第11話 放課後作戦会議・中

「同じって……あれも妖精ってこと⁉」

「そうだ。連中は元々、グラン・ペタルでオレ達と共に暮らしていただ。地球でもそうだろうが、花と虫ってのは本来共存しあうモンなんだよ」


 虫媒花。

 花の蜜を求めて点々とする虫に花粉を運んでもらうことで受粉し繁殖していく花の総称だ。虫は栄養満点の蜜を、花は新たな子孫を。互いにメリットを分かち合った、共存共栄の関係性と言えるだろう。

 ディオネアたちの暮らしていた花の王国でも、花と虫の妖精の関係は互いに良好だったらしい。では何がきっかけで、彼らは今敵対しているのか。


「発端は……アースエナジーの生成だ」

「生成?」


 オウム返しに聞き返す。アースエナジーは元から自然界……もとい花の王国に存在していたエネルギーではないような口ぶりだ。


「アースエナジーは元々、王国で一番偉い花の妖精女王が、自然破壊の進む地球をもう一度緑でいっぱいにするために作り出した、半永久の生命エネルギーだ」

「だから、名前にアースってついてるんだって」


 美咲が得意気に補足する。


「グラン・ペタルから地球に送り込まれたアースエナジーは、ありとあらゆる植物の成長を促進する。時間をかけてゆっくりと分離した後は、王国へと廻り戻って、再び地球に送り出されて別の植物を育てる。気長な話じゃあるが、女王陛下のお考え通り、地球には少しずつ緑が増えていったんだ」


 和臣も耳にしたことがある。世界各地で行われる緑化計画。事あるごとに謳われる自然保護、資源の有効利用。花を愛し自然を重んじる和臣も、ゴミの分別やリサイクルといった形で僅かながらそれらの活動に貢献していた。


「だが……その長い時間を待とうとしねぇ暴食野郎が現れやがってな。アースエナジーをつまみ食いし、独り占めにしようと企んだ、薄汚ぇハエどもだ」


 ディオネアの声音がより一層険しくなり、その口調に強い敵意が浮かび始めた。


「連中は地球に乗り込み、コッチの世界の生物に宿って活動を始めた。地球上に点在するアースエナジーを食い散らかし、花を枯らして回る『活動』をな。それが和臣、お前が昨日見た虫だ」


 昨晩の恐怖が蘇る。

 美咲の到着が少しでも遅れていたら……スズランに蓄えられたアースエナジーは食われ、フローは生まれることさえできなかったかもしれないというのか。


「はじめのうちは虫の妖精の中でも少数派だったんだ。食い意地の張ったハエどもが、『おイタ』してるだけだと軽く見てた。だが奴らは無限のエネルギーを取り込んで少しずつ力をつけ……とうとう、グラン・ペタルを侵略しやがったのさ」


 話を聞いていただけで怖くなってしまったのか、フローが両肩を押さえて震えていた。少しでもあったかくなるように、そっと抱き上げて学ランの胸ポケットにしまいこむ。


「そっからはもう阿鼻叫喚だ。これ以上フローを怯えさせたくはねぇから省くが、仲間を何人も失った。……女王陛下もだ。生き延びた奴らは、何とかコッチの世界に逃げてきてるはずだと思ってる」

「ディオネアも?」

「バァカ。オレが尻尾巻いて逃げ出すと思うのかよ」


 何故か自信たっぷりにヘアクリップはふんぞり返った。


「女王陛下が虫どもに倒されるより前、オレは陛下から勅命を授かってコッチに来たんだ。跋扈する虫ども……最近じゃ『バグ』って呼んでるが、連中に対抗できる力、『マンドラゴラ』を確保するためにな」

「花の……魔法、少女」

「そうだ。コッチに来たオレは美咲と出会い、こいつのマンドラゴラの力を目覚めさせたってわけだ。コッチの時間で今から半年ほど前の話になるな」


 対面でエビバーガーを頬張る美咲に目をやる。花の王国と妖精、虫、そして魔法少女……だんだん話が繋がってきた。人間の世界に訪れた妖精と少女が出会うことで生まれる花の魔法少女マンドラゴラこそが、彼らが虫に反撃し得る唯一の力というわけだ。


