第10章 蒼き星の館
青かった空は薄く赤味を挿しながら刻々と時を刻み続けている
そして、『黄昏時は近いよ』と俺たちに教えてくれる。
バサラッドの城壁に辿り着いた頃には、陽射しもかなり影を落とし始めていた。
門番らしき複数の兵士が城門両側で警備をしていたが、身分証の提示を求められることなく、俺と彼女は城門を通過することができた。
『転移パック』の中には、一応偽造?された『身分証』もどきはあったのだが・・・BOXから呼び出すまでには至らなかった。
何を言っても作り話しかない俺にとっては、会話が
このアドリア王国と呼ばれる国は平和で温和な国民で構成されているんだろう。
呼び止められるのは荷馬車を引いた商人たちの荷物検査だけのように見受けられた。
城門をくぐると、そこは町ではなく『街』という表現が相応しいほどの大きな通りに人が満ち溢れていた。
建物もどこかで見たような懐かしい中世風の商店や商館が所狭しと連なっている。
元の世界でいう『ショッピング街』とか『繁華街』と総称する一角なんだろうと思うと、何か自然に笑みが漏れた。
すれ違う人もヒューマンだけでなく多種多様な種族が何の隔(へだ)たりも拘(こだわ)りもなく、いつもと変わらぬ平常な一日を流しているという雰囲気が伝わってきた。
これがこの世界の自然な姿なんだろう。
「俺は、この世界で人生を再び始めるんだ」
人の熱気と
・・・・・・・・
・・・・・・・・
「あのぉ~・・・クガ様は、今からどうされるのですか?」
「俺ですか?・・・」
「はい。今からどうされるのかと思って・・・」
アニーは不安そうに下から俺の顔を覗うように訊ねてきた。
俺は彼女の問い掛けよりも、知り会って間もないのは理解できるのだが、あまりにも
「ち、ちょっと、その前に、そのクガ様はやめて!」
「へっ?」
「それって、何か
「ショーヘイさまですか・・・わかりました」
彼女は素直に俺の言葉にコクッと頷いた。
「いや、『さま』も必要ないからーーー!!」
女性に畏れ多くて年齢なんて聞けないが、観たところ・・・歳の頃は大差ないように思われた。
そんな同年代の彼女から敬語を使われるのも少しコソバユイ。
「では、わたしのことはアニーとお呼び下さい」
彼女はニコッと笑い、透き通った蒼眼を俺の顔に向けた。
「ははっ、了解しました」
肩を並べて歩くこの色白の金髪蒼眼の女性は本当に美しい。
美形の多いエルフだというのもあるんだろうが・・・元の世界では目にすることの無いタイプの美人だった。
それはお世辞でも何でもない。本当にそう実感させるものを漂わせていた。
・・・・・・・・
二人は目的もなく、しばらく街の通りを歩いた。
そして俺は思い出したように、苦笑いを浮かべなら先ほどのアニーの問いに言葉を返した。
「いやぁ~~実は何をすれば、何処へ行けば良いのか、さっぱりわからないんですよぉ~ははっ」
「同じく・・・わたしもエルフの森の田舎者なので、全くわからないのです」
「そうですよねぇ~~~こんな大きな街の中へポ~~ンと放り出されてもわからないですよね~ははっ」
「はい。あの・・・お邪魔でなければ、落ち着けるまで・・・ご一緒させていただいてもよろしいですか?」
アニーは心苦しく感じているのか、そんな風に言葉にして俺の顔を見つめた。
たぶん、あんな出来事もあったし、その上見知らぬ町で何から手を付けたら良いのやら・・・不安ばかりが募っているんだと思えた。
「あ、はい。全然頼りになりませんが、俺もできれば連れがある方が心強いですから!」
俺は照れくささの中で頭を少し掻きながら笑って言葉にした。
感じ取れる彼女の不安を
それに俺だって感じる不安は同じようなものだ。
まして俺はこの世界を丸ごと知らない。
逆に傍らに寄り添ってくれる人がいる・・・それだけでも俺には心の救いに思えた。
「断わられなくて良かったです!」
アニーはホッとした顔で胸を撫で下ろした。
「それに・・・こんな美人を一人にすると、また善からぬ奴が現れるかもですからね~ははっ」
「・・・・・」
助けられたことに恩を感じてくれているのか、俺に安堵感を寄せてくれてるのかは一切以ってわからなかったが・・・アニー・ベルハートというエルフの女性は、俺の言葉に微笑みながら静かに目を伏せた。
・・・・・・・・
俺とアニーは、MAPを表示させながら、何はともあれ今夜の寝床を先に決めてしまおうと、宿屋がありそうな区画を探した。
どうやら遠くない先に食堂や宿屋が軒を連ねる一角が確認できた。
このMAP・・・名称は出ないが区画表示と各種店舗の存在を表示してくれる優れ物のだった。
元の世界でいうところの『ナビゲーション』ばりの能力を秘めている。
時代考証から考えれば納得し難い部分もあったが、それでもこれがこの世界の常識であることに変わりは無かった。
転移時から驚きの連続だ。
もう元の世界の既成概念も俺の固定観念も、この世界では全く以って通用しないということを改めて再認識させられた。
「次の角を左に曲がると宿屋があるみたいだ。そこで泊まれるか聞いてみようか?」
「そうですね。それがイイかもですね~」
俺とアニーは顔を見合わせ、どちらともなく頷きあった。
角を折れて少し進むとMAPに記された宿屋が見えてきた。
『蒼き星の館』
俺たち二人は宿屋とおぼしき建物の前に立ち看板を眺めていた。
「へぇ~何かお洒落な名前だなぁ~」
「あははっ、名前負けじゃないとイイですねぇ~うひぃ」
アニーが声を出して笑ってくれた。
初めて出逢ったあの出来事以来、笑顔は浮かべてくれたが・・・声を出して楽しく笑ってくれたのは初めてだった。
何か彼女が俺に心許してくれた気分になれて嬉しくなった。
「入ってみよう!」
「は~い」
玄関をあけ、中に入ると・・・
1階は受付カウンターと食堂になっていた。
油で焚いているのか、魔法の
フロアは広くもなく狭くもなく丁度いい感じで、食堂は泊り客なのか近所の常連なのか、まだ夕方と呼ぶには少し早い時間帯なのに、けっこうな客で賑わっていた。
「いらっしゃい!」
受付カウンター内に鎮座した初老の女将さんは、俺たちの方へ向かって声をかけた。
一瞬、客たちの視線が俺たち二人に集まったが・・・それも束の間、また何も無かったかのように賑やかな会話が始まった。
俺はそのカウンター前まで進み、そして彼女に訊ねた。
「あの、今夜泊まりたいのですが・・・部屋は空いてますか?」
「あるよ!」
彼女は何か俺たちを観察するような目つきでぶっきら棒に言った。
「よかったぁ~!」
俺とアニーは安堵と喜びを混ぜ合わせた表情で、お互いの顔を見合った。
「部屋はひとつでいいね?」
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