第5話
メロンパンを二つ橋の上に置いて川から帰ってきた。本当はポ〜が、可愛らしくしゃがみ込みながら両手で大きなメロンパンをかぶりついている姿が見たかったが。
「ちゃんと食べたかな? 親熊にも一つあげたかな? 食いしん坊だからな〜〜 まさか二つとも食べないだろうな」
そんなペットの犬どころか人間の子供に言う様な事を思いながら、またポ〜と会えた事に嬉しくなっていた。
一応、ナカさんの家に寄りウェーダーを暫く借りる事を頼み、ついでに少し手伝いをした。
黙っているつもりだったが、やはりナカさんの意見が聞きたく……
「あの、ナカさん。神様の使いの熊なんですけど…… 」
「熊? なんだまた見たのか? ポ〜〜と鳴いたか? 」
「いると思います? 実際に」
「いるだろ」
「えっ、本当に? 」
「俺は見た事無いけどな、俺が子供の頃俺の爺さまから話はよく聞かされてたからな。勿論オマエの爺さんも信じてたぞ! 」
「ナカさんはどんな熊だと思います? 」
「爺さまの話では、小さい熊らしいぞ」
「……! ナカさんのお爺さんは、見たんですか? 」
「らしいな。俺は爺さまの法螺話だと思ってたけど。ははは」
「実は…… その『ポ〜〜』と鳴く子熊と、また会ったんです。全然、人を襲う雰囲気も無く小さな子熊で人間の子供みたいで」
「…… そっか。その話、誰かにしたか? 」
「いえ。ずっと内緒にしてて、言わない方が良いかと思い」
「そうだな。それが良い。その熊が本当に神の使いだとしても、そうで無くても出来ればアキラの中だけに閉まっといた方が良い。特にこの集落は熊に対して特別な思いがあるからな」
「ヨシばあも言ってました。ここは熊は駆除しないって。でもナカさん意外と普通の答えで…… ちょっとビックリです」
「もっと驚いた方が良かったか?
ははは。俺の爺さまとアキラの爺さまに散々、色んな話聞かされてきたからな。
驚かないぞ!特に此処も変わった地だしな。神様と常に関わっているから」
「小さい熊と言うだけで、そう決めつけていいものか…… 」
「親熊は、見たのか? 」
「はいチラッと。やはりあまり大きく感じなかったです。でもなんで神様の使いなのに小さいんですかね? 」
「まあ、昔からそういうもんは小さいだろ。妖精みたいなもんだ。日本も昔からそういう話あるだろ。えーと『古事記』かな? スクナビコナ? だっけ、一寸法師のモデルになったと言われてる神様とか、あと…… コロポックルとか」
「ナカさん、詳しいですね。凄いです」
「アホ! オマエが勉強不足なんだろ、浪人生が。まあ一応、昔大学でそういうのを勉強してただけだ。俺がそういう勉強に興味があったのも爺さま達の影響だがな、ははは」
「やはり凄いんですね、お爺さん達は」
「アキラの爺さんのタケ爺も凄いんだぞ。ところでアキラはどうするつもりだ? その熊とは」
「可愛いんですよね。子熊。でも神様の使いなら…… あまり関わらない方が良いんですよね? 」
「だな。神の使いだろうが野生のただの熊だろうが、お互い世界が違うからな。人は人。熊は熊。神様は神様。これもよくタケ爺に言われた事だ。アキラも大人なんだからよく考えてみろ」
「はい…… 」
ナカさんの家を後にした。
「何か、ナカさんに言ったら馬鹿にされると思ったけど……
やっぱり少し考えないとな。メロンパンあげて可愛がっていても…… 神様の使いなら…… やはりあまり良い事では、なさそうだし」
それにいつも豪快に笑い、一人で陶芸をやっているナカさんが大卒にも驚いた。
「 少彦名 (スクナビコナ) か、神様なんだ。初めて聞いた。ヤバイな、勉強もしないと。ナカさんでさえ大学出ていて色々詳しいのに…… 自分は知識も学歴も無い」
『瑠璃黒曜』探し。
ただの熊では無さそうな『ポ〜』。
色々考えないといけない事が増えていく。おまけにいつまでも呑気な浪人生でいる訳にもいかず勉強もしなくてはと、改めて思い……
色々考えたが、やはり今すぐポ〜と距離を置くのは…… 寂しい。
ポ〜は、メロンパンが好きな事は確か。他のパンだとあまり嬉しく無さそうな雰囲気。なので…… メロンパンが買える時だけ…… ポ〜に会いに行こうかと。
でも、やっぱりやめた方がいいのだろうか。
『ん〜〜悩む』
タケ爺…… 。
タケ爺が生きていたら自分に何て言うのだろうか。やはり「人は人、熊は熊」と言うのだろうか…… 関わってはいけないと言うのだろうか。
メロンパンが集落の唯一の商店に、売られているのは週に二度程。
その日以外は、あの白い橋の方に近づくのを控えようと……
それが今の自分が出した答えだった。
とは言え…… その答えを守る自信も無いのも正直な気持ち。それ程、情が移っていた。
一応その後は、メロンパンの売って無い日は違う場所で『瑠璃』探し。
夜は、コツコツ勉強を始めた。
そして…… メロンパンの売っている日は、あの白い橋付近での石探し。
ポ〜が来ないかなと思いながら……
何故か来る気配が無くても、大きな岩の上で買ったメロンパンを取り出すと何処からともなく、やって来る『ポ〜』。
匂いなのか、何処からか見ているのかは分からないが。すっかり当たり前の様に自分の前に現れる様になった。
時には静かに音も立てずに、時には初めてメロンパンをあげた時の様に崖から転げ落ちながらの派手な登場と、相変わらず面白く可愛いポ〜だった。
そしてパンを食べ終わる頃に「ゴ〜〜」と崖の上から親熊の鳴き声。
親熊の声を聞くと、そそくさと帰って行くポ〜。
ポ〜も鳴き声からポ〜と勝手に呼んでいるので、親熊も勝手に『ゴ〜』と呼ぶ事にした。
互いに慣れてきたこともあり、やっぱりポ〜といる時は、楽しかった。
「タケ爺…… 怒っている? あまり関わるなと怒ってそうだな。ごめん、今だけ…… いずれお別れしないといけないのは、自分も重々承知。自分なりにきちんと考えているから…… 今だけ…… 」
第5話 終
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