第345話 空崩れ
アード族のリオウに、シャクラン家襲撃に誘われた。
思わず周囲を見てしまうが、近くに気配はない。
話しているのは、俺たちパーティのテントの陰になるような部分だ。
リオウの首に肩を回してから、しゃがみ込むようにしてリオウにも身を低くさせる。
そして音遮断の魔法を使うとともに、囁くボリュームでリオウに問う。
「お前、自分が何を言ってるのか分かってるか?」
「もちろん。あんたに声かけしたのも、理由がある」
「……理由?」
「俺はヨーヨー、あんたの出方がキモになると睨んでるんすよ」
リオウはニヤリと不敵な笑みを向けてきた。黒々とした瞳はどこか狂気じみた熱意を感じさせる。
「いや、俺がなんでそんなことに手を貸してやらなきゃならない? そもそもお前も俺も、大物狩りをしに来たんだろ。のん気に内ゲバをやってる場合か?」
思ったことをそのまま声に出す。
リオウはそれを聞いても、不敵な表情を変えずただ頷く。
「あんたの指摘は正しい。だが、聞いてくれ、ここだけの話だ」
リオウはそこでわざとらしく声を抑えて、俺の耳に口を寄せる。
「この作戦の目的は魔物狩りなんかじゃねぇ。シャクラン家を始末することだ」
口を離したリオウの顔を振り返る。
まだ不敵な笑みを浮かべているが、冗談の雰囲気ではない。
「どういうことだ? 連中、何かやったのか?」
「……連中はモク家に内通している」
「はあ?」
テントの上に広がる黒い空を見上げる。
今日は雲のせいで星は見えない。
「マジな話か?」
「マジ。そもそもおかしいと思わねえか? 今回のメンバー構成」
「……あのシャクラン家の美人さんと、アード族の組み合わせがか?」
「その通り。トラブルなく協力? できるわけねぇっしょ」
「……」
「最初っから、魔物狩りなんて本当の目的じゃねぇ。モク家の救援ってのも、シャクラン家を釣り出すエサだ。そう考えるのが一番、すっきり来ねぇか?」
「そのために、わざわざこんな所まで部隊を送り出すか?」
「まさにそのために都合が良いとは思わねぇか? 遠く離れた地で、危険な魔物狩りの最中に……。後から何が起きたか確かめに行くのも容易じゃねぇ」
「そんなことを、あのヒュレオがやってると?」
あの、といっても俺はそこまでヒュレオの内面を知っているわけでもない。
しかし権謀術数をめぐらすタイプとも思えない。
「いや、命令を受け取っているのは霧族の野郎。分かる?」
「ああ、分かる」
霧族のマッチと言ったか。霧降りの里の件でも見た顔だ。
ヒュレオの副官的な立ち位置っぽかったが、実質的なまとめ役になっているのだろう。
「じゃあ、そいつからの依頼があったら、そのときに考える」
「俺じゃあ信用が置けないっすか」
「まあ、正直に言えばそうだ。本当にお前の言う通りだとして、俺が受けたのはあくまでも魔物狩りの任務だしな」
「……ま、今のところはそれで良いとしとくよ」
リオウは肩を竦めて離れようとする。
手で肩を抑えて、それを制止する。
「今の話はいったん、聞かなかったことにするが……リオウ。何を焦ってるんだ?」
彼の立ち位置は良く分からないが、部外者の俺にまでそんな重大な話を出してしまうあたり、まともな立ち回りではない。
リオウはこちらを向くことなく、真剣な表情で暗雲に包まれた空を見詰めている。
「アード族にとって、今回の件はチャンスなんだ」
「シャクラン家を討つことが、か」
「ああ。シャクラン家は腕が長い。確かに奴らをやるなら、奴らに徹底的に嫌われているからこそ、取り込まれていない俺らが適任だ。今回の件は……潮目を変える最後のチャンスになるかもしんねぇ」
「失敗できないというわけか」
「そうだ。なあヨーヨー、あんた、アード族がどういう扱いか、砦やここまでの間に見てきただろう?」
「ああ、まあ。猫顔の連中などには、毛並みがどうこうので嫌われてるんだったか」
リオウは小さく頷く。
「俗に猫人族とか、犬人族とか呼ばれる連中は皆そうだ。毛並みの色、艶、生え方……全てにおいてアード族は醜い」
「……」
「じゃ、アード族自身からはどう見えていると思う?」
「アード族から……さあ、どうなんだ?」
リオウは息を吸い込み、そして吐いた。
「同じだ」
「同じ? つまり……」
「醜いんだ。俺たちは、俺たち自身のことがそう見えている」
「……」
「モセ・シャクランのあの毛並みを見たかよ? 信じられねぇ。あいつは婆さんみたいな年齢らしいが、あいつに誘われて断れるアード族がいるとは思えんね」
「人間族にはちと分からんな」
「そうみたいだな。あんたは良くも悪くも、アード族に偏見がない……。俺にも分からないことだ。俺たちは俺たちのことを、醜く思っているからな」
リオウはそこまで言ってから言葉を切り、いくらか落ち着いた声に切り替えて続けた。
「なあ、あんたは聖軍か知らないが、神話を知ってるんだろう? 教えてくれや。自分たちから見ても醜い、滅んだ方がマシな種族ってのは、何のために生まれてきたんだ?」
「生憎、俺も神話に詳しいわけじゃない」
「……そっか」
「……」
何か良いハナシでもした方がいいのかと、少し考える。
種族が何だというのだ、ヒトは皆平等だ?
