第9話 魔法少女とは

「で、どうだカズ」


 翌日。


「……うん、面白いよ。いかにも面白くなりそうな感じがする」


 教室に着くなり、紘明に昨日描き上げたという漫画のネームとキャラクターラフを見せられ、一通り読み終えた和臣は当たり障りのない返事をした。

 正直に言えば、面白い。主人公やライバル、憧れの先輩など魅力的なキャラがひしめき、物語のさわりだけでも続きが気になる作品だ。


 ただ一つだけ気になることがあるとすれば……、


「そいつは嬉しいぜ! ほら特にこのキャラなんか渾身のデザインなんだ、ライラックの魔法少女リラ」


 紘明が描いたテーマが「花の魔法少女」だったということだ。


「昨日カズと話してて、俺はもうビビッと来たね! これこそ俺が描きたかった魔法少女モノだったんだよ」


 満足そうにフンスカと鼻息を荒げながら、再び原稿用紙を取り出して新しいラフスケッチを描いていく。凄まじい想像力と生産力である。

 彼の描く花の魔法少女はどれも花のように可憐で愛らしい女の子たちだった。ひたすらに華々しく、凛々しく、そして可愛い。きらびやかな花の魔法で悪の軍団と戦いながら、恋に友情に、輝かしい青春を謳歌する少女たち。

