第342話 一軍
モク家への救援部隊に合流して出発した。
野営の夜番の時間、大角族のアブレヒトに聖軍の話題を振られた。こいつも俺のことを聖軍かと思っているようだ。
「……正直、よく分からん。勝手に周りに色々言われているようだが、別に聖軍に所属しているわけでもない」
「普段は断絶の山脈で狩りする、間違いないか?」
「まあ、もうちょっと奥の方で魔物狩りはしているな」
山に分け入っているわけではないが、探査艦まわりの盆地で魔物狩りしたりはする。
なので嘘をついているわけではない、という範囲で返事をしておく。
「そうか。ヨーヨーの先祖が聖軍か、分からない。ただ、その信念、引き継いでいるのは違いない」
「……そうか?」
聖軍とやらは、昔はボランティアで魔物狩りをしていたような連中だ。そんなことは俺はするつもりはない。くれるもんなら金は欲しいし、別に高尚な信念もない。
頭の中で否定していると、アブレヒトが膝をついて頭を下げ、斧を捧げるように前に差し出した。
「何のマネだ?」
「感謝と謝罪のポーズだ」
「意味が分からん」
「うむ、我らの先祖は断絶の山脈の奥地で暮らしてた。聖軍は先祖を助けてくれたと聞いている」
「俺は聖軍ではないと言ってるだろうに」
「ああ、だがしかし……ヨーヨーの先祖も、山にいたのでは?」
先祖か、その話題はヨクナイ。
設定も固まっていないし、この前の元聖軍のせいで、完全に嘘で返すのも怖い。
「まあ仮に、俺の先祖とあんたらの先祖が関わっていたとして、だ。謝罪ってのはなんだ? 感謝は分かるが」
一緒に魔物狩りをした感謝ということだろう。
「我らは捨てた、かつての故郷を。逃げ出したのだ」
「……ああ~、そうか。今はクダル家の勢力範囲内で暮らしているわけだもんな」
「我らは故郷を捨て、そして……共に魔物と戦った仲間を捨てた。それは過去のことだが、我らの消し得ぬ恥。かつて我らの先祖が見捨てた方々の末裔かもしれぬ者を見て、黙ってはおれんかったのだ」
「そうか。俺に言われてもピンとこないが、気持ちは受け取っておこう」
「感謝する。それだけでもひとつ、ここに参加した意味あった」
アブレヒトは斧を下ろして立ち上がった。
やっと、謝罪と感謝のポーズとやらを解く気になったらしい。
「それで、訊いていいか? つまるところあんたらは、ちょっと前までは山脈の奥地で部族として暮らしてたってことだよな?」
「いかにも。ただ『ちょっと前』というところは、だいぶ前かも知れん。何代も前の世代の話だ」
「ふむ。今はもっと内地の方で、別れて暮らしているのか?」
「いや、今も一族はかなりの数がまとまって暮らしている。場所を変えて同じような暮らしをしてきた」
「ああ、なるほど。それでクダル家とはどういう関係なんだ?」
「ふむ。同盟以外にどう言うべきか、分からん。我らは力を貸す。我らも時に力を借りる。そうなったのはつい最近のことだが」
「ほーう。その辺は寛容なんだな、連中も。部族主義が云々とかは言われないのか?」
「部族か。彼ら、それに興味ない。一族がまとまって暮らそうが、多くの種族と混じって暮らそうが、強い者が正義」
「へえ」
最果ての地だけあって、古代帝国のイズムがどうのこうのは重視されてないってところか。
寛容とも思えるが、その分種族間、部族間の利害対立も根深く残っていそうだ。
アード族がやたらと嫌われてるのも、その線か?
