第013話 「嫌な予感」

 15歳になった。


 アナコンダを倒してからは魔獣との実戦はやらなくなった。

 

 今でも食料調達の時に遭遇した魔獣は倒しているが、修行の一環としては戦わない。


 その代わり、僕とハクビはトトとカカとジジの3匹を相手に模擬戦を繰り返した。


 数ヵ月模擬戦を繰り返すうちに、3匹ともいい勝負ができている様に感じる――だいぶ手加減はしてくれてるのだろうけど……


 ある模擬戦をきっかけにトトとカカは何やら真剣に話し合うようになった。

 

 今までで1番いい勝負がてきたと思っていのだけど何かまずかっただろうか?


 明らかに真剣な面持ちで2人が話し合ってるところを何度も見かける。


 なるべく僕ら子供達に聞かせないようにしている意図が読み取れたので、僕もなるべく近づかずに妹達といつもの様に遊んでいた。


 トトはいつもカカに『キーキキ』怒られてはアタフタしてることが多いが、ああいう顔つきとトーンで話している時は違う。


 カカも『キーキキ』まくしたてる様な事はしないし、どこかトトを立てる姿勢がうかがえる。


 真剣にトトの話を聞いて控えめに自分の意見を述べている様に見える。


 考えた結果、最終的に決断をするのはトトなのだ。


 僕らのことで何か真剣な話し合いをしていることはわかる。


 妹達もなんとなくそわそわしているの気がする。







 この家に初めて第三者が招かれた。


 来訪者は大きめのクマだ。

 2足歩行している。敵意はない様に見える


 魔獣じゃない。

 野生動物とも違う様に感じる。

 ハクビやコロンと同じ様な感じだ。


 トトとカカが僕らにクマを紹介する。

 

 クマはハクビとコロンを見て驚いていた。

 そして、僕を見てもっと驚いている。


 やはり僕はこの世界ではとても珍しいのだろう。


 ハクビやコロンはクマと何かを喋っていた。

 

 そう。

 クマは喋れるのだ。

 

 最初に感じた通り、クマはハクビやコロンと同じ特別な種類の動物なのだろう。


 付き合いが長いわけじゃないけどクマに一定の信頼を置いている。

 トトとカカはそんな風に見えた。


 それからクマは3回家に来た。

 

 クマが来たときは僕たち子供達も話し合いに参加する時間がある。

 

 クマと家族達の会話が完全には理解ができないが、注意深くクマの表情や鳴き声を観察した。


 オスだと思う。

 結構年をとっている。

 トトとカカへは敬意を感じる。

 ハクビとコロンへはゆっくり優しく喋る。


 全体的に僕はクマへ好意的な印象を受けた。


 一ヶ月近くトトとカカが話し合い。クマも交えて色々考えた。


 その結果、僕らの次の行動が決まった。




『ドラゴンを倒す』



 この世界にはドラゴンが居るらしい。


 身振り手振りで説明を受けただけだか、何度も確認したので間違いないだろう。


 空を飛び火を吐く、あのドラゴンだ。


 まだ行ったことのないエリアにドラゴンが居る。



 森の外の世界。


 今の生活に心底満足していたので興味がわかなかった。


 僕は15年間この森の外へは出たことがない。


 食料調達でも基本的にこの森が僕らの行動圏内と決めている。


 この森は海に囲まれた島にあるわけじゃないのは分かっていた。


 森をぬければ知らない世界があって、僕の見たことのない生物が住んでいる。


 簡単に予想できたことだ


 魔法を使うサルがいる世界だ。

 ドラゴンが居たって不思議じゃないだろう。


 ドラゴンといったら、地上最強の生物のイメージがある――少なくともサルより強い生き物だろう。


 そんなドラゴンと戦うのだ……


 これは修行ではない。


 僕とハクビに加えてトトとカカをジジも参加して本気でドラゴンを倒すのだ。

 

 その間、コロンの事をクマが預かってくれるらしい。


 クマは僕たち子供達と顔合わせするために家に来ていた側面もあったようだ。


 知らない動物にコロンを預けるなんて、僕とハクビが許すはずないと分かっていたから。


 それにクマはドラゴンの事をトトやカカより知っているようだった。


 トトとカカは『協力してくれるか?』と身振り手振りを交えて聞いてくる。



「もちろんだよ」


 僕は即答した。


「あたりまえじゃないか。

 僕のために決めてくれたことだってわかってるよ。

 全力で戦う」


 すこし不満そうな顔をしてしまった。


 トトとカカからしたら僕を尊重してくれたのだと思う。


 けど、『協力してくれるか?』なんてあたりまえのこと聞いて欲しくなかった。



 まるで他人みたいじゃないか?!