 間違いなく世間一般における理想の「花の魔法少女」だ。魔法少女とはこうあるべきだ。

 そう、異形の化け物を食い殺す禍々しい狂戦士などでは断じてない。


「こことか僕、好きだな。一人で戦い続けてたリラがメイと和解するシーン」

「そう、強さだけを求めて孤独に生きてきた彼女が、強さじゃなく友情のために手を取り合うんだ。この作品のテーマを集約した場面だぜ」


 話しながら器用にラフを描き上げた紘明が、原稿を半回転させてこちらに見せてきた。

 リラだ。序盤の彼女にあったような刺々しい雰囲気や近寄りがたいオーラは薄れて見え、年頃の可愛い女の子として描かれている。


「……たとえ魔法少女でも、女の子なんだから強いより可愛い方がいいよね」


 縋るように、自分に言い聞かせるように呟く。


「全面的に賛同はできんが、まぁ一理、いや三理くらいはあるな。ただやっぱり正義の味方としての魔法少女を描くにはリラの大義も疎かにできないんだよなー」


 誰よりも強くなって、誰も傷つけさせない。それが戦いを選んだリラの確固たる信念のようだ。


 なら美咲の……本物の魔法少女である彼女の大義とは何だろう。何のために、あの化け物と戦っているんだろう。


 机に掛けた鞄に目をやる。

 和臣にとってのフローのように、彼女にも譲れない、守りたいものがあるのだろうか。

 放課後、それも聞いてみよう。


「早乙女ちゃーん」


 クラスの女子から名前を呼ばれ、声のした方を向き直る。


「お客さんだよ」


 黒板側の教室の入り口に、声をかけてきた女子ともう一人、別のクラスの女子が並んで立っていた。顔は何度か見たことがあるが、名前までは思い出せない。


「行ってくるね」

「おう」


 次の絵に取り掛かり始めている紘明に一言断って、お客さんと称された女子のもとに駆け寄る。


「おはよう。僕に、何か?」

「う……」


 小柄な女子だった。切り揃えた前髪が印象的。今時珍しい三つ編みのおさげが、逆に彼女の素朴な雰囲気と合っていて可愛らしくまとまっている。


「ご、御所河原紘明に……伝言を」

「……ああ、思い出した。少漫研の人だよね」


 少漫研……少女漫画研究会の一年生だ。以前、紘明や他の先輩方と一緒にいるのを見かけたことがある。


「う、はい。し、白菊しらぎくつかさと申します」


 縮こまっておどおどしながらも、つかさは丁寧に自己紹介した。


「伝言は構わないけど、そこにいるんだから直接言ったらいいのに」

「えっ……や、嫌です。身体の大きい男子、こっ怖いし」


 あまり知らない人から見たらそう映るのか、と不思議な感覚をおぼえる。御所河原紘明よりも人畜無害な男性を和臣は知らない。


「わかったよ。どうぞ」

「あ、はい。ご、五月号会誌用の読み切り四十八ページと、連載用のネームも審査するから、今月末日までに仕上げて、も、持ってこい。し、〆切、厳守」


 いきなり命令口調になった。先輩か誰かから伝え聞いた内容をそのままそらんじたのだろうか。生真面目な性格が窺える。

 ところで今月末日は明後日だ。今聞いた内容の作品が両方仕上がってないのであれば、確かに新しい魔法少女漫画を描いている場合ではないのではないか。


「ヒロ、間に合うのかな……」

「し、白菊は、大丈夫だと思、思います」


 つい口をついて出た心配事に、つかさがすぐさま反応した。


「あ、あの人、こっ怖いけど……天才だと思うから」


 そう語る彼女の目には複雑な感情が浮かんで見えた。そんな心情を察したのか、つかさはぎこちなく苦笑しながら続ける。


「し、白菊は五月号には何も描きません。一年生でい、いきなり載るのは、ごご御所河原紘明、だけ。先輩方も、みんな期待してます。さ、最初は追い出したがってたけど」


 思わず吹き出してしまった。そんなことも確かにあった。

 女子目当てで少女たちの楽園に踏み込んだ野蛮な軟派男だと勘違いされてなかなか入部させてもらえなかったのを、和臣が同行して宥め、紘明の漫画を見せてようやく認めてもらった、といった顛末だ。


「あう、そ、その節はご迷惑を……」

「ううん、いいよ。ヒロのことで何か困ったことがあったら、またすぐに相談においでよ」

「か、かたじけない」


 かたじけないらしい。


「じゃ、確かに伝えておくね」

「お、お願い申し上げつかまつります」


 何故か妙に時代がかったつかさに手を振って、紘明のもとに戻る。

 変わらず黙々と原稿に向かう紘明の隣に、いつの間にか見物客の男子生徒が一人増えていた。


「よーっす、オトメっち!」

「おはよう、カッキー」


 椅子の背を前側にしてだらりと座る、首にヘッドホンをひっかけた金髪の男子生徒の名前は、杜若かきつばたかなめ。アイドルのニックネームじみた呼び名は本人たっての希望だ。


「聞いてよオトメっち~。ガワラちゃんがマンガ見せてくんないんだよ~」


 彼は、少しでも仲良くなった相手にはすぐあだ名をつけたがる。オリジナリティ溢れるネーミングセンスだが、奇しくも紘明につけたあだ名はハルカと一緒だ。


「お前、こないだ見せたら背景なくてよくわかんないとか文字が手描きで読みづらいとか、挙げ句の果てに女ばっかりでつまんないとか言ってやがったじゃねーか」

「えー言ったっけそんなこと」

「言ったわ!」


 要の性格を知った上で、敢えて失礼を承知で彼の人となりを一言で言い表すなら……軽い。

 フェザー級のチャラ男である。


 帰宅部改め「一人スケボー部」の部員で、授業初日にスケボーで登校してきたことと、その時注意された髪の色を直してこなかった(本人曰く地毛)ことの計二件で、入学一ヶ月に満たない今日までの間に生活指導を受けている。

 また、知り合って間もない和臣と紘明が偶然目撃しただけでも三人の女子と「仲良く」しており、二人とはまた別のベクトルで可愛い女の子に目がないらしい。

 決してガラが悪い不良というわけではなく、むしろ誰にでも壁を作らず人当たりがいい。和臣や紘明が自らの趣味を恥ずことなく堂々と公言できているのは、勿論当人達の肝の太さもあるが、クラスのムードメーカー的立ち位置の要が貢献しているところも少なくない。


「ヒロ、白菊さんから伝言。五月号の読み切りと連載ネーム、明後日の〆切までに仕上げて持ってきてってさ」

「おうサンキュ」

「何か手伝おうか?」

「いや、平気だ。もうほとんど終わってる」


 どうやら心配は無用だったらしい。


「へぇースゲェなんかスゲェ。シメキリとか、プロみたいだなガワラちゃん」

「そ、そんなことねーよ、へへ」


 褒められてくすぐったいのか、珍しく照れている。

 紘明にとっては、研究会誌とはいえ出版物に載せるために漫画を描くのも〆切を守るのも初めての経験なので、高揚や緊張もあるのだろう。


「カッキーは、普段少女漫画とか読むの?」

「んー、姉貴がたまーに買ってくるのを借りるくらいかな。普段は少年漫画ばっか立ち読みしてるわ」


 姉がいたのは初耳だったが、なるほど確かに言われてみれば女兄弟がいそうなイメージではある。


「ガワラちゃんがそれ見せてくれたらもっと読むんだけどなぁ~」

「調子いい奴だ、騙されねぇぞ」

「えぇ~、何だよケチ」


 そんなやり取りをしていたところに、始業の予鈴が鳴り響く。机に掛けておいた鞄がピクリと動いた気がした。しまった、ビックリさせちゃったか。

 現在、鞄の中にはフローがいる。

 家にひとり置いてくるわけにも、学校を休むわけにもいかず、仕方なくふかふかのタオルにくるんで一番広いポケットに入ってもらっている。

 狭くて暗くて怖い思いをさせてしまっているのが心苦しい。休み時間になったら屋上で新鮮な空気と陽の光にあててあげないと。

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