Chapter.2 路地の秘密

この世界には


科学的根拠が何一つ無くとも


存在している〝わざ〟があり


〝モノ〟が居る。


陰陽術、魔術、霊術


それに対抗するかのように


妖怪、魔物、幽霊が。


人類が初めてそのような類のものを見つけてから


長き時を経て


様々なものが進歩し、誕生したが


それは今も変わらず、密かに存在する。


゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚


とある町の薄暗く細い路地。


日が当たらなく、湿った空気と、恐ろしい雰囲気が漂うそこからは、


風の悪戯なのか、奇妙な音が聞こえてくる。



見るだけでも気味が悪いその道を、通ろうとする人間など殆ど居ない。


稀に興味本位で通る愚かな人間が居るが、


そんな人間は決して、帰ってくることは無いという。



その先に何が待ち受けているのか。


帰らぬ人間達がどうなったのか。


それを知っている者は、


この世界に、片手で数えられるほどしか存在しない。


その路地の横を通りすぎる町の人間達は、


〝この先はきっと地獄に繋がっている〟


〝魔界かもしれない〟


〝悪魔が住んでいて、入ってくる人間を喰い殺しているって噂だ〟


〝いや、もしかしたら反対に、天国なのかもしれないぞ〟


〝ならお前行って確かめてこいよ〟


〝はぁ!? 嫌に決まってんだろ!〟


〝なぁ、もう行こうぜ? 気味が悪くてしょうがない〟


そう言って、そそくさとその路地から離れてゆく。



その想像は、あながち間違っていないのかもしれない。


そう思い、路地に入ってゆく少女はふっ、と笑みを零した。



たとえ興味本位だったとしても、路地に入ってしまった部外者は、


決して生きて帰る事はできないのだから。



犬も、猫も、鼠も、


蟻さえも入らないその路地の先には、


不思議な雰囲気を纏った、一軒の家が建っている。



不気味な暗がりにも、奇妙な音にも、恐ろしい噂にも臆する事無く、


少女は颯爽と、路地の奥へと足を進めてゆく。


コツコツと響く彼女の靴音が、淀んでいた恐怖を霧散させていく。



暫くすると、少し先に例の家が見えてきた。


家の周りには、どこからともなく霧が立ち込めている。


しかしその霧は、境界線でも引かれているかのように、周辺の家々には全くかかっていない。


それどころかこの霧は、この路地を通った人間にしか見ることはできないのだ。


路地を通らなければ、たとえどの方向から見たとしても、それが上空であっても。


無論、そんなことを知っている者は、やはりこの世界に数人しか存在しないのだが。



「…………」


黙々と足を進めていた少女が、家の前へ漸く辿り着き、ピタッ、と足を止めた。


路地に入ってから、既に十五分程経過している。


もう慣れたことなのだが、もう少し距離が短くならないものか、と少女は小さく溜め息を吐いた。



ギギギ、と不気味にドアが軋む音を聞きながら、中に足を踏み入れる。


そこは一見、ひっそりと佇む喫茶店のように、目の前に長いカウンターがある。


しかしそこに、椅子は存在しない。


理由は単純に、椅子を用意する必要が無いからだ。



外装は、周辺の家々と溶け込ませるために、派手過ぎず、地味過ぎずで、そこらの一軒家と何ら変わりない。


内装は、時々調査にやってくる、水道会社や電気会社の人間に怪しまれないように、というただの〝飾り〟でしかない。



何故なら、この家の用途は…………


にあるのだから。



カウンター越しに一人の人間が立っている。


黒いローブを着て、フードを顔が見えない深さまで被っているその人間が、少女に声をかけた。



「いらっしゃいませ。


失礼ながら、お名前と証をどうぞ」


声だけならば、30代半ばの男性のようだ。


「私よ、慎也。 雛桜輝祈」


そう言って少女は、右手の袖を捲り、肘近くに描かれている魔法陣のようなものを男に見せた。



男は少しフードを持ち上げ、その〝証〟を確認すると、


「...ふっ、久し振りだね、輝祈」


一度笑い声を漏らした後、フードを取り、顔を露にした。



青みがかった黒髪に紺色の瞳。


端正で若々しいその顔立ちは、どこをどう見ても、とても30代半ばには見えない。



「...その声、本当によく作られているわね。


とても17歳とは思えないわ」


「あぁ、そうだろう?」


「でも、そこまでする必要はあるの?


私としては、顔パスが欲しいくらいなのだけど」


この路地を通るは、いないのだから。



「念には念を、ね。


それに、人間を騙すのって面白いじゃないか。


完全にバレなかった時に感じる興奮といったらもう……」



……きっと後者が、彼にとって本来の目的なのだろう。


そう言って、うっとりとした表情をする彼を、少女は呆れたような表情で見つめた。



王寺慎也おうじ しんや


容姿だけでなく、その名前からも印象が強まり、


初対面の人間は誰しも、彼のことをどこかの王子様のように思う。


しかし、段々と話をするようになると、気付くのだ。


彼の性格は少々……いや、かなりひねくれている、と。



「……それで、今日はどうしたんだい?」


彼のその問いに、少女が真剣な顔つきへと変わった。


「……少し、皆に話したいことがあるの」


「何? もしかして、この町の人間に恋でもしたのかい?」


少年は意地の悪そうな笑みを浮かべ、茶化すようにそう言ったが、


少女の顔が微動だにしなかったため、余程重要な話なのだと瞬時に悟った。



「...ごめん、じゃあ行こうか」


少女はその言葉に無言で頷き、少年は少し罪悪感に見舞われながら、店の奥へと入っていく。


少年の後を、少女は無言のままついていった。



目の前の黒い戸を静かに横に引き開けた少年は、


少女が部屋の中へ入ったのを確認すると、戸を閉め、幾つも備え付けられている鍵を全てかけた。


ここから先にあるものは、決して部外者にバレてはならないからだ。



そして、入ってすぐに見えるエレベーターに、二人で乗り込んだ。


少年が自身の細長い指の先で〝地下1〟と書かれたボタンを押すと、


体が一瞬浮遊感を感じ、エレベーターがゆっくりと動き出した。



エレベーターが下降する時の、機械音のようなものを聞きながら、


少年がそっと少女を盗み見る。


少女は俯き、下唇を噛み締めており、その横顔はとても重苦しい雰囲気を漂わせていた。



彼女はこれから、一体何を話そうとしているのだろうか。


少年がそう思った時、ポーン、と到着を告げる音が鳴り響き、エレベーターの扉がゆっくりと開いた。

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