 最愛の家族だ。


 かけがえのない家族だ。


 協力も何もそもそも僕の為に戦うんじゃないか?!



 どうしてドラゴンと戦うのかをはっきり説明してくれなかった。


 だからこそ分かる。

 この戦いは僕のためなんだろう。


 ハクビは何も言わないし、コロンも文句を言わずに留守番に同意している。


 甘えん坊で寂しがり屋のコロンなのに……

 

 暖かい気持ちになりながらも、戦いに対する不安も感じた。


 これだけ慎重にこの決断をしたという事は、少なくともドラゴンは簡単に倒せる相手じゃないのだろう。


 わざわざコロンをクマに預けなきゃいけない程危険な戦いだという事だ。


 ネガティブな考えをすぐに止める。


 僕を思ってトトとカカが最終的にやるって決めたことだ。

 

 出来ること出来る限りやる。


 それだけだ!



 改めて作戦を擦り合わせる。


 ドラゴンは岩山に住んでいるらしい。


 僕らが倒したいボスドラゴンは頂上に居て、それを守る様に家来ドラゴンが複数匹岩山周辺を監視しているらしい。


 基本的な陣形はこうだ。


【前衛】 トト、ハクビ

【中衛】 カカ

【後衛】 僕、ジジ


 前後とは言うものの、ドラゴン達がいつも前から攻めてくるとは限らない。


だから防御力の低いカカを真ん中にして囲む様に陣形をとって戦う事にした。


 カカは魔法で遠距離攻撃と回復を専門にする。


 僕とハクビと大人達との連携はすぐに調整できた。


 そもそも連携の考え方を教えてくれたのが大人達なのですぐに戦いへの共通認識が持てる。







 討伐を決めてからの行動は早かった。


 初めての遠出の準備をして、1週間後には家を出た。


 クマがこの家に残ってコロンを守ってくれる。


 「コロンをよろしくお願いします」

 

 僕は深々とクマに頭を下げた。


 クマは真剣な表情でうなずいてくれた。


 コロンは弱音1つ言わずに僕らを笑顔で見送ってくれる。


「すぐに帰るからいい子にしてるんだぞ。コロン」


 そう言ってコロンの好きな尻尾の付け根あたりをワシャワシャしてやる。

 

 いつもと変わらずコロンは喜んでいる。

 けど残念ながら僕には伝わってしまう。

 

 コロンが必死に隠そうとしている寂しさが。


 心臓の鼓動がすこし早い……


 表情がほんの少し固い……



『一秒でも早く帰ってきてやらないとな』


 すごく気が引き締まる。


 ハクビもコロンに声をかける。


 いつも通りに振舞っているがやっぱり不安を隠せていない。


 家をでて直ぐ闘気をつかって高速移動を開始した。


 カカはジジにまたがっている。

 

 それでもドラゴンが住むという岩山までは1日では辿り着けない。


 正確に言うと、辿り着くだけなら1日ずっと走り続ければ可能だ。


 しかし、それからの戦闘の事を考えると途中で野営をして体力を回復させることを選んだ。



 森を抜けてしばらくして、ある地点から空気がガラッと変わった。


 言葉では説明しづらいけど、僕らを包んでいる外の空気の種類が変わった様な感覚がある。


 直ぐに違和感は無くなったけど、この空気に慣れる為にも野営をすることが重要なのかもしれない。


 見たことのない平地でテントを張り、初めて小屋以外の場所で寝る。


 そして11年ぶりにコロンのいない夜。

 

 簡単に夕食を済ますと、トトもカカもジジもハクビも家と全くかわらずに夜を過ごしている様にみえる。


 ハクビはいつものようにじゃれついて絡みついて来て、カカはセカセカと荷物の整理や片付けものをしている。

 

 トトは今は横になってる。


 ジジは少し離れたところでお座りしながら家族全体を見ている。


 けど、みんないつもとはやっぱり少し違う。


 明日への不安が手に取るように伝わってくる。

 

 なんとなく嫌な予感が消えなかった。


 絡まってくるハクビの心音もどことなく安定していない。


『何も心配する事ない。

 明日が終わればいつも通りだ。』


 必死で自分に言い聞かせてハクビを抱きしめながら目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る