異世界 きまぐれぶらり旅～奴隷ハーレムを添えて～

第346話 囮

モク家の軍事拠点に到着し、今度はマージから話をされている。

シャクラン家を排除したいらしいリオウに対して、マージはそのリオウを止めたいと。

「リオウにも言ったが……俺は魔物狩りの任務に雇われたんだ。良く分からんいざこざに巻き込むなよ」

「それは悪い。が、ヨーヨー、お前にも関係のない話じゃねぇ。リオウたちが妙な真似をすれば、魔物狩りにも影響してくる」

「それはそうだが……あんたはリオウの仲間ってわけではないんだな」

「前に言わなかったか？　俺とリオウ、それにパッセでは立場が違う」

「どう違うんだ？」

「そうだな。リオウとその取り巻きは、元気な若者でしかねぇ。俺は薄暗いところに半分足を突っ込んでいる存在だ」

「リオウの方が真面そうに聞こえるが？」

「実際そうだ。ただ、あいつは真っすぐで元気が良いだけだ。大して考えちゃいねぇ」

「まあ、確かに考えは浅い感じがするな」

「ああいうタイプに暴走されると、面倒が多い。いざ何かあったときに、鎮圧に手を貸してくれるだけで良い」

「……それで、パッセは？」

「ん？」

「パッセも立場が違うんだろ。彼女はどういう立ち位置なんだ？」

「パッセは馬鹿真面目だな。アード族の不遇というものを、正面から突破しようとしている。戦士としての有用性を示すことでな」

「まっとうじゃねぇか」

「そうだな。理想的過ぎて、アード族皆が納得するような結果を出すのは難しいだろうけど」

「顔合わせで、パッセだけが呼ばれていた理由が分かったよ……」

もうパッセだけ呼んで、リオウやマージたちを招集しなければ、この部隊ももっとまとまったのではないだろうか。

「それで？　あんたはリオウの暴走に加担するのか？　止めるのか？」

「どっちでもない。この部隊をまとめてんのは霧族のマッチなんだろう？　彼から要請があれば、そのとき考えるさ」

「良く分かったよ、とりあえず加担する気はないってことは、な。それは良いけどよ……」

マージはこちらをじっと見詰めて、無表情のまま言う。

「関わりたくないのは分かるが、その中途半端な態度が最悪の結末を招くこともある」

「肝に銘じるよ」

「ここはただでさえ、敵地だ。昼間はモク家の指揮官の様子も見たんだろ？」

「あまり歓迎されてはいないようだったな」

「だろーな。だからこそ、モク家とパイプを持ってるヤツは貴重だ。これからもっと貴重になるだろうぜ」

マージは最後にそう吐き捨てると、ひらひらと手を振って去っていった。

最後の話はなんのことだったのか。

……モク家と通じているというシャクラン家を排除するのはリスクが大きいと言いたいのだろうか。

シャクラン家がモク家と通じているってこと自体は、どうやら本当の可能性が高そうだな。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

