Chapter.1 彼女の出現
朝起きて
朝食を摂り
学校へ行き
授業を受け
昼食を摂り
また授業を受け
家へ帰り
宿題をし
夕食を摂り
お風呂へ入り
そして眠る。
そんな学生ならではのありきたりな毎日を過ごす日々。
同じような事を繰り返し続ける日々。
それを人間は〝日常〟と呼ぶ。
それが当然だと思い、ただただ将来のためにと学び続ける、私の周りの人間達。
彼らは今直面している、この世界の危機についてなど知る由もない。
いつも通り学校へ行くと
「おっはよー!輝祈!」
これまたいつものように挨拶をされた。
「おはよう、未來」
挨拶をしてきた彼女は
そして私は
普通の高校に通う、普通の女子高生。
……あくまでも未來はそうだ。
今日もいつものようなことばかりなのかと思うと、溜め息が漏れた。
「溜め息吐くと幸せが逃げちゃうんだよー?」
溜め息を聞いていたらしい未來が私に注意してくる。
「あー、ごめん」
と適当に受け流す私に、未来は少し頬を膨らませていたが、
それを気にせず、窓の外を眺めた。
四角く縁取られた外の世界。
ここは三階の教室で、
下に広がる、茶色いグラウンドでは、運動系の部活動が、それぞれ朝練を行っており、
上に広がる、真っ青な空とゆっくり流れる白い雲は、いつものように春らしい穏やかさを感じさせていた。
その景色を暫く、何を考えるわけでもなく、ただただ見つめていると
教室から、ギリギリ見える空の端に、何やら黒い物体が漂っていた。
「っ!?」
驚いて、机をガタッと揺らしてしまい、
「どうしたの!?」
未來が大声をあげ、周囲の人々の視線が一気に、こちらへ集まった。
「あ……ううん、何でもない。
皆ごめん、驚かせて」
苦笑いをしてそう言うと、
数秒の後、皆、何事も無かったかのように、元の状態へ戻っていった。
「大丈夫? 輝祈」
未來が心配そうに、顔を覗き込んでくる。
「うん、本当に何でもないから」
〝何ともない〟という表情を浮かべて、平然を装う私に、
未来はまだ何か言いたそうだったが、
丁度その時、チャイムが鳴り、渋々といった感じで、自分の席へと戻っていった。
……先程見えた、黒い物体。
あれは、この世界で何かが起こる時に、必ず発生するものである。
それが良いことか、悪いことかは判断できないが、
陰陽師や占い師などの、特別な力を持つ人々は、
昔からそれを見て、災害などに備えることが多かった。
あれは、特別な力を持つ者にしか、見る事ができず、
今、ここで私があれを『見える』と大声で叫び、指を指したところで、
この教室の人間は、誰一人として、あれが見えないため、
ただの変な奴か、中二病としか思われない。
そうなると、今後のこの学校での生活が気まずくなり、行動もしにくくなるため、
周りに教えては、絶対にならないのだ。
チャイムが鳴り終わるのを遠くで聞きながら、思考の海へ潜り込む。
あの黒い物体が見えたのは、学校の敷地内。
つまりは、この学校で何かが起こるという事。
細心の注意を払わなければ……
そう思っていると、ガラッと教室の前扉が開き、
HRを始めるために、担任教師が入ってきた。
「起立、礼」
日直が号令をかけ、HRが始まる。
「えー、突然だが、今日は転校生を紹介する」
後頭部が薄くなりつつある、少し年配の担任教師が、物語などで定番のその言葉を発した途端……
「まじで!?」
「よっしゃー!!」
「やったー!!」
教室内が一気に、騒がしくなった。
何人かは席を立ち、教室中を走り回っている。
あまりの五月蝿さに、声を発しない静かな部類の人間達は、顔を顰めて耳を塞いだ。
無論、私もその一部である。
「静かにしないか!! 早く席へ戻れ!!」
担任教師が、青筋を立てながらそう叫ぶと、
教室内はしん、と静まり返り、走っていた生徒達も、渋々といった顔をして席に着いた。
それを確認した担任教師は、一度、咳払いをした後、
「綾瀬、入ってこい」
扉を挟んで、廊下に居るのであろう転校生にも聞こえるように、少し大きめの声でそう告げる。
再び教室の前扉がガラッと開き、転入生と思われる人物が入ってきた。
先程、教室中を走り回っていた男子生徒が、隣の生徒に、「よっしゃ、女子だぜ!」と耳打ちしている声が聞こえた。
転校生はゆっくりと、教壇の前まで進んでくると、
「皆に自己紹介を」
という担任教師の言葉に静かに頷き、こちらへ体を向けた。
肩までの漆黒の髪に、
少し吊りあがり気味で大きな、同じく漆黒の瞳。
華奢な体つきで、
肌は雪のように白く、真っ赤な唇がよく映えている。
世間一般的に見て〝美少女〟の部類なのだろう。
教室内の誰もが息を呑み、その美豹に目を見開いた。
普段あまり驚かない私も、その時ばかりは目を見張った。
しかし、私が驚いた理由は、その美豹のことではない。
彼女の表情である。
普通の、大抵の転校生ならば、初対面の人間が、目の前に多く存在し、緊張で顔が引き攣っているか、
これからの新しい生活に、期待で胸を膨らませ、満面の笑みか、
若しくはその他であったとしても、何らかの感情が出ていることだろう。
しかし彼女は、そのどれでもなかった。
彼女の表情は〝無〟だったのだ。
喜びも、怒りも、哀しみも、楽しささえも感じさせない、全くの無表情。
その何も読み取れない表情に、冷や汗が流れ、彼女に対しての恐怖心が心を支配した。
どこを凝視するわけでもなく、ただ漠然と生徒達の方を向いていた彼女は、
教室内の人間を一通り見渡した後、ゆっくりと言葉を発した。
「……
無機質な声だった。
美豹に見蕩れていた周りの生徒達も、その声に、はっと我に返ったようだ。
「綾瀬の席は、廊下側の一番後ろだ」
「はい」
担任教師がそう声をかけると、彼女は静かに返事をし、ゆっくりと通路を進んで、席へ着いた。
私の席は、窓側の最前列。
そして彼女は、廊下側の最後列。
私と彼女の間は、この教室内で最も距離が離れていた。
着席するのを、最後まで見届けた担任教師は、
「今日は─────」
と連絡事項などを述べていたが、
恐らく誰も、彼の話を聞いている者は居ないだろう。
何故なら、教室内に居る生徒達は皆、転校生に対して、様々な思いを抱いているはずだからだ。
私も無論、担任教師の話など聞いてはいない。
綾瀬実栗……
いったい彼女は、何者なのだろう……
私の今までの日常が、ガラガラと音を立てて崩れ、一変した。
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