第9章 翡翠の指輪


冒険者ギルドの2軒隣にある「かれん亭」という名のカフェで、俺たちは小遠征の反省会?・・・いや、正確には『雑談会』を開いていた。



「ダンジョン、お疲れさまでしたぁ~」


この店のハーブティーが大好きなアニーは、お茶を上機嫌にすすりながら、みんなの顔をぐるっと見回しにっこりとした。


「ほんと疲れたよねぇ~でも楽しかったなり~」


「うんうん、ホント、ほんと!」


クロエもフローラも相槌を打ちながら笑顔でお茶を口にしている。


「おいおい、遠足じゃなかったんだぞ・・・ははっ」


「いや、マジで生きて帰って来れて良かったわぁ~うんうん」


腕組みしたロークは、すました顔つきで冗談っぽく感想を述べた。


俺は可笑しかった。

たった2日前の死闘が、まるで嘘のように思えるリラックス感。

無事に帰って来れたから、この時間を楽しく笑って流せるんだろう。

人間て、こういう気持ちのオン・オフが時には必要なんだろうなぁ~・・・今日はきっと『命の洗濯日』なんだと俺には思えた。




・・・・・・・・



「ところで・・・ボスドロップのひとつ『翡翠の指輪』は誰んところへいった?」


ロークはテーブルに乗り出し、みんなの顔をぐるっと見回した。


「今さら気にする?・・・みんなドロップあったんじゃないの?ねぇ~クロエ!」


「わたしもドロップしたよ。指輪じゃなくネックレス。これ、これ、これなり~!」


フローラから話を振られたクロエは、胸元からネックレスを取り出しみんなに披露した。


「あぁ~~可愛い!わたしは、このブローチだったよ!」


二人の女性はすでにドロップアイテムを装着してて、ロークに確認させるかのように見せ合いっこをした。



翡翠ひすいの鉱山」のお土産みやげは身体能力アップのアクセサリーだった。

5人パーティーなら必ず5種の宝飾品がボスからドロップされた。

誰に何が落ちるかはランダムだったが、能力はどれも同じになっていた。

装着することで身体能力が向上するので、冒険者には必須アイテムとして人気が高かった。



「マジか・・・俺違ったんだけど・・・ショーヘイとアニーちゃんは?」


「わたしもドロップしなかったです・・・『翡翠の指輪』は」


「・・・・・」


アニーは話を振られたくなさそうな素振りを見せていた。

俺もまったく彼女と同じ気持ちだった。


「ショーヘイは?」


「俺?・・・・」


「ん?・・・あれれ?アニーちゃんでないとなると・・・ショーヘイにドロップしたってわけか??」


消去法で考えれば当然そうなるだろう。

黙っていても俺しかドロップ対象が残っていないのだから。


「ド・ッ・した。一応したけど、もう無い!」


小声でボソッと答えた。


「はぁあ~~ん?もう無いってなんだよぉ~売ってしまったのか?」


ロークは少しガッカリした表情を浮かべ、乗り出した体を椅子へと戻した。


「売ってないけど、持ってないものは持ってない!」


「何それ?じゃあ~、それどうしたのショーヘイ?」


俺の投げやりな言い方にフローラがすかかさずツッコミを入れてきた。


「・・・・・」


アニーは恥ずかしそうに足元へ、俺は天井へと白々しい視線を向け黙った。

ロークにクロエにフローラは、俺たち二人の態度に不思議そうに首を傾げ、お互いの顔を交互に見合わせていた。


「・・・??」


「?????」


何か得体の知れない疑問渦巻く沈黙が漂った。



「すみません。わたしが戴きました・・・あうぅ」


アニーは誰にとは無しに、申し訳なさそうな顔をしてうつむいた。

そして、俺から貰った『翡翠の指輪』が嵌った右手をそっとみんなに見せた。


「・・・・・」


たかが身体能力系アイテムをプレゼントしただけなのに・・・

何か重大な隠し事が白日の下に晒されたような気分になり、恥ずかしさが募りだした俺は思わず視線を下げてしまった。


「はぁ?な、何ぃーー?!」


「何々、それ婚約指輪にしたの?ショーヘイって隅に置けない!!あははっ」


「きゃー恥ずかしい!」


「何でクロエが恥ずかしんだよ!」


冷やかしの中に笑いが飛び交った。



同じアイテムを複数装着しても1個分の効果しか得られない。ところが違う箇所のアイテムなら効果は倍増される。

アニーはブレスレットだったから指輪とは重ならないアイテムとなる。

身体能力がすでに上限を遥か突き抜けている俺には全く以って意味を為さない。

正確には意味を為さない訳ではないが、超越し過ぎている数値には今さら感が強かった。

だからアニーに指輪をプレゼントしようと思ったわけで・・・

まぁ、実際のところ、アニーと俺のドロップアイテムが逆だったら、こんな話題に照れることもなっかたのだが。


たかが能力向上アイテムと言えど『指輪』を女性にプレゼントすることは、俺にとっては初めてだったし、妙に恥ずかしくなったのは事実である。

流石に左手薬指とは・・・

とりあえずアニーの右手をとって薬指へと嵌めてやった。

意味なんて全く知らないが、アニーはアイテムだとわかりつつも嬉しそうな顔をして微笑んでくれた。



・・・・・・・・



クロエ・・・翡翠のネックレス

フローラ・・・翡翠のブローチ

アニー・・・翡翠のブレスレット

ショーヘイ・・・『翡翠の指輪』



・・・・・・・・



「何でロークは指輪が気になるのよぉ~?あんたにも何かは落ちたでしょ?」


フローラは責め立てるようにロークに問い質した。


「指輪がそんなに欲しかったのですか?」


指輪を所持している当人として・・・アニーも気になったのか、ロークの顔を気遣いながら覗う。


「だってよぉ~~俺のは・・・」


「・・・・ん?」


「俺のは・・・」


「何よ、早く言いなさいよぉ~」


みんなは苛立いらだちながら、情けなそうな顔を見せるロークの言葉を待った。



「俺のドロップ『髪飾り』だったんだよぉ~・・・こんなの使えないわぁ~~泣けるぅ~」


ロークは花がワンポイントとして装飾してある髪飾りをポケットから取り出してテーブルに置いた。

そして・・・泣き真似をするかのようにまぶたに手をあて2、3度こすった。



「ププップ・・・あははっは、それ受ける~~」


「ククッ、想像するだけで腹が痛てぇーーよりによってそれか?」


「着ければいいじゃない、その頭に!きゃははっ」


「お前らなぁ~~~指輪だったら問題なく装着できるけど・・・これは男には無いわぁ~うぅぅ」


「要らないなら貰ってあげるなり~イヒヒッヒ」


「うぅぅ・・・アニーちゃん、交換してくれぇ~~~!」


「ぃヤッです!これは絶対ダメ~~~!!」



俺を含め全員が腹を抱えて笑った。

こういう仲間と出会え、そして同じ時間を共有できることが嬉しかった。

この世界に転移できて、俺は本当によかったのかも知れない。



・・・・・・・・


ローク・・・『翡翠の髪飾り』 GET!


・・・・・・・・


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る