第344話 三毛


川船で移動しながら、ワニワニパニックをした。


棘ワニが出なくなってから、小型の魚型魔物も鳴りを潜めていた。

船の上には1体、棘ワニが力尽きて横たわっている。

俺が受け止めた棘ワニだ。その他の棘ワニは迎撃によって川に落とされていったが、俺が最後に倒した個体は勢いを完全に殺しただけあって、船の上に残っている。


まだまだ警戒は解くわけにはいかないが、俺たちパーティからはキスティやアカーネ、そしてアブレヒト以外の大角族の若者がナイフを片手に解体を担当している。

大角族たちはあちこちに小さな怪我をしていて痛々しいが、アブレヒト曰く「かすり傷」らしい。

戦闘では俺たちに大いに助けられたということで、アブレヒトが彼らを解体要員に任じたのだ。

ただ2人だけではなかなか時間も掛かりそうだったので、俺たちも警戒に支障のない人選、キスティとアカーネを解体役として出した。


棘ワニは尻尾と胴体の一部が食べられるらしく、あとは魔石を胴体部分に1つか2つ持っている。

胴体部分というと、トゲトゲに守られた硬い部位であり、そこから魔石を探し出すのは手間の要る作業だ。

肉の処理は大角族たちに任せ、キスティとアカーネは魔石探しを担当している。

そこまで考えて人選したわけでもないが、力自慢のキスティと、魔力を感知して魔石を探せるアカーネは適任だ。


「手伝おう」


解体チームを守るような配置で警戒していた俺たちに、後ろから声がかかる。

振り返ると、三毛模様の、顔に黒と茶と白の混じった模様の毛を持つ猫顔のヒトが、解体用の短剣を持ってこちらを見つめている。

毛は長毛とまではいかないがそれなりに長く、フワフワというか、ややゴワゴワとしたように見える。毛並みの美しさで美醜が決まるなら、美しくもなく醜くもない一般レベルといったところか。

家猫として買うなら丁度いい可愛さかもしれない。

それが二足歩行で直立し、物騒な武器を持っているということに目を瞑れば。


「あんたらが手を貸してくれるって? 意外だな」

「……同じチームだ、そう警戒しないでくれ。倒した手柄を寄越せとも言わない」

「こいつの素材はどうなるんだ?」

「契約通りだ。いったんチームの、というよりこの派遣部隊全体の物になる。だが、魔石のような値打ち物は功績のあった者に渡されるだろう。今回で言えば、そっちの2パーティだ。どう分けるかは話して決めろ」

「ほう? 肉は?」

「そちらは皆で分けることになるだろうな。食糧は単なる値打ち物とは言えない。まあ、倒した自分達が肉を多く食いたいなら、そう言えば良いさ。誰も反対はしない」

「そういう感じか」


まあ、魔石が貰えるなら別に良いな。もともと任務でやってるのだ、倒した素材は全部巻き上げでもおかしくはない。

この辺境の地では、その辺は緩い考えのようだ。


「あんたらは解体だけ手伝ってタダ働きだが?」

「何を言っている? 仕事だからやるだけだ。それに給金も手当も貰っている、タダ働きではない」

「そりゃ、そうだな」

 

まっとうに返されてしまった。

キスティたちは慣れない魔物の解体に苦戦しているし、素直に頼るべきか。


「それじゃ、よろしく頼む。解体を手伝ってくれ」

「ああ」


三毛猫顔さんは解体に加わると、手際よく解体を手伝いはじめた。

棘ワニの胴体部分に切れ目を入れると、無数に生えるトゲを簡単に外していく。

職人技という感じが見ていて心地よい。



「お前は『魔剣士』なのだよな?」

「うおっ!?」



三毛猫顔さんの動きに気を取られた一瞬の間に、また後ろに立っていた何者かに声を掛けられ、つい身体が跳ねあがった。

振り返ると、美しい長毛の猫顔が見える。モセ・シャクランだ。後ろには当然のようにヤマネコっぽい猫人が立っている。


「な、なんだ?」

「お前のジョブだ。魔道具ではなく、魔法を使うのだよな?」

「ああ、まあ。魔道具も使うが」

「お前の手下が放っていた魔道具も、簡易ながら面白かった」

「アカーネのことか? あれらはアカーネの手作り魔道具だぞ」

「ほう。作成が出来るのか」

「まあな」

「手下だけでなく、お前も魔道具を使っていたのだな?」

「まあ、いろいろとな」

「……」

「……あー、魔道具に興味があるのか?」

「そう」


モセは腰に下げた武器らしきものを外して、こちらに差し出す。


「これは?」

「使ってみろ」

「なんだ? くれるのか?」

「そうではない。それは魔撃杖だ。発動できるか?」

「魔撃杖ね」


確かに受け取った武器らしきものは杖の形で、先端が丸くなっている。

魔石などがはめ込まれているかどうかは、外見からは分からない。


船の外、流れる水に向けて発動してみる。

魔力を流し、核を探す。

魔道具には発動の仕組みのようなものにいくつか種類があるが、攻撃手段として魔法を射出するものは俺の魔銃のように魔晶石などが核になっているか、はめ込んだ魔石が核になっているか、どちらかが多いイメージだ。

その予想は当たったようで、杖の真ん中あたりに何かがありそうだ。


魔力の流れとしては、杖先に向かって流れるのが定石だろう。

手から流した魔力が、先端に向かって流れるときに核を通るようにイメージする。



バチッ…… バチッ……



杖の先から小さく電流が流れる。

更に魔力を流していくと、杖先がカッと光り、川面に向けて電気の筋が流れた。



バチィッ!



