第339話 顔合わせ
大型魔物と戦うモク家への援軍依頼を受けることにした。
ヒュレオに伝えると「そうか!」と小躍りして喜んで、援軍組の集まりに参加するように言われた。
指定された日時に、今まで来たことがない会議室を尋ねる。
一緒に来てもらっているのはサーシャとアカイト。西方語をある程度喋れる者という人選だ。
出来ればジグがいてほしかった。
「失礼する」
扉をノックしてから、そう声をかけて中に入ると長机が縦に置かれており、その左右に様々な人種のヒトが座っているのが目に入る。
入って正面に当たる、長机の短辺の場所には誰も座っていない。
「よーう、ヨーヨーちゃん! 右の方に座ってよ」
「ああ」
左には5人、右には3人座っており、俺たち2人が右に座るとちょうど満席になる配置だ。
アカイトが余るが、サーシャの膝にでも座らせておこう。
ヒュレオは、左の真ん中あたりに座っている。
その左には霧族とツノの生えたヒト、右には猫顔のヒトが2人座っている。
俺たちが座った右にはアード族の若手のうち、槍使いのパッセが一番奥にいて、その隣には背翼族っぽいヒト、そして俺の隣には鳥顔のヒトが座っている。
鳥顔のヒトは依頼を斡旋してくれるイェン様の秘書っぽいヒトとは別人っぽい。首筋の模様がかなり違う。
「揃ったみたいだし、喧嘩はそろそろやめようね。良い?」
「喧嘩などしているつもりはない」
どうやら俺が入る前に喧嘩が始まっていたらしいぞ。
ヒュレオの注意に淡々と返すのは、左奥にいる猫顔のヒトだ。長毛で毛並みも良く、黒っぽい体毛が白く光を反射しているように見える。
セレブの飼ってる血統猫という印象。
つもりはにゃい、とは言わないんだな……。
「まあパッセちゃんもお年頃だからさ、言い方気ィつけてよ」
「ふん、分かった」
「よし、そんじゃ始めようか! よーやく面子も揃ったことだし、今日は顔合わせってね」
ヒュレオはぐるりと面々を見渡す。
「顔合わせね。別に良いけど、アード族はともかく最後に入ってきた人間は何なんよ?」
あまり歓迎ムードではなさそうだ。
発言したのは長毛の猫人族とヒュレオに挟まれた位置にいる、もう1人の猫人族。
こちらは短毛で、耳は大きく尖っている。
ヤマネコのような印象だ。
「魔物狩りのエキスパートさ。大型を狩るんだ、使える者はいくらいても困らないでしょ?」
「大型を、ねえ。ヒュレオさん、ガルドゥーオンを狩るつもりなん? 別にそこまで頼まれてないでしょ」
「まあねえ。でもま、そいつに困ってるところからの救援要請なんだから、狩ってしまっても構わんのでショ?」
「やれやれ。あんたまだ、そんな感じなんか? あんたを持ち上げるアードの連中も可哀想だ」
「あちゃー、こりゃキビシー!」
ヤマネコさんからの皮肉を、ヒュレオはケラケラと笑って流す。
「はじめましてってぇヒトはヨーヨーちゃんたちくらいかもだけど、今ナイスなツッコミをしたのがロア族のギアルちゃんね。その奥にいるうつくしー毛並みのお嬢様が、シアラ族のモセちゃん。でもその美しい毛並みに惚れちゃダメよ!」
「お嬢さんは止めろ、雲の」
モセちゃんと呼ばれた長毛の猫人族が反応する。
そうか、ハスキーな低音だったが女性だったか。
思わずじっと見てしまうが、猫顔は猫顔だ。分からん。
「反対側、オレの右にいる霧族がマッチちゃん。彼はヨーヨーちゃんも知ってるっけ?」
え? いや、知らないような。
「ああ、和平の場でお会いした。覚えておられるかな?」
マッチと呼ばれた霧族がそう回答した。
そういえば、霧降りのところで和平に同席した時、霧族がいたような?
「もちろん、覚えている。あの時はどうも」
何を覚えているとは言っていない。
霧族がいたことは覚えていたので間違いではないのだ。
霧族のマッチはそれで信じてくれたのかどうか、こちらに軽く会釈してくれた。
「その隣、大角族のアブちゃん。彼はパッセちゃんたちも初めてかな? 自己紹介してよ」
「大角族のアブレヒトと言う。よろしく頼む」
「アブちゃんは南の方出身なんだ。言葉もまだちょっとカタコトだけど、仲良くしてねー」
アブちゃんことアブレヒトは、筋骨隆々の見るからに脳筋なタイプだ。
頭にはヤギのような角が左右に伸びており、顔の造形はとにかく彫りが深い。
ギリシャ彫刻から飛び出てきた英雄みたいな。
「で、反対側にいるアード族はみなさんご存知、パッセちゃんね。努力家の偉いコだから、アード族のことが嫌いなみんなも、彼女のことは嫌いにならないでねー」
「……」
軽い調子で妙な紹介をするヒュレオに、パッセは憮然としている。
「その隣の背翼族がリリちゃん。あー、ヨーヨーちゃんが羽根を焼いたラルちゃんの姉妹ね」
「おい」
あんまりな説明に思わずツッコむも、時すでに遅し。
対角に座っている猫人族の2人などはヒソヒソと声を交わし、こちらを睨んでいる。
「焼いたと言っても、模擬戦での事故だ。あっちから真剣でやろうと言われたんだし」
「分かってるって〜。リリちゃん、その辺はわだかまりはない?」
「ありません。妹の無謀無茶はいつものことですので。ですが背翼族の羽根というものは大事なものです。軽々に焼いたなどと吹聴しないようにお願いしますね」
「だってよ、ヨーヨーちゃん」
「いえ、今の言葉はヒュレオ様に言っております」
「あらそう。ごめんねー!」
ラルと違って、その姉のリリとやらは真面目そうだ。座っているので確信はないが、姿勢が良くてスラっとしたスタイルに見える。どっちかをパーティに加えるとしたら、断然リリだな。
「んで、その隣のティチチ族が……」
「キュピピと言います、ピピとでも呼んでください」
ヒュレオが言い切る前に、隣の鳥顔のヒトが俺に向かって自己紹介してくる。
「ああ。最後は俺らか? 俺は魔物狩りをしているヨーヨーだ。隣はサーシャ。どっちも人間族だ」
「サーシャです、よろしくお願いします」
「やっぱ人間か」
長毛の猫顔のヒト、モセが吐き捨てるようにつぶやく。人間族はあまり好きではなさそう。
「サーシャの膝にいるのがラキット族のアカイト」
「拙者アカイトと申す! よろしく頼む!」
「ラキット族ね。こうしてきちんと話すのは初めてや」
短毛の方の猫顔、ギアルが興味をそそられたようだ。人間族と違って歓迎ムード。
「殿とともに最強の戦士を目指しておる!」
「ふむ。その体格で戦士と。面白い」
ギアルはそう言うが、これは馬鹿にされているのか、本気で感心されているのか。
「種族、関係ない! ともに最強目指そう!」
大角族のアブレヒトが、こちらは間違いなく好意的な反応を見せた。
俺は前線で戦う戦士より斥候が良いと思っているが、黙っておこう。
「さて、紹介は終わったね。お互い思う所は色々あるだろうけど、任務を果たすまではぼちぼち仲良くね!」
ヒュレオが無茶なことを言う。
俺はともかく、最初から喧嘩っぽいことをしていた連中はそんな簡単に仲良くできないだろうに。
「そんじゃ、今日のところは任務の概要をざっと伝えるよ。それを聞いて、みんなそれぞれ準備してね」
ヒュレオがそう言うと、隣の霧族のマッチが地図を広げる。
前線砦が地図の南端にあり、その北側の拠点がざっくり描かれたもののようだ。
(参考:周辺地図。マッチが広げている地図はもっと簡易的です。)
<i870308|26885>
前線砦から北にしばらく進むと山潜りの里という里があり、さらに北には小さき金の里という里がある。そのすぐ北には川が東に流れており、その川を渡って西に遡っていくと軍事施設のマークがある。
名前は「空崩れの砦」というらしい。
マッチによると、ここが川向こうのモク家の南方の軍事拠点らしい。
川はそのあたりで2つの川が合流しているようで、北西から流れてきた方の川を遡っていくと、かなり距離を置いて「勝利と宴の砦」がある。
随分な名前だが、ここがモク家の西方への足掛かりとなる拠点らしい。
「勝利と宴の砦」方面はあまり情報が書かれていない。遠方なのであえて省略しているのか、または「クダル家には調べきれていない」だけなのか。
「我々はひとまず、この空崩れの砦を目指す。川を渡るまではモク家の案内もない」
