第343話 ワニワニ

北上を続け、川沿いの里『小さき金の里』に着いた。


一泊してすぐ船に乗ることになり、里をじっくり見ることはできなかった。

里の北側は川に面しているが、そちらも壁といくつもの塔が並び、防衛施設で防護されている。

川からの魔物を警戒しているのだろう。

船着場は壁の外にあり、大きな船は桟橋に結ばれて停泊している。


俺たちの乗る船は大きな方で、全体の形は先端が尖り、後ろが広がっているよくある船の形だ。

後ろの方には三階建ての建物が置かれており、艦橋として機能する。

ただし一階は乗船客が入っていいスペースとして開放されており、壁にはいろいろな落書きがそのまま残っている。そして、2階の窓からは洗濯物らしきものを吊るしているのが見える。

生活感がすごい。


「おう、今回はあんたらの貸切だ。とっとと荷物を詰め込みな!」


トドのような顔をした人物が俺たちを見つけて怒鳴ってくる。

トドのような親父、といった意味ではなく、本当にトドみたいな顔をしている。大きな牙がない方がトドで良かったよな?

まあ、あの辺りの生き物だ。


「お、おう」

「ひどい臭いだ」


リアルトド親父に押される俺と比べて、嫌味を言う余裕のあるのがモセ・シャクランだ。

嫌味を言われたトド親父は手を組み直して喉を不愉快げに鳴らす。

手も、4本指ではあるが人間と比べて横に広く薄いので、ヒレっぽい感じがある。


「おうおう、こちとらここ半月近くは船の上だ。多少匂うのは勘弁しろ!」

「貴方、水精族だろう? 普通は水浴びが好きだと聞いたのだが……」

「ああん!? 生憎俺は水浴びが嫌いでよ。それにこの川で無防備で呑気に泳ぐほど、ノーテンキでもねーんだ」

「ここならある程度安全だろう。出発前に最低限、臭いを洗い流せ」

「チッ。部下どもは洗わせるが、俺はゴメンだ。艦長室に来なきゃそう顔を合わせることもあるめえ」

「……。良いだろう」


モセはこうして話すことも辛いのか、顔をしかめつつも案外すんなりと流した。


モセの一行は猫顔と犬顔のどちらかで、側には常にヤマネコのような顔のギアルが佇む。

特に近くにいてモセが嫌がる素振りもないが、ヤマネコっぽい見た目は彼らの種族でどう評価されるのだろうか?


モセたちは船の後方に陣取り、日陰になる部分を占拠している。

俺たちパーティとアブレヒトたちは、必然的に船の前方に散らばることになる。

何か取り決めをしたわけでもなく、何となく左舷のほうにアブレヒトたち、右舷のほうに俺たちパーティが集まる。斥候のヒトたちは散らばって配置され、また背翼族のヒトは空に上がる。


船が動き出すと、滑るように川面を進んでいく。思っていた以上に速い。

一応漕ぎ手が何人かいるが、動力源は別にあるようで、エンジンでも付いているかのように船は進む。漕ぎ手は左右に3人ずついて、俺たちはその近くに位置取る。

2隻に分かれたうち、俺たちの船の方が先に進んでいる。そのおかげで眼前には遮るものもなく、ただ水面が広がり、心地よい風が頬を撫でる。


たまに魚型の魔物とおぼしき物体が飛び出してくる。しかし、俺が迎撃する以前に、多くが漕ぎ手の櫂で打ち落とされる。漕ぎ手のすぐ横に来たのは正解のようだ。後で怒られないといいが。

残りの少数がそれらを潜り抜けて向かってくるが、進路に合わせて斬ってやるだけで簡単に対処できる。ただ飛び出すタイミングがまちまちで、集中力を保つのが大変。気配察知の良い訓練になりそうだ。

なかなか速いやつもいるが、こちとら飛び込んでくる魔物の対処はずっとやって来てるんだ。


他の奴らはというと、キスティは槍で叩き落とし、ルキは他の面子を庇いながら盾で魚どもの特攻を受け止めている。

アブレヒトとその仲間は斧で魚を叩いているが、アブレヒト以外の2人は叩き漏らしがあり、魚に突撃されて軽傷を負っている。

あいつらもルキの守りに加えてやるべきか?


