第336話 恐怖
土砂降りの中、魔物と遭遇した。
魔物は俺たちが湧き点が出来るのに遭遇したときの魔物、ヒトツメだった。
湧き点からここまで、それなりに距離もあるはずだが、元気に拡散していっているようだ。
俺たちパーティの前には、いずれもこちらの身長の倍以上はあろうかという巨大なヒトツメが2体。
右手の方にも更にいるようだが、そちらはアード族の面々が相手をしている。
手前のヒトツメが右手を丸めて、振り下ろす。
前に出たルキが大盾を掲げて受ける。
その隙に飛び出して、敵の手首を抉るように斬る。
しかし、硬い感触がして弾かれる。
まるで岩にでも斬りつけたようだ。
高レベルの防御職の硬さとはまた違う、天然の硬さ。
キスティが前に出るが、ハンマーを振り下ろすころにはヒトツメはギリギリ手を引っ込めていた。
見た目よりも硬そうだ。ぶち抜いて破壊するのはキスティじゃないと厳しいか。
後ろに下がり、次のパンチもルキに任せる。
後ろにいる2体目が近付いている。
ルキが同時に2体に殴られたら、事故らないとも限らない。
こっちは俺が釣るか。
「キスティ、ルキを援護しろ!」
ルキの左前に走り出す。
2体目の近くを通って奥に行くようなコース。
奥のヒトツメはそれに気を取られ、手を振り下ろしてくる。
エレメンタルシールドを張ってそれを受け流す。
奴らの攻撃動作とタイミングは段々分かってきたぞ。
土砂降りの雨のせいで距離感が掴みにくいが、なんとか合わせることができる。
尚もこちらを捕捉するヒトツメの顔、眼の部分に、立て続けに矢が刺さる。
が、それを厭う様子はない。
矢が刺さったまま、こちらに顔を向けてくる。
あの一つ目はフェイクか?
ヒトツメはこちらを捕捉しつつも、ルキたちが対峙しているもう1体の背中をカバーするように、立ち位置を変えている。これは明らかに連携してるな……。
動かれると、足元の泥をすくって転ばせるのも難しい。あれはバシャバシャを用意していたから出来たのだ。
あるいはまたバシャバシャを用意して、罠に嵌めるか?
しかし、キスティがいないと決定打に欠けるか。
思案しつつ、魔力を節約して魔弾を嫌がらせのように敵の顔に当てる。
威力はないが、注意を引きつづけるためだ。
巨躯を活かして押してくるパワーファイターかと思ったが、むしろ防御が高い重戦士タイプのようだ。戦いにくい。
左右に動きながら、ヒトツメの出方を窺う。
踏み込んでのパンチの射程は何となく分かってきた。相互に間合いを図る。
魔物は激昂して襲いかかってくることが多いのだが、こうして駆け引きみたいになるのは厄介だ。
気配で場所を探るこちらに比べて、あっちは視覚なのか別の感覚器官なのか、顔をこちらに向けて見失わないようにしている。だが土砂降りの雨のせいで、左右に動くだけで首振りが若干遅れている。
やってみるか。
『警戒士』を外して『隠密』を付け、スキル「気配希薄」と「隠形魔力」を発動。いずれも気配と魔力を感じにくくするものだ。
その状態でエア・プレッシャーを発動し、斜めに移動してみる。ヒトツメの顔はそれに反応できていない。よし。
もう一度エア・プレッシャーを発動し、今度は敵の懐に一気に飛び込む。
ヒトツメのすぐ横を通り過ぎ、振り向きざまに剣を振りながら「強撃」を発動。
アキレス腱を横に斬る形。硬い感触がして、血が出る。
即座に後ろに引きながら、反撃に備える。
が、こちらに振り向こうとしたところで敵は痙攣したように震え、緩慢な動きを見せた。
誰かが何かスキルでも使ったか?
何にせよチャンスだ。
もう一度距離を詰めて、「強撃」に今度は「魔閃」を乗せて、身体強化で身体のばねを強くしながら斬りつける。
「グオオウ……」
雨の音に混じって低い咆哮が聞こえ、ヒトツメが膝をつく。
跳び上がりながらその首筋を後ろから斬り付ける。
しかし首筋も硬く、貫けない。
しかし足を怪我してバランスを失い、脅威度は下がったはずだ。
時間稼ぎをするなら、魔法で相手をするか。
その頭を蹴って再び距離を取り、魔力を練る。
ちらりとルキ達の方を確認すると……ヒトツメの長い腕で、ルキが掴まれているように見える。
「ルキ!」
そちらに向かいながら、状況を確認する。
ルキは防御スキルを張っているようで、直接掴まれているわけではなさそうだ。
ただ動きを封じられている。
危ない可能性がある。キスティは何をしてる!
『隠密』から『警戒士』に戻し、あえて気配を出しながら迫る。しかし、少し距離がある。
土に通した魔力を浸透させ、こねるようにしてまとめてみる。想定以上にスムーズにできそうだ。
いつも火属性と土属性を混ぜて、溶岩もどきを作っているのだ。土と何かを混ぜるのが得意になったみたいだ。
降ってくる雨を掌握するのは難しいが、地面に溜まっていく水を土と混ぜて塊にするのは楽にできそうだ。
0から創らない分、魔力の効率も良い。
ありったけの質量を練りまとめて、ラーヴァフローのイメージで撃ち出す。
名付けるならマッドフローか?
