第11章 不思議なる思い


気分をリラックスさせる為なのか部屋は思ったより薄暗く、壁に飾られた古めかしいポートレイトが、灯火トーチに照らされ揺れるかのように映えていた。

そんな部屋の中には・・・心穏やかでない二人がいた。



俺はベッドに腰かけ、顔をしかめながら頭をポリポリと掻いた。

アニーはその傍らで恥ずかしそうに俯いている。


「アニーさん、ゴメンね。別の宿を探してもいいけど・・・」


「・・・・いえ」


「あぁ~~俺も間抜けだなぁ~・・・流石にベッドがひとつとは思わなかった!」


俺は完璧に元の世界のツインルームを想像していた。まさかダブルとは・・・

この事故は・・・悲しくもこういう固定観念による想像力の貧困さと経験不足が招いた結果に思えた。


「・・・・わたしがソファーで休みます」


「ダメダメ、それはダメだよ~!今日はいろんなことに遭ったんだからベッドでゆっくり休んで欲しい!」


俺は頭と手を勢いよく左右に振りながらアニーの言葉を拒否した。


「でも・・・」


「ははっ、そこは遠慮しないでよ。断われずに俺がこの部屋まで連れて来ちゃったんだし・・・ほんとゴメンなさい!」


腰かけていたベッドから立ち上がり、彼女の方へと俺は深々と頭を下げた。

アニーはそんな行為を見つめながら『気にしないで』というような優しい笑みをくれた。


「・・・・」


「・・・・」


何か気まずさと照れくささが混在してる気分。

自分自身の思慮の足りなさに苦笑いしか浮かべられなかった。



ぐるるるぅ~~ぎゅる



お腹が・・・空腹に耐えかねて悲鳴を上げた。

そう言えば、転移後何も口にしていなかった。


「あっーーー!」


「あはっ、お腹空いているんですね~」


恥ずかしかったが、気まずい空気を払拭するにはこれ以上ないタイミングに感じられた。『俺のお腹ナイス!』

アニーもその音に緊張が少し解けたのか声を出して笑ってくれた。

この世界では1日3食という習慣があるのかどうかはわからないが、彼女もあの出来事の前から何も口にしていないだろう。


この空間に漂う気まずさはすぐに解消できないが、ここで悩んで時間を過ごしていても何も解決はしない。



「まずは、下の食堂で腹ごしらえしてから考えましょう!今後のことも今夜のことも・・・」



「はい、わたしもお腹が減ってきました~あはっ」



・・・・・・・・


・・・・・・・・


「今は大きな市(いち)の開催中で宿泊客が多いんだよ~どこの宿屋も満室さ!」


「・・・・」


「まぁ~、今日泊まるはずの商人夫婦が急に来れなくなってひと部屋空いたんだけど・・・あんたら運がイイよぉ~!はっはぁ~」


「・・・・」


「宿泊代は1部屋6銀、食事は食堂で食べてくれるなら朝晩で1人1銀だよ。お湯を使いたいなら言っとくれ、別料金になるけど用意させるから~」


初老の女将は説明をしながら気分よく大声で笑った後、俺たちを部屋に案内するよう使用人の女の子を手招きした。

そして含み笑いを浮かべながら付け加えた。



「あんたら若いけど恋人同士か夫婦だろ?ゆっくりしなさいよぉ~」



俺とアニーは、ただただカウンター前で固まっていた。

たぶん・・・目が点になっていたんだろうと思う。



・・・・・・・・


・・・・・・・・



二人で階下の食堂へと向かった。


けっこうな人で噎(む)せ返っているフロアを俺はぐるっと見回した。

ジョッキを片手に陽気に笑い合う職人風のグループに、向かい合って静かに食事をする男女、耳元で何やらヒソヒソ話をしている商人の男たち・・・

目に止まったこの人たちにも、きっとそれぞれのドラマがあるんだろうなと思うと何か自然に笑みがこぼれた。



食堂の片隅にぽっかり空いたテーブルを見つけた俺たちは向かい合わせにその席へと腰を下ろした。


「席が空いていて良かったですねぇ~」


「うん。良かったですよ~満席ならまた部屋で時間潰ししなきゃだからね~ははっ」


「・・・・」


そんな俺の言葉に俯き加減に頬をポッと染める彼女がすごく可愛く思えた。



座って間もなく料理が運ばれてきた。

俺たちは朝晩の食事をセットで頼んでいたので注文することもなかった。



何て魚かわからなかったが・・・「ムニエル」っぽい料理。

サフラン色したお米らしきものをベースにした魚介類がたっぷり乗っかったパエリア風料理。

あとはボールに山盛りのサラダにオニオンスープ・・・そして柔らかそうなパンが運ばれてきた。


ここは港が近いんだろう・・・料理を見てそんな風に感じた。



アニーは森の民だから、こういう魚介ベースの料理を見る機会もあまり無かったのだろう・・・運ばれてきた料理に目をキラキラ輝かせていた。

実際、俺もコンビニがマイフレンド的な面もあったので、他人のことは言えないんだけど。


「あんたち、料理の追加は別料金だからね~・・・それと、これは私からのサービスだよ!」


声がする方に視線を向けると、いつの間にか女将さんがテーブルの脇に立っていた。

そしてシェリー酒の入ったグラスをテーブルに置いてくれた。


「エルフのお嬢ちゃん、あんた格別に別嬪べっぴんさんだねぇ~・・・兄さんも隅に置けないわさぁ~はっはぁ」


「あ、ありがとうございます」


アニーは小声で返事し、真っ赤になりながらそのまま下を向いてしまった。

そんな彼女の素振りを見ながら女将さんは、俺の肩をポンッと叩いた。


「今夜は頑張りなさいよぉ~!はっはぁ~は」


「へ?・・・」


俺は何も言葉を返せず、高笑いする女将さんを引きり顔でただ見上げた。

アニーは意味が分かってるのか分かってないのか、恥ずかしそうに俯いたままだった。


・・・・・・・・


台風のような女将さんがテーブルを離れたのち、俺たちは運ばれてきた料理に手をつけた。

空腹ってのもあったかも知れないが、どれもこれも俺の口に合ってすごく美味しく感じられた。

アニーも目新しい料理に満足そうな顔をしていた。



「わたしたちって・・・恋人か夫婦に見えるんでしょうか?あはっ」


食事もひと息ついた頃、アニーは気になっていたのか笑いながら言葉にした。


「ん?見えてるんでしょうねぇ~女将さんには!・・・ただ単なる勘違いなのにねぇ~」


「あはっ」



嫌がる素振りでもなく、逆に何か嬉しそうに見える彼女の表情。

それは俺が手前勝手にそう解釈しているだけなのかも知れないが・・・


出逢ってから半日、ともに過ごした時間なんてほんのわずかでしかない。

なのに・・・見知らぬ俺をどこか信用し頼ってくれる彼女が不思議で仕方がなかった。

俺は、そんなアニーという女性に興味を抱かずにはいられなくなってしまった。



女将さんが言ってた『格別に別嬪さん』って言葉は、本当にアニーに対しまとを得た表現だと思えた。

お世辞でも何でもない、感じたままの言葉だったと思う。



でも俺は・・・

誰もが美しいという彼女より・・・

隣で笑ってくれる彼女をもっと知りたいと思った。

頬を染め恥ずかしそうに俯く彼女をもっと知りたいと思った。



今この時間をともに流している彼女の存在が何なのか・・・





俺は知りたいと思った。

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