そして後方のモセたちの方を見ると、超絶美形らしいモセ・シャクランは泰然と椅子に座り、澄ましている。

その周囲で、猫顔の部下たちが魚を剣や槍で落として迎撃している。


たまに討ち漏らした魚がモセの方に行くと、そのすぐ近くに控えたギアルが最小限の動きでそれを叩く。

基本は直立した姿勢を崩さずに、右手に持った短剣を器用に動かして叩く。

たまに右手で届かない場所に敵が来ると、ジャンプして移動して迎撃して、また直立の姿勢に戻る。

なかなか洗練された動きに見える。同時に、もうちょっと普通に戦えば良いのにとも思う。

あの直立した姿勢では戦いにくいはずだ。


「来るぞ、進行方向棘ワニだ!」


空から船の進行方向を探っていた背翼族の男が、ちょうど俺とモセたちの中間くらいの船の中央当たりに降り立ちながら叫び、そしてまた木の床を蹴りながら飛び立つ。

小型の魔物対策は気配察知に任せて、前方に気配探知を放つ。

両手で魔剣を握り直して、力を込める。


バシャッという音とともに、一際大きなモノが前方の水面から飛び出し、空中に舞う。

ワニのような顔に、トゲが無数に生えた胴体。

棘ワニという名称に偽りはないが、ワニと違う点としては手足がないところか。

代わりにヒレが生えており、泳ぎが得意そうなフォルム。体長は2メートルから3メートル、もしくはそれ以上あるかもしれない。

大きく開けた口には鋭い牙がびっしりと並ぶのが見えて、噛まれたら痛いどころか、人間族程度の大きさなら丸呑みできそう。


方向的に、狙われたのはアブレヒトの仲間。

エア・プレッシャーで急接近しながら、敵の斜め前で剣を振る。

魔力の奔流が棘ワニの横っ面を襲い、棘ワニは青色の体液を吹き出す。

その進路も横にずれ、棘ワニの突進は大角族の若者に届くことなく、床に落ちる。


その瞬間、ダンッと音がして、棘ワニの身体が飛び上がり、再度加速する。

尻尾かなんかで床を蹴って再加速しやがった。


遅れて認識するが、俺はもともと横から敵を殴った形だ。狙われた大角族へのカバーは間に合わない。加速しながら魔剣術を放って崩れた体勢では、立て直すには一拍必要だ。

狙われた大角族も身構えているはずだから、自分でなんとかするのを期待するしかない。

そんな思いで事態を見送ると、棘ワニの前に何かが飛ぶ。そして目前の透明の壁にでも阻まれたように、棘ワニの身体がその場に止まる。

一瞬の拮抗ののち、壁の方が崩れて、棘ワニが再度尻尾で加速して進む。

しかし、その間に狙われたのとは別の大角族が躍り出て、小斧で切り上げるように棘ワニを叩く。

棘ワニの身体は大袈裟なくらいに弾かれ、川面に落ちていく。


棘ワニを叩いた大角族、アブレヒトがこちらを振り返り、斧を差し出すような仕草を軽く見せる。

謝罪と感謝のポーズ、簡易バージョンかね。


「まだ来るぞ! 前からだ!」


上から声が聞こえ、前に警戒を戻す。

前から、今度は2体の棘ワニ。

どちらも大角族たちの方を狙っているようだ。また横から援護を……いや!

飛び出して来たうちの1体が近付くとぐるんと空中で進路を変えて、こちらに向かって来た。

見ると、棘がある胴体部分の下部、腹の方から何本かの触手のようなものが伸びている。

それを船のヘリに絡ませて、無理やりに軌道修正したようだった。

そんなんもアリか。


わざわざ獲物を変更して俺を選んだのは、ナメられてるのかね?

魔剣の先から特大のウォーターボールを射出し、ワニに飲ませてやる。


「歓迎の印だ。嫌というほど飲ませてやるよ!」


本当はラーヴァフローあたりで迎撃したいところだが、木造の船の上でそれをやるのはマズイかもしれない。最終手段に取っておく。

なので、水魔法で物理的に押し留めて、動きを止める。

それを見たキスティが飛び出すと、槍で棘ワニの頭を貫く。棘ワニが暴れる。

触手でキスティを叩こうとするので、俺がそれを叩き斬る。


「助かるぞ、主!」


何度もキスティが槍を突き刺して、棘ワニは力を失う。

もう一体の方は、アブレヒトがまた川に叩き落としたようだ。


前方に目をやると、またもや上空から警戒の声。


「横からも突っ込んでくるぞ!」


少し間を置いて、前から1体、俺たちのいる右の方から3体が飛び出してくる。

とんだワニワニパニックだ!