「……アブレヒトは、アード族をどう思うんだ?」
「ふむ。私には不憫に見える」
「不憫?」
「猫顔の者らや犬顔の者らと深い因縁があることは知っている。過去に何やらやり過ぎたらしいことも。だが、今は手を取り合って魔物と戦う仲間だ。何も悪いことをしていないアード族の若者まで嫌うのは正しい道ではない」
「因縁って何なんだろうな?」
「ふむ。アード族の若者と仲が良いと聞いたが、その辺りは知っているわけではないのか」
「まあ。縁あって一緒に魔物狩りをしただけで、別に仲がいいというわけでもないしな」
「そうか……毛並みだ」
「毛並み?」
アブレヒトは思案げな顔で頷く。
それから何度か、何かを言おうとしては口をつぐむ。
「なんだ? 言いにくいことか」
「……変なことは言えない。紡ぐ言葉を選びたい」
「ほう」
案外、慎重で知的な男なのかも知れない。
「……うむ。私も聞いた話でしかない」
「分かったよ、その前提で聞こう」
「猫顔や犬顔のヒトたちは、どうしたらモテると思う?」
「モテる?」
異性に好かれる、性的に好まれるという意味だよな。そりゃそうか。
猫顔にどうやったらモテるかなんて……顔は毛で覆われているし、イケメンでもモテないのかな?
「毛並みだ。人間族も大角族と同じく、顔に毛がない。あんまりない、か」
「大角族などと違って、猫顔の連中は毛並みが良いとモテるってことか?」
大角族はその通りと大きく頷く。
「毛並みの良さ、色艶、長さ、まあ色々あるのだろう。我らにとって異性の顔が良いのと似たように、毛が良いと異性にモテる、らしい」
「へえー、ん? じゃあ、アード族は……」
アード族は種族柄なのだろう、どいつもこいつも毛並みが悪い。
長いところと短いところがまぜこぜになっているし、毛の色も薄汚れた土色だ。
「モテなさそうだな?」
「ああ、その通りだヨーヨー。つまり多くの猫顔、犬顔の種族にとって、アード族は醜男や醜女らしい。それも相当に」
「……」
そんな理由か?
いや、人間族だって、醜い見た目の近縁種がいたら、まったく違う種族よりも嫌いそうな気もするな。
……。
「そしてアード族と交わると、その醜い特徴が遺伝する」
「ああ……皆、自分の近くに来て欲しくないわけか。自分の家族には醜い見た目の一族が混じって欲しくないから」
「たぶん、そう」
なんというか。
関係ない種族からするとしょうもない理由に思えるが、彼らの間では色々とあるのだろうな。
そして、見た目のことで見下され続けてきたのであれば、アード族が鬱屈して暴発し、事件を起こしたってこともあり得そうだ。過去にやり過ぎたってのも、その辺のことかな。
「はあ、じゃあ逆にモテるのはどんなのなんだ?」
「それは種族や個人によると思う。ただ、猫顔や犬顔のヒトに、モセ・シャクランはとにかくモテる」
「モセ……あの、長毛の猫顔か」
偉そうな感じとアード族への当たりが一際強かった印象のある、長い黒毛の猫顔だ。
たしかに、艶のある、どこか光っているように見える黒の毛は美しく、地球の猫だったら金持ちが飼ってそうな印象だったな。
「……なんでそのモセをアード族と一緒に送り込んだんだろうな、お偉いさんは」
「さあ。クダル家の当主は龍紋族で、ランディカ様はギュング族。モセ様の気持ちなど分からないのかもな?」
「ふぅむ。ギュング族も猫顔と言えば猫顔だろう? 分からんのかな?」
イェン・ランディカの顔は獅子のような顔だ。
獅子も猫科という意味では似た種ではないのか。
「ギュング族はギュング族。彼らは他種族と子を成さない」
「へえ。だから、アード族の子どもを産むって発想が湧かないのかね」
それは良いことなのか悪いことなのか分からんが。
同じ種族でしか子どもが出来ないとなると、この世界じゃ何かの拍子に数が減ったら絶滅しそうだが、大丈夫なのだろうか。
「私はそのような不毛な差別は止めるべきだと考えている。今言ったことは……」
