第13話 おっきな音のまほう!
「っかぁー、使えねぇなテメェはぁ!」
結論から言えば、和臣は魔法少女に変身することはできなかった。
まず五回ほどに渡り、様々な調子とポーズで変身の呪文「マジカルドリーム・グロウアップ」を唱えさせられるも、いずれも不発。
次に感情がこもっていないと美咲に指摘され、より高いテンションで三回。さらに美咲の変身ポーズを実演され、それを参考に改良を加えたポーズでもう三回。無論、全て反応なし。
もはや拷問に等しい理不尽な辱しめを受けた上にディオネアの先程の一言でもって一蹴されるも、反発する気力も残っていないほどに和臣は憔悴していた。
「だから無理だって言ってるじゃん……最初から……」
「ごめんごめん。でもホラ、やってみなきゃわかんないこともあるじゃない?」
「最初の一回でわかってよ!」
悲痛な叫びが人気の少ない河原にこだました。
「チッ、いくらやっても変身できねぇってんじゃ仕方ねぇな。諦めろ、テメェにはマンドラゴラの才能がない」
酷い言われようである。むしろそんな才能なくて結構だが、どうにも腑に落ちない非難だった。
「ご主人様、元気を出してください! ご主人様が『まんどらごら』になれなくても、フローはご主人様のフローです!」
「うぅ、ありがとうフロー……」
膝の上でぴょこぴょこと跳ねる天使に癒されながらも力無い笑みを返す。
「テメェが使えねぇなら、フローの方を頼るしかねぇな……」
「ちょ、ちょっと⁉ 駄目だよ、フローに危ないことなんてさせないよ⁉」
「オレだってさせねぇよ、アホウ。そうじゃなくてだな、花の妖精自身が使える魔法ってモンがあんだよ」
和臣とフローが、揃ってディオネアの言葉に首を傾げた。
「例えばな、オレがこのヘアクリップの姿と……」
美咲の手に乗せられたヘアクリップが昨日と同じ赤い光に包まれて変形し、あっという間に大剣の姿に変わった。ドズン、と重々しい音を立てて地面に落ちる。
「地球でのデフォルトであるこの剣の姿とを使い分けられるのは、オレの魔法だ。つーか落とすなよ、美咲」
「いや、変身前じゃ無理だから」
どうやら美咲が極度の怪力というわけではないらしい。剣状態のディオネアも見た目相応の重量のようで、昨日あれだけ軽々と振り回せていたのは変身により高まった運動能力によるものだろうと和臣は判断した。
「あとは、食ったモンを体内でアースエナジーに変換できるのもオレの魔法だな。こんな風に、花の妖精には基本的に変身魔法と固有魔法が使えるってわけだ。もちろん、フローにもな」
膝上のフローは、感嘆に目を輝かせながら変身したディオネアを見つめていた。
「やってみな、フロー。特に呪文だとかはいらねぇ。イメージするだけでいい」
「わかりました、お兄ちゃん!」
そんな無茶な、と和臣は思ったが、お構い無しにフローはゆっくりと目を閉じてムニャムニャと念じ始めた。微かな声に耳を傾けてみる。
「イメージ……イメージ……イメージ……って、なんだろう……?」
ふわり、と風が薫る。初めてスズランの花から妖精の姿になった時と同じ、柔らかい光がフローを包んだ。
「よし、成功みてぇだな」
光が収まると、和臣の膝の上にいたフローの姿はなく、可愛らしいスズランの花を模した飾りが二つついた白いヘアゴムがあった。
「できました!」
ちりりん、と鈴が鳴るような音とともに、ヘアゴムからフローの声がする。
「偉いぞフロー、初めてなのによくできたな。これで変身できない無能は和臣だけだったと証明されたな」
「う……い、いや僕は変身とかできなくて当然だし。妖精でもなければ少女でもないんだから」
「けっ、女々しい奴め。フロー、その状態で他に魔法が使えねぇか?」
「えっと……」
またしても無茶振りをするディオネアに、白い鈴の姿をしたフローは少し戸惑ったように口ごもる。
「フロー自身の力だから、使い方がわかるとかわからねぇとかじゃなく『知っている』はずだ。アースエナジーに身を任せてみな」
「わかりました、お兄ちゃん‼」
「いい返事だ。イメージを忘れるなよ」
溌剌と答えるヘアゴムを、和臣はおもむろに手首に通す。流石に髪を結ぶのは少し恥ずかしかった。
「えーと、えいっ」
ジリリリリリリリリリリリ‼‼‼
突如、ヘアゴムが猛烈に振動し、火災警報用の非常ベルを数十倍に大きくしたような、街全体に轟き渡るほどの凄まじい爆音が発せられた。
「こ……っ⁉ これ、フローが……⁉」
自分の声すらも満足に聞こえない。耳に伝わる前に、警鐘の轟音に押し潰され消えてなくなる。耳から入り込んで、内臓を激しく揺り動かすかのような騒音に、和臣も美咲も立っていられなくなり膝をついた。
「…………!」
美咲が耳を押さえながら何か喋っているが、当然聞こえるはずもない。耳……があるのか知らないが、押さえつける手の無いディオネアはもっと大変だろう。パクパク動いているのは確認できる。
和臣の場合、耳を塞ごうとすると必然的に音源であるヘアゴムを掛けた手首を耳に近づけることになる。
慌てて手からヘアゴムを外し、昼間フローをくるんでいたタオルで包み込んだが、音は一向に小さくならなかった。
「ふ、フロー……! ストップ! ストーップ‼」
聞こえるかわからない声でフローに向かって何度も呼び掛ける。
その声が、はたまた必死な願いが届いたのか、ようやく爆音は収まった。耳鳴りと呼んで良いものか、耳の奥に轟々と唸る怪物がまだ残留しており、気を抜けば今にも倒れてしまいそうなほどに平衡感覚がおぼつかない。
元の姿に戻ったフローが、タオルの中から罰が悪そうにぴょこりと顔を出す。
「い、今のがフローのまほうみたいです。だ、ダメでしたか、ご主人様?」
「う……いや、ダメじゃないよ……」
殴られたような痛みの残る頭を押さえながら、おろおろするフローに慰めの言葉を投げかける。
「くっ、ダメだよ早乙女くん、甘やかしちゃ……」
フラフラとした足取りでディオネアを拾い上げながら、美咲が苦しげに言った。
「ダメな事はダメって言わないと。フロー、急に人前であんな大きな音出したら、皆びっくりしちゃうでしょ?」
「ご、ごめんなさいミサキちゃん、ご主人様……」
しゅん、と俯いて落ち込むフローを励ましたかったが、断腸の思いで踏みとどまった。今の爆音を、人前で無闇に鳴らしてはいけないと強く覚え込ませなければならない。
「……人前?」
何かに気づいたように、和臣は顔を上げてあたりを見回した。
いくら人気が少ないとはいえ、土手を歩く人も下流で遊ぶ子供もいる。しかし、彼らは皆一様にこちらに目を向けることもなく平然と自身の時間を過ごしていた。
まるでさっきの爆音など、全く聞こえなかったかのように。
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