遊廓~裸体遊戯

「はぁ、こっちはいい買い物をしたけど、これは何というか……。あんたの兄さん、あんたを売った金でさっそく蒼色キンギョをお買い上げになったよ。蒼色キンギョもあんたの兄さんが気に入ったらしい。普段は誰も入れない自分の部屋にあんたの兄さんを誘い込んでやがる。まったくもって世の中どうなってるんだか……」

 セラドン陶器でできた煙管で灰皿を叩き、女は紫煙と共にため息を吐いた。

 黄土色の狐耳を優美に動かし、廓の主である狐の亜人はモリス柄のソファに横たえた体を怠そうに起こす。薄いタイドレスに包まれた豊かな胸が大きくゆれ、フクスはその迫力に思わず眼を見開いていた。

 ミーオと共にこの廓にやってきたフクスを待っていたものは、暗い顔をした兄と妖艶な笑みを浮かべるこの女主人だった。

 彼女は煙管でフクスの顎を掬い、フクスに囁いたのだ。

 ――これはこれは、いい買い物をした。

 その言葉に驚き、兄を見あげてしまったことを今でも後悔している。レーゲングスは今にも泣きそうな顔して、フクスから顔を逸らしてしまった。

 フクスは女主人の部屋に通され、品定めを受けている最中だ。

「脱いで……」

 女がはっした言葉に、フクスはぎょっと眼を見開いた。

「ほら、どうした? 服も脱げないんじゃ、男に抱かれることもできないぞ?」

 女主人の赤い眼が舐めるようにフクスの体を見つめてくる。彼女の小ばかにしたような眼差しに苛立ちを覚え、フクスは背中のファスナーへと手をのばしていた。 

 ファスナーがさがるごとに細いフクスの体が露になり、喪服が床に落ちる。フクスはそのまま革靴を脱ぎ、絹の靴下のつま先を引っ張った。靴下を脱ぐと、産毛に覆われた足が露になる。フクスは両手を薄いショーツへと伸ばし、それを足元まで降ろしてみせた。

 ひゅうと女主人が口笛を吹く。そんな彼女に鋭い眼差しを送りながら、フクスは小さい胸を包むブラジャーのホックを外してみせる。足首に纏わりつくショーツを床へと放り、フクスは両手をあげてた。

「これは……。亜人とはいえ、さすがは名家のご令嬢だ」

 女主人の眼がフクスの裸体を舐めまわすように見分していく。

 十五歳のフクスの体は細い。だが、赤い産毛に覆われた肢体は美しいくびれを持ち、小ぶりな胸の先端は花弁のように鮮やかな桜色をしていた。あどけなさを残す容姿は独逸人の先祖の血を引いて彫りが深く、翠色の眼は凛とした光を放つ。

「あぁ、これはまた……」

 うっとりと女主人が言葉を漏らす。彼女は頬を興奮に赤らめながら、狐耳をゆらして立ちあがる。長身の女が眼前に立ちふさがり、フクスは息を呑む。

 女主人は得意げに笑うと、自身の胸を覆っていたスアー――タイドレスの上着――を脱ぎ捨てた。ふくよかな胸をゆらしながら、彼女は腰に巻いた帯を解き、薄いパーシン――タイドレスの巻きスカート――も脱ぎ捨てる。

 形のよい太ももが眼前に飛び込んできて、フクスは思わず瞠目した。金糸の髪をかきあげ、女主人は得意げに微笑んでみせる。

「お前もあと二三年したら、私みたいな女になれるさ。まぁ、熟れる前の果実が一番魅力的なんだがな」

 女の手の甲がフクスの頬をなでた。女の手は優しく顔の輪郭をなぞり、下へ下へと降りていく。女の指はフクスの細い首筋に爪をたて、美しい窪みができた鎖骨に指先を沈める。つんっと胸の先端についた蕾を弾かれて、フクスは体を震わせていた。

「あっ……」

「あぁ、感度も悪くない。それにその声音……」

 うっとりと女主人が言葉を吐き出す。彼女はフクスの肩を抱き、フクスの体をソファに押し倒していた。

「ちょ、あの、今は品定めだけ――」

「そう、品定めだフクス。だから恐くないよ。ゆっくりと私に身を委ねるといい……」

「あっ……」

 慌てるフクスの耳元で女主人は愉しげに声を発する。耳たぶを甘噛みされ、フクスは声をあげていた。艶のある自分の声に驚き、フクスは眼を見開く。そんなフクスの視界に女主人の笑みが映り込んだ。興奮しているのか彼女の鼻息が荒い。

「うん……これなら売れる……。売れっ子間違いなし……。蒼色キンギョ以来の大物だぞ、これ……。うん、いただきまーす!」

「えっ、ちょっ?」

 彼女の体が容赦なくフクスに覆いかぶさる。体を押しやるフクスの腕を掴み、女主人はフクスの指を口に含んでみせた。彼女の厚い唇がフクスの人差し指を食む。口腔にそれを含んだ女主人は、赤い舌でフクスの指を舐め始めた。

