第6話 おはよう

「オイ、お前ちょっと話しかけてみろよ。エナジーの量からして、もう目覚めてていいはずだ」

「え……な、何が?」

「スズランだよ。さっき言ったろうが。オレと同じようにコッチの世界の花に宿った花の妖精なんだよ、そいつは」


 乱暴な口調でディオネアが捲し立てる。


「チッ、本当に何も知らねぇんだな」


 横暴だ。

 紘明の言を借りれば、魔法少女というものは人知れず町の平和を守るヒロインである。故にその正体が一般人にバレることは古今東西の魔法少女における最大のタブーだ。

 だというのに、和臣は今見ず知らずの妖精に無知を咎め立てられている。ハエトリソウに舌があるのかどうかはともかく、舌打ちまでされた。


「えっと……は、話しかければいいの?」

「さっさとしろや」

「ワクワクするね!」


 不機嫌そうに急かす妖精と、らんらんと目を輝かせる魔法少女。

 どうしてこんな状況に巻き込まれているんだろう。

 己の不運を呪いながら、ひとまず言われた通りにスズランを手に乗せて、話しかけてみる。


「こんばんは、スズランさん。今日は少し寒いよね、スズランさんは平気? 急にお花が咲いたから驚いたよ。うちに帰ったらお気に入りの鉢植えに植え替えて、お水と肥料をあげるからもう少し待っててね」


 普段と同じように、子供に語りかけるように優しく、にこやかに。

 ふと視線を感じて顔を上げると、美咲と……ディオネアまでもが口をポカンと開けて惚けていた。


「か……可愛いっ!」

「なんだコイツ」


 対照的な反応だった。


「き、キミが話しかけろって!」


 思わず顔を真っ赤にして反論する。つい先程まで自分を食い殺しかねない化け物相手ということはほとんど思考の外にあった。


「イヤイヤ、誤解すんなって。マンドラゴラとしては模範的だよ。ただちょっと普通の人間にしては気持ちわりぃなぁと思っただけだ」

「えー、カワイーじゃん!」

「生憎人間を可愛いと思う感情はオレにはねぇよ」


 将来の夢がお花屋さんの和臣にとっては、花に語りかけるなど日常茶飯事だった。気持ち悪いというのはいささか心外である。


「……お返事ないね?」


 彼女の予定では、話しかけたら返事が返ってくるはずだったらしい。ただの一度として花から「お返事」をもらったことのない和臣からすれば新鮮な発想だったが、それが花の魔法少女と妖精の常識ということのようだ。


「……まさか」


 先程の花束。

 このスズランと同じように急激に成長したが、まとめて枯れ果ててしまったあの花たちを思い出す。

 もしやアースエナジーとは、植物を急速成長させて瞬く間に枯らしてしまう、危険なエネルギーなのではないか。


「そんな……か、枯れちゃわないよね⁉」


 毒があって、扱いが難しいからと花屋には置いてもらえなかったスズラン。

 店長の悲しげな笑顔を見て、大切に育ててあげようと心に決めたスズラン。

 このまま枯れてしまうなんて、そんなの駄目だ。可哀想すぎる!


「……ああ、そういうコトか。安心しろ、枯れたりしねーよ。虫はもう美咲が退治しただろ?」

「虫……」


 先程のハエ男のことを言っているのだろうか。


「へっ。生まれたての妖精に選ばれたのも、その花を愛する心のなせるワザってとこか。訂正するぜ。素質がある、じゃない。逸材だよお前」


 感心したような口振りでディオネアは語った。素質や逸材というのは、魔法少女の、ということだろうか。


「で、でも僕は……」


 とある重大な事実を告げようとした矢先、スズランの花が淡く光り始めた。


「んっ……」


 りん。


 風鈴のような涼やかな音色が、白く淡い光を帯びたスズランの花から微かに響く。すっかり日が沈み薄暮に包まれた川原を、光は優しく照らし出した。

 暖かい。

 手の中の温もりに身を委ねるように、そっと目を閉じる。心が洗い流されるような、透明感のある安らかな香りが鼻をくすぐった。

 辺りはもう夜だったが、柔らかな光、優しい温もり、爽やかな香り、透き通る音色の全てが、目覚めの朝を思わせた。

 光に誘われるように、ゆっくりと目を開ける。


 手の上に乗っていたのは、スズランの花ではなく……妖精と称するに相応しい、小さく愛らしい子供だった。


「っきゃあぁぁぁぁ! 何これ何これ超かわいぃぃぃっ‼」

「うるせぇぞ美咲ィ! びっくりさせちゃうだろうが‼」

「痛ぁ⁉ ちょっと何すんのディオネア!」


 ディオネアが、カワイーカワイーと絶叫する美咲の手首に噛みついた。そんなやり取りを後目に、和臣は優しく微笑みかける。


「……おはよう、スズランさん」


 和臣には疑いようもなく理解できた。この手のひらサイズの小さな子は、先程のスズランの花の妖精なのだと。

 妖精はきょとんとして目をぱちくりさせていたが、やがて文字通り花が咲いたような笑顔を浮かべ、鈴の音のように美しく無垢な声で答えた。


「おはようございますっ、ご主人様!」


 最高にかわいいその一言を聞いた瞬間。

 ああ、今日は色々あったけど、この騒動に巻き込まれて良かった、と。

 心の底からしみじみと思ってしまったのであった。

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