「ところで、何でマンドラゴラって名前なの?」


 和臣の記憶が正しければ、マンドラゴラはナス科の植物の名前だ。世間一般的にはファンタジーにおける薬草……引っこ抜いた時の悲鳴を聞くと死んでしまうというアレの方が有名だろう。後者を指しているのなら、とてもメルヘンでキュートな魔法少女とは結びつかない。


「コードネームでしかねぇが……地球で最も広く知られた言語で、人であり花、花であり人でもある生物の名前を指す単語が由来だって聞いたぞ」

「間違ってはいないけど……」


 カルチャーギャップとは悲しいものである。はたまた感性の違いか。


「マンドラゴラは、オレ達花の妖精の持つアースエナジーと花を愛する少女の心が強く共鳴することで変身できる。そして蜜に集まる虫のようにエナジーに誘われてやって来たバグを、変身することで使えるようになる花の魔法でぶっ潰し、連中の溜め込んだエナジーを奪還する。それが女王陛下の考案した反撃のシステムだ」

「ぶっ潰……こ、殺さずにエナジーを回収する方法はないの?」

「ねぇな」


 バッサリと即答される。


「奴らは食欲だけで行動する貪食の権化だ。たとえアースエナジーだけ抜き取ることが可能だったとしても、奴らの空腹を助長するだけだし、もう何をしても元の虫の妖精に戻ることはない。そもそも和臣、ここまで聞いてお前まだ奴らに情けを掛けるつもりでいるのか?」

「う……け、けど」


 昨日の美咲の戦い方を思い出し、食欲をなくす。


「いくら何でもむごすぎない……?」

「素早い虫相手に先制して飛行手段を奪うのは定石だろ」

「せっかく感情があるんだし、なるべく恐怖を植え付ける方が今後にとっても有効でしょ?」


 ディオネアだけでなく美咲までもから、空恐ろしい答えが揃って帰ってきた。それとも、人ならざる化け物相手に武士の情けをという和臣の考え方が既に的外れだというのだろうか。


「このままバグを放っておくと、地球上の植物は枯れ果てちまうからな。早く大量のエナジーを集めて、形勢を逆転しなきゃならねぇ。グラン・ペタルも地球も、これ以上奴らの好きにさせるものかよ」


 ディオネアが歯噛みしながら悔しげに唸る。


「その王国……グラン・ペタルは今、どうなってるのか聞いてもいい?」

「……ああ、構わねぇよ。ドーナツ一口よこしな」


 遠慮がちに聞いた質問だったが、対価次第で教えてくれるということらしい。情報料を小さくちぎってヘアクリップの口に近づけ、歯……もとい棘の隙間に放り込む。


「モグモグ……どうもこうもねぇな。何せコッチ来てから向こうには一度も帰ってねぇからよ」

「えっ、ずるい!」

「まぁ聞け。二ヶ月前だ。少し厄介なバグと戦った時に、そいつの口から聞いたことなんだがな。女王陛下を失ってクソ虫どもの温床と成り果てちまったグラン・ペタルは今、雑草の一本も生えねぇ荒野と化しているそうだ」


 和臣は言葉を失った。いくら暴食といえど、自分たちの生まれた国すら食らい尽くし滅ぼすものなのか。


「向こうで食いもんが無くなったから、今度は地球を食い潰しにきてるわけだからな。文字通りの害虫だ。生かしておいても何の得にもならねぇ」

「しかも、食べるのはアースエナジーだけじゃないからね……覚えてる? 早乙女くん。花屋で最初に会った時、私がした質問」


 もちろん覚えている。

 虫食いのように、大事な何かを忘れる。

 人が変わったように夢を諦めて無気力人間になる。


「ディオネアも言ってたよね、バグは食い意地が張ってるって。アースエナジーだけじゃ足りないバグは、人の感情や記憶をエネルギーとして食べちゃうの」


 やはり。

 あの女の子が人が変わったようになって、病気の友達のことを忘れていたのも、バグの仕業だったのだ。

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