第16話

しおりは高校を卒業して就職した


俺はなんとか見付けた仕事を頑張ってこなしている


しおりの両親にも挨拶に行った

最初は怪訝な顔をしていたがなんとか認めてもらえた


なんの障害もなくなって二人は二人だけの時間を存分に楽しんだ


俺の方があとに迎える二十歳の誕生日の前の日

そして二人で結婚しようと決めていた日の前だった


ピンポーン

「はーい」

しおりは突然の来客に覗き穴を確認せずにドアを開けてしまった


しおりはなにも言わない沈黙が続く

「しおりー?誰だったー?」

振り返るとしおりがしゃがんでいる

その向こうに母さんが立っていた

包丁を持っている手は血だらけだった

「母さん?」

走って駆け寄るとしおりの腹部から大量の血が流れ出していた

「おい!なにしてんだよ!なんてことを!

しおり!おい!しおりしっかりしろ!」

「秀くん、私どうなってるの?」

消え入りそうな声で聞いてきた

「大丈夫、大丈夫だよしおり

何すんだよ?!母さん!」

「和秀さんを取り戻しに来ました

さぁ帰りましょ?」

しおりは叫んだ

「和秀さんて誰よ!居ないよ!ここには秀くんと私だけ!秀くんは秀くんなんだから!

秀くんは私が守るんだから」

立ち上がろうとするしおりに母さんが

また包丁を突き刺そうとした

「この泥棒!私からまた和秀さんを奪う気なの?!」

俺はしおりを守るために母さんに飛びかかったその勢いで揉み合いになり壁に思いっきりぶつかった

はずみで包丁は地面に落ちた

そして俺は包丁を手に取り母さんの胸目掛けて思いっきり突き刺した

「俺は秀だ」



母さんは血塗れの手で俺の両頬を撫でながら口を動かしているが音はでなかった


愛してる秀



母さんの最後の言葉

そのまま母さんは俺を見つめながら息絶えた




俺は俺を手にいれたんだ




すぐに倒れているしおりの方に目をやると

しおりは笑っていた

出会ったときの無邪気な笑顔だった

もう力の入らない体で俺を手招きした

「しおり?しおり?!」

「秀くんはもう秀くんだね

強くなったね

大好きだよ、愛してる秀くん」






俺のすべてだった母さんを消したら

俺のすべてになってくれたしおりを母さんが消してしまった





しおりが無くなってしまった

俺から消えてしまった

そんなの嫌だ



「なにかありましたか?」

警察が様子を見に来たみたいだった

現場の惨状と血塗れで包丁を持つ俺を警察が

どう思ったかなんてどうでも良かった



警察を突き飛ばして走った

しおりを呼んだ近くにいるはずだから

俺は暗闇のなかにしおりを探しに飛び込んだ

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