強そうじゃないな。
ドバッ!
間抜けにも聞こえる音がして、大量の泥が塊となってヒトツメの肩らへんに殺到し、横殴りにする。
見上げるような身長のヒトツメが、少し宙を舞って圧し倒される。
おお。
「無事か? ルキ!」
「主様。今のは魔法ですか?」
「俺の魔法だ」
「凄まじいですね……。私は無事です、キスティが殴られて後ろに!」
「何!」
気配を探ると、少し離れたところにキスティが膝をついてこちらを見ている。
「無事か? キスティ」
「やれやれ。派手に殴られたが、骨も折れてはいないようだ」
「全く。防御はからっきしなんだ、気を付けろよ!」
「あえて飛んで受け身を取ったのだがな、流しきれなかった」
心配をさせる。
「念のためだ、後はアカーネたちの警戒組に合流して、見てろ!」
「承知」
意識を敵に戻す。
泥で殴り飛ばした奴はまだ転がっており、ルキが立ち上がるのを妨害している。
戦意を喪失したのか、倒れたままずりずりと後退しており、ルキがそれを追いながらちょっかいを出している。苦し紛れに振り上げる拳は防御スキルで阻まれており、完全に手玉に取られている。
俺が足を斬った奴は倒れたままだ。足が痛くて立てないのか。
こっちは余裕が出来た。
右手の友軍の様子を見ると、ちょうど大きめの1体が倒れたところだった。
マージが鞭でヒトツメの右手を封じており、パッセとリオウが槍と剣で横合いからボコしている。
他に2体いるようだが、そちらは少し離れたところでフラフラとしている。
気配だけだと良く分からないが、どうもヒュレオに翻弄されているっぽい。
「主様。首の一部と口の中は柔らかいようですよ」
ルキは散々追い詰めた個体の口と首を切り刻み、気絶させたようだった。
「そうか。しぶとい魔物だ」
もう1体の倒れた方も、手で這って逃げようとしているようだった。
たまに、傷付くと戦意喪失する魔物はいる。
こいつらも半端に賢そうな分、恐怖には勝てないか。
追いかけて止めを刺してから、マージ達の方に向かう。
そちらも最後の1体を皆でボコしているところだった。
「ふう。ヒトツメかぁ」
ヒトツメたちの死体を集めて、素材を採取する。
生前は容易に攻撃を通さなかった皮膚も、死ぬと少し柔らかくなるようだ。
それでも硬いので、解体用のナイフを使う。
ケシャー村でアインツに貰ったやつだ。
普段は温存しているが、こういう硬い素材の場合はこれが一番使える。
「多分リックスヘイジの西の湧き点だろうが、もうこの辺まで浸透してるんだな」
「リックスヘイジの連中は何してるんだろうねぇ、と思うけど。モク家の皆さんもいなくなったらしいし、色々ヤバいのかもね」
「封じ込めに失敗したってことか?」
「湧き点ってのは出来立てにドバっと湧くらしいじゃん? そのせいかもねー」
ヒュレオたちアード族のメンバーは、のこぎりのような解体道具を持ちだしてギコギコしている。ヒュレオは警戒するとか言いながらやっていないが。
それにしても、湧き点は出来立てが危ないのか。
こんなに硬くて面倒な魔物がドバっと湧いたら、一気に殲滅して封じ込めとは考えないか。
「こいつらって元々この辺じゃ湧かない魔物だったし、イマイチ素材が分かんねーな。パッセちゃん、分かる?」
「ヒトツメはあまり聞いたことないね。この巨体をそのまま持っていくわけにはいかないし……」
「任務外の魔物だしねー。勿体ないけど、魔石だけ抜こうか」
「誰か知らせにだけ戻らせる?」
「その余裕はないかも……や、一度戻ろうか。全員で」
「任務は?」
「ヒトツメちゃんがどれだけ流れてきてるか分からないし、標的もヒトツメちゃんに喰われちゃってるかも。ここは無理するところじゃないよ」
「で、あれば異論はないよ」
「ヨーヨーちゃんたちは? それでい?」
ヒュレオは撤退の方向で考えているようだ。
「構わんが、俺は雇われだ。報酬とかはどうなる?」
「うーん、正直分かんない。ヒトツメも弱い子じゃないから、それの打倒に貢献したってことで多少貰えそうだけどね。予定の満額は厳しいかも」
「……まあ仕方ないか。俺たちだけで無理をする気もないし、ヒュレオに従う」
「へえ? 俺たちだけで問題ない、とか言うかと思った!」
ヒュレオが意外そうに言う。そんなバーサーカーに見えてたのか?
「無理をしないのが長生きの秘訣だろう?」
一緒に湧き点が出来たところに出くわしたじいさんを思い出す。
あの思い切りと逃げ足があったからこそ、あの年まで生き抜いてきたのだろう。
「良く分かってるじゃない。ヨーヨーちゃん、1ポイント獲得!」
「何のポイントだ?」
「え? ヒュレオちゃんの好評価ポイントかなー」
「要らん」
ヒュレオルートとか、誰得なんだ。
それぞれの死体から魔石を採取してから、一行は来た道を引き返した。
薄緑色の大きな魔石だ。
そこそこの値打ちになりそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます