第347話 指揮系
襲ってきた亜人、腕人を倒した。
偵察隊の面々が解体を受け持ってくれ、俺たちはまた夜警に戻った。
魔石の1つを俺たちパーティにくれるということで、ありがたく受け取る。
「お手柄だったねー、ヨーヨーちゃん!」
ヒュレオは持ち場に戻らず、俺の近くの焚き火で何やら魚を焼いて食っている。
いや、ヒュレオは一応総大将なんだし、持ち場とかはないのかもしれないが。
「その魚は?」
「ここの連中から買ったのよ。川も近いし、結構釣れるらしいぜ? あ、いる?」
「いらん。それにしても、シャクラン家の連中も、威張ってるだけの実力はあるな」
ヒュレオは魚の身をある程度齧ると、頭から丸呑みにして残りを平らげる。
「げぇーっぷ。ははん、ヨーヨーちゃん、ラキュちゃんのことかいね?」
「ああ」
「彼女はねー、剛力姫って呼ばれてた頃もあったらしい! 今度呼んでみなよ」
「それ、絶対本人が嫌がったやつじゃないか?」
呼んだら俺が怒られるやつだ。
くだらないいたずらを目論みやがって。
それよりも……。
「女だったか」
「あん? そりゃ、三毛なんだからそうでしょ」
「そうか、三毛か」
そういえば三毛猫ってメスがほとんどなんだっけ。
そんな地球世界での常識が、こっちの、猫人に適用されるとは、不思議な気がする。
「……ヒュレオ。いつまでここに放置されるんだ? 俺らは」
「さて、ね。正直、オレっちなら信用できねーとしても、とっとと前線に送り込んで使い潰すけどねー。何を考えてんだか」
「今、クダル家と揉めたくないから、それもし難いってことかね」
「あー。ま、それはあるかも! その辺のことは、マッチちゃんとモセちゃんに任せるしかないなー」
こいつは、モセ・シャクランがモク家に通じてるかもとか、流石にその辺の事情は知ってるんだよな?
俺の方が知ってるとかだと、さすがに謎すぎる。
あの切れ者っぽいマッチが、あえてヒュレオには雑音を届けていない可能性はあるが。
「そのモセと、アード族の面々は大丈夫か? だいぶ突っかかられてただろう」
「そうねー。みんな、ちょっとばかし勘違いしてる気はするんだけどね」
「勘違い?」
「ウチのお館様のことでサ」
「お館様……クダル家当主か?」
「まあ、そ。ジレルちゃんね。いつか会いに行ってあげてよ」
「俺と会ったところで、何があるとも思えんが」
「かもねえ。ま、ヨーヨーちゃんなら多分、怒られたりもしないだろうからさ」
「多分?」
「うん、多分。ジレルちゃん、年々怒りっぽくなってる気がしてさー」
「じゃあ嫌だよ。怖いだろうが」
クダル家の当主と言ったら、いわばお貴族様みたいなもんだ。
怒りっぽい貴族様とか、会いたくない存在だろうが。
「ホントはジレルちゃんも、大型の相手をして暴れ回りたいのかもしんねーなー。偉くなるって、ホントエネルギー使うよね」
「そうかもな」
現場で鳴らした営業マンが社長になって、フラストレーション溜めてるみたいなことか?
それで怒りっぽくなられても困るが。
「……一応、ヒュレオも今回の総大将なんじゃないのか?」
「そそ。だからヨケーなことも色々あるわけ! あー、オレもかわい子ちゃんたちと旅してー。ヨーヨーちゃんみたいにさ!」
「フラフラして、似たようなことしてるだろうが」
「ヨーヨーちゃんまでそんなこと言って! まあ、モセちゃんはかわい子ちゃんと言えなくもないか。年を気にしなければ」
「……モセって、どれくらいの年なんだ?」
「んー、まあ、アバウトに伝えると、そうだなあ。まあ、おばあちゃんの範疇ではある」
「ばあさん」
いわゆる美魔女みたいな存在か。
あのツンツンした感じも、おばあちゃんだと考えると……余計腹が立つな。
「気を付けなよー、彼女、あんな態度なのに、不思議と心を開いちゃうってか、余計なことまで言っちゃうというか。多分何かのスキルなんだろね」
「え? 魅了的なスキルってことか?」
「それに近い物を種族スキルとして持ってるって噂もある。真相は闇の中だけどね」
なんてことだ。
ツンデレ猫の不思議な魔力は、異世界でスキルと化していたのか。
「せめて獣耳族のツンデレならなあ……」
少し離れて立っていたルキのウサミミが、こちらを向いているのが見えた。
しばらく見つめていると、そっと別の方向に向きを変えてしまった。