ブサイクに生まれたからなんだっていうのだ、俺もイケメンではないが生きている?
見た目が醜くても、内面を美しくして生きるべきだ?
どれも空虚な言葉な気がして、口から滑り出てくることはなかった。
「俺から話したことはひとまず忘れてくれ。だが近いうち、選択の時が来るぜ」
「……ああ」
リオウが離れていき、彼が見詰めていた暗雲を見上げる。
まったく。
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空崩れの砦。
小さき金の里からは北西にある、モク家の軍事拠点だ。
位置的にはリックスヘイジの北に当たるが、途中にある複数の川で隔たれている。
高台に設けられた砦は細い坂を上っていかないと辿り着かないようになっており、その間には柵で幾重もの囲いが作られている。
「空崩れ」というのは過去の出来事から来ているそうで、別に対空魔導兵器があるとか、そういう由来ではなさそうだ。
その目の前までやってきて、ようやくモク家の迎えが現れた。
髭の生えた赤肌族の壮年男性だ。
少しの問答の後、俺たちが通されたのは高台の下に建設された、見張り台のような施設。
その近くには何棟か、簡素な土造りの建物が作られている。
荷物持ちなどはそちらの建物に案内されて行き、各隊の中心人物だけが見張り塔に呼ばれた。
「さて。モク家を代表して皆さまの来援を歓迎する」
見張り台の中の一室、ボコボコとした簡素な机と椅子がある場所に通され、座る。
メンツは最初の顔合わせのときにいた人物。
ヒュレオにマッチ、アブレヒト。そしてシャクラン家の2人。アード族からはパッセ。
偵察隊の代表は不在で、俺たちパーティからは俺。
この7人に対して、モク家からは赤肌族の男性のみがお誕生日席に座っている。
「既に先触れを出しているから承知していると思うが、我々は貴家の支援のためにここまで来た。出来れば前線まで進み、魔物との戦いをサポートしたいと考えている」
霧族のマッチが代表して要望を伝える。
赤肌族の男は重々しく首を頷かせた。
「今はゴブリンの手も借りたい状況。ご支援に感謝する。ただし、我々にも作戦計画というものがある。物資の数も限られている」
「それは承知している。出来れば水などの最低限の補給はさせて欲しいが、無理を言うつもりはない」
「それはありがたい。時に皆さまは、前線の状況はどこまでご存じか?」
「いや、そのようなことは我々の方まで聞こえてきてはいない。出来れば教えてはいただけないか?」
マッチが答えるが、本当に知らないのか、知らない振りかは不明だ。
赤肌族の男は肩を竦めて苦笑してみせた。
「私もそこまで詳しく知っているわけではないですがね。この前、1体ガルドゥーオンを殺したようです」
「何っ!?」
大型魔物ガルドゥーオン、既に殺されていた。
そうなると、何のためにこんなところまで来たのか。
まさか内ゲバに巻き込まれて終わり、などということは勘弁してほしいが。
「ただ、他の個体がどうなっているかまでは良く分かりませんがね」
「何体出たのか分かっているのか?」
「詳しいことは分かりません。が、少なくとももう1体はおりますね。最初に発見されたものの、逃げた個体がいるのです」
「今はその個体の捜索中か……」
「その余裕があれば良いのですが。大きいのに手を割きすぎたせいで、それ以外の魔物被害が馬鹿になりません。皆さまにお願いするとしたら、その辺りになるかもしれません」
「なるほど、承知した。ともかく支援は受け入れてくれるということで良いのだろうか?」
「さて、私では何とも。まずはこの地でしばらく待っていただきたい」
「……あの平屋の建物で待機するということになるのか?」
見張り塔のすぐ近くにあった何棟かの土の建物のことだろう。
「ええ、生憎今は砦の方にも余裕がありませんから」
「あの建物は臨時の倉庫であり、防衛施設ではないように見えるが」
「ええ、正直そうです。しかし、クダル家の屈強な精鋭兵である皆さまなら、問題ないでしょう?」
「……なるほど。承知した」
どうやら、壁の外にある建物で待機する必要があるようだ。
まあ、砦の中まで案内しちゃったら、その弱点なども露見してしまうかもしれない。
潜在的に敵対している相手にそんな危険は冒せないか。
今入っている見張り塔もモク家が使うということで、クダル家の部隊は土で造られた簡素な倉庫のような建物に押し込められることになった。
建物は3つ貸してくれたので、それぞれ10人程度を入れて休む。
といっても壁の外であり、魔物が出れば、自分たちで身を護るしかない。
それぞれから見張りを出して、周囲を警戒しながら待機することになった。
俺たちの建物は、俺たちパーティと、荷運び人と偵察部隊が数名ずつという割り振り。
荷物もかなり場所を取るが、残りの部分で十分に寝られるくらいの広さがある。
夜になり、キスティやアカイトと組んで建物周辺を哨戒していると、誰かが近くに来た。
「ヨーヨー。少し話をして良いか」
「……ああ」
今後はアード族のマージだった。
アード族の若手の中では年を取っている方のようで、仲間とつるんでいるリオウとは対照的に1人でいることが多い人物だ。
模擬戦で戦ったときは鞭を使っていたことが印象的だ。
マージは建物の陰、目立たない場所に俺だけを招くと、声を潜めて告げる。
「リオウから何か聞いたか?」
「……まあ、色々と」
「そうか。奴らを止める。そのときは力を貸してくれないか」
おい。
どうなってるんだ、こいつら。
アード族も一枚岩ではないらしい。
もう勝手にやってほしいと思って、こっそり細い息を吐く。
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