「ああ、あんたが言ったとは言わないさ。俺もアード族に対して隔意はないしな」
アブレヒトは頷く。
しかし、見た目か。アブレヒトが聞いた話の又聞きでしかないから、正確かも分からないし、理由の一端でしかない可能性もあるが。
見た目の問題だとすると、アード族たちはクラスの三軍以下。モセ・シャクランたちは見た目からイケイケの一軍の集団というわけか。
どうでも良いと思っていたが、不思議とアード族に味方したくなってきたな。少しだけだが。
「ヨーヨーはどうして、山を降りた?」
「ん? あー、山を降りて町まで行った理由か……強くなりたいからだな。ただ魔物を狩っていても限りがあるからな」
「ほう! それは見上げた、こ、こう、向上心?だな!」
「まあな」
アブレヒトが思っているのとは経緯は全然違うだろうが。
強者との戦闘で身の危険を感じて、強くなりたいと思ったのは本当のことだ。
「我らの若人にも、その姿を見習わせたい」
「あんたらの一族は、クダル家に力を貸しているだけなんだろう? それが、更に別の領地に援軍に出されて。やる気を出せと言われても難しいんじゃないか」
「そうやもしれん。だが、この話は私が是非にと引き受けたのだ」
「そうなのか? 遠くまで行かなきゃならないし、大型の魔物の相手をする羽目になるかもしれん。大変なのは目に見えているだろう」
アブレヒトはニヤリと笑って見せる。
「だからこそよ。我らが昔の里を去ってから、山脈に挑み、ヒトの領域を護らんとする者も、それらへの支援も次第に減り、やがて姿を消したと伝え聞く」
「あんたらだけのせいじゃ、ないだろう?」
「それでも、だ。我らは断絶の山脈に誇りを置いてきた。だから、我らの手で取り戻す」
アブレヒトの一族は、里を捨てて逃げたことをずっと恥じてきたのだろう。
何世代も重ねたはずのアブレヒトが、その歴史を我が事として語れる程度には。
大型と戦うことになるのかどうかは、正直分からない。
しかし、この集団のトップのはずのヒュレオは俄然やる気のようだし、アブレヒトのようにやる気に満ちた者もいる。
流れによっては、積極的に大物狩りに向かうことになりそうだ。
ちゃんと勝算があってのやる気だと良いのだが。
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翌朝からも更に一行は北に向かい、やがて人里に行き着いた。
北に流れる川から水を引き、壁の外に農地を広げている。農地の間を抜けていくと壁が聳えているが、その手前には水堀が流れている。
その名を聞いたときの印象とはかなり違う、『小さき金の里』だ。全然小さな里ではない。
それもそのはず、名前にある『小さき』は『金』に掛かっていて、別に里は小さくないということらしかった。
では『小さき金』は何かというと、砂金だ。
西にある山から砂金が採れたらしく、その拠点として出来上がったために『小さき金の里』と呼ばれたと。まぎらわしい。
そんなゴールドラッシュなタウンなので、各地から色んな種族が集まってきており、この辺りの里の中でも開放的な方らしい。
もう砂金はそれほど採れないらしいが、この辺りの地域の中継地として様々な資源を川で運搬して儲けており、賑わいは残っている。
里の北には川船がいくつも浮かんでおり、金を払えば所属や種族に関わらず渡してくれるという。
ただし川には様々な魔物も出るので、護衛は乗船客が自分で何とかする。
船を沈めるような魔物以外は船の所有者も対処しないので、それぞれ自衛せよということだ。
なるほど、流石の辺境である。
俺たちは大きめの船に、二手に分かれて乗る。
俺たちとアブレヒト、そしてモセ・シャクランたちの一行と斥候たちが先行する。
もう一隻に残りの者だ。
一軍のモセたちと同組になってしまったか。
いじめられないか、心配だぞ。
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