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それからも数日待たされて、ようやくモク家の拠点に再び呼ばれた。
ヒュレオとマッチ、モセに加えて、何故か俺が呼ばれて中に入る。
「お待たせしているが、問題はないか?」
中で出迎えたのはタヌキみたいな顔をした人物。
「ないよ、魔物には何度も襲われてるけど」
ヒュレオが軽い調子で言う。
「……そうか。それでは朗報だ。あなたたちには西に向かい、前線の砦に合流する許可が出た」
「ほー」
「失礼。私から宜しいか?」
マッチがヒュレオの背後から口を出す。
「どうぞ」
「我々の指揮権はどうなります?」
「特に指示はない。したがって、移動を強制するものではない」
「自由に動いて良いと?」
「我らの指揮下に組み込むわけではないが、動くのであればこちらの指示には従ってもらう」
「現場での指揮系統は?」
「そちらはお任せする。特段の指示がなければ自由にやってくれ」
「特段の指示があれば従え、と」
「それは当然だ。貴殿も部隊を指揮する経験があれば、分かるだろう?」
マッチはただ肩を竦めた。
「西に向かった後どうするかは、またしばらく待つことになるでしょうか?」
「それは分からん。申し訳ないが、今は我らの上役も手一杯なのだ。諸々の不便は容赦願いたい」
「分かります」
マッチはそれ以上は特にないというように、話を短く締めた。
それに今度はヒュレオが口を挟む。
「1個良い? モク家のお偉いさんに、これだけは伝えといてちょ」
「……何だ?」
「オレたちは今回、本気で救援に来てるのよ。今までの関係で色々考えちゃうのは分かるけどさ、そんな場合じゃないでしょ。そっちも度量を見せなって」
「度量……」
タヌキ顔のヒトは何とも言えない表情でヒュレオを見ている。
何か感じ入るところがあったのか、はたまた偉そうに言われてムカついている顔なのか。
「機会があれば伝えておきましょう」
「よろしく!」
ヒュレオがうんうんと頷いて引き下がる。
おそらく、タヌキ顔のヒトがモク家の上層部に伝えることはないだろう。
「さてさて、やっとお仕事の時間だ! 皆、気合入れてこー」
ヒュレオが気合十分になっている一方で、その霧がかった顔を俯かせていた霧族のマッチが、こっそりと俺の肩を掴んで来た。
「少し時間をいただきたい、ヨーヨーさん」
「……ああ」
マッチが使っている臨時の指揮所に連れていかれ、マッチが人払いをする。
質素ながら比較的大きな机の上には、手書きの地図が広げられている。
マッチはその奥の椅子に座り、対面の位置となる椅子に座るように俺に示す。
護衛も残さず人払いをし、1対1の対話だ。
「アード族の連中から、余計なことを吹き込まれたかな?」
いきなりドストレートな質問。
最初は雑談から入るとか、探りの質問を入れるとか、一切なしだ。
思わず返しを戸惑う。
「それは……」
「ああ、ヨーヨーさんを責めるつもりは毛頭ない。何か密告めいたことがあったわけでもない。近頃の様子を見ていれば、誰でも察する程度のこと」
「俺から言えることは特にないぞ。何やら難しいことを考えているようではあるが、俺を動かしたいならあんた、マッチを通してくれと言ってある」
「ほう、存外に……。いや、その配慮はありがたい」
「別にあんたらに遠慮したわけじゃない。俺は単に面倒に巻き込まれたくないだけだ。俺が参加したのは、魔物狩りをするためだ」
「ふむ」
マッチは机の上の木製のコマを1つ拾い上げ、指先で弄ぶ。
「……ヨーヨーさんは、何故魔物狩りを行うのです?」
「はあ? いやそりゃ、生活のためでもあり……そもそもあっちから襲ってくる存在だしな」
「そうですね。ですが、単に魔物狩りを生活の糧とするためであれば、ここである必要はない。もっと東の安定した地域で、対象を絞った狩りを行った方が安全で、金にもなるでしょう」
「ああ、オソーカで狩りをする理由か? そう言われると、何だろうな……」
実際は、探査艦という拠点がオソーカにあるからだが。
「まあ、何となく、かな。この辺は前から縁があるし、人類の最前線ってのも面白いじゃないか」
口に出したことも、嘘ではない。
だからまた、変な判定スキルみたいなものが使われていても問題はないはずだ。
「……そうですか」
マッチは顎?を指先でさすり、何やら考え込んでしまった。
何のために呼ばれたんだ、俺は?
