第6章 偶然と必然
木々の間から見えていた青い空が、どんどんと大きく広がってきた。
「もう少しで森を抜けられそうだ」
目指す町が近づいてくると思うと何んとなく気持ちが
歩を進める少し先に、無造作に停められた2台の荷馬車が見える。
「やめて下さい!や・め・てぇー!!」
嫌がる女性を4人の男が揉み合いながら押さえつけようとしていた。
「誰かぁ~、誰か助けて下さい~」
「ヒヒッヒ・・・お嬢さん、こんな所に助けなんか誰も来るもんかぁ~大人しくしろ!」
「久しぶりの上玉じゃのぉ~~これは高く売れるぞ!うひゃひゃひゃ」
「こら~暴れるな!傷がつくじゃないか!!」
中年の商人らしき男と従者たちは女性を捕縛しようとしていた。
何だこれ?
俺はとんでも無いところに出くわしたのか??
木陰に身を潜めてしばらく様子を見ていたが、どうやら女性を拉致しようとしていることが確信できた。
「こんなの見て見ぬふりできないじゃない・・・助けなくちゃ!」
元の世界じゃ持ち合わせていなかった『正義感』が、何故か
身体能力が突き抜けている「ハイヒューマン」に転移したからじゃない。
これは男として、人間としてやらなくちゃ行けない義務のように感じられ、俺は木陰から勢いよく飛び出した。
「あんたたち、何やってんだよ!」
突然割り込む俺の声に、男たちはビックリしたように振り返った。
「ん?なんじぁ~、兄ちゃん!」
「何って、森で迷っていたエルフの娘さんを保護しているんですよ~うひゃひゃ」
この商人たちの頭と思われる男が適当な与太話しではぐらかそうした。
でも、俺も馬鹿じゃないし騙されるわけがない。
「助けて下さい。この人たち、わたしを奴隷として売ろうとしているんです」
エルフの娘と呼ばれた女性は、俺の方へ哀願の目を向けた。
俺は彼女にコクッと頷き、目の前に転がっていた木の枝を拾い『変換』と念じた。
・・・・・・・・
男たちは小枝が「木刀」に変換した様を見て驚きの表情を浮かべ、腰元の剣を抜きながらも後ずさりを始めた。
手練れの護衛がいなかったんだろう・・・商人と従者たちは顔を見合わせてオロオロしている。
「こいつ、ちょっとばかしヤバイ奴ですぜ~旦那!」
「兄さん、あんた何者なんだ?・・・何でそんな変換魔法が使えるんだ。魔族なのか?」
以前、魔族に痛い目に遭わされたのか・・・やけに警戒している素振りが見受けられた。
・・・・・!
男たちのその素振りと勝手なる思い込みを利用して、俺は『魔族』になることにした。
瞬時の判断としてはベストな選択だったように思えた。
「おいっ、命が惜しいなら立ち去れ!俺を魔族と知った上で歯向かうなら、こんな子供騙しじゃなく、一瞬であの世へと送ってやるぞ!!」
言ってる自分が一番恥ずかしく思えたが、もう後に引けないなら『役者』に成りきるしかなかった。
どこか出たとこ勝負みたいな感は否めなかったが、手を前方へ差し出し、空気を大気を「火球」と脳内変換してみた。
・・・・・・
自分でも驚いてしまうほどの・・・とんでもない燃え盛る炎の
これは創造が為せる変換なのか、熟練MAXの魔術スキルが発動したのか・・・転移したての俺には全くもって意味不明だった。
「ヒィイ~~~無詠唱であんなデッカイ魔法が・・・」
「やばい、やばい~~あんなの撃たれたら本当に死んでしまうぞ~~!」
あまりにも大きく出現した炎に、商人たちは身の危険を感じたのか、荷馬車も置き去りに我先にと慌てて逃げ出した。
エルフの女性も目を大きく見開き呆気に捉われている。
商人たちが逃げ去ったのを横目で確認してから、俺は発動停止と念じてみた。
炎は手のひらの中で小さくなりつつ消えていった。
「大丈夫ですか?怪我はありませんか?」
俺はへたり込んでいるエルフの女性を起こそうと声を掛けながら近づいた。
彼女は涙目で俺を見つめていた。そしてこう言った。
「わたしは殺されるのでしょうか?」
・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・
「嬉しいんですか?」
アニーにとっては意外に思える返事だったのか、少し首を
「あぁ・・・とっても!」
「ふ~~~ん・・・あはっ」
本当にそう思った。
楽しいじゃなく、『嬉しい』・・・転移したことで180度変わってしまった人生だけど、元の世界では味わうことのできなかった気持ち・・・この気持ちは、他人には絶対にわからないだろうと思う。
・・・・・・・
「アニー、覚えてる?初めて出逢った時のこと・・・」
「覚えていますよぉ~忘れるわけないですから~!」
アニーは俺の隣で膝を抱え座ったまま、何かを回想するかのように視線を前方の遠景へと移した。
「たった数か月前の話なのに・・・なんか懐かしく思えるな」
「ですねぇ~・・・昔からずっと一緒にいるみたい!あはっ」
「そうだなぁ~・・・ははっ」
こうして時を刻んでいる今の自分が本当に不思議に思えた。
右も左もわからぬ異世界で、こんなにも心穏やかでいられるのは・・・たぶん、アニーという存在が傍らにいてくれたからだろう。
俺にとってのアニーは、今や何ものにも代え難き存在となっている。
彼女はきっと、俺の人生の中で絶対不可欠な、そして無くては成らないスパイスなんだと思えた。
「わたしね、助けてもらった時、本当はこの人に殺されるかもって思ったの・・・」
「ククッ、そうだったね~俺って『魔族』の兄ちゃんだったもんな!」
「あはっ」
「でもさ・・・あの時が無かったら、今こうしてる二人もいなかったわけだ・・・」
「うんうん・・・出逢えて本当に良かったです。ありがとう~ご主人さまぁ~♪」
アニーは甘えるかのように俺の胸に顔をうずめてきた。
俺はそんな彼女の肩を抱きすくめるように強く引き寄せ、二人そのまま草原に寝転がって星空を眺め続けた。
『嬉しい』という気持ちは・・・
たぶん、彼女との出逢いがあったからこそ、今の俺がこの世界に存在し続けていられるんだろう。
そして、この世界で感じられる全ての感情の『
「偶然」は「必然」だったのだろうか・・・俺は時空を超えた出逢いに不思議さを覚えてしまった。
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