第10話 放課後作戦会議・上

 放課後。

 部活に向かった紘明に別れを告げ、まだ明るい時間帯に約束のマスド桜坂駅前店に行くと、私服姿の美咲が待っていた。


「やっほー、早乙女くん! ちゃんと約束守ってくれたね」

「そりゃあ……ね」


 破ったら何をされるかわからない。バイト先も割れている。

 何より和臣自身、美咲とディオネアに聞きたいことが山程あった。


「美咲……は、今日は学校休みだったの?」

「うん、休校日。へへー、四連休だよ。羨ましいでしょ?」


 明日は祝日、昭和の日で和臣の高校も休みだ。今年はゴールデンウィークが週末に集中していて何だか損した気分になる。ちなみに、和臣のバイトするフラワーショップかぐらは、基本的には年中無休である。

 美咲の格好は、チェリーピンクのTシャツにライトオレンジのフード付きノースリーブジャケット、ロングのデニムパンツとスニーカー、髪型はディオネアで留めたポニーテール。昨日と同じくスポーティーにまとまっている。


「今日の服もよく似合ってて可愛いよ。それじゃお店入ろっか」

「ぅえっ⁉ ……う、うん。あ、ありがと。早乙女くんは……その、学ラン似合わないね」

「よく言われるよ」


 美咲を連れて、少し混んだ店内へと入る。列に並んで三分ほどで順番になり、和臣はハニードーナツとレモンティー、美咲はエビバーガーとオニポテとコーラのセットを注文した。注文の品が出来上がり、トレーを受け取った二人は階段を上がった二階禁煙席の角、なるべく目立たない席を選び、向かい合って座った。


「……もうフローを出しても大丈夫?」

「キョロキョロしない。堂々としてた方がかえって何とも思われないって」

「そ、そうかな……」


 辺りを警戒しながらそっと鞄からフローを包むタオルを取り出す。


「お待たせ。出ておいで、フロー」


 ふわっと涼やかな香りの空気が広がり、可愛らしい花の妖精が顔を出した。


「ぷはっ。おはようございますご主人様っ」

「ごめんね、苦しかった?」

「あったかかったです!」


 家のプランターの時といい、どうやらフローはあったかいのが好きらしい。覚えておこう。


「じゃ、私も……」


 美咲がヘアクリップを外し、フローの隣に置く。


「あ、お兄ちゃん!」


 呼ばれた瞬間、クリップは途端にパクパクと元気に喋り始めた。


「会いたかったぞフロぉー、元気してたか? そこのクソご主人に変なことされてないか?」

「ディオネア、キモいわ」

「キモいとはなんだコラ、美咲」


 猫なで声とドスの効いたヤクザ声の落差に、美咲も和臣もますますもってイラッとする。


「あんたは単品じゃケンカもできないでしょ。ホント口だけは達者なんだから」


 ポテトをくわえながら、美咲が呆れたように呟く。


「んなこたねぇよ。これでもグラン・ペタルの狂犬と言われた男だぜオレは」


 美咲が近づけたポテトをヘアクリップはガブガブとかじり……、


「えっ、食べるの⁉」

「そら食うだろ」


 当然のように答えるディオネア。


「そうじゃなくて……!」


 テーブルの上にちょこんと座ったフローを見やる。


「ご、ごめんフロー! お腹空いてるよね⁉」

「何っ、テメェ! フローに何も食わせてねぇのか⁉ カーッ、虐待だな虐待! ご主人失格だこのクソ野郎め! やっぱりフローはテメェなんかにゃ任せておけむォごぉっ」


 マシンガンのように早口で喋り出したディオネアを、美咲が手刀で黙らせる。


「フローは大丈夫ですよ? 今朝、お水をいただいたのです」

「ううん、ほらドーナツ食べて!」


 ひと欠片ちぎって、きょとんとしているフローに手渡す。初めは遠慮がちにしていたが、和臣の眼差しに負けて小さく一口頬張り、


「‼」


 満開の笑顔を煌めかせた。


「甘いです! おいしいです!」

「良かったぁ……お口に合って」


 そんな二人の様子を見て、美咲が楽しそうにクスクスと笑った。


「大変ね、パパ?」

「からかわないでよ……」

「モゴゴ……おいみふぁき、手ぇのけおよ」

「噛まない?」

「ふぁまねぇよ」


 美咲がそっと手をどける。


「ったく……そろそろ本題に入ろうぜ。今日の目的を忘れてねぇよな?」


 ディオネアの声色、そして美咲の目つきが変わる。

 勿論、忘れてはいない。

 花の魔法少女、マンドラゴラ。虫と呼ばれる人外の異形。花の妖精とアースエナジー。知りたいことはたくさんある。今日はそれを教えてもらうために、美咲たちに会いにきたのだ。


「どこから話したもんか……ってのは、コッチで粗方考えてきてやった。まずはオレの話を聞きな。質問は、まぁ多すぎなけりゃその都度受け付けてやる。美咲、ポテトよこせ」

「やだ」

「まずはオレやフロー、花の妖精の存在からだ」


 ポテトにこだわりはないらしい。


「オレ達は元々、この地球ではない場所……花の王国グラン・ペタルという国に住んでいた花の妖精だ。今はコッチの世界の花に宿っている。オレはハエトリソウの妖精だったから、コッチでハエトリソウに宿ったってわけだ」

「フローもそうなの?」

「いや、王国で会ったことはねぇし、地球生まれってことになるんじゃねぇか。珍しいことだとは思うが」

「?」


 ドーナツをちびちびとかじりながら、小鳥のように首を傾げるフローの姿が愛らしい。


「オレ達花の妖精は、コッチの世界の花と、アースエナジーを媒介にすることで存在できる。大量のエナジーが蓄えられた花がオレ達のいわゆる宿主ってことになるわけだが、エナジーが失われると花は枯れちまう。昨日、ちょろっと言ってたな和臣。花束が枯れたってよ」

「う、うん」


 美咲が河原に到着する前の話だ。枯れた花はハエ男の飛行の風圧で飛び散ってしまったが。


「それもエナジーが失われた結果だ。まぁ滅多なことでは一気にスッカラカンになったりはしねぇが、とある事象においてのみ、花に宿るエナジーがゼロになるケースがある。察しはついてると思うがな」

「……虫に、食われた時だね」

「正解だ」


 和臣はここで、最も気になっていた質問を満を持して投げかけた。


「あの虫は……一体何なの?」


 フローを守るうえで最も警戒すべき敵。その敵の情報が一番知りたかった。


「連中は……端的に言えば、オレらと同じだ」


 ディオネアの答えは、和臣にとっては予想外のものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る