同時に弾けるような音も聞こえる。

これは、雷の魔撃杖か。


「ほー、雷か」

「……発動したか。雷魔法が得意なのか?」

「いや、雷魔法は使えないぞ」

「何?」


モセが目をやや見開いて、こちらの顔を見た。

はじめて真面に存在認知された気分だ。


「なかなか再現できなくてな、貴重な経験をさせてもらった」


雷魔法を放つイメージを体験できたのはありがたい。

だからといって、すぐに雷魔法が使えるようになるとも思えないが。


「お前、山に籠っていたのだろう?」

「ん? あー、まあ、どうだろうな。俺は色んなところで戦ってただけだから、籠ってたかどうかは知らん」

「優れた魔道具があったか? その、聖軍の遺産には」


うむ。

もはやそういう設定になっていることは受け入れるが、何度目の説明だろう。


「俺自身は聖軍だなんだは良く知らないんだよ。まあ、魔物と最前線で戦ってた奴等なんだから、いろいろ持ってはいたんじゃないか?」

「お前の周りにはどうだったかを訊いている」

「あー、まあ、どうだろうな。それなりにあったし、見つけたりしたぞ」


今の俺はヘルメットなど、色んな魔道具を装備している。

アカーネ謹製の魔道具まで合わせると、俺たちパーティは相当所持していることになるだろう。だから、「魔道具何て全然なかったよ」と言うと不自然になりそうだ。


「そうか。もし余っている魔道具があれば、シャクラン家で買い取る。いつでも話を寄こせ」

「ほう。シャクラン家は魔道具でも商っているのか?」

「道具なのだから、使うに決まっている」

「ああ、そうか、そうだな」


考えてみれば、雷の魔撃杖もモセが携帯していたのだから、少なくともモセは魔道具が使えるということになるか。

もしや。


「あんた、『魔具士』だったりするのか?」

「『魔具士』?」


モセは首をくいっと傾げる。

これも、犬猫顔の種族には悩殺ポーズなのかも。


「ああ、あの中途半端な。そうではない、『魔道具使い』系のジョブだ」

「ああ、そっちの」


たしか、魔道具を作るようなスキルがない、「使う」ことに特化したジョブだ。

逆に「作る」ことに特化した『魔道具製作者』のジョブもあり、その中間にアカーネの『魔具士』があったはずだ。

魔道具を作るのか、または使うのか。

普通はどちらかに特化して専門化するため、『魔具士』は中途半馬なジョブだと言われていることを、キュレスの方でも聞いた。

この辺でも同じようだ。


「今のところ必要な魔道具しか持ってきていないが、今度見つけたらシャクラン家に売ることも考えよう」

「そうか。お前の名代だとかいう、あの人間族の商人は魔道具も商っているのか?」

「? ああ、ウリウのことか? いや、魔道具は……アカーネの作った簡易魔道具以外にも、売っていないとも限らないか。まあ、今のところ魔物素材とかが中心だとは思う」


別にウリウを名代にしたつもりはないのだが。

いつの間にかそういう認識をされているらしい。もしかしなくても、ウリウが言い触らしているのだろうな……。


「そうか」

「まあ、魔道具を手に入れたらウリウに任せて、シャクラン家と商売するように言うこともできる。今後のことだな」

「是非頼む」


モセは『魔道具使い』だけあって、魔道具を求めているということか。

モセと喋ることができる機会も、そうそうはなさそうだ。

少し釘を刺してみるか。


「それもこれも、今回の任務から無事に帰ってからだろう? どうだ、任務中だけでも、アード族と仲良くやらないか?」


モセはすっと表情を消し、光の消えた瞳で俺を睨んだ。


「人間め、何も知らずにぬけぬけと。あいつらが我らの祖先に何をしたか」

「……過去のことだろう、と言っても詮無いのだろうな」

「それでも、今の連中が大人しくしているのならまだ呑み込める。しかし、奴らは今も野蛮だ。見ていろ、あいつら、スキを見せればこっちを殺そうとすらしてくるぞ。間違いない」

「まさか」


モセのアード族不信も相当なもののようだ。


「少なくとも、あのヒュレオはそんなことに興味はなさそうだぞ」

「……アレは、確かにそうだ。あの身勝手な言動は、あれはあれでかんに障る」


まあそれは分からないでもないが。


「あいつらだって死にたくはないだろう。大型の魔物と戦うかもしれないってときに、変な真似はしないさ」



***************************



「ヨーヨー。シャクラン家の連中を殺すとしたら、手を貸してくれるか?」



船は、ほどなく対岸に着いて下船した。

船着き場があるのではなく、砂場になっている川岸に乗り上げて上陸という、なんとも脳筋な上陸方法だった。船は痛まないのだろうか。


そこから「空崩れの砦」までの間に、一泊野宿する。


夜番の交代時に、寝ようとした俺を呼び出したアード族の若者、リオウが放った一言。

それはシャクラン家を害するという計画だった。

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