第341話 大角族
出発に向けて、情報収集や準備をした。
出発までに同行者たち皆と顔を合わせたのは、結局最初の1回だけだった。
一度くらいは連携の確認とかあるものかと思ったが、それもなし。
あくまで臨時の追加戦力でしかない俺は参加しなかっただけかもしれないが、これで大型魔物に対抗できるのか、ちょっぴり不安だ。
出発の朝、砦の敷地内の一角に集まった。
顔合わせの会議に出ていたのは各部隊の代表だけだったので、集まった数はその数倍はいる。
ちゃんと数えてはいないが、30人くらいはいそうだ。それぞれが遠征用の荷物を抱えており、運び役と見られる一団は身体の数倍もありそうな荷物を背負っている。
集まった面々は何派閥かに分かれている。
入り口付近で並ぶのが、モセとかいう長毛の猫顔に率いられた一団。人数は6人。
立って並んでいるところを見ると、身長はやや低めなことが分かる。
それでも人間の戦士と比べたら少し小柄、という程度。特徴的なのはそれぞれが兜を被っているのに、猫耳は外に飛び出している点だ。
あえて兜に耳用の穴を空けているのだろう。
猫ヒゲは出ている者と、しまっている者がいる。
反対側に集まっているのが、アード族の一団。
会議にいたパッセに加えて、リオウとマージもまた居る。前の魔物狩りに一緒に出掛けたメンバーだ。
そして見たことのない顔のやつもいる。
少し離れた位置にいるヒュレオも含めると、総勢で7人。
何より驚きなのは、すっかりアード族の見分けが付くようになってきた所だな。
毛並みの短い部分とか、犬っぽい口の造形とかがそれぞれ特徴があるので、喋らずともなんとなく分かるようになりつつある。
アード族の一団はヒュレオを筆頭に軽装が多く、しっかり鎧を着込んでいるのはパッセくらいだ。
そしてその中間にいるのが、頭から大きな角を生やした3人の半裸男ども。それぞれ大きな弓を背負っている。
顔合わせではカタコト気味だった大角族の一団だろう。代表のアブレヒトは筋骨隆々だが、残り2人はそれと比べると身体が薄い印象。
代表をするだけあって、アブレヒトが頭ひとつ抜けて強そうだ。
そして、他には浅黒い肌をした小人族っぽいヒトたちと背翼族、霧族などの種族が混じった集団がいる。合わせて10人ほどだろうか。
そこに荷運び役のヒトたちを加えると、30人は超えていそうか。
「よーうヨーヨーちゃあん。時間ぴったりだな」
ヒュレオが俺を見つけて、声を張り上げる。
もしかすると、時間ちょっと前に行ったほうが良かったのか?
「遅刻か?」
「いや別に! ヨーヨーちゃんたちは来てくれれば良いだけだし、ちょうど良いよ」
「なら良かった。遠足の前は眠れないタイプでな」
「そんなタイプじゃないでしょうに!」
ちょっとした冗談に200%のテンションでツッコんでくるヒュレオ。しかし残念ながらウケは皆無で、なんとも気まずい静寂だけが広がる。
「あー、全員揃ったなら出発か?」
「あと何人かいるから、ちょい待ってね。マッチちゃんから色々説明もあるし」
「了解した」
そして霧族のマッチから、行軍中の説明を受ける。
部隊は概ね3つに分かれて、それぞれに仕事が振られる。
1つは猫顔の集団であるモセの部隊。
シャクラン家という戦士家らしいが、彼らは移動中は左翼防衛を担当する。
もう1つがアード族の連中。彼らは逆、右翼の防衛を担う。
最後に、大角族のアブレヒトたちと俺たちの混合部隊。後方を防衛する。
野営中などの警戒も、同じチーム分けを基本に分担する。
そして、残りの背翼族といくつかの種族が混じってる一団は偵察部隊だ。
彼らは本隊とは少し距離を空け、周囲の早期警戒を担う。
アカイトは彼らに協力することになる。
