第1章 花の魔法少女
第1話 早乙女和臣
十五歳の高校生男子、
たとえば可愛い女の子が好きだ。たとえば可愛いお花やお菓子や洋服が好きだ。それを見てキャピキャピとはしゃぐ女の子なんてもう最高だ。
「今日もありがとねぇ、早乙女ちゃん。キミのセンスにはいつも助かってるわぁ」
「いえ、こちらこそ毎度ありがとうございます。またのお越しを」
そんな和臣にとって、花屋でのバイトは天職と言えるほどうってつけだった。
小学生時代から入り浸っていた
しかしながらその手腕は新人バイトのそれに留まらず、店先の鉢のレイアウトを決めたり、店内のあちこちに綺麗なフラワーアレンジメントを配したり、とにかく見てくれを可愛くする仕事はほぼ全て彼が手掛けている。可愛いもの好きが高じて身につけた花や小物やスイーツを可愛く見せるテクニックはもはや一級品と呼べる代物である。
そんな和臣の趣味は女性ファッション誌の購読と店を訪れた女の子の無差別脳内コーディネート。
将来の夢は自分の店を持って可愛いお花に囲まれて毎日幸せに暮らすこと。
重ねて言おう。
早乙女和臣は十五歳の少年である。
十五歳といえば思春期真っ只中の年頃だ。女の子が好きで好きでたまらないのはむしろ自然と言えよう。その点はさしたる問題ではない。
問題があるとすれば、その「好き」のベクトルが世の一般的な高校生男子と若干ズレていること。
和臣の好きは、決して仲良くなりたいだとか付き合いたいだとか、そういったある意味健全なものではなく、私服が可愛いから好き、小物がおしゃれだから好きといった、いわば女の子側からの目線のものだ。
これまで何度か心の底から可愛いと思う女の子に出会ったことはあったが、そのどれもが恋愛感情とは結びつかず、また逆に誰かから本気の恋心を向けられた経験もなかった。
しかし恋愛などは極論、需要と供給の相互満足の手段に過ぎず、早乙女和臣には女子と恋愛したいという需要が皆無であったのだから、恋愛経験ゼロの称号は和臣本人にとっては何ら不名誉なものではない。周囲の人間が彼をどう観測し、どう結論づけるかの話でしかない。
ならば周囲の感想は、と言うと。
「早乙女ちゃんだって。ふっくく、可愛い。似合ってる」
「いいじゃない、ちゃんで。くんじゃないでしょ、この子は」
「そうだね、うん、そうだね。……ふっくく」
フラワーショップ『かぐら』の店長を務める四十二歳の独身女性、
早乙女和臣は、「くん」より「ちゃん」が似合う容姿である……というのが、周囲の代表的意見であった。
背は一五四センチと極めて小柄。
体格は華奢で、筋肉のキの字もないプニプニとした体つき。
髪は肩まで届かないものの小綺麗にまとまったサラサラのミディアムショート。
顔は童顔で小顔、二重瞼にパッチリした大きな瞳。
声は比較的高く、声変わりが不完全なのか喉仏は見当たらず。
ゆったりしたユニセックスカジュアルな服装に『かぐら』の制服である薄桃色のエプロンの裏ドラが乗ってハネ満。
少女趣味の少年は、一見すれば少女のように愛らしい少年であった。
「笑わないでくださいよ店長。好きなんですから、ここのエプロン。可愛くて」
「ふっくく、そうだね。超可愛い。あたしが着てもそんな可愛くならないわ。若さって羨ましいね」
「そんなことないですよ。店長ってお歳の割には綺麗ってより可愛い系ですし。それも僕が小学生の頃から変わらず可愛いままで、尊敬してるんですから」
「やべぇ照れる。ねぇ結婚して?」
「僕まだ十五ですよー」
そんなやり取りも日常茶飯事とばかり繰り返されるとあっては、流石の和臣本人も自覚せざるを得ない。
自分は周りの高校生男子と比べて、圧倒的に可愛さ>かっこよさなのだと。
しかしだからといって、何が変わるでもなかった。
和臣に女性化願望はない。あくまで自分の目に映る世界がキュートであればそれでよく、鏡に映る自分自身の姿などさして興味もないことだった。
だが和臣は、自分の過度なまでの少女趣味が他ならぬその容姿によってこそ許容されていることを知らなかった。
男子に限って言えば、将来の夢に嬉々としてお花屋さんと答えるメルヘンティストは、大概が小学校高学年、遅くとも中学在学中には八割方絶滅する。
