第340話 石頭

モク家への救援に向かう面子の顔合わせをした。


霧降りの里で貰った魔物情報の写しを見ても、モク家が戦っているらしい「ガルドゥーオン」なる魔物の情報は載っていなかった。

しかし、訓練場に現れるクダル家の下っ端戦士に聞いてみると、あっさりと答えが返ってきた。


「ああ、『石頭』な。『襲い来る災厄』みたいな呼ばれ方もする」


ここではかなり有名なようだ。

カッコいい二つ名まで付いて羨ましい限り。


彼らの話によると、ガルドゥーオンは15mを超える身長を持つ二足歩行の大型魔物だという。二足歩行だが長い尻尾があり、「竜」っぽい感じもあるということで、「ヒトツメ」のような純粋な人型というわけではないらしい。

「大型」と呼ばれる中ではまだ常識的なサイズとも言えるが、その巨体で軽々と走り、跳び回り、襲ってくるという。15mでも十分に怪物だと思うが、この最果ての僻地ではそんな感覚らしい。


『石頭』という呼び名はその頭部にある硬い装甲のような部位に由来し、文字通り石頭で大変硬く、魔法も寄せ付けないという。その頭部を盾にしながら頭突きをしてくる個体も多いとか。

攻撃方法としては頭突きのほか、長い手から繰り出される引っかきや、長いしっぽを振り回す攻撃が脅威で、ほかには背中から触手を伸ばして攻撃してくることもある。しかもその触手は、ただ鞭のように襲ってくるだけではない。

その先端からは溶岩魔法のように、ドロドロに溶けた石のようなものを射出してくるという。威力は個体によってマチマチだが、ガチガチに固めた防壁もそれで壊されることがあるとか。いや、城壁を崩されるだけならまだマシな方で、優れた運動能力で防壁を登り、防壁の上から中に溶岩のようなものをバラ撒いてくることもあるとか。凶悪すぎる。

こいつのせいで集落が放棄される場合、戦いの中で防壁がグチャグチャになり退避することになるか、中をさんざんに荒らされて放棄せざるを得ない場合に分かれる。どっちにしてもとんだ災厄だ。ゆえに『襲い来る災厄』とも言われていると。

その硬い頭の中身も魔物の中では相当良いとされていて、良くも悪くもヒトを見ると正気を失ったように遮二無二襲ってくる魔物が多い中で、明らかに人類側の戦術を学んで反省したり、フェイクや罠にかけるようなこともする場合があるという。


群れることはあまりないが、湧き点からは一度に2〜3体ほど同時に出現することが多い。ただし、一度現れると数十年~百年くらいは次の出現までに間が空いたりする。が、稀に数年で次の個体が現れてしまうこともある。

出現頻度自体は低いものの、古くから断続的に人里を襲ってきたことでオソーカの民には忌み嫌われているようだ。


それにしても、いくら有名な魔物だとしても下っ端に話を聞いた程度でポンポンと情報が出て来ることを疑問に思っていると、その答え合わせにもなりそうな情報も出てきた。


「『石頭』はな、古くはギュング族が討伐を担ったことで有名な魔物でもある」

「ギュング族?」

「ここのボス、ランディカ様の種族だよ」

「ああ……イェン様の」

「おいおい、ランディカ様だろう? 特にランディカ様の祖先は、皆が手に負えない狡猾な『石頭』を狩って英雄になった。その時の話は詩にもなってんだ。今でもランディカ家が人気なのは、そのせいだぜ」


ランディカ家、そんなに人気なのか。

あの獅子顔のボスが偉い地位にいるのも、古くて高名な家系に生まれたからなのだろうか。

いや、彼も仮にも「八戦士」とかいう選抜制度の一員らしいしな、実力もあるんだろう。

エリート戦士家系で強い。それは偉くもなろう。


「イェン様が、今のランディカ家の当主ってことか」

「いや、本家は東にある谷の王国の重臣だし、違うだろう。流石にそんな人がウチに転がり込んでくるのはおかしい。もともと共和国の方にいたらしいから、そっちの方の分家筋なんじゃないか?」


谷の王国、ねぇ。

そっちの話も掘ってみると、東の方にしばらく行ったところにある小国のようだ。実質的には共和国の属国状態らしいが。

共和国は他にも周辺の小国を属国状態で存続させているらしい。流れてきた魔物や外国との矢面に立つのはいつも周囲の小国というわけだ。

そして、彼らの話すさまを見ていて分かったことだが、どうやらクダル家の少なからぬ人々から共和国は嫌われているようだ。

悪口や軽口の対象としても問題ない存在と認識されていることがわかる話し方をする。

彼らの話す共和国の話は、いくらか割り引いて聞いた方が良さそうだ。


そしてもうひとつ、聞き込みをしてみて改めて分かることがある。

パッセやヒュレオの種族、アード族の嫌われぶりだ。


俺がパッセたちと模擬戦やらでそれなりに親しくしているのを見た他種族から、やんわりと忠告を受けるのだ。奴らに構うとろくなことはないぞ、と。特に猫顔の種族からは毛嫌いされているようで、なにかとアード族と付き合いのある俺も、そのせいでうっすら嫌われている様子すらあった。