といってもずっと同行するわけではなく、必要に応じて偵察に出て欲しいと依頼される形のようだ。
この辺はクダル家の所属ではない俺に気を遣ってくれているのかもしれない。
「よろしく頼む、客人! ヨーヨーと呼んでも?」
俺たちが組む相手、アブレヒトと握手を交わす。
汗臭いし力が強い。
「よろしく、呼び方は好きにしてくれ。アブレヒトたちは、全員弓使いか?」
背中に背負っている大きな弓を見ながら訊く。
「おお! 我らは弓を好む。近づけばこいつも使える」
アブレヒトは腰から小さな斧を外して、手に取って見せる。
戦闘用の斧としてはかなり小さく、片手で楽に振れそうだ。
「投擲用か?」
「投げることもできる。持ったまま戦うこともある」
「なるほど、多用途の斧か」
どうやら大角族の3人は、いずれも同じ武装をしているらしい。
他の2人も腰に小さな斧を下げているのが見える。
布のカバーで刃をしまって携帯するが、戦闘中にはより取り外しやすい状態でホルダーに付けておくこともできるようだ。その分衝撃で外れやすくはなってしまうだろうが。
「とりあえず戦闘面は分かった、おいおい連携も考えさせてくれ。それで、索敵のスキルなんかは持っている者がいるか?」
「俺、持ってる。他はない」
「アブレヒトはどんなスキルを?」
「鼻、耳、目の強化。それに危険察知」
「ほお」
危険察知持ちか。
ドンさんで有用性は分かっている。被っていて残念とも言えるが、より精緻に察知できると考えればアリだ。
それに、五感系の強化も複数持っているようだ。
思っていたような索敵スキルじゃないが、そんな強化が出るくらいだ、素の索敵技術も高そうだ。
「一応、俺も先に言っておくか。知ってるかもしれんが、俺は魔法系のジョブだ」
水の球を浮かべて、身体の周りをサテライトさせる。
「おお、なんと器用な!」
「……魔法を使う? 杖はない?」
これにはアブレヒトの後ろにいる大角族も興味を示した。意外と高い声で尋ねてきたのは、アブレヒトの左後ろにいた大角族。
「ああ、俺は杖は使わん。こいつが杖代わりだな」
と、魔剣を持ち上げて見せる。
「……魔法は軟弱者か女が使うものだと聞いた」
「なんじゃそりゃ」
まあ、この世界のステータスによる強化は、元の身体能力をベースにする。肉体的にムキムキになりやすい男が戦士をやって、という固定観念はあってもおかしくはない。
そうすると相対的に、筋肉を使うわけではない領域として、女性が魔法だという風習が発生してもおかしくはない。
だが、これまでは魔法が女性のものだと言う風習を感じたことはなかった。
女、男という区別より先に、才能や金が必要な分野だからかもしれない。
「俺の生まれたところではそんなことはなかったな」
「すまない、こやつに悪気ない。閉鎖的な里で育った!」
アブレヒトがフォローする。
「気にするな、単なる文化の差だろ」
「文化の? 我らは遅れている」
「え? いや。文化に早いも遅いも、上も下もないだろう、多分」
いや、どの国が文化的に進んでるとかは地球世界でも言われるか。
まあ、なんにせよ僻地の里の文化のどれが良いとか悪いとか、遅れているとか、俺の知ったことではない。
「感謝する」
気を遣った発言だと思われたのか、アブレヒトは感慨深げに頭を下げてしまった。
頭を下げるという文化があるのは、親近感が湧くな。
「我らの指揮はヨーヨーに任せたい。どうか?」
「む? 俺はクダル家に正式に所属しているわけでもないんだが、それはどうなんだ?」
「それなら、我らも違う」
「え? クダル家の戦士じゃないのか?」
「そうとも言えるが……同盟相手のようなものだ」
「ほう、なるほど」
属国みたいなものか?