答えは簡単。女々しい男子は「普通」ではないからだ。
高校や大学にまで進めば、自分の進みたい道は夢などではなくしっかりと見据えられた現実の話になってくる。この域まで来れば頭ごなしに馬鹿にする慮外者は少ない。
だが思春期真っ盛りの少年少女にとってはどうか。
家と学校を行き来するだけの狭い世界で築き上げてきた常識を、コミュニティを守るため、誰よりも普通であろうとする。普通でない存在は格好の除外対象となり、あるいは自ら異常を愛し孤立する。
だが不思議なことに、残る二割である園芸そのものにやりがいを見出だした者、あるいはお近づきになりたい女の子のために花言葉を学ぶ者のいずれにも属さないはずの和臣は、いじめの的となったことも非難の槍玉に挙げられたこともなかった。
理由は明快。「早乙女は可愛いなぁ」という、魔法の言葉があったからだ。
学ランを着ていなければ女子に見えるほど、否、学ランを着た女子に見えるほど可愛らしい少年、早乙女和臣であれば、お花に囲まれて暮らす夢はむしろ似合っているのだ。
高校生活で新たにできた友人も、バイト先のおば……もといお姉さん達も、家族も教師も、皆が和臣のメルヘンな夢を応援していた。
つまるところ、可愛いは正義ということである。
「ふにひひひ。じゃ三年後を楽しみにしてよう。あれ? でも三年経ったらあたし四十五歳じゃん? やべぇよこれ四捨五入したら五十だよ? アラハンだよ?」
「ハンって何ですか?」
「半世紀だよ」
ガタンッ、と音を立てて、二人のそばで作業をしていた文華が態勢を崩した。実に古典的なズッコケである。昭和生まれはどうにもこのドリフのノリが未だに抜けないらしい。
「ちょっ……やめてよねハルカ。半世紀って……半世紀って。そういうリアルな老いを突きつけないでよ!」
「フミちゃんはいいじゃん。イケメンの旦那さんいるしぃ、超絶美少女の娘さんいるしぃ? 充実したお婆ちゃんライフ送れるんだからさぁ。あ、早乙女ちゃん三十分休憩入ってきて」
「はーい」
文華の姓が「西原」に変わる前からの長い付き合いだという二人の仲睦まじいやり取りを尻目に、和臣はエプロンを丁寧にたたみ、店の裏口から外に出て、大きく伸びをした。
時刻は午後二時。四月下旬の陽気というには少し肌寒い日ではあったが、夏服で過ごさないぶんには快適な気温だ。
「おーっす、カズ。休憩中か?」
そう、和臣が店の外に出るなり自転車に乗って通りかかったこのTシャツ一枚短パン一丁のマッチョマンのような服装でさえなければ。
「ちょうど今入ったところだよ。ヒロ、その格好寒くないの?」
親しげに「ヒロ」「カズ」と呼び合うこの二人は、ちょうど店内の二人のように付き合いの長い親友。具体的には、小学校一年生の頃から今年で十年目の付き合いとなる幼馴染だ。
「おん? 今四月だぞ?」
そう言って笑うが、彼はだいたい一年を通して同じ格好をしていることを和臣はよく知っている。「最近の肌着はあったかくて凄えんだぞ」などと言いながら肌着一枚で雪遊びに興じている姿などはもはや無差別テロである。すっかり形骸化したこのやり取りは、つまるところ和臣なりの挨拶だ。
小柄な和臣とは対照的な、筋骨隆々としたこの大男の名は、
入学直後の身体測定で計測した身長は一九四センチ。ちょうど四十差だったので和臣はよく覚えている。体重までは忘れてしまったが、三桁に到達していたことは確かである。
体を鍛え始めたのは中学の頃からだが、体型に関しては和臣が小学生だった頃からずっと見上げていた記憶しかない。全国ランドセルの似合わない小学生選手権があればシード権をもぎ取れるくらいには優れた選手だったはずだ。
当然、入学直後は運動部からの勧誘で引っ張りだこだったが、彼が落ち着いたのは野球部でもラグビー部でもレスリング部でもなく、コテコテの文化部だった。
「今日は何の用事?」
「ああ、昨日に引き続きちょっと漫画のネタについて相談がな!」
そう、御所河原紘明は、少女漫画研究会期待のホープだった。
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