第12章 ご主人さまと呼ばれて


『乾杯~!』


昨夜の『ネレイド討伐』の達成報告を終えた俺たち5人は、冒険者ギルド向かい側の『白き牝鹿亭』という酒場兼食堂で祝杯を挙げていた。

冒険者の溜り場的な場所なのだろう・・・今夜も満員御礼状態で店は賑わっている。


依頼達成により、俺たち全員がC級冒険者に昇格したことと、上級職への転職が可能になったことに『祝杯だぁ~』というロークの音頭で食事も兼ねた酒盛りが始まっていた。



何の職業に転職してみようだの、どんなスキルを習得しようだの、今度はあそこへ遠征してみようだの・・・話は大いに盛り上がった。

実際、俺の場合はと言えば・・・冒険者クラス昇格以外は『蚊帳の外』の話題ではあったのだが、みんなと一緒に喜ぶアニーの姿を見ていたら自然に笑みがこぼれた。

酒の席であることも手伝ってか、しだい砕けた恋愛話や将来の夢などを熱く語りだしたりとか・・・本当に陽気で心から楽しく思える時間が流れていた。


そんな話題にひと区切り着いた頃・・・



「なぁなぁ~、アニーちゃん、ひとつ聞いてもいいか?」


「はい。何でしょう?」


ロークはジョッキをテーブルに置き、真面目な顔つきでアニーを見つめた。

アニーはおつまみを口元に運びながらその問い掛けに首を傾げた。


「俺さ、前々から不思議に思ってたことがあったんだよぉ~」


「何々、ロークったら、ショーヘイ差し置いて告白するわけ?」


かさずフローラがツッコミを入れた。


「違うわぁーーーー!」


彼はそのツッコミに顔をしかめた。


「きゃー、恥ずかしい~!」


「何でクロエが恥ずかしいんだよぉー!」


「おいおい・・・ククッ」


俺は、いつもの日常的な掛け合いに思わず笑ってしまった。

この仲間との会話は本当に楽しい。

元の世界では味わうこともなかった、こういう時間を流せることがたまらなく嬉しかった。



「いやさぁ~・・・何でアニーちゃんが、ショーヘイのこと『ご主人さま』って呼ぶのか不思議で仕方なかったんだ!」


ロークは疑念満載の眼差しで、俺とアニーの顔を何度も往復させた。


「あぁ、それ、わたしも気になる~」


「そだね~今思えば、すごく気になるなり~」


「だよな?・・・みんなそう思うよな?」


フローラもクロエもロークの疑問に同意したように深く頷く。

話題になるまでは気に留めることもなかった事柄なのに・・・今やもう気になって仕方がないという表情を浮かべている二人。


「どうしてアニーはショーヘイを『ご主人さま』って呼んでるの?」


「・・・・・」


「・・・・・」


どう答えてイイのやら・・・俺は咄嗟とっさのことに言葉が思い浮かばない。

アニーも説明することに躊躇ためらいがあるのか、どこか恥ずかしそうな素振りで下を向いていた。



「何で?・・・何で??スッゲェーー気になるわぁ~~!」


ロークは椅子にドッカリと深くもたれ掛り、不思議そうな視線を投げかけ続けている。


「ショーヘイ、何か言いなさいよぉ~!」


「えっ?!」


フローラは俺をきつく問い質すように言い放った。

みんながどんな答えを期待しているのかは判らなかったが・・・

やっぱり奴隷でもないアニーが俺のことを『ご主人さま』って呼ぶこと自体・・・不自然極まりないことなんだろうとは思えた。


「ショーヘイさんて、家ではアニーちゃんを下僕扱いしてんじゃないの?鞭打ったりしてぇ~~バシッ、ピシッって・・・きゃー恥ずかしい!」


クロエはそう言うと自分の顔を手で覆いながら恥ずかしがる素振りをした。


「クロエ・・・お前の発言権剥奪するぞぉ~~!」


「ププップ・・・」


ロークは手を振り上げるマネをしてクロエを睨んだ。





「それはさ・・・」



・・・・・・・・



・・・・・・・・


冒険者ギルドへの登録を済ませた二人は、どこへ向かうでもなく通りをのらりくらりと歩いた。


「宿賃って馬鹿にならないよねぇ~・・・ひと月単位で考えたらスゴイ金額になるし・・・」


「そうですねぇ~安宿探すか部屋を借りるかになるんでしょうか?」


彼女は顎に人さし指をあて、首を傾げながら自分の考えを言葉にした。


「あっ、そうだった!家賃払って部屋借りる方が安くつきそうだね~ははっ」


元の世界のワンルームの部屋が頭をよぎった。

確かにそうだ。安宿と言えど毎日宿泊するより、小さくても自分の部屋を持てば人目を気にしなくてもイイし、気持ちもやすらぐはずだ。

俺はこの世界の不動産屋さんをまず探してみようと思った。

気に入る部屋があるか無いかは二の次だ。まずは当たってみることから始めようと決めた。


「アニーさんはどうします?」


「わたしですか・・・冒険者ギルドの登録料とか払ったし、あまりお金に余裕は無いんです」


「普通はそうだよねぇ~俺も一緒だよ・・・ギルドで仕事して日銭を稼ぐしかないのかなぁ~」


アニーの言葉は正に二人がおかれている現状そのものだと思えた。

奥の手『転移パック』の残高を頼りに生活するにも限界がある。


「まぁ~お金のこともあるけど、先のこともいろいろ考えなきゃだし・・・とりあえず部屋を探してみようかな!アニーさんは?」


「お邪魔でなければ、ご一緒させていただければ助かります。この街で知り合いってショーヘイさんだけなんだもん・・・」


「あぁーもちろん!俺もアニーさん以外に知り合いなんていないし・・・一緒に覗いてみましょうか!」


ひとりになることに不安もあるんだろう・・・

出逢って間もない俺を頼りにしてくれる彼女の真意はわからないが、彼女のことをもっと知りたいと思っている自分がいるのも確かだ。


「はい」


アニーは俺の言葉に嬉しそうに返事をした。



・・・・・・・・



・・・・・・・・



「あんたたち冒険者かい?」


小難しそうな頭のハゲた店のオヤジが眼鏡を押さえながら俺たちに問いかけた。

見も知らぬ街でMAPを頼りにようやくたどり着いた不動産屋。


「はい。そうです!」


「ふむ・・・夫婦なのかい?」


下から覗うように俺たち二人を睨んでいる。


「はっ?いえ、夫婦ではありませんが・・・」


紹介された物件は、家賃が月5金 間取りは元の世界でいう2LDKのアパート。

この世界の物価についてはまだ理解不足だったが宿賃から想定すると適正な感じがした。


「そうか~ココは良い物件だしお薦めなんだが、女性を連れ込むようなだらしない奴には貸せないよ」


「・・・・?」


「前にも女性問題で刃傷沙汰になった冒険者もいたし、頻繁に奥方でもない女性が出入りするのも問題あるしな!」


どうやらオヤジは俺たち二人の関係を勘違いしているようだ。

畏れ多くて、そんなことは考えてもいなかったが・・・どうも同居することを前提にしているらしい。


「いやぁ~あの・・・この女性は・・・」


俺はアニーの方へと振り返り、言葉に詰まりながら頭を掻いた。


「ん?・・・なんだい?」






「メイドです!わたしはご主人さま付きのメイドなのです!!」

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