第22話 バグの正体

「……あ……」


 再び訪れた静けさに、暫し呆けた後。


「勝っ……た、の?」


 ヴィーナスが姿無き敵を捉え、ディオネアが捕らえた敵を喰った事実をようやく飲み込む。


閉蕾バド


 変身解除の呪文を呟き、赤い光を発して元の姿に戻った美咲が、凄まじく大きな溜め息をついてから不機嫌そうにしかめた顔を和臣に向けた。


「さ~お~と~め~く~ん! 打ち合わせも無しにあんな無茶してーっ!」

「いいじゃねぇか、別に。フローの大手柄ってことでよ」


 美咲の変身解除と同時にヘアクリップに戻ったディオネアがカラカラと笑い飛ばす。いっそ清々しいほどのフロー贔屓である。


「それより美咲テメェ、ぶん投げてくれてんじゃねぇよ」

「え、だってその方が早かったし」

「文字通り必死に食い下がったがよ、もし外してたら二人仲良く微塵切りだったろうが」

「奇襲はタイミングを逃さないことが第一なの!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ合う二人の様子を前にしてなお、和臣はふわふわと夢見心地でいた。


「……すっかり呆けてやがる。おら、シャキッとしろや」

「まぁ、何はともあれ……初戦お疲れ様、早乙女くん」


 和臣が美咲と出会って六日。

 この日、和臣は「初めての戦い」を終えた。




「今日のMVPは、何と言ってもフローだな!」

「えへへ、ありがとうございますお兄ちゃん。ところで、えむぶいぴいって何なのですか?」


 日の落ちかけた時刻。

 和臣と美咲、二人で並ぶ帰り道。久しぶりに人型の姿になったフローが、和臣の肩の上で天使のような笑顔を浮かべている。


「一番頑張ったね、って意味だよフロー」

「そうなのですか? 嬉しいです、でもでも、一番頑張ったのはフローじゃなくてご主人様なのです!」


 この穢れ無き心、まさに天使。


「……ありがとうフロー」


 しかし和臣の浮かべた笑顔には、どことなく元気がなかった。


「早乙女くん、なんだかグロッキー? そんなに疲れた?」

「けっ、情けねぇな」

「ご主人様……?」


 疲れたわけではない。確かに命の危機を体験したことによる精神的な疲弊はあったが、和臣が今考えているのはそれとは別のことだ。

 カマキリを最初に見た時、思い至った「可能性」。


「ディオネア。ひとつ聞いていい?」

「……何だよ?」


 そして、思案の末に答えを聞く決意を固めた。


「今日の敵……何で『カマキリ男』じゃなかったの?」


「……んん?」


 美咲が質問の意味を図りかね、首を傾げた。


「逆に言えば、この間の敵は何で『ハエ男』だったの?」

「……あぁ。何かと思えば、その事か」


 興味無しとばかりに、あしらうような言葉を返す。


「バグは虫の妖精が地球の生物に宿ったものだって、ディオネアは言っ……」

「ああそうだ。お前の考えてる通りだぜ」


 食い気味に答えたディオネアの語調は、あくまで平坦なものだった。


「今日のバグはカマキリに。こないだのハエ野郎は人間に。それぞれ連中が宿った姿だ」

「……っ、やっぱり……!」


 思い当たる節はいくつかあった。

 前回のハエ男は、まさしく半人半蟲の異形。人間の身体から昆虫と同じ数だけの腕や脚が生え揃い、ハエの頭で空を飛び回っていた怪物。

 対して先程のカマキリは、信じ難く巨大な体躯なれど紛う方無く虫の姿をとっていた。

 更にもうひとつ。カマキリは食い殺されるその瞬間までひとつの言葉も発しなかったが、ハエ男には意思が、言語能力があった。感情を持ち、恐怖を覚え、命乞いをするだけの「人間らしさ」があった。


 当然だ。

 元は人間だったのだから。


「まず前提として、オレ達が花に宿るのと同じように、虫は人間じゃなく虫に宿る方が適合力が高い。速く飛ぶだけの芸の無ぇ雑魚じゃなく、擬態や消音といった特殊能力を備えた強敵になるケースが多いってわけだ」

「そういう事が聞きたいんじゃない……」

「馬鹿野郎の為に言っとくがな。バグからアースエナジーだけを引き剥がすことが不可能なように、寄生された生物からバグだけを引き剥がすこともまた不可能だ。もっと言えば、寄生された時点で死んだも同然なんだよ」


 どう言い繕っても、今の和臣の耳には人殺しを正当化する謳い文句にしか聞こえない。

 あの日、脚をもがれ苦痛に呻き、命乞いを無視され惨たらしく噛み潰されたアレは、姿形が化け物に変わろうとも……確かに人間だったのだ。


「美咲は……」

「えっ?」


 不安そうに和臣とディオネアのやり取りを見守っていた美咲は、急に名前を呼ばれ戸惑いつつも彼の言葉に耳を貸した。


 心を抉る、その言葉に。


「僕がもし明日寄生されてバグになったら……美咲は、僕を殺すの?」


「……っ」

「和臣ッ‼」


 青ざめて息を呑む少女の顔を見て、和臣は振るってしまった言葉の暴力に気づき、後悔した。


「あ……っ」


 その瞳には、大粒の涙が。


「……っ。……今日は、もう帰るね」


 謝ることさえできず、和臣は逃げるように呟いて美咲とディオネアに背を向ける。

 立ち去る瞬間、怨嗟のように低く攻撃的な声音で吐き捨てられたディオネアの言葉が聞こえた。


「『魔法』は何でもできる力のことじゃねぇぞ、和臣……!」

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