警戒の声を聞いてすぐ、川に流していた魔力をたぐる。

ぐぐ、と水の塊が浮かび上がる。自分で創ったウォーターボールを核に、川の水を取り込むように巨大化させたものだ。


「おらぁ!」


気合いを入れながら、水の塊を棘ワニの進路に飛ばす。

先頭の1体が辛うじてそれから逃れるが、後続の2体は水の流れに飲み込まれて川に叩き落とされた。その行方を追っている暇はない。

先頭の1体は大口を開けてこちらに突進して来る。

一瞬、前から来た1体が方向転換せずにアブレヒトたちの方に向かう気配を確かめて、俺は右から来る1体の方に集中する。


と、棘ワニの口に矢が突き立ち、棘ワニは口を閉じるが、突進の勢いは消せない。


キスティが槍を構えるが、俺が手でそれを制する。


身体強化をして、剣を構える。

靴に摩擦増大の「性質付与」を発動。

踏ん張る。


正面から棘ワニの体当たりを受ける。

その頭に剣の腹を当てて、正面から押し返すようにする。

かなりの衝撃が走るが、受け止められる。摩擦を強めた靴が、それでも滑り身体が下がる。

だが、止まった。今度は押し返そうと、両腕に力を籠める。その直後、棘ワニの力が増す。触手で船のへりを掴み、力を更に加えたようだ。


フシュッ、フシュッという空気が抜けるような音が棘ワニから漏れる。呼吸かなにかか。


「ぐらあああ!」


俺も負けじと叫び、身体強化を重ねる。

拮抗。


わずかに俺が押し始めたところで、キスティが背後から槍を棘ワニの胴体に投げた。

敵の力がわずかに抜け、俺が完全に上回る。


「おらあ!」


押し戻して突き放し、力任せに剣を振る。

青い体液を吹き出しながら、棘ワニが倒れる。


「無事か、主!?」

「ああ」

「主なら避けることも出来たろうに……」

「まあ、後ろにもヒトがいるしな」


ルキたち以外にも、漕ぎ手のヒトたちも少し離れているのだ。

下手に避けて彼らに被害を出すのもなんだ。


それにしても、正面から力で押し切るというのも、変なアドレナリンが出るというか。

ちょっと気持ちいい。


「後続は?」

「ターゲットは後ろに移ったらしいぞ。背翼族の男がそれらしいことを言っていた……たぶん」


キスティは後ろの船を示すように目をやる。たぶんというのは、彼女の西方語のリスニングが拙いせいだろう。

ここからだとよく見えないが、今は後ろの船が棘ワニに狙われているということか。

助けるべきか、と一瞬考えて首を振る。


勝手に持ち場を離れるのもマズイだろう。

後ろの船の連中も実力はあるはずだ、なんとかするはずだ。


「まったく。結局モセたちはワニには襲われずか?」

「そのようだ。まあ、前の方が狙われやすいのは自明のこと」

「チ、良いご身分だぜ」

「後で交代するように言わなくて良いか?」

「まあ構わん。良い運動になったし」


決して一軍っぽい連中が怖いわけではないのだ。


「ヨーヨー! 助かった」


棘ワニの襲撃が途切れたことを見て、アブレヒトがこちらに寄って来た。


「構わない、仕事をしただけだ」

「最近の若いのは、力足りない」

「おいおい。あんなのを正面から叩ける方がおかしいんだ」


アブレヒトはきょとんとした顔を見せる。


「ヨーヨーは受け止めてた」

「あー、俺はスキルで色々やってるからな」

「魔法を使える、棘ワニも受け止められる。素晴らしい戦士だ」

「お褒めの言葉は喜んで受け取っておくぜ」


褒められて嫌な気はしない。

俺も受け止める必要があったのかまでは疑問があるが。たまには脳筋ムーブも良いだろう。


「ヨーヨー仲間の魔道具も助かった」

「ん? 魔道具?」

「魔法の壁、魔道具」


アブレヒトが身振りで、壁ができて広がる様を示してくる。

アブレヒトの仲間を庇うときに、一瞬敵が止まったアレか。アカーネか?


「あー、そうだな。気にするな」

「感謝伝えたい」

「俺から言っておこう」

「そうか、頼んだ」


アブレヒトは持ち場に戻り、俺もルキたちのところに戻る。


「アカーネ、あの透明の壁っぽいのはお前か?」

「うん、そう! ルキのスキルのやつ」

「マジか? 気配探知も苦戦してたが、ルキのスキルをコピーできたのか?」

「いや、全然! 見たでしょ、一瞬しか出なかった」

「あー、そうだったな。しかしアレでも、使いようによってはかなり使える」


少なくとも、気配探知から作成したダウジング棒の100倍くらいは役に立ちそうだ。


「でもあれ、かなり成功率悪いんだよね。まだまだ研究しないと」

「そうか。研究熱心でえらいぞ」


アカーネの頭をわしゃわしゃと撫でておく。


「うん」


珍しく嫌がらないから、存分に撫でておく。


「ボクだけじゃなくて、後でアカイトも褒めてあげて?」

「ん? アカイト? ……なんでだ?」

「アドバイスをくれたから」


え。

アカイトがアドバイス?

それも、魔道具作りなんていう高度に知的な領域で。


「役に立ったのか?」

「うん」


まじか。

あいつは実は知力を隠していたとか。


いや。

賢者アカイトのほうか、もしや。

このところ、俺の前では全然発動していないのだが。

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