初日の夜は魔物が出ることもなく、朝を迎えた。

その次の日も、更に次の日もモク家からの通達はなく、ただ土造の倉庫で待機するばかり。

しかし変化がなかったわけではない。

小型の魔物が周囲に現れはじめ、数日後にはそれなりに手強い魔物が夜中に襲ってきた。

「腕人だ、気を付けろ！」

偵察隊の小鬼族からの警告を受けながら、倉庫から少し離れた平地に赴く。

腕人は、俺たちが以前、アード族の面々と組んで狩ろうとしていた亜人だ。

ほどなくして姿が見える。

偵察隊がちょっかいを出して、蛇行するようにして接近を遅らせている。

腕人は暗闇に溶けるような暗い緑色をしていた。

しかし、偵察隊が持参していた光を出す魔道具に照らされており、その存在がはっきりと浮かび上がっている。

フォルムは２メートル程度の人型だが、その右腕は異常に大きく、指先の爪が鎌のように鋭い。そして顔らしきパーツは３つあり、真ん中の顔の目だけに赤黒く光が灯っている。

４体ほどいたようだが、既に１体は偵察隊の罠で倒されたらしい。

残る３体が偵察隊を追って近くまで来たようだ。

迎撃に向かったのは俺とマージ、そしてシャクラン家の数人。

ヤマネコっぽい見た目のヒトもその一員だ。

俺のパーティは非番のサーシャ、アカーネ、キスティとアカイトは就寝中。

ルキとシャオを連れてきている。

大角族たちは２人起きていたが、拠点防衛のために残してきている。

「どうする？　１体に２～３人ずつ、別れて戦うか？」

マージが集まったメンツを見ながら言う。

「いや、連携して事に当たるべきや」

そう話すのはヤマネコっぽい顔のヒトこと、ギアル。

今日はモセ・シャクラン嬢は出てきていないようだ。

「しかし、連携と言ってもな。何をどうするつもりだ？」

腕人たちは上空から背翼族のリリが放った矢に気を取られ、歩みを一時的に止めている。

が、長くは持たないだろう。

敵の方を睨みながら、いつでも動けるように身構える。

そこに、後ろから新しい気配が近付いてくる。

「遅れてすまない。腕人が出たとか？」

それは霧族のマッチだった。

その少し後ろには頭の後ろで腕組みをしたヒュレオもいる。

「ああ。あんたが指揮するか？」

「そうさせてもらおう」

マッチは皮鎧の胸部分から、何やら指揮棒のようなものを取り出す。

「これより作戦に移る。２体を足止めし、１体ずつ仕留めていく。ヒュレオさんとギアルさんの下に１人ずつ付ける。囮役、やれますよね？」

「おいおい、この総大将が囮かよ？」

ヒュレオが軽い調子でツッコミを入れる。

しかしマッチはそれに対して特に反応しない。

「潰し役は火力が必要だ。ヨーヨーさん、頼めるかな？」

ヒュレオとギアルはそれぞれ、マージとシャクラン家の１人を連れて行くようだ。

そうなると、俺とルキ、シャオと、残るシャクラン家の２人で倒さなければならない。そのなかには前に話した三毛柄のヒトもいる。

もう1人は灰色の毛並みの少し毛が長い猫顔だ。

三毛柄のヒトは棒のような物を背負い、灰色の猫顔はナックルを手にはめている。

どっちも前衛なのは間違いないだろう。

あとは……マッチもいるか。

「マッチ、このメンツで火力は足りると？」

「ヨーヨーさんとラキュさんがいますから、不足はありませんよ。私も援護しますから」

ラキュ、というのが三毛柄のヒトの名前らしい。

マッチからはなかなか高評価のようだ。

「私が正面を受け持とう。ヨーヨー、あんたはとにかく魔法をぶっ込んでくれ」

三毛猫顔こと、ラキュが手にした獲物を振りながら言う。

ヒュン、と音をさせながら振られるそれは、太くて長い棒のような武器だ。

振るたびに、先端からはピリピリと電気のようなものが走る。

「正面を任せて大丈夫なのか？」

「任せな。腕人ならもっとデカい個体も相手にしたことがある」

「なら、任せた」

危険な役目を進んで引き受けてくれるなら、否はない。

「その棒は魔道具か？」

「ああ。多少ピリッとする程度だけどね」

ラキュは棒を頭の上で一回転させて、逆に構える。

すると今度は棒の先から、火花が散る。

「こっちはちょっと熱い」

「凄そうだな」

ラキュも魔道具使いなのか、話してみたかったが、今はその時間はない。

「ルキ、言ってたことは分かったか？　棒を持ってる、ラキュを援護する。正面は受け持ってくれるから、ルキは俺を防護しろ」

「はい」

こうなると、後衛としてサーシャやアカーネが欲しいな。この騒ぎで起きただろうし、待っていれば合流できるかもしれないが、その時間はない。

指揮しているマッチは現状の戦力で十分と踏んでいるようだし。

「ヨーヨーさん。どのような魔法をメインに使うか、共有できますか？」

ラキュが敵に向かって行くのを見ていたら、マッチが背後から話しかけてきた。

特に決めていないが、腕人は硬いという話だった。ただ、物理だけなのか、魔法にも強いのか良く知らない。そうなると、第一候補は両方にイケるアレかな。

「さて、どうするか。溶岩魔法のラーヴァボールでも撃ち込もうかね」

「溶岩、ですか。ふむ」

「敵の弱点とかはあるのか？」

「土属性はやや効きにくいですが、ラーヴァ系なら大丈夫でしょう。ちょっとそこを動かないでください」

マッチは膝をつき、手にした指揮棒を地面に刺すようにした。

「『火戦の祈り』。はい、もう良いですよ」

「なんだ？」

「火属性の魔法を強化するバフです。溶岩魔法でも、多分効果はあります」

「ほう」

サテライトマジックで、溶岩球をいくつも浮かべてみる。

いつもよりスムーズに出せるような気もするが、気のせいかもしれない。

「よし、引き付け役は仕事をしているようです。ラキュさんも攻撃を始めます」

「先に魔法を撃っとかなくて良かったか？」

「腕人は魔法を感知します。まずは注意を引いてもらいましょう」

俺たちが担当する腕人は、まだ空中からヒットアンドアウェイをする背翼族のリリに気を取られていたが、その横合いからラキュが殴りかかる。灰色の毛並みのヒトは、大回りして背後に回ろうとしている。