少しの間が空いて、マッチが再度口を開いた。
「シャクラン家のことですが」
「……」
「彼らがモク家と誼を通じているのは、おそらく事実です」
何故そんなことを俺に言うのか。
身構えつつ、耳を傾ける。
「しかし、誼を通じることと、裏切ることは同じことではありません」
「……そうか?」
「誼を通じて、首尾よくモク家と話せる仲になったとして。だからといって、すぐに裏切るわけではないですし、必ず裏切るわけでもないです。実際は展開次第で、機会があれば裏切ることも視野に入れる程度でしょう」
「なるほど。そうかもしれないが」
クダル家が勢いがあるうちは裏切らない、みたいなことはあり得そうだ。
裏切らないまま目標を達成できるなら、あえて裏切る動機もないだろうし。
「万が一完全に向こうに取り込まれていたとしても、私がモク家だったら、シャクラン家に分かりやすく裏切れなんて言いません。むしろクダル家の情報を送ってもらった方が有用ですから」
「……つまり、シャクラン家を排除する必要はないと言いたいのか?」
「いえ、場合によっては排除した方がいいこともありえます。ただ、上もシャクラン家のことは知った上で、この救援部隊に入れていると考えるべきということです」
「なるほど。それは分かったが……それを諭すべきは俺じゃないのでは?」
俺は余計なことをする気はないのだから、暴発しそうな連中に言ってほしい。
「そうですが、それだけではありません。シャクラン家も、アード族の若手たちも、上が選出しました。何かが起こっても、まあ想定内でしょう。しかしあなたは違う」
「ヒュレオに突発的に誘われたからか」
「ええ。ヨーヨーさんとそのパーティメンバーは、おそらく上が思っている以上に力があります。あなた方を味方にした方に勝ちが転ぶなんてこともあり得ます」
「俺が動くと、上の想定外になってしまうということか?」
「そうですね、そう取ってもらって良いでしょう。もしシャクラン家や……他の暴走した連中を排除するのに手を貸してもらいたいときは、私から声を掛けますから、それ以外は動かないでいただきたいのです」
「分かった。とりあえず余計なことはしないでおく」
「助かります」
マッチは頭を下げた。
今まで、マッチがそのようにしていたのは見たことがない気がする。感謝の意、ということで良いのだろうか。
「逆に、あんたに頼まれたとしても、必ず引き受けるとは言えないが、良いか?」
「それは致し方ありません。ヨーヨーさんは組織の外の方ですから」
「理解してもらって助かる」
それなりに力があると認めてくれたようだが、そのせいで矢面に立たされるのは避けたい。
「ついでに訊いていいか? あんたとヒュレオは、実際のところどんな関係なんだ? 霧降りの里の件でも一緒だったよな」
「私とヒュレオさんですか。それほど深い話はありませんよ。現場で組まされることは多いですから、似た境遇とは言えるのかもしれませんね」
「ヒュレオがあんたを指名しているわけではないのか」
「どうでしょう。裏ではあるのかもしれませんが、そう言われたことはありませんね」
実際にそうなのか、何かはぐらかされているのか分からない答えだ。もしはぐらかされてるなら、それ以上聞こうとも思わないから良いのだが。
「なるほど。そういえば前の腕人戦では、火戦の祈りだったか? 援護してもらって助かった」
政治的な話から、ジョブの話題に転換する。
マッチと人払いされた場所で1対1で話せるのはレアな気がするから、聞きにくいことを聞いてしまおう。ジョブやスキルの情報はいくらあっても困らないのだ。
「あれですか。溶岩魔法にも効果はありそうでしたか?」
「おそらく、という程度だが使いやすかったと思う。あれは所謂、バフというものか?」
「そうですね……。バフと言って良いものか分かりませんが、そう取ってもらって良いでしょう」
微妙な答えがくる。
「俺の火魔法の威力を上げてくれたのだよな?」
「ああ、いえ。あれは一帯の火属性スキルの威力を底上げするものです」
「む? つまり……敵のスキルも?」
「はい、そうです。ですから、常に展開できるものではないと思ってください」
敵が火を使ってきたら、使えないということか。
敵のスキルも強化してしまうから。
「既にご存じかもしれないですが、私のような指揮系ジョブは、バッファーというわけでもありません。戦場の状況整理をして、有利に導く役割と言いましょうか」
「なるほど……指揮系ジョブか」
指揮官の道を極めるためのジョブ系統ってところか。軍の指揮官とかも、きっと取ってるのだろうな。
なかなか面白い。
「もう宜しいかな? 私の用件は先ほどの話で済んだのだが」
「ああ、すまない。俺ももう行くとしよう」
「最前線では何が起こるか分からない。ヨーヨーさんパーティの活躍、期待していますよ」
「ああ、期待に応えられるように頑張るよ」
頑張ってダメそうだったら逃げるけども。
そう思いながら、自分たちの部屋に戻った。
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