マッチが指揮棒で各地点を指しながら説明してくれている。
「道案内を付ける余裕すらないと?」
アブレヒトが独り言にしては大きな声で呟く。
「その通り。あるいは、我々がすでに川を渡る地点の情報収集をしているのを知っているぞという当て擦りかもしれない」
「……」
「まずは先行した部隊と小さき金の里で合流する」
「船はこちらで用意するのですか?」
質問したのは背翼族のリリ。
「はい、それも我々でどうにかします。要請が間に合えば、小船の何隻かは貸してくれるかもしれませんが」
「川の魔物はどうするのです?」
「もし行く手を阻まれたら、強行突破します」
「……そうですか」
なんちゅう行き当たりばったりか。
「川を渡ったら、空崩れの砦に向かいます。ここで待機して、向こうの要請を待つことになります」
「そこで飼い殺しなんてことはないのか?」
不機嫌そうな声は長毛の猫顔種族であるモセ。
それに答えたのはずっと説明していた霧族のマッチではなく、ずっとニヤニヤとしながら黙っていた、アード族のヒュレオ。
「大いにあり得るねー。なんせ、こちとらいきなし大勢で乗り込むわけだし。あっちの内情は知らんけど、あっちがこっちの扱いで揉めてるうちに全て終わってた、なーんてこともあり得る」
「それなら事前に根回しの1つでもしたらどうだ? 別にモク家のために戦いたいわけではないが、わざわざ腹心の配下まで連れて遠出をして、何もしないでは示しが付かん」
「オレにそれ言うー? 根回し上手なら、こんな時に北に魔物のお退治に行けとか、言われんでしょ」
「私も同じと言いたいのか、雲の」
「こわー。そうじゃないって!」
「元より雲のには言っとらんわ。そっちの霧族がやらないのかと言っている」
霧族のマッチは参謀的な立ち位置なのだろうか。
ヒュレオとモセのピリピリしたやり取りを気にする素振りもなく、マッチがその霧がかって見える顔でモセを見る。
「地固めをするにしても、情報がなさすぎます。しかし、だからといって手をこまねいてはいられないというのが上のご判断です」
「ふん。確認しておくが、これを機に砦を奪取するような計画はないのだな?」
「そうです。川向こうのモク家の領地を切り取るような指令は、今のところ一切ありません」
「まあ良かろう。ここには部外者もいることだしな。しかし、今後は南からの情報は須らく私にも共有せよ」
「必要とあらば。この度の遠征、指揮の大役を下命されたはあくまでヒュレオ殿ですから」
「そうか。よりによってアード族に媚びを売るとは、噂通りの……ふん」
モセはヒュレオがトップなのが気に入らない様子。
そこから、各人が自分のところの食糧を用意しておくことや、荷物持ちの割り当てなど細かい話が続く。
モセとモク家って響きが似てるよね、などと何となく思っていると、急に視線が集まった。
「……ん? なんだ」
「もー、ヨーヨーちゃんボーっとしてたしょ? ヨーヨーちゃんとこに、斥候人員いる? ってハナシを聞いたところよ」
「あー、斥候か。ここのラキット族は斥候としては優秀だと思うぞ」
なんせ魔物に襲われにくい性質がある。
身体も小さいし、大型の魔物から身を隠して探すのにはうってつけだと思う。
「拙者、コソコソするのは得意でござるぞ!」
コソコソしてたところを俺に見つかったはずだが。
「ラキット族かー。オレは霧降りのときにちょっと知ってるけど、斥候として優秀な種族なのは間違いないみたいね」
「いささか頭が悪いのが難点だが」
「ふむっ、拙者ほど賢いラキット族は珍しいでござるからな!」
俺の指摘に対して、当然のように自分が含まれていないと考えるアカイト。
そうだな。
「ヨーヨーちゃんところ、他にも何人かいたじゃない? 斥候系は彼だけなの?」
「ああ、ウチは斥候をあまり使わないスタイルだからな」
気配探知とか魔力察知とか、そういう警戒スキルで敵を見つけるスタイルだ。
今はアカイトがいるので、たまに先行してもらうことはあるが。
「それならしゃーないかー。ラキット族の彼には協力してもらうとして。リリちゃん、どうにかなりそ?」
「正直、万全とは言い難いです。その点はモク家の方に協力していただくしかないでしょう」
「うん。ダメ元でオネダリもしてみるよ」
「お願いします」
ほどなくして顔合わせは完了となり、後日再度集合する場所を告げられて解散となった。
ガルドゥーオンとかいう魔物のことも、少し調べてみるか。
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