ラキュは両手で構えた棒を押し出すように繰り出す。

腕人の左側、異常に発達している右腕ではなく、普通サイズの左腕の側にいるラキュは、左肩を突くような形になる。

おそらく魔道具のビリビリも発動しているのだろうが、腕人に痛がる素振りはない。

発達してないといっても、十分に凶悪な爪を生やした左腕で鬱陶しそうに払うだけだ。

ラキュは払われた力に逆らわず、棒を回転させて逆の先端で腕人の横腹を突く。

腕人は一瞬よろめくが、踏みとどまってまた左腕をラキュに向かって振る。

ラキュは棒を腕の振りに合わせてぶつけ、それらを防ぐ。

何度か左腕を振って、いずれも防がれた腕人は一瞬身体を縮こめて、異常に発達した右腕を横薙ぎに振る。

ラキュは後ろに大きく跳んで躱す。

右腕とは打ち合わないようだ。

空ぶってもなお、ラキュの方を不気味に向く腕人の赤く光る目。

その背後から、灰色毛並みの猫顔のヒトがパンチを当てて、また下がっていく。

腕人がそちらに向き直り、関心が移ったことが分かる。

俺には背中を見せる形だ。今しかない。

浮かべていたラーヴァボールを腕人の足元を狙って連射する。

足元を狙ったのは、足が弱点だとかそういう理由ではなく、フレンドリーファイアを警戒してのものだ。

「ヒャーーーーッ！！」

甲高い、悲鳴のような鳴き声を上げた腕人。

残念ながら、致命的なダメージまではなさそう。

しかしラーヴァボールが命中した背中と足の何箇所かが黒く変色して、体表に巻きついたツタのようなものが一部剥がれ落ちている。

「よし、効果あり」

後ろからマッチの声がして、そのマッチからラキュと灰色のヒトへ、何かの光が飛ぶ。

それに反応するように、ラキュと灰色のヒトが腕人に襲いかかる。

灰色のヒトは軽くジャブを放つとすぐに離脱し、腕人の右腕の攻撃を空ぶりさせる。

ラキュは腕人の足に出来た傷を抉るように棒で突くと、棒を傷口に突っ込んだまま横にスライドさせ、強引に腕人のバランスを崩す。

なかなか豪力だが、あれもマッチが何か飛ばしていたスキルのおかげだろうか。

尻餅をつくように転がった腕人に、再度のラーヴァボールの連続爆撃をお見舞いする。

その攻撃が終わる直前にラキュが動き出し、そして腕人の顔のあたりを突き刺した。

「討った！」

ラキュが腕人の顔を捻り取り、上に掲げる。

「ラキュさんがやったようです。次に行きましょう……ギアルさんが引き付けている方です」

「どっちだ！？」

「左の方です」

「右の方が近いが、ヒュレオは大丈夫か？」

「あの方が三つ首程度の腕人にやられることはありません。気にしないでください」

「おお……そうか」

すごい信頼感、と言って良いものか。

要は囮として使い続けるということだから、嬉しい信頼ではないかもしれない。

ギアルは腕人を俺たちから見て左の奥の方向に誘導していた。腕人は俺たちに背中を見せている形だ。しかし、そこで急に腕人がくるりとこちらに向き直って、右腕を振り抜いた。

腕人のいる場所から、急速に近づく何かの気配。

俺に向かって来ている！

エアプレッシャーで緊急回避する。

結果的には前に出たルキがスキルで受け止め、こちらまで飛んでくることはなかった。

落ちたそれを見ると、岩だった。

腕人が岩を拾い、巨腕で投げて来たようだ。

「俺を狙ってきやがった」

「脅威になるレベルの魔法を使ったのがヨーヨーさんだと悟られたようです。一応、右からも投石があるかもしれません。両方に注意を」

「ああ」

右の、ヒュレオが受け持っている方の腕人をチラ見する。

その肩にはヒュレオが乗っかっており、剣先から火花を散らして嫌がらせをし、頭を斬りつけて降りた。

うん、あいつはこっちに構う余裕はなさそうだ。

左の個体に注意を戻す。

「投石程度であれば私が守れます。主様は攻撃に専念してください」

「ミャオ」

ルキが盾を構えながら頼もしいことを言い、その肩にいるシャオが同意する。

「シャオ、お前今回働いてないな」

「ミャ」

うるさい、とでも言ったのだろうか。

シャオの幻覚魔法は面白いのだが、脳筋な亜人である腕人相手には出来ることがないかもしれない。

言いながらラーヴァボールをサテライトマジックに補充し、左の個体に近づく。

ラキュと灰色のヒトがギアルと合流する前に、ラーヴァボールを敵に放つ。

ギアルたちへの誤爆を警戒してスピードはゆっくりめで放ったこともあり、腕人にはほとんど避けられてしまう。

それでも１発は胸の辺りに着弾し、そこにラキュの突きが追撃される。

腕人は焦ったように右腕を振るうが、その動きの前兆を読めるらしいラキュは、攻撃範囲から早期離脱して空振りにする。

腕人の後ろからはギアルがさんざんに斬りつけている。

さっきと同じパターンで、しかしこちらの人数は増えている。負けることは考えにくい。

ラキュとギアルが隙を作り、俺がラーヴァボールをお見舞いしていく。

何発か繰り返したのち、またも敵が弱ってきたところでラキュが頭をもぎ取って、腕人が地に倒れる。

最後は右の……。

あれ。

右の個体は地に伏せており、その上でヒュレオが腕組みしていた。

「囮だったけど、やってしまっても良いんでショ？」

ヒュレオはその醜い顔を愉快そうに歪めた。

どうやったのか知らんが、独力で倒したらしい。

なかなかやるな。