あ、今の霧降りの里みたいな立場かもしれんな。
彼らも今、クダル家に兵を出せと言われれば、ある程度は応じるだろう。
3人という少数で参加しているのも、その辺りのことがあるのかもしれない。
もし彼らがおらずにアード族と、アード族と仲の悪いシャクラン家と俺たちという構成だったら、気まずくて仕方なかった。
それだけでも居てくれて良かったと思える。
アブレヒトとぼちぼち話をしていると、他の面子も揃ったらしい。
そこから軽く整列して門まで移動し、北に向けて出立する。
まず目指すのは、小さき金の里とかいう里だ。
名前の通り、金が採れたらしい。
それを目当てに集まった者たちが開拓者となり、里を開いた集落のようだ。
今では金もそこまで採れなくなったが、北岸の諸拠点との中継地点として細々と続いてきたとか。
そのすぐ北を流れる川を渡ると、モク家の勢力範囲だ。
北に向かう途中、ヒトツメを含む魔物にも何度か遭遇した。
シャクラン家の戦士たちが相手をした際にその腕を見学することができたが、なかなかの腕のようだ。
ヤマネコのような顔立ちのビアルは軽装の鎧に、穂先とは別にトゲトゲした部位がある槍を携えて、ヒトツメと正面から渡り合った。
リーダーらしいモセ・シャクランも槍を持ち、後方から指示を飛ばす。
他の4人は剣、弓、杖に鉤爪持ちだ。
鉤爪持ちは真っ黒い衣装で、創作の忍者のような格好をしており、ヒトツメの攻撃を掻い潜ってパルクールのように動くと、ヒトツメの肩に乗って横っ面を殴っていた。
そして、そのパンチでヒトツメはとんでもなく痛がってひっくり返っていた。
ただのパンチではなさそうだ。
ジョブが気になる。
遭遇したヒトツメはいずれも1〜2体の少数だったこともあるが、それくらいでは苦戦もしないようだ。
ヒトツメ討伐には間違いなく役立ちそうではあるが、北に行かされるのは何かワケがあるのだろうか。
アード族のほうは、周りとの軋轢があって厄介払いされた感じがあるが。
街道脇にある野営地にて、最初の野営を行う。野営地はきれいに整地されており、いくつかの簡易な野営用設備も残されている。
かなり整った野営地という印象。
テントの区分けも、警戒の順番も行軍時のチーム分けが適用される。
俺たちパーティは大角族の三人衆と同テントで、かつ警戒を担当する時間も同じ。
順番は二番目、深夜に起きることになる。
それなりの規模の集団でもあるので、複数ポイントに分かれて歩哨に立つ。
俺は一応のリーダーとして、中央の焚き火の近くでどっしりしているように言われた。
いざという時、指揮系統が乱れないようにするためだ。
気配察知と探知で周囲を警戒しつつ、転移の練習をこっそりしておく。
ルキを転移させて、シャオを置き去りにしたら好感度が著しく下がるだろうか、などと考えながら過ごしていると、アブレヒトと、もう1人がこちらに近づいてきたのが分かった。後ろから近付いてくる気配に、あえて振り向かずに声を発する。
「リリ、だったか。何のようだ?」
「お気付きでしたか」
背翼族であることは分かったので半分あてずっぽうだったが、当たったようだ。決まったぜ。
「用件は?」
ちょっとした悪戯心と虚栄心が満たされてほっこりしたが、それを押し殺してクールに問いかける。
「アカイトさんのことですが」
「ああ、声が掛からないし、川を渡ってからになるのかと思っていたが」
「その通り、本番は川を渡ってからです。川より手前の辺りは、ヒトツメが湧き出していること以外はラル隊の調査の通りですから。しかし、明日はその予行演習として彼を一度借り受けたく」
「ああ、きっちり返してくれれば問題ない」
偵察に出るのだ。
いかに魔物に狙われにくいラキット族でも、確実に無事な保証はないだろう。
が、万が一の場合に有利になるように念押ししておく。
「そうなるように努めます」
「ああ。予行演習でも、実際と同じ追加報酬は出るんだよな?」
「はい」
一回偵察に出て戻るたびに、追加の報酬が出ると言われている。
飛び抜けて高いわけでもないが、この分はアカイト用の金として取っておいてやるつもりだ。
アカイトにぴったりの装備でも見つけたら、その金から出すのだ。
「では、私はこれで」
リリは踵を返してテントから離れた闇に戻っていく。
偵察組は他とはまた別に警戒体制を敷いているようなので、その任務に戻ったのだろう。
「……アブレヒトは、彼女を俺のところに案内しにきたのだろう?」
リリが去ったあとも、アブレヒトは焚き火の近くから離れるそぶりを見せない。
単に焚き火が好きなだけかもしれないが、何かあるのかと思って話しかけてみる。
「そうだ。そしてヨーヨーに話ある」
「話?」
「……ヨーヨーは、聖軍か? いや、なんと呼ぶか、ええと。聖軍のおとしご?」
アブレヒトまでそんなことを言い出した。
めんどくさそうな話題だ。
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