ、薬草みつけた!」
子どもみたいにはしゃいで採取しているセシリーであるが、いまだに気になっていることがあるという。それは、王妃が教会でつぶやいた言葉。
「私はどうすればよいのでしょう。どう、あの子と接すれば、いいというのですか。私はディアナ嬢の大切な子をうばってしまったというのに……」
気になってグレンは調べたが、ディアナには息子がいて生後数ヶ月でなくなっていた。もしや、そのことに王妃が関与しているのだろうか。それを悔いて教会へ足を運んだのであろうか。どうやら、考えが及ばない何かがあったとしか思いつくことは出来なかった。
「グレン、そろそろ戻りましょう」
セシリーの言葉にはっとなって湖へ出れば、馬車が破壊され馭者が血の海にされていた。固まってしまっているセシリーをかばい、馭者に剣を突き立てている少年を見やる。背格好は、まだおさなげでマリアと同い年ぐらいであろうか。けれど、瞳の奥はさめきっていて地獄の湖を連想させる。
少年が剣を引き抜くと、血がどっとでる。その刃が、こびりついた血を周囲にまき散らしながら二人に向かってきた。さっとグレンが剣を抜き放って、相手の撃を受け止める。
「お前たち、王都からのものだろう。わざわざ、遠回りをしてベルク公爵さまの城へ乗り込むつもりだろう」
いったい、誰の差し金なのかきかずともしゃべってくれたので、グレンは思わずほくそ笑む。
「どうやら、ベルク公爵はとんでもない
力をこめて一気に踏み込む。やはり、少年はまだおさないからか押されていく。とうとう、耐えきれなくなって草の上へ倒れ込んだ。容赦なく、グレンが剣を振り下ろしたけれど、なおも少年は撃を受け止める。おそってきただけ、なるほど、多少なりとも剣術の心得はあるようだ。けれども、力の差は歴然であった。
剣でたえきれなくなり、転がってグレンの攻撃をよけたあと、体が身軽であるからか、とびあがって剣をふりおろす。
このまま剣を受けては、背後にいるセシリーに怪我をさせてしまうとさとると、少年の剣を軽くはじき返して次の撃を加えた。
一瞬にして、少年は地面にたたき付けられてのど元に剣を指し付けられる。グレンの足を引っかけようとするが、とうてい少年のほそい足では蹴ることもできない。
これ以上、生かす必要も無いと考えグレンが剣をのど元へ突き立てようとしたときであった。思わぬ方向から、ひらめきが空を駆け抜けてグレンの腕につきささった。
「ぐっ!」
血がしたたっている腕をかばいながら、前方へ視線を向けると、二十代前半頃のわかい男がたっていた。ひややかにグレンを見ていたが、弓を放り投げて剣を抜き払い、グレンに次々と撃をくらわして後方へおしやる。その隙に少年は、たちあがって、腕をいためたのかさすりながら男に命じた。
「この僕をあほう呼ばわりし、命まで奪おうとしたこの男をだまらせろ」
「仰せのままに」
男は従順に答えたが、声色は軽い感じで重々しさは感じ取れない。それでも、腕にうける衝撃はたしかなもので自身ではセシリーを守れないと感じた。
瞬間、馬蹄の音がとどろいてきて何事かとグレンやセシリーだけでなく、男と少年も視線をあちこちへとばしておれば、わかれたはずのギルとクレアが、表情に焦燥をうかべてやってきた。
「セシリー、もう大丈夫だからね!」
クレアがセシリーにかけよって、はげましてギルは早々に刀をぬきはなって男に斬撃する。分が悪いとさとったのか、男は少年をかかえこんで「ひとまず逃げましょう、
刀を鞘に戻しつつ、「グレンが苦戦するなんてねえ」とギルが言うとグレンは青い表情を浮かべたまま、地面に膝をつく。よくみれば、かなりの量の血が地面に落ちているではないか。
セシリーは、止血をしたあと、さっそく採取した薬草で軟膏をつくり怪我をした場所に貼る。
「さっきのやつら、ベルク公爵のさしがねらしい」
グレンが苦しげにギルとクレアにつたえた。セシリーも、なぜ二人が襲ってきたのかをきいたまま伝えると二人して、眉根を寄せる。
「ベルク公爵は、俺たちが来るのを予想していたんだな」
つぶやいたあとで、男が少年に向かって呼んだ名前「クリス」が、どこかで聞いたことがあると感じて悩みこんだ。愛称ではなく、元の形でよんでいればすぐにわかるはずであるが……。
「だけど、どうするの? セシリーたちを私たちと一緒に向かわせるわけにもいかないし」
クレアの言葉にギルは、すこし悩んだのちに「いや」とかえした。
「一緒に行こう。どうせ、夜中に俺とクレアで潜り込む予定であったし、町の宿には泊まらない予定だったしな」
町より離れたところで
決まれば四人は、馭者を地面に埋めちいさな墓標をつくると、馬車に入っている道具等を持ち去って馬にまたがって駆け出す。
灰色の空の下、『我らが王』の敵だと確信したベルク公爵の領地をめざすのだった。
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