とんだとばっちりだ。


何がそんなに気に喰わないのかは不明だ。

「穢れた血が」などと言う台詞がよく聞かれたので、種族まるごとが嫌いなことは分かった。

アード族の先祖が何かやらかしたのだろうか。

前に乾燥地帯で出会った虫型の種族のように。



出発までの間に、食糧などを調達して準備する。同時に、転移の道具の練習をする。


既に俺を含めて3〜4人の転移はできる。

今は俺とサーシャ、アカーネ、キスティにルキで5人。そしてアカイト、ドン、シャオで1人分位の体積だとすると、6人分くらいの転移が必要だ。

果たして難しさが体積に比例するのかどうか確証はないが。


このままでは2〜3人分足りない。

しかし、既に転移自体のコツは掴んでいるのだから、転移の容量を増やすこと自体はできるだろうと思っていた。

思っていたのだが……かなり難航した。


考えてみれば、転移装置はこの世界の物ではなく、白ガキが俺の持ち物を改造して自前で作ったものだ。

この世界のまともな魔道具とは異なるのだ。

おそらく魔法システムとかの補正は受けられないだろうし、この世界の「システム」の神なる存在の恩恵もないのだろう。

俺がこの世界の魔法システムに慣れてきたからといって、転移装置の扱いが上手くなる道理はない。


それでも、最初は1人転移させるだけで精一杯だった転移装置の扱いが、今では多少改善しているのだ。糸口はあるはず。

何度も発動直前まで装置を動かしながら、とにかく対象を増やすべく悪戦苦闘する。



出発前日の夜になっても、まだ全員を転移できるような感覚はない。

だが、少しだが糸口は掴めてきた気がしている。


この世界の魔道具を使う際、基本的には魔力を流し込み、魔道具の持つ力を発現してやるような意識で使う。魔力の流れ自体に工夫が必要だが、現象の発現自体は魔道具が形作ってくれるのだ。

スキルによる魔法の場合も、魔道具よりも自由だが、その感覚は少しある。

火魔法を意識すると、火魔法の法則に従った現象が起こる。その根幹自体はシステムが担ってくれているような感覚がある。


だが、転移装置はそこが異なる……気がしないでもない。

うまく説明できないが、そんな感覚があるのだ。

これはダンジョンや探査艦の地下に設置されていたような固定型の転移装置にはなかった感覚だ。

つまり、白ガキが作成した転移装置にだけある特異な感覚。


この世界の魔道具であれば、魔力の流し方を変えたりしながら発動の具合を探るところだが。こと、この転移装置に限って言えばそのアプローチが違うのかもしれない。


そんな仮説を元に試したのは、コピペ。


魔力の流し方とかイメージとか、そんな「普通の魔道具」に対する対処法では飛躍的に範囲を広げることはできなさそう。

そこで、諦めたのだ。道具を「上手く」扱うのを。

今でも、2〜3人分は転移させることができるのだ。

その発動効果をコピペするように、重複発動させて一気に稼働させる。


単純に考えれば「二重に発動させれば4〜6人を転移させることができる」となるはずだ。

しかし、実際に試してみた結果はそうではなかった。

何重にも発動させようとしてみて、ようやく「2〜3人」が「4人前後」になった感覚。


理屈は分からないが、何かが阻害要因となって倍々ゲームとはいかない様子。

しかし、何重も発動させれば、少しずつ、範囲を広げられそうだという感覚を得られた。

これは重要だ。


欠点は、時間も集中力も、そして魔力も多大に消費してしまうということ。

今4人を転移させようとすれば、魔力を40〜50くらいは消費してしまいそうだ。


実際に転移まで試したわけではないので、本当はもっと必要かもしれない。

そしてこの辺は、テストには丁度いい距離感だと白ガキが言っていた。

つまり遠くに出掛けてしまえば、もっと魔力が必要になるかもしれない。


今のままでは、いざという時に助ける者を選ぶ必要があるかもしれない。


実際に北に出掛けて魔物と当たるまでは、ギリギリまで練習するつもりだ。

この際、魔力の節約などと言っていられない。

それでも、全員転移させられるようになるか、そして出来たとして、その時間と魔力が残っているかは疑問符が付く。


アカーネ、サーシャは優先すべきだろうな。

キスティ、ルキは自分たちだけで取り残されても、それなりに生き残る可能性があるからだ。

シャオはルキから離れないだろう。

取り残されたキスティやルキたちが生き残るために、ドンも残していくべきかもしれない。


もしキスティとルキどっちかだけ残すとなったら、どちらを優先すべきだろうか。

キスティは乱戦でも生き残れそうなタフさがあるが、紙装甲なので1つ間違うと危ない。

ルキは自分の身を護るだけなら、かなりしぶとく生き残れそうだ。

だが、攻撃能力がそこまで高くないから、敵の中に取り残されたりしたらジリ貧になるかもしれない。

ギリギリまで粘って転移というのも、残された者のことを考えると考えものだな。

どのような状況になったら、どうやって転移をするのかシミュレートしておくべきか。


あまり考えたくないが、考えておかなくてはならないのだろうな……。

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