「あ……やめ……」

「あぁ、その声……。いい声だ……。何でお前を買ったのが私じゃないのかな……。あぁ、いっそこのまま約束を反故にして――」

「私のフクスに何をしているのっ?」

 低い少女の声が、女主人の声を遮る。鈍い音が頭上からして、フクスは思わず眼を見開いていた。

「痛いっ」

 女主人が片手で頭を庇いながら顔を歪める。彼女は起き上がると寝そべるフクスの横に座り込んだ。

「なにも扇で叩くことないだろう、ミーオ……。世に誉れ高い蒼色キンギョがそれでいいのか?」

「その蒼色キンギョの所有物に手を出そうしたのはどこの年増ババア、オーア?」

 びしりと手に持った扇をオーアと呼んだ女主人に突きつけ、ミーオは瑠璃色の眼を鋭く細める。彼女は裸体に白い薄絹を纏っていた。濡れた体に薄絹が貼りついて、体の輪郭を浮かびあがらせている。

 彼女の体から仄かに花の香りが漂ってくる。その香りに、フクスは心臓を高鳴らせていた。ジャスミンの香りだ。

 あの屋台船で起きた出来事を思い出して、フクスの頬は熱を帯びる。

 赤い衣を纏って踊っていた蒼色キンギョ。その彼女に唇を奪われ、フクスは何度も恍惚とした快感を味わった。

「大丈夫、フクス?」

 声をかけられ我に返る。瑠璃色の眼がフクスに向けられていた。ジャスミンの香りが鼻孔を覆って、フクスは思わず体を起こす。彼女の蒼猫耳を真っ白なジャスミンが彩っている。そのジャスミンを見て、フクスは息を呑んでいた。

 兄が自分に贈ったジャスミンの花を思い出してしまう。蒼色キンギョを買った彼は、愛の証としてその花をミーオに贈ったのだろうか。

「フクス……。その、体大丈夫?」

 ミーオが心配そうに自分を呼ぶ。

 自身の裸体を見られていることに気がつき、フクスは恥ずかしさのあまり俯いていた。赤い産毛に覆われた体を抱き、フクスはミーオから顔を逸らす。

 

「フクス、私の事やっぱり……」

 頬にあたたかなぬくもりを感じる。フクスが顔をあげると、ミーオが優しく自分の頬をなでてくれた。ミーオの眼は悲しげな光を湛えている。

「ミーオ……」

「ううん、覚えていなくて当たり前よね……。夜市で売られる金魚の命みたく一晩で忘れるのが普通だわ……」

 そっと、フクスの裸体に薄布をかけ、ミーオは部屋の扉へと視線を向ける。扉の前では、ミーオと一緒に舞いを踊っていた猫耳の少女たちが佇んでいた。

 彼女たちは猫のように軽やかな足どりでこちらへと向かってくる。床に散らばったフクスの衣服を手にし、猫耳少女たちはソファの周囲に並んだ。

「あの……」

「あぁ、着替えを手伝ってくれるって。この子たちはね、口がきけないの。元の飼い主に喉を外されちゃたから」

 ミーオの視線が彼女たちの喉元に向けられる。彼女たちの首には首飾りが巻かれていた。金魚の意匠が施された首飾りの間から、微かに覗く傷跡がある。フクスは眼を見開き、その傷跡を凝視した。

「ほら、立って。彼女たちが私の部屋まで案内してくれる」

 フクスの手を取り、ミーオが体を引いてくれる。よろめきながらもフクスは立ちあがった。ミーオはそんなフクスの手を放し、背中をそっと押す。フクスを猫耳の少女たちが取り囲み、慣れた手つきで喪服を着せていく。

「あの、ミーオ……」

「ごめん。私はやることがあって」

 桜色の唇に人差し指を当てミーオは微笑んでみせる。

 細められた彼女の眼がなんとも艶やかで、フクスは思わず唾を飲み込んでいた。彼女はソファへと向き直り、自身の体を覆う薄絹を脱ぎ捨てた。するりと薄絹が蒼い産毛に覆われた裸体を滑り、床へと落ちる。ミーオは笑みを深め、ソファに座るオーアへと近づいていった。

「ミーオ……これは……」

「分るわ。フクスは魅力的な子ですもの。私だって、味見しちゃったぐらい……」

 視線を逸らすオーアの頬に細い五指を伸ばし、ミーオは眼を細めてみせる。その眼が怯えるオーアを捉える。

 ミーオの体がオーアに覆いかぶさる。瑠璃の眼を愉しげに細め、彼女はオーアの唇を吸った。二度三度啄むように唇を啜って、舌を彼女の唇の中へと差し入れていく。

 二人の体がソファに沈む。フクスはその様子を唖然と見つめることしかできない。オーアの豊かな胸を掴みながら、ミーオが顔をあげてみせる。彼女の下には、荒い息を吐くオーアの姿があった。潤んだ眼でミーオを見つめながら、オーアは甘い吐息を吐いてみせる。

「ちょっ、私が下だなんてありえないだろっ。おい、ミー――」

 オーアの唇をミーオが再び塞ぐ。かすかな水音が狐耳に届いて、フクスは自分の頬が熱を持つのを感じていた。そんなフクスの手を茶虎猫耳の少女が引張る。

「あの……」

 困惑するフクスを振り返り、少女は扉へと視線をやる。妖しげに蠢く二つ裸体からフクスは顔を逸らすことができない。そんなフクスの顔を、鯖虎猫耳の少女が強引に正面へと向けてみせる。

 扉の両側に立つ錆猫耳の少女と三毛猫の猫耳少女が、色のない眼をこちらに向けている。早くこちらに来いと言わんばかりに、彼女たちは扉を開けたり閉めたりしていた。

「ごめんなさい……」

 フクスは思わず彼